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契約の準拠言語が原因で異なる解釈が発生した事例とその解決法

目次
はじめに ― 製造業における契約の「落とし穴」
製造業の購買・調達において「契約書」は、納期や品質、万が一のトラブル対応などを明確化する重要な存在です。
しかし、取引先が国内だけでなく海外に広がることで、契約書の準拠言語が異なる場合が増えています。
昭和の時代には想定されなかったような、契約の「言葉」にまつわるトラブルが、意外にも多発しているのです。
この記事では、実際に製造業現場で経験した事例や業界動向から、契約の準拠言語が原因で異なる解釈やトラブルが発生したケース、それらの解決策について、現場目線で分かりやすく解説します。
バイヤー、購買担当者、サプライヤー、それぞれの立場で求められる知識やアクションを、今の時代にマッチした形で紐解いていきます。
準拠言語の壁:なぜトラブルが起きるのか
契約書の重要性と、言語特有の解釈の違い
契約書は、「交わした約束」を法的に保障する書類です。
特に、製造業では納品物の仕様や品質基準、検査方法、保証期間、瑕疵担保責任など、多岐に渡る詳細な約束事を記します。
この約束が、日本語で書かれていれば「いつもの感覚」で通じる安心感があります。
しかし、海外との取引の場合、英語や現地言語が準拠言語(契約上の正式な言語)となることが一般的です。
言語が異なるだけでなく、その国独特の法律、商習慣、語彙の感覚が複雑に絡み合い、「日本人なら当然こう考えるはず」という論理が通じません。
この“言葉”の違いこそが、昭和のアナログからデジタル・グローバル時代への一番の「落とし穴」なのです。
典型的なトラブル発生パターン
1. 複数言語で契約が作成され、解釈が分かれる
2. 英語の慣用表現が現地の法的解釈で日本語とズレる
3. 技術用語・仕様の微妙な違いが「不履行」の原因となる
4. 準拠法・裁判地の考え方すら、日本側が誤解する
たとえば、“Defect”という単語について、日本の購買現場では「不良」「欠陥」という感覚で使いがちです。
しかし、英米法では「法律用語」として“重大な欠陥のみ指す”場合もあり、“Minor Defect(軽微な不具合)”は保証対象外、と判断される場合があるのです。
現場のリアル:契約解釈の違いで起こった事例
事例1:検収基準「Pass/Fail」を巡る混乱
自動車部品の試作品納入をめぐり、ある日系メーカー(購買側)と、東南アジアのサプライヤーとがトラブルになりました。
日本語契約書と英文契約書を併記し、準拠言語を“Japanese version shall prevail(日本語優先)”と記述。
検収基準(納品物の合格基準)が「JIS準拠のX項目を満たしていること」としていましたが、英語では“Pass all items as per JIS standard”と記述されていました。
実際の納品時、小さな仕様ズレ(寸法公差で±0.1mmの違い)が判明。
日本側は「JIS基準に合わないからNG、やり直し」と主張。
サプライヤー側は「JISは目安、取り決めでは細部を問わない慣習」と反論しました。
結果、調整に数ヶ月を要し、生産計画やコストに大打撃となりました。
事の発端は、「Pass all items」の解釈が双方でズレていたことにありました。
事例2:瑕疵担保期間の定義が曖昧だった
産業機械の大型案件で、日本側が「納入後1年間の保証期間」と記載しました。
英語では“Warranty period: one year after delivery”と翻訳。
現地サプライヤーは、「delivery=海上輸送時点」だと解釈。
日本側は「現地据付完了・稼働開始から1年」のつもりでしたが、サプライヤー側は納入日—つまり港への搬入時から1年だと主張しました。
この違いが原因で、据付トラブル時の補償範囲をめぐって紛争寸前になりました。
両方の契約文には問題がなく、「解釈」の違い。
交渉に通訳、弁護士が介在し、再度「納入日」の定義を明文化することでなんとか合意しました。
業界特有のアナログ体質が「言語ギャップ」を助長する理由
日本の製造業、とくに中堅・中小クラスの工場や老舗メーカーには、現場で口頭の確認や慣例が強く根付いています。
海外エンジニアや営業は「書いてあることが全て。契約書にないことは交渉外」と徹底していても、日本の現場担当者には“裏書き”や“情”にもとづく理解・運用が残りやすいのです。
また、先輩・上司の経験則に頼り、「こういう時は今までこうしてきた」というノウハウが情報共有されないケースも目立ちます。
このアナログな社内文化が、グローバル商談での「言語ギャップ」「契約解釈のズレ」を大きくしているのです。
解決へのアプローチ:何をどう変えればよいか
契約書の多言語化と“定義責任”の明確化
まず、契約書を2か国語以上で作成する場合、「どちらが正式文か」を明記することが最優先です。
多言語版を併記する場合、必ず「英語版優先」か「日本語版優先」と脚注や冒頭で示しましょう。
さらに、「専門用語やあいまいな表現」は必ず「定義集」又は“Definitions”として契約文冒頭や末尾に明記しましょう。
特に次のような用語は要注意です。
– 検収基準(Inspection standard)
– 納入完了(Delivery completion)
– 瑕疵担保(Warranty, Defect liability)
– 合格(Acceptance)
判例や海外の事例を盛り込んだ「参照条項」も有効です。
現場・事務・法務のタテ割りを解消
実際に現場で契約内容を運用する技術者、購買担当者と、草案を作る事務方、内容をチェックする法務部門が十分に連携しているでしょうか。
現場で「実際に何が起きるか」を踏まえ、用語解釈も都度すり合わせて明文化すべきです。
契約書作成段階から、現場経験者を打合せに参加させ疑問点を早期に洗い出すことが、リスク回避への第一歩となります。
アナログからデジタルへ:ナレッジ共有と事例蓄積
属人的な経験・裏ノウハウに頼らず、過去の契約トラブルとその解決事例を社内ナレッジとしてデジタル管理することも重要です。
トラブル事例や契約文例集、語彙集を共有化することで、担当者が変わっても同じミスを繰り返すリスクが下がります。
また、チャットGPTなど生成AIを活用し、ドラフト契約文と過去事例との整合性もチェックできる時代になっています。
バイヤー/サプライヤー別の実践ポイント
バイヤー(購買・調達担当)向け
・準拠言語の選定理由を明示し、翻訳文は必ず専門知識を持つ第三者にチェックしてもらう
・曖昧な表現、習慣語は避け、国際的に標準化された用語を使う
・ナレッジ共有システムで、過去の事例や判例を常にアップデートする
サプライヤー(供給者)向け
・契約書に不明点、不安な表現があれば必ず相手に説明を求め、「合意した解釈」を書面化してもらう
・現地弁護士や専門家にリーガルチェックを依頼し、現地法と相反しないか二重確認する
・自社内で必ず和訳・逐語訳を作成し、全ステークホルダーで内容を共有する
これからの製造業を強くするために ― 最後に
契約書の準拠言語問題は、昭和の「現場主義」「口頭確認」文化と、グローバル社会の「デジタル・リーガル」文化のせめぎ合いの現象とも言えます。
すべての担当者が「言葉」の重みを再認識し、日常の業務においても「正式文書で伝える」「解釈の食い違いは事前に明文化する」習慣を根付かせることが、業界全体の底力を高めるポイントです。
私たちも、数多くの失敗を経験しながら進化してきました。
変わりゆく時代の中で新たな地平線を切り開く主体者となるために、「契約書の言葉」と真剣に向き合い続けていきましょう。
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