投稿日:2025年9月1日

航空輸送でのリチウム電池規制IATA DGRの落とし穴と代替梱包案

はじめに:リチウム電池と航空輸送の現実

現代社会を支える多くの電子機器には、必ずと言っていいほどリチウム電池が使われています。

その一方、リチウム電池の航空輸送においては、爆発や火災のリスクが絶えず付きまとい、国際的な規制が非常に厳格化しています。

特にIATA(国際航空運送協会)が制定している危険物規則DGR(Dangerous Goods Regulations)は、製造業の現場においても知らなければならないルールとなっています。

本記事では「IATA DGRの落とし穴」と「実践的な代替梱包案」に焦点を当て、現場目線で課題解決のヒントを紹介します。

現場で20年以上にわたり多くのトラブルや課題に直面してきた経験をもとに、分かりやすく、ラテラルに深く掘り下げてご説明します。

なぜリチウム電池の航空輸送が難しいのか

リチウム電池規制の背景

リチウム電池は小型で高容量という利点がある一方、内部短絡や過充電、損傷時に発火・爆発する危険性が高い部材です。

このため、航空機内で事故が発生すれば、乗員・乗客の生命に直結した大惨事となるおそれがあります。

過去には実際に貨物室由来と考えられる火災が発生し、航空機の墜落事故へとつながったケースも報告されています。

こうしたリスクを背景に、IATA DGRではリチウム電池を「危険物」として厳重に管理するようになりました。

製造現場と規制のギャップ

日本の製造現場は「良きものを手間ひまかけて作る」文化が根付いており、昭和から続くアナログな姿勢も少なくありません。

そのため、国際物流に求められる迅速な規制対応やドキュメント作成、梱包技術のアップデートが後手に回るケースが多いのが現状です。

規制順守に対する現場の意識が薄い、もしくは正しい理解が浸透していない企業も少なくありません。

これが後述する「落とし穴」につながっていきます。

IATA DGRリチウム電池規制の主要ポイント

梱包等級と許容される輸送形態

IATA DGRではリチウム電池を細かく「リチウムイオン電池(UN3480, UN3481)」と「リチウム金属電池(UN3090, UN3091)」に区分しています。

