投稿日:2025年6月17日

ヒューマンエラー発生メカニズムと再発防止策

はじめに ― 製造業におけるヒューマンエラーとは

ヒューマンエラーは、製造現場において避けては通れない課題です。
どれほど自動化・デジタル化が進んだ現代においても、人の手が介在する以上ゼロにはできません。
しかし「人的ミス」と一括りにしてしまい、本人の注意不足や能力不足として片付けてしまうことは、組織の成長や品質向上に大きな壁を作り続けてしまいます。
この記事では、20年以上の現場経験と実体験を通してヒューマンエラーが起きるメカニズムを掘り下げ、その再発防止のために実効性ある対策を解説します。
今なおアナログ文化が色濃く残る現場だからこその苦労と実践的ノウハウを盛り込み、現場主体で変わっていくきっかけになればと願います。

ヒューマンエラー発生のメカニズム

なぜヒューマンエラーは起こるのか

ヒューマンエラーが起きる原因には、単なる「個人のミス」以外にもさまざまな要素があります。
昭和から続くアナログ的手法や属人化されたオペレーションは、現代においても多くの製造現場で根強く残っています。
これらは一定の熟練度や阿吽の呼吸に頼る部分が多く、仕組み化されにくいことが特徴です。
そのため、作業する本人も「なぜ間違えてしまったのか」自覚できないことすら珍しくありません。

また、多品種少量生産への転換や現場多忙化、急な段取り変更など外部環境の変化もヒューマンエラーを誘発しやすい状況を生んでいます。
人は慣れた作業で油断し、逆に予想以上の変化でパニックに陥りやすい生き物です。
こうした「心のすき間」や「ムリ・ムダ・ムラの発生」こそが根本原因である場合がほとんどです。

エラーの分類 ― 活動レベルで考える

ヒューマンエラーは作業活動のレベルごとに分類できます。

  • スキルベースのエラー:繰り返し動作の中で無意識に起こるミス。
  • ルールベースのエラー:標準手順やマニュアル逸脱による間違い。
  • ナレッジベースのエラー:判断や知識に基づく意思決定のミス。

例えば、熟練作業者でも手順化されていない工程でうっかり違う部品を使ってしまう、後工程に渡すタイミングを間違えるなどは、「スキルベース」「ルールベース」の典型です。
こうした多様なエラーのタイプごとに、効果的な防止策を考えることが大切です。

製造業現場特有のヒューマンエラー発生要因

現場の固有文化 ― なぜ変わりづらいのか

製造業の多くの現場は、40代・50代以上の経験者が中堅・ベテランとして支えています。
昭和の時代から脈々と受け継がれてきた現場ルールや阿吽の呼吸は、必ずしも文章化・見える化されていません。
現場で使われてきた独自の符丁や暗黙の了解は、新しい従業員や外国人労働者にとって非常に習得が難しいものです。

また、属人的な勘や経験値に頼るあまり、仕組み化や標準化に対して現場が「やらされ感」を持ちやすいのも事実です。
こうしたカルチャーが、ヒューマンエラーの温床となることがあります。
現場目線で再発防止策を作るには、このような根強い文化的背景や変化への抵抗感を無視できません。

多忙・人手不足・多能工による業務過多

昨今の人手不足、定着率の低下、多能工化なども、エラー発生頻度を引き上げます。
一人で複数ラインや工程を掛け持つ現場は珍しくなく、最近ではシニアや外国人、未経験者の現場比率も増加傾向です。
標準作業書や作業指示そのものが現場に徹底されていない、教育やOJTが形式的になっているケースも多く見受けられます。

こうした状況下で「作業者だけの責任」と考えるのは時代錯誤と言えます。
現場・管理職・経営層が一体となった“システム”としての防止策が必須です。

ヒューマンエラーの具体事例と分析

組立現場での組み違い

A社の組立現場では、毎日同じタイプの部品を使って組み立てを行っています。
しかし、同じ形状で色違いの部品が混入しやすく、生産計画が変わると直前で部品が差し替わる場面もあります。
熟練者が油断から違う色の部品を使ってしまい、出荷後に顧客からクレームが発生しました。

分析の結果、色違いの部品の保管棚が隣同士であり、作業者が忙しい時に見落としやすい配置であったこと。
また、最終組立時のダブルチェック体制が不十分だったことが判明しました。

