投稿日:2025年11月1日

靴のアッパー素材に使われる天然皮革と合成皮革の違いを知る

はじめに

靴づくりの現場で、最も多く議論される素材のひとつに「アッパー(甲材)」があります。
特に「天然皮革」と「合成皮革」は、品質・コスト・加工性・市場動向など、さまざまな面で比較されてきました。
この記事では、20年以上製造業の現場に携わってきた経験から、単に素材のスペック比較にとどまらず、実際の現場での使われ方やサプライチェーンから見た業界動向、バイヤー・サプライヤーの課題と本音まで踏み込んで解説します。

天然皮革とは

定義と種類

天然皮革とは、主に牛、豚、羊、馬などの動物の皮を加工した素材です。
靴のアッパー素材としては、牛革(特にカーフやキップ)が最も多く流通しています。
皮をなめす工程では化学薬品、植物性タンニン、またはその両方を使います。

特徴(現場目線で解説)

天然皮革は耐久性に優れ、履く人の足型に徐々に馴染むため、コンフォート性が高いとされています。
また、傷やシワによる表情、経年変化(エイジング)が楽しめます。
一方で、個体差が大きいため、アッパーを裁断する際には高い選別技術が求められます。
同じランクの革であっても、実際にロットを開いてみないとわからない「ばらつき」が現場の悩みのタネです。

コストと調達の観点

天然皮革は調達コストが安定しにくく、畜産業の動向や為替の影響も大きいです。
グローバルサプライチェーンを意識するバイヤーにとって、長期的なコストと品質の安定確保は課題になっています。
また、環境規制や動物愛護の観点で調達ポリシーが厳しくなり、グリーン調達やトレーサビリティの要求も高まっています。

合成皮革とは

定義と種類

合成皮革は、基布(主に織物や不織布の繊維)にポリウレタンや塩化ビニール樹脂を塗布し、表面の質感を人工的に再現した素材です。
代表的なものはPU(ポリウレタン)レザー、PVC(塩化ビニール)レザーなどです。
人工皮革(マイクロファイバーなど超極細繊維で天然皮革を模したもの)もここに含める場合があります。

特徴(昭和から続く現場のリアリティ)

合成皮革は「均質」「低コスト」「量産性の高さ」が最大の特長です。
ロットごとの差が小さいため工場の歩留まりを管理しやすく、納期遵守の面でも優れています。
防水性やメンテナンス性に優れる一方で、「天然皮革に比べて劣化が早い、経年変化で剥離・加水分解が起きやすい」といった欠点があります。
昭和時代から「本革信仰」が根強い業界では、安価なイミテーションと見なされがちでしたが、令和に入り、機能性やサステナビリティの観点で再評価が進んでいます。

コストと調達の観点

原材料(石油価格)や為替相場の影響はありますが、基本的には天然皮革より安定したコストで大量調達が可能です。
複数工場への均質な供給、製品リコールリスクの低減など、管理面で大きな強みがあります。
一方で、燃焼時に有害ガスを発生する、廃棄の環境負荷が課題となっており、サプライヤー側も生分解性素材やリサイクルレザーの研究開発を加速させています。

天然皮革と合成皮革の現場での「使い分け」

製品ジャンルごとの向き・不向き

高級ビジネスシューズや伝統的なレザースニーカーでは、今も天然皮革が主流です。
低価格帯のカジュアルシューズやレインシューズ、スポーツシューズのアッパーには合成皮革が広く使われています。
日本の一部老舗工場では、「表革は天然皮革、ライニングや補強材には合成皮革・不織布」を使いわける職人技術が今なお継承されています。

バイヤーとサプライヤーのジレンマ

バイヤーは「コスト」「品質安定」「納期」「環境配慮」など複数のKPIを同時に求められます。
一方、サプライヤー側は「革なめしの歩留まり」「合成皮革の表皮ムラ」など現場事情を理解してほしいという本音が存在します。
たとえば、天然皮革のロット差を吸収するには熟練の選別士や加工工程での帳尻合わせが必要です。
しかし、不良率低減や自動化、省人化が叫ばれる現在、人材育成と現場のスキル継承という「見えないコスト」にも注視すべき時代となりました。

最新トレンドと業界動向

サステナビリティへの注目

グローバルブランドを中心に、「皮革トレーサビリティ」「エシカルレザー」「ヴィーガンレザー」など新しい選択肢が追求されています。
ヨーロッパでは天然皮革の環境認証や動物福祉ガイドラインの取得が不可欠になりつつあります。
一方、日本国内での中小メーカーの多くは、昭和の「経験と勘」に頼った仕入れや加工オペレーションが色濃く残っています。
今後は、グローバル・サプライチェーンに適応できる“デジタル化”“可視化”へのシフトも避けられません。

DXと工場自動化のインパクト

AIによる自動裁断機、水分センサーを使った皮革厚み検知など、品質均一化を目指した自動化投資が進行中です。
このとき素材選びの観点も変わり、「人工皮革ならではの均一性」がプロジェクト全体のリードタイム短縮に大きく寄与します。
調達の現場では「天然皮革の良さ VS 世界市場への対応力」というせめぎあいが今まさに進行しています。

結局、どちらを選ぶべきか──“現場目線”の答え

知識や理屈だけでは現場は動きません。
製品のターゲット、価格帯、履き心地への要請、納期、調達リスク、そして回収困難な不良品対応……。
製造業のバイヤー、サプライヤーが目の前の課題に向き合うとき、本当に求められているのは「使い分けの知恵」と「現場との対話」です。
デジタル化やサステナビリティの波にもまれながらも、製造現場の一番の財産は今も昔も「現場力」です。

靴づくりの根幹は、人と素材と技術の「対話」にあります。
本物のバイヤー、サプライヤー、現場リーダーを目指すなら、天然皮革・合成皮革の基礎知識に最新トレンド、実際の現場オペレーションまで幅広く学び、現場に寄り添った判断力を身につけてください。

まとめ

靴のアッパー素材として比較される天然皮革と合成皮革、それぞれには長所・短所があります。
現場目線では、ただの素材選び以上に、調達・生産管理やサプライチェーン全体の最適化、さらには業界の歴史やトレンド、デジタル化の影響まで複合的な視点が求められます。
未来の製造業、その進化のカギは「素材を知り、現場を知り、対話する」ことにあるのです。
昭和の熟練技術と令和のテクノロジーを融合させ、より良いモノづくりに挑戦していきましょう。

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