経営者の思いつきで投資が失敗し現場に影響が出る問題

はじめに：経営者の思いつき投資が現場にもたらす影響

製造業においては、現場の安定稼働こそが企業の成長と持続的な利益を生み出します。

ですが、昨今のグローバル競争や経営環境の変化の中で、経営者が「新しいことをやろう」「話題のテクノロジーを導入しよう」と、現場の意見や実態を十分に把握しないまま、トップダウンで投資判断を下すケースが増えています。

その結果、実装に失敗し、現場の混乱やモチベーション低下を招いた事例も少なくありません。

本記事では、経営者の思いつき投資がなぜ失敗するのか、どのような問題を現場にもたらすのか。
また、その背景にある業界特有のアナログな体質や、現場・バイヤー・サプライヤーの各視点を交えて、実践的な解決策まで掘り下げて考察します。

経営者の思いつき投資が起こる背景

昭和型トップダウン文化の根強さ

日本の製造業、とくに大手老舗メーカーでは、昭和の高度成長期に培われたトップダウンの意思決定プロセスが色濃く残っています。

社長や役員クラスの「一声」で大型設備投資が決まったり、現場の声を十分に吸い上げないままIT化や自動化プロジェクトが進行する。
その背景には、オーナー経営者や功績を積んできた幹部の「俺の感覚が正しい」「前例を覆したい」という独断も見られます。

業界全体に根付くアナログ志向

調達購買や工場運営の分野では、いまだFAXや紙伝票、手作業の記録管理が残る現場も多いです。

その一方で、経営層は「デジタル化でコスト削減・効率化せよ」とのプレッシャーを強めています。

現場を知らないまま、外部コンサルティング会社やITベンダーの「最新技術」の説明を鵜呑みにしてしまい、使いこなせないシステムや、需給ギャップを生む自動化設備への投資が度々見受けられます。

失敗投資が現場にもたらす具体的な問題

現場従業員の負担増大

新しい設備・システム・ルールが突然導入された場合、マニュアルや運用プロセス、自主点検など、現場では膨大な追加作業が発生します。

教育や移行期間が十分に確保されていなければ、従業員は「なぜやるのか分からないまま」無理やり新しいやり方に適応せざるをえず、ストレスやミスが増え、生産効率も低下します。

バイヤーやサプライヤーとの連携悪化

調達購買領域では、調達先（サプライヤー）との長年の信頼関係と、現場バイヤーの実践的な判断が品質を支えています。

そこへ突然、経営層主導で「脱属人化だ」「AIやDXで商談・評価を自動化せよ」といったシステムが持ち込まれると、現場は現実的な運用イメージを持てません。

サプライヤー側からも、「現場バイヤーの動きが急に不透明になる」「取引が定型化されて臨機応変な対応ができなくなる」など、不信や不安の声が上がります。

品質リスク・供給リスクの拡大

製造現場やサプライチェーンは、実に多くの“匠の技”や職人芸で成り立っています。

突然の機械化や自動化、アウトソーシングによって「暗黙知」が失われ、現場のコントロール力が低下することで、品質事故や納期遅延のリスクも増大しています。

投資コストの回収困難・損失発生

経営者の思いつきによる大型投資は、事業計画やシミュレーション精度が甘くなりがちです。

肝心の現場にフィットしないまま稼働率が上がらず、減価償却できない設備や、実情に合わず稼働停止したシステムが“負の遺産”になる事例も珍しくありません。

なぜ現場は声を上げづらいのか？

報復や責任転嫁への恐れ

役員・経営者の決定に異を唱えると、「抵抗勢力」とみなされ人事考課に響く。

あるいは、過去に“逆らった”現場が連帯責任で厳しく処分された事例もあり、「波風を立てない」のが安全という空気が今も根強くあります。

現場対経営層の“情報格差”