検査工程での見落とし

B工場の検査工程では、同じ部品の全数検査をしています。
しかし一部の新人検査員による「素通り検査」があり、不良品の混入が後工程で発見されました。
ベテランの検査員に原因を尋ねると「新人への教育マニュアルが古くて分かりづらい」「早く覚えてほしいのでOJTでスピード重視になってしまう」との指摘がありました。

現場ルールや手順が明文化されていない、検査そのものの目的が十分に意識付けされていない。
こうした“現場特有の甘さ”が、見落としエラーの背景にありました。

真の再発防止策とは ― 昭和アナログ現場へのアプローチ

仕組みで守る ― 標準化とシステム化

ヒューマンエラーは、個人への叱責や注意喚起だけでは再発を防げません。
再発防止には「誰がやっても同じようにできる仕組み化」が不可欠です。
具体的には以下のようなアプローチが有効です。

  • 標準作業書の最新化と現場貼付け、動画・写真など現場目線の導入
  • 定期的な教育訓練(Eラーニングも含む)とテストによる習熟度チェック
  • 間違いが起こりにくい設備・治工具の導入(ポカヨケ機構、色分け管理など)
  • 作業工程の4M(人・機械・材料・方法)に沿ったリスク評価と工程FMEAの実施

決して難しいIT化や、大規模投資だけが再発防止ではありません。
現場目線で考えるなら、誰が見てもすぐ作業内容が分かる、手順で迷いが起きない、「間違ったらすぐ分かる」小さな工夫こそが最初の一歩です。

現場主体の“気付き”を活かすには

ヒューマンエラー再発防止のもう一つの柱は「現場の気付き」を仕組みに還元することです。
トヨタの「カイゼン」や日報による異常復命、ヒヤリ・ハット報告など、現場には小さな知恵や前兆情報が日々溜まっています。

  • ヒヤリハット報告会やグッドジョブ活動として、良い行動例もシェアする
  • 「こうすれば間違えなかった」現場の声をすぐ取り入れるフィードバック体制を作る
  • 単なる報告だけで終わらせず、現場が自ら改善できるテーマ選定の場を設ける

「ミス報告」=「叱られる」ではなく、「気付きの共有」が現場評価に結びつく文化作りが不可欠です。
そのためには、管理職からまず現場に降りて“耳を傾ける”ことが変革の第一歩となります。

デジタル活用の可能性と限界

現場デジタル化の具体事例

ヒューマンエラーの防止策として、近年ではデジタル技術の活用も進みつつあります。

  • 作業進捗や工程異常のタブレット表示、バーコード連携
  • AIによる外観検査の導入と自動アラート
  • 作業履歴やマニュアル閲覧履歴の自動記録化

大手メーカーでは、IoTやリアルタイム監視で異常値を検知、すぐにライン停止・管理者へ通知する体制も構築されています。
ただし、中小現場やアナログ文化が残るエリアでは「全てをシステム化」「ITだけに頼る」のは非現実的です。
コストや技能格差、現場側のITリテラシーなど乗り越える壁は多く、やはり「現場で本当に役立つ工夫」とのハイブリッドが現実的です。

人とデジタルの協働がこれからのカギ

ヒューマンエラー防止は、決して「人を使わない」「人に仕事をやらせない」ことではありません。
むしろ、ITやデジタルは「人の弱さを補い、人の強みが活きる」ための道具です。
現場で一番大切なのは「人が考え、気付き、行動する」点であり、それを最大化するための仕組み化・標準化・デジタル化のバランスが重要です。

まとめ ― バイヤーとサプライヤー、現場の全員で取り組むべき課題

ヒューマンエラーは、決して現場だけの問題ではありません。
バイヤー目線では、納入品質の安定やトレーサビリティ、納期順守などを実現する上で、ヒューマンエラー抑制は腕の見せ所です。
サプライヤーの立場であれば、バイヤーからの厳しい品質要求やトラブル時の説明責任が常に求められます。

組織全体で仕組みとしてヒューマンエラーを未然防止し、現場の声を「仕組み改善」に結び付けること。
これが今後も製造現場、購買現場の真の競争力・信頼力につながります。

現場で実践できる仕組み化や標準化、そこに“現場らしい一工夫”と最新のデジタル技術を柔軟に取り入れる。
昭和アナログのDNAも大切にしつつ、時代に合った変革を一歩ずつ重ねる。
ミスやトラブルの経験すら成長の糧とし、ものづくりの未来を全員で創っていく。
それこそが、ヒューマンエラー再発防止の本質だと私は信じています。

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