投稿日:2025年6月22日

機械・構造物における疲労と強度設計への活かし方

はじめに:製造現場における「疲労」という課題

現代の製造業において、機械や構造物の信頼性は非常に重要なテーマです。
そのなかでも「疲労」は、見過ごされがちながら、破損事故を引き起こす大きな要因です。
私は昭和から平成、令和という激動の時代を生き抜いてきた製造業の現場で、その深刻さと対処の難しさを身に染みて感じてきました。

特に日本の現場は、伝統的な職人気質とアナログな手法が未だに色濃く残っています。
割れたり、曲がったりした時に「なぜそうなったのか」の本質を追求せず、経験やカンで処置しがちです。
しかしグローバル競争の時代には、こうした経験則だけでは次の事故や損失を防ぐことができません。
疲労のメカニズムを正確に理解し、設計や保全に活かすことこそが、現場力向上と安全・品質の両立に欠かせない要素です。

本記事では、現場目線で「疲労」の正体と、バイヤーやサプライヤーが知っておきたい強度設計への考え方を、最新の業界動向も交えつつ、実践的に解説します。

疲労とは何か?:メカニズムと現場トラブルの実例

金属疲労の正体

「疲労」とは、繰り返し荷重や振動がかかることで、材料内部に微細な亀裂が発生し、それが進行して最終的には破断に至る現象を指します。

例えば自動車のシャーシや橋梁のボルト、プレス機の金型、ロボットアームなど、繰り返しストレスがかかる局面では、ほぼ例外なく疲労リスクが存在します。
材料の種類や形状、応力集中、環境条件によって、その進行速度や耐久性は大きく異なります。

現場で起こりがちなトラブル事例

私の現場経験では、「ボルトの破断」「クラック発生」「構造溶接部の剥離」「使用後数ヶ月でのギアの損傷」など多種多様なトラブルに遭遇しました。

特に多いのが、いわゆる“繰り返し動作”が起こる部分での突発的な故障です。
ある食品製造工場では、「10年以上壊れなかった搬送用ベルトのシャフトが突然折れた」との通報。
調査の結果、ごく小さなキズを起点に疲労破壊が進行していたことが判明しました。
他にも、「夜間の定期停止でコンベアが止まった直後に異音がし始めた」というパターンもありました。

こうしたトラブルが発生するたび、原因調査と再発防止に多大な労力とコストがかかります。
そのため、設計段階から疲労を前提としたアプローチが不可欠です。

解析・予防のための強度設計:現場で守る三原則

1. 応力集中を避ける設計

疲労破壊の最大要因の一つは「応力集中」です。
角部の急激な曲げや、ボルト穴付近の段差部分、溶接ビード終端部といった場所に応力が集まりやすく、そこから微細亀裂が発生します。

例えば、同じ太さのシャフトでも、面取りをせず鋭利な“角”があれば、そこからクラックが入ります。
こうした基本を守るだけでも大きな予防効果があります。

2. 疲労限度を正確に把握する

金属材料には「この応力以下なら何度繰り返しても壊れない」という限界値「疲労限度」が存在します。
ですが、カタログ値を鵜呑みにしてそのまま設計に活かすのは危険です。
実際の溶接や加工での欠陥が加味されていなかったり、現場の振動環境がカタログ想定と異なっていれば、予想よりも早くトラブルが起こります。
想定外の荷重、微小なエッジのブレなど、現場特有の要素を見逃さないことが重要です。

3. 定期的な点検と早期発見

完全に疲労から逃れる設計は難しいものです。
だからこそ、「異音がする」「動きがにぶい」「小さなひびがある」といった兆候を見逃さず、決して後回しにしない保全が現場の鉄則です。
振動解析や赤外線カメラ、磁粉探傷など非破壊検査技術の活用も有効です。

バイヤー・サプライヤー視点で押さえたい疲労設計の最新トレンド

要求仕様の明確化

サプライヤーとして設計仕様書を受領した際、「単に耐荷重●kg」という表現だけでは本当に必要な強度・耐久性は確保できません。
近年は「使用条件」「繰り返しサイクル数」「腐食環境」「急停止の有無」といった使用実態ベースで要求を詰めることが、バイヤーとサプライヤー双方の大きな責任となっています。

材料技術の進化を取り入れる

従来の鉄・鋼材だけでなく、特殊高張力鋼、アルミニウム合金、FRPやCFRP(炭素繊維強化樹脂)など、新素材の登場も著しいです。
これらは、「軽量化と高耐久性」を同時に実現できる武器になりますが、逆に性質や弱点を理解しないと従来材以上のリスクを招きかねません。
最新の素材技術の知見と、現場での扱いやすさ、メンテナンス性を常にセットで考える視点が必要です。

デジタル技術による予測と診断

現在、多くの先進工場ではIoT・センサーデータ・AI解析などを活用し、「疲労進展状態」を予兆保全しています。
稼働中の荷重・振動・温度データをリアルタイムで可視化する仕組みが、点検・部品交換時期の最適化に役立っています。
コストの点で中小工場が導入に二の足を踏みがちですが、安価なワイヤレスセンサーやクラウドサービスが増えてきており、導入障壁は下がりつつあります。

昭和型アナログ現場とのギャップと、今後の進むべき道

私たち日本の製造業の強みは「現場主義」にありました。
ベテラン作業者の勘や観察力の高さは、今も世界に一日の長があります。
しかし、その勘頼みだけで「壊れるまで使う、壊れてから直す」の繰り返しでは、余計なコストや大事故のリスクが高まってしまいます。

今の時代は「勘」と「データ」や「技術」を融合させるラテラルな発想が求められています。
つまり、「現場で見てわかる小さな異常」や「経験上のヒヤリ・ハット」といった感覚値と、「計算・解析・自動診断システム」によるロジックを組み合わせるのです。
このアプローチによって未然防止と最適設計が両立できる未来が開けるはずです。

実践のすすめ:明日からできる強度設計への一歩

疲労や強度設計というテーマは、専門用語や理論も多く、一見難解に思う方もいるかもしれません。
しかし、本質は「現場をよく観察し、データだけでなく本質的な課題を抽出すること」、そして「小さな違和感に気付き、必要なアクションを早め早めに打つこと」です。

具体的には、次の4つを実行します。

  • 納入図面に、サイクル数や応力の実態データを添付する
  • 新規部材にトライ時は、必ずポイントに応力集中対策や冗長化を設ける
  • 部品・要素の履歴管理(使用開始日、修理歴、異常履歴)をしっかり記録する
  • 現場OJTでは、単なる作業手順伝達だけでなく、「なぜこの点検が重要か」「なぜこの部品が疲労しやすいか」をストーリーで伝える

まとめ

製造業における「疲労」と「強度設計」は、単なる理論や計算だけではなく、現場で起きている事象や経験が重要な意味を持ちます。

バイヤーやサプライヤーは、昭和型の根性論や事後対応型から一歩抜け出し、現場に根ざした「気づき」と「科学的予防」の両輪を回す必要があります。
疲労現象の正体を知り、先端材料・IoT・解析技術まで幅広い知見を意識しつつ、自分たちの現場で今何ができるかをラテラルシンキングで考え、実践すること。
それが次世代の製造業に求められるプロフェッショナルの姿だと、私は現場から確信しています。

これからも現場の声と技術革新、双方の架け橋となれるような知見を共有し続けていきたいと思います。

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