技術情報が口伝でしか伝わらず属人化が進む経営課題

はじめに：昭和の慣習が今も色濃く残る製造業の現実

製造業の現場では、「先輩から後輩へ、マンツーマンで技術を伝える」という口伝（くでん）文化が依然として根強く残っています。

実はこのやり方、昭和の高度経済成長期には現場のフットワークや柔軟性を生み出す土壌となっていた面も否定できません。
しかし時代が変わり、設備や管理手法が進化しても、“あの人だけが知っている”という属人化の問題は解消されていません。

デジタル化が叫ばれ、働き方改革だ生産性向上だと声高に叫ばれても、技術情報が人づてでしか伝わらない現場は少なくありません。
結果として「誰が担当か分からない」、「やり方が人によって違う」、「属人的なノウハウに縛られてミスや品質トラブルが絶えない」など、経営上の深刻な課題につながっています。

本記事では、こうした技術の属人化・口伝文化の現実と経営リスク、そして“昭和を脱却”して新しい地平線を切り開くための実践的なアプローチをご紹介します。

技術の属人化とは何か？なぜ今も残るのか

技術情報の「口伝」とは？

技術情報の口伝とは、作業手順やポイント、トラブル対応のコツなどを、関係者同士が直接会話や身振り、実演で伝えるやり方です。
作業標準書や動画マニュアルといった“見える化”が進まない現場では、ベテラン作業者が現場作業をマンツーマンで指導し、重要なノウハウやカン・コツもその場で伝授します。

この習慣が「職人の技」として重視されてきた背景には、ひとつとして同じ現場・設備・製品がない製造業特有の事情があります。

なぜ今も口伝・属人化が残るのか

技術の多様性や例外対応が多い現場において、文書化や標準化の難しさは今も変わっていません。
特に中小企業や下請け工場では、日々異なるオーダーや突発トラブルに追われ、平常業務で手一杯のためノウハウの整理や仕組み化にまで手が回らないのが実態です。

また「俺の背中を見て覚えろ」「やって覚えろ」という現場力重視のカルチャーとも深く結びついています。

属人化と口伝がもたらす経営リスクと現場課題

1.ノウハウの個人依存が“ブラックボックス化”する危険性

技術情報が特定個人に依存していると、担当者の突然の退職・長期休職・定年退職などで「やり方が分からない」「重大な品質不良を引き起こす」リスクへ直結します。

ブラックボックス化とは、重要な技術や仕事の全体像、吟味されたノウハウが“見えなく”なり、第三者が再現できなくなる状態です。
これにより、企業としての競争力や現場対応力が大きく損なわれます。

2.“再発防止ができない”組織につながる

個々人が自分流で仕事を進めるため、不良や納期遅延が発生しても本質的な原因分析が困難になります。
「なぜこの問題が起きたか」「なぜベテランはうまく回避できたのか」を仕組みとして吸い上げられない結果、“また同じミスが繰り返される”仕組みの温床になります。

3.変化への対応力が弱くなる（多能工化・後継者問題）

口伝文化の下では、現場作業者の多能工化や若手育成も遅れます。
ベテランの“感覚”や“経験による判断基準”が言語化されていないため、後継者がなかなか育たず、会社としての持続可能性も脅かされます。

サプライヤー・バイヤー視点での属人化のデメリット

バイヤー（調達担当）の本音

バイヤー目線で問題になるのは「再現性」と「可視化」です。

発注先（サプライヤー）が属人的な技術伝承しかできていない場合、「今の担当者がいなくなったら品質が保たれるのか」「納期遅延の根本要因が分からない」といった不安が尽きません。

大手OEMや海外のグローバルバイヤーでは、“仕組み”での品質保証・工程管理を強く求めます。
これが満たされなければ、新規受注を獲得したり、既存ビジネスを拡大することが難しくなるのです。

サプライヤー（供給者）側が困ること

逆にサプライヤー側も「バイヤーが何を重視しているのか分からない」「要望が担当者によって変わる」といった“ブラックボックス”状態に苦しみます。

共通言語（標準特性、検査基準、技術情報の形式）がないため、トラブルやクレームの際の原因切り分けが遅れたり、価格や納期交渉でも伝わらないもどかしさに直面します。

今こそ「仕組み化」へ挑戦する意義

昭和の“俺についてこい”式リーダーシップや、口伝の技術伝承が完全に否定されるべきだとは限りません。
ただしグローバル競争が激化し、労働人口減少や働き方改革の波が押し寄せる今、“人による再現性・伝達性”を高めることは急務です。

ここで求められるのは、現場の暗黙知・経験知を“形式知”として「見える化」し、誰もが使える仕組みへと進化させる視点です。

なぜ今、仕組み化なのか

デジタル技術の進歩やIoTの普及、AI活用の広がりなど、“人の感覚に依存しない現場生産システム”が急速に進展しています。

しかしツールだけ導入しても、現場のノウハウが言語化・標準化されていなければ宝の持ち腐れです。
「なぜその操作をするのか」「なぜこの温度条件なのか」「不良発生時はどう動くべきなのか」まで整理された情報でなければ、どんな最新システムでも実効性は上がりません。

属人化・口伝から脱却するためのアプローチ

1.現場ヒアリングとナレッジマイニングのすすめ

まず大切なのは、「ベテランの頭の中にしかない仕事のポイント」を、組織的に吸い上げていくことです。

現場ワーカーや熟練者に対し、「どうやって判断しているか」「トラブル時に何を最優先するか」「過去の成功・失敗例」などを体系的にヒアリングします。
これを“ナレッジマイニング”と呼び、技術情報の発掘・整理につなげます。

2.映像・写真・チャートなど“多角化した情報化”

文章だけで全てを表現することは困難です。
作業のポイントや設備の状態変化、工程ごとの注意点は、写真や動画、チャート図など多彩な手法で見える化しましょう。

現場担当者も、スマホやタブレットで撮影した情報を貯めていくことで、ナレッジ共有が容易になります。

3.「標準化」を推進するプロジェクト化が鍵

単なるマニュアル作成ではなく、属人化解消を目的とした“標準化プロジェクト”としてトップダウンで取り組む必要があります。

トップ層に「属人化は経営リスクである」と認識してもらい、部門横断で取り組みを進めることで現場温度感も高まります。
また、現場リーダー自身を巻き込んだワークショップや研修も極めて有効です。

4.情報管理システム（KMS）やITツールの活用

得られた技術情報をストックし、誰でもアクセスできるナレッジ管理システム（KMS）の導入も有効です。
Excelや紙ベースから一歩進み、クラウド上でリアルタイム共有する仕組みを活用しましょう。

まとめ：新しい技術伝承と持続可能な製造企業へ

属人化・口伝文化がもたらす経営課題は、単なる人材不足にとどまりません。
企業全体の生産性、品質保証力、ひいては存続そのものに直結する極めて重大な経営テーマです。

これからの製造業は、「人の経験・判断・知恵」を“仕組み”として再現し、だれでも活用できる環境を整えることが求められます。
それがバイヤー／サプライヤー間の信頼や競争力向上、次世代人材の育成にも直接つながります。

昭和型の現場力と、令和の仕組み・テクノロジーを融合し、新しい地平線を切り拓くことがこれからの成長軸です。
現場の一歩ずつの取り組みが、会社全体の未来を変える大きな一歩となります。

製造業に携わる皆さま、一緒に“口伝”と“属人化”の壁を乗り越え、強いものづくり現場を創り上げていきましょう。