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顧客が勝手に規格をすり替えるときの法的リスク

目次
はじめに
製造業に従事していると、納品先である顧客から「ちょっとだけ規格を