現場では“本音”を共有できるのは同じ現場組だけ、という傾向が強く、経営層は“現実”を詳細には把握しきれていません。

ベテランバイヤーやライン責任者のノウハウが属人化しており、経営・IT部門が実情を十分に理解しないままプロジェクトが決まってしまいます。

バイヤー、サプライヤーの視点から考える

バイヤーが危惧する点

調達バイヤーは、コスト交渉や交渉力アップにDX化・自動化ツールの活用を期待しつつも、「大切なサプライヤーとの“間柄”や現場からの情報吸い上げが疎かにならないか」を強く気にしています。

人手不足解消や属人脱却という名目で、現場の業務が機械的になりすぎると、大事なトラブルの芽やサプライヤーのSOSをキャッチできないリスクがあります。

サプライヤーが感じるバイヤーの誤解・不安

サプライヤーの立場では、大手メーカーのバイヤーが突然「新システム導入なので対応をお願いします」と伝えてきても、元々長く築き上げた“現場のきめ細かいやり取り”が失われ、仕様変更・納期調整・コストダウン交渉…など、細かな調整がやりにくくなってしまう点に不安を感じています。

また、過去にシステム変更で大混乱が起きた事例を見ている現場ベテランは、「また現場にしわ寄せが来るのでは」と警戒することも多いです。

現場と経営のギャップを埋めるために

徹底した現場ヒアリングの重要性

システムや設備導入の前には、必ず現場担当者や実際に運用・管理する人たちへの徹底ヒアリングが不可欠です。

「現場で何に困っているか？」「今のやり方のどこに非効率があるか？」「導入してほしい機能は何か？」など、生の声をしっかり吸い上げましょう。

現場主導で「小さく試す」「効果を実感してもらう」段階を経ることが、最終的な浸透・定着の一番の近道です。

現場と経営層との“巻き込み型投資スタンス”

昭和型のトップダウン主義ではなく、いま求められているのは“ボトムアップと巻き込み型リーダーシップ”です。

現場のリーダー層やバイヤーをプロジェクトの初期段階から参画させ、経営側と一緒に「現場目線」と「会社全体利益」をバランスさせた最適解を模索すべきです。

また、外部のコンサルやシステム会社任せにせず、現場から社内“実現部隊”を作って、トライアル運用や現場独自のカスタマイズ提案を積極的に奨励しましょう。

バイヤー、サプライヤーの対等なパートナリング

バイヤーとサプライヤーは、「コスト削減」や「契約管理」の文脈だけでなく、“現場で何が起きているのか”を相互に共有できる関係性が理想です。

技術開発、品質改善、納期調整などの情報をタイムリーに交換し、双方でリスクを未然に防ぐ“協業型パートナリング”こそが、急激な投資判断や変革にも対応できる現代型の強いサプライチェーンを生み出します。

失敗を防ぐための5つの提言

1. 現場ヒアリング抜きの投資判断は禁止する
2. 現場キーパーソンを初期から必ずプロジェクト参画させる
3. 小さな範囲で“実験導入”して現場が納得できるまで拡大を急がない
4. 現場不在のIT/設備投資は数年で「負の遺産」化するリスクを必ず社内共有する
5. バイヤーとサプライヤーから「現場の課題」をリアルタイムで吸い上げる情報共有インフラを用意する

まとめ：時代に合わせた“新しい地平線”の開拓者に

経営者の思いつきで現場に降ってくるような投資判断は、現場に混乱と負担だけを残すリスクが高いです。

一方で、現場の知見×経営の視野×ITの可能性をうまく融合できれば、いままで考えつかなかった効率化や、現場とサプライヤーの関係強化による新たな価値創出も可能です。

混沌とした変革期にあって、現場の「生の声」と「現実的な痛み」を会社全体の進化と成長につなげられる――そんな、現場・バイヤー・サプライヤー三位一体の“現実解”を探し続けることこそが、次世代の製造業を牽引していく新しい地平線となるでしょう。