投稿日:2025年10月8日

靴の中敷がズレにくい形状設計と接着剤塗布条件の工夫

はじめに

靴の快適性を大きく左右する要素の一つに「中敷(インソール)」があります。
中敷は歩行時の衝撃吸収やフィット感の向上、さらには靴内部の衛生管理にまで関わる重要なパーツです。
しかし、多くの製造現場では「中敷が擦れてズレてしまう」「接着が不十分でめくれてしまう」といったトラブルが未だに発生しています。
特に、昭和の時代から続く工程では、昔ながらの方法に依存していることが多いため、根本的な解決に至っていないケースも少なくありません。
本記事では、靴の中敷がズレにくい形状設計と、最新の現場ノウハウを活かした接着剤塗布条件の工夫について、現場目線で深堀りして解説します。

靴の中敷がズレる要因を現場目線で考える

中敷のズレ発生メカニズム

中敷がズレる主な要因には、以下のようなものがあります。

・歩行時や着脱時の摩擦と応力
・靴内部の湿気や温度変化による接着力の低下
・中敷と靴本体との面積・形状の不一致
・想定以上の曲げ変形による引っ張り脱落

特に、現場における品質トラブルの多くは「接着工程の管理不十分」や「設計段階でのフィードバック不備」に起因しています。
現場で実際に靴を解体した後、「あれ。ここ、ちゃんと接着剤塗られてない・・・」という事例は決して珍しくありません。
こうした課題は、一見地味ですが、根本的な「工程設計」と「材料選定」に立ち返らなければ、本質的な解決にはつながりません。

バイヤー・サプライヤー双方が気付くべき観点

バイヤーの立場からは、カタログスペックやサンプル提出時の満足度を重視しがちですが、実際のエンドユーザーは「耐久性」「歩き心地」「経年劣化による不具合」を重視します。
一方、サプライヤーは「コスト優先」「定型作業でのリスク最小化」に意識が偏りがちです。
このギャップが、中敷ズレ問題の見逃しにつながります。

ズレにくい中敷の形状設計—考え方とポイント

ラテラルシンキングで設計を見直す

従来の設計発想では「中敷=楕円形」や「靴本体と同形状の単純な貼り合わせ」しかありませんでした。
しかし本当にそれが最適でしょうか?
実際の現場では、歩行パターンや荷重分布、個人差による力の加わり方は様々です。
そこで大切なのは、

・前後左右方向へのズレ(せん断力)を物理的に受け止める形状
・部分的な浮きを防止する「波型」「凹凸(蛇腹)」スリット
・アッパーやソール内壁との「かみ合わせ」構造

など、“ラテラル=横方向”の動き・発想を重視した工夫です。

たとえば、以下のような形状設計例が考えられます。

・かかと側をカップ状に立ち上げて囲む
・土踏まず下にシェル(貝殻状)リブを設ける
・前足部外側に小さな返し(ストッパー)リブを設置
・中敷自体のフチ部分を立体形状に形成
こうした立体的なかみ合わせが、単なる平面貼り合わせより遥かに「ズレ」を防ぎます。

現場で生きる実践例

例えば私の経験した某婦人靴メーカーでは、ヒールタイプごとに最適な中敷形状を「実機解体→歩行試験→ユーザーアンケート→設計反映」とPDCAを徹底しました。
このとき大きく効果を出したのが、「つま先・かかと部でのダブルストッパー形状」です。
ユーザーの“脱げにくい”という評価とともに、再接着や不良率が大幅に減りました。

接着剤塗布条件の工夫が生む品質向上

現場の失敗事例と教訓

どれだけ理想的な設計をしても、現場での接着工程ミスは避けられません。
多くのトラブルは、

・「塗布量が少なすぎる/多すぎる」
・「乾燥時間が短すぎる」
・「接着剤の選定ミス(溶剤型と水性型の使い分けなど)」
・「温度・湿度管理の不徹底」

こうした工程上の勘違いから生じます。
特に、職人の「感覚」に依存しすぎる工場では、いまだに均一な塗布が難しいのが現状です。

最新事例:自動化とアナログの最適融合

近年では、塗布ロボットや画像センサーで「適量・均一」管理を行う例が増えてきました。
たとえば、塗布範囲と量をセンサーでリアルタイム分析し、人によるバラつきを統計管理できる工場もあります。
一方、小規模な現場・多品種少量生産の現場では、全自動化が現実的ではありません。
ここで重要なのは、「工場ごとに最適なバランスを見極める」ことです。
たとえば、

・ねらい目:一部クリティカル箇所のみ自動塗布、他はベテランの感覚+チェックリスト管理
・塗布ガイドツール(テンプレートまたはガイド治具)の導入
・異常発生時のリアルタイムモニタリング体制

こうした「アナログの長所」と「デジタルの精度」の融合が、品質とコストの両立を実現します。

接着剤選定—基礎から最先端まで

接着剤にも様々な種類があり、現場では多くの試行錯誤が繰り返されています。
代表的なものに、

・ウレタン系(柔軟性と強度のバランス)
・EVA系(水性で人体・環境への負荷低減)
・ホットメルト(加熱圧着で生産スピードアップ)

また、最近では「耐湿性」「耐熱性」「速乾性」「剥がしやすさ(リサイクル対応)」など、用途に応じた高機能材も台頭しています。
現場では、靴本体と中敷、さらに表面素材の相性を見ながら、最適な材料選定が求められます。
調達・購買担当者やバイヤーも、「コストパフォーマンス」だけでなく「長期的な信頼性」「サステナブル性」を意識した選定眼がポイントとなるでしょう。

アナログ業界だからこそ求められる“問題発見力”

どんなに自動化が進んでも、現場には「職人の知恵」「現物を前にした問題発見力」が欠かせません。
昭和から続く製造の現場には、“押し付けられた工程”ではなく“納得感のある仕組み”を現場が自ら作る文化も必要です。
たとえば、

・現場スタッフが月に一度、お客様からのクレームや修理品の現物を分解してフィードバック
・設計と製造が密接に情報連携(ZDT:Zero Distance Team)
・現場改善提案制度の活用(小さな工夫も立派なイノベーション)

こうした“人に根ざした現場改善”こそが、アナログ業界における本当の競争力です。

まとめ:バイヤー・サプライヤーが持つべきマインド

靴の中敷がズレにくい形状設計、接着剤の塗布条件の工夫は、一見すると単なる現場のノウハウやQC活動のように見えるかもしれません。
しかしそこには、「顧客視点で本質的な課題に迫る姿勢」と「現場と設計者の密なコミュニケーション」、「デジタルとアナログ融合による最適解追求」という、製造業らしい奥深さがあります。

サプライヤーは今一度「現場発の生の声」を拾い上げ、バイヤーは「安さ」だけでなく「価値」と「現場の見えない工夫」に目を向けてみてはいかがでしょうか。
現場の小さな改善が、やがては大きなブランド力・業界優位性に結びつくこと。
この記事がその第一歩となれば幸いです。

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