またバッテリー単体、機器に組み込み、または同梱の3パターンで規則が異なり、品名や状態の違いで使える梱包方法も変わります。

さらに、一つのパッケージに入れられる電池の総容量や個数、蓄電容量あたりのリチウム含有量にも上限が設けられています。

これを超過すると、航空輸送自体が全面的に禁止されたり、「危険物梱包」として厳しい申請・審査が必要となります。

現場では「なんとか通関できればいい」「昨年まではこれでOKだった」と過信してしまい、気づけば規則違反となる落とし穴に陥りかねません。

表示・ドキュメント不備のリスク

IATA DGRで要求される危険物ラベルの表示や、Shipper’s Declaration(船積み申告書)の記載内容も毎年見直しが入ります。

古い雛形のまま運用を続けていたり、工程ごとに担当が変わったため情報が引き継がれていないなど、意外なところで不備が出やすくなります。

特にEMSやDHL等の国際宅配便を利用するケースでは、受付段階で少しでも書類に不備があると、即返却や出荷拒否となることも珍しくありません。

業界慣習と規制のすれ違い

製造業が長年培ってきた「現場判断」と、IATA DGR等に代表される国際ルールが合致しない場面も少なくありません。

「これくらいなら大丈夫だろう」「相手国から指摘されたことがないから」という独自基準が、思わぬトラブルの種となります。

アジア圏では寛容な国も存在しますが、アメリカや欧州は非常に厳格で、一度でも違反があると数年間にわたり出荷ができなくなる企業も現実に存在します。

現場経験が語るIATA DGRの「落とし穴」

落とし穴1:コストダウンを優先しすぎた安易な梱包

現場ではつい「コストを抑えるために少しでも簡易な梱包で」と考えがちですが、それが命取りです。

例えば「同サイズの箱に詰め込めるだけ詰める」「緩衝材を常識の範囲で省略」などの“昭和的な現場判断”は、IATA DGRの基準を一発で満たさなくなります。

結果として、空港や運送会社で止められる、最悪の場合は再輸出(送り返し)や罰則金、追加指導まで受けるケースもあります。

落とし穴2:規制アップデートの遅れ

DGRは毎年更新されます。

しかし製造現場には昨年以前のマニュアルやラベルが大量に残っており、「使わないとモッタイナイ」という心理が働きがちです。

例えば「ラベルの数字が古い」「Safety Data Sheet が旧バージョン」など、細かな部分で取り残されがちです。

これも書類審査で門前払いされかねません。

落とし穴3:部品サプライヤーからの情報取得ミス

OEMやEMS生産の場合、全ての部材を自社で作っていない場合が大半です。

現場担当者がリチウム電池の仕様書や認証情報をしっかり取得できていないと、「型番違い」「定格違い」に気づかず通関拒否になる事態も珍しくありません。

また、サプライヤー側も「船便の経験は豊富だが航空便は未経験」ということもしばしば起こります。

落とし穴を回避するための実践的対策

1. 最新IATA DGRの勉強会を年次で

毎年1月ごろにはIATAから新しいDGRが発表されます。

現場・調達・出荷担当者向けに小規模でよいので必ず勉強会を開催し、全員がアップデート内容を知識として共有しましょう。

少なくとも「更新箇所の一覧」だけでも目を通しておくことをおすすめします。

2. 手間を惜しまない梱包設計とテスト

梱包設計は現場で培ったノウハウと密接に連動していますが、「IATA DGR適合」というゴールを最初に設定し直すことが肝要です。

具体的には、梱包材メーカーや輸送会社とタッグを組み、自社品に特化したパターンのパッケージ実証試験(耐圧試験、振動試験など)を一度は実施しましょう。

どうしても現場に相談する時間がなければ、外部に「DGR認証梱包ソリューション」も相談できます。

3. 書類の多重チェックを仕組みに

ラベル類や申告書、SDSおよび商品スペックの各種書類について、必ず「社内責任者」「現場担当者」「第三者(外部の安全担当)」の三段階でクロスチェックするルールを設けましょう。

この時、チェックシートをアナログ紙で残しておけば、万一の追跡調査や証拠としても活用できます。

4. サプライチェーン全体でのリテラシー底上げ

サプライヤーや外部工場に依存している場合、対等な立場で「IATA DGR順守」を徹底してもらう必要があります。

受領したリチウム電池部材の技術資料や安全認証/証明書類を標準装備にすることで、「検品時点での不一致」や「輸送拒否」という最悪の事態を未然に防げます。

また、バイヤーの観点からは「DGR対応をお願いしたい」と仕様書で事前に明記し、価格交渉の材料にも利用できます。

代替梱包案の提案と可能性

UN規格箱の利用と、カスタム梱包サービス導入

現在、一般流通しているUN規格のパッケージ(例:UN4GやUN4GV箱)は、さまざまなリチウム電池規格に柔軟に対応できるよう設計されています。

これらを利用することで、DGRの要件をクリアしやすくなります。

さらに、近年では「DGR完全対応パッケージサービス」を提供する専門事業者も増えています。

これらのサービスを活用すれば、自社の現場負担を大幅に減らせます。

モジュール梱包と現場カスタマイズの融合

サプライヤーからの納入パッケージ仕様と、自社から出荷する際の航空輸送パッケージ仕様(リパック対応)を分離し、現場で「最適パッケージング」を組み合わせる方式が有効です。

現場作業員にも複数パターンを教育し、バッファとして運用することで、柔軟な出荷対応を可能にします。

現地在庫+海上輸送の“ラストワンマイル回避”

航空DGRでの制約を回避するラテラルな発想としては、一部調達先で現地倉庫を設置し、基幹部材は海上輸送で調達、現地で組み立てるという手も現実的です。

航空運賃値上げや供給途絶リスク対策にもなります。

まとめ:バイヤー・サプライヤーは“共通言語”でつながろう

IATA DGRのリチウム電池規制は、高度な専門知識と現場ノウハウ、そして最新情報収集力が不可欠です。

バイヤー、現場担当、そしてサプライヤーそれぞれの立ち位置を超えて、“安全”という共通言語のもと、クリアなコミュニケーションとルール順守を徹底しましょう。

失敗や事故は業界全体の信頼性にも深く関わります。

地道な現場改善とラテラル発想の融合こそ、今日のグローバル競争時代を生き抜くための唯一の道筋です。

ぜひ、この記事が皆様の“明日の現場力”向上、そして新しい価値創造のヒントになれば幸いです。

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