投稿日:2025年9月28日

昭和の「三現主義」を形骸化させた企業が失敗する課題

はじめに 〜失われる現場力と「三現主義」〜

昭和の製造業を支えた現場力といえば、「三現主義(現地・現物・現実)」が象徴です。
全ては現場に答えがある。
現物を見て、現地を訪れて、現実を直視する。
この基本があるからこそ、日本のモノづくりは品質と効率において世界をリードしてきました。

しかし、平成から令和へと時代が変わる中、多くの企業でこの「三現主義」が形骸化しています。
現場を知らないままデータや会議室の情報だけで意思決定をする、業務効率化やデジタル化の流れが「現場無視」を助長し、現実からズレた施策が失敗を繰り返す ― そんな事例が増えています。

なぜ三現主義は失われ、企業はどのような課題を抱えているのか。
そしてこれからの時代、バイヤーやサプライヤーは何を重視すべきか。
私が20年以上の現場経験をもとに、実践目線で解説します。

三現主義とは何か?昭和の現場力の本質

三現主義の定義と現場重視文化

三現主義とは「現地(Genchi)・現物(Genbutsu)・現実(Genjitsu)」の頭文字を取った製造業の基本姿勢です。
不具合が起きたり問題が発生したとき、また新しい取り組みを始めるときも、現場に足を運び、「実物」や「現状」をつぶさに観察し、「ムダ」や「原因」を肌で感じ取る。
これにより真因を突き止め、適切な対策を導くという考え方です。

この現場主義こそが昭和の製造業を支えてきました。
現場での泥臭い改善、市場クレームの現物チェック、たとえば「稼働中の機械の異音に気づき、停止させて重大事故を未然に防ぐ」など、三現主義が組織の隅々まで根付いていました。

「現地現物現実」がもたらすメリット

三現主義を徹底することで、抽象的な指示や数値だけでは見えない真の課題が浮き彫りになります。
たとえば、生産ラインの遅れが発生している場合、管理画面やレポートだけを見て予測はできても、「現場の作業員の手順が煩雑」「治具の劣化」「レイアウトの非効率」といった根本原因は現地の現物を人の目で観察しないと分かりません。
現場で汗をかくことで、機械や道具、作業員の心情まで感じとれる ―
それがものづくりの競争力の源泉でした。

形骸化する三現主義と令和の製造現場の現実

「データ偏重」と「コスト至上主義」が及ぼす影響

近年、三現主義は名ばかりの掛け声になってきています。
背景にあるのはITシステムの進化やリモートワークの普及、そして「コストカット圧力」の強化です。

会議資料や数値データで判断し、現地に行かなくても業務が進むような雰囲気。
投資対効果と称して現場への人材派遣や視察が削られる。
“現場に行け”は掛け声だけ、気づけば管理職すら現場で何が起こっているのか理解できていない ― そんな職場が珍しくありません。

その結果、表面的なKPIやスコアだけを追い、中身の伴わない改善活動が増えたり、決定的な失敗を見抜けずに大事故や不良が発生するリスクが高まっています。

現場離れと組織の縦割り 〜典型的な失敗例〜

現場に足を運ばないまま「机上の空論」で新しいラインの設計を進めた。
現地の作業手順・制約条件を考慮せず、システムだけ導入。
結果、現場の手間が増加し、逆に生産効率が下がった。
――このような話はどの工場でもよく聞きます。

また、品質不具合が起きた時も、会議室でPDCAを回しても現場を直視せず、原因が分からないままとりあえず再発防止策を書類でまとめるだけ。
こうした「現場離れ」「組織の縦割り」で、問題発見力・改善力が著しく低下し、気づけば競合に追い抜かれているというのが今の製造業の現実です。

昭和から抜け出せないアナログ業界の根強い課題

「現場力神話」と硬直化した組織風土

一方で、今も変わらぬアナログ文化や古い体質も大きな課題です。
「ベテランの勘と経験」を神格化し、若手の意見やデジタルツールの導入に後ろ向きな現場もあります。
手書きの日報、紙の帳票、非効率な電話連絡 ―
なぜか“昔のやり方が一番”“現場を知らない奴は口出すな”という風土が残り、新しい改善の芽を摘んでいます。

デジタル化に成功している他業界に比べると、昭和の名残による「現場力神話」に固執するあまり、真の生産性向上や働き方改革が進みません。
結果、優秀な人材流出や新製品の開発遅延など慢性的な競争力低下につながっています。

“三現主義”の美化による落とし穴

また「三現主義」をただの形式や儀式で済ませる企業も多くあります。
上司が年に一度だけ工場見学をする、現場視察を「やってるフリ」だけで報告書をまとめておしまい。
そこに現実的な課題解決や、現場の価値創造はありません。

三現主義の“本質”を履き違えると、結局行ったつもりで何も変わらない、現場から信用されない。
“形骸化”が現実になってしまいます。

なぜ「三現主義」は今なお必要なのか?

AI時代でも変わらぬ“現場の感度”

たとえAIやIoTが進化し、ビッグデータや分析ツールが現場の状況を「見える化」できるようになった現代でも、三現主義は絶対に廃れるべきものではありません。

例えば、AIが異常値を発見しても「なぜそれが起きたのか」「どうやって改善するのか」を知るには、やはり現場に赴き、現象を五感で感じるしかないケースが多くあります。
現物を触り、担当者や作業員の話を聞き、「なぜ現場は困っているのか」を深掘りすることで初めて付加価値の高い改善や技術革新につながるのです。

グローバル時代に求められる三現主義の再定義

グローバル調達、生産拠点の海外展開などサプライチェーンが複雑化している現代だからこそ、「三現主義」は重要です。
異なる文化・言語の中でトラブルが起きた時、本社の遠隔指示だけでは現地の慣習や作業現場の“空気感”が伝わりません。
だから、バイヤーは重要な現場に必ず行き、現物でサンプル確認を行う。
サプライヤーも自社の作業現場をバイヤーに直接見せて納得してもらう。
この積み重ねが信頼と品質確保に直結します。

現場視点の実践!今すぐできる“三現主義”のリデザイン

現場主義を本当の武器に変える3つのアクション

1. 現場“対話”の仕組みをつくる
単なる現場視察で終わらせるのではなく、作業員や担当者と日常的に「対話」するミーティングやフィードバックループを習慣化しましょう。
ヒヤリハットや小さな不便、工夫のアイデアなど、現場からリアルな声を集めてリーダーが素直に受け止め、迅速に改善につなげます。

2. デジタルとアナログの“イイトコ取り”
帳票の電子化やIoTツールで現場の見える化を進めつつ、現場視察や現物確認は同時に重視します。
AIやセンサーで検出した異常を基に、リーダーや管理者が自ら現場で直接確認するプロセスをセットに。
デジタルの効率×アナログの現場感覚を共存させる枠組みこそが“三現主義2.0”です。

3. 問題“発見”型から“価値創造”型へ
三現主義は「問題発見」のためだけでなく、現場の新たな価値やビジネスチャンスを見出す営みへ進化させましょう。
例えば、工場見学で他社の仕掛けやロジックからヒントを得たり、現地での材料の調達先開拓や新製品開発のアイデア創出など、さらなる付加価値を生み出す“攻めの三現主義”を実践することが、令和のリーダーの資質です。

バイヤーやサプライヤーがこれから重視すべきこと

バイヤー視点:現場の“共感力”が武器になる

購買・調達部門ではコスト比較や書類審査だけでサプライヤーを選ぶ時代は終わろうとしています。
生産現場・物流拠点・関連工場を自分の目で見て、現実を確認し、「現場のリアル」に共感できるバイヤーこそが、良好な調達先ネットワークを築くことができます。
スペックや価格のみならず、現地の工程管理や品質・納期・安全面まで、五感をフル活用して「選ぶ」時代です。

サプライヤー視点:バイヤーの“現場志向”を先取りする

バイヤーが現場重視に移行する流れを見据え、サプライヤー側も現場開示を積極的に行いましょう。
工場を清潔に保ち、いつでもバイヤーが視察できる体制を整え、現地現物の強みをアピールする。
現場のプロ同士として、バイヤーと“同じ現物・データ”を共有し、信頼されるパートナーになることが今後のビジネス拡大につながります。

まとめ:時代が変わっても三現主義は現場の未来を支える

「昭和のやり方」として三現主義を捨て去った企業が失敗するのは、現実から目を背け、現場との対話をやめたから。
一方で、三現主義を美化・形式化しただけの組織も、イノベーションを生み出せません。

大切なのは、三現主義の“本質”=現場の事実を正しく直視し、五感ですばやくキャッチアップし、さらに価値を生み出す働きかけです。
デジタル化や効率化が進む令和時代だからこそ、現場主義を「攻めと守り」両面で再定義する。
これに気づいたメーカーこそが、新たなものづくりのリーダーになります。

バイヤーやサプライヤー、すべての製造業従事者が“現場の力”にもう一度真正面から向き合い、日本のものづくりのDNAをアップデートしていきましょう。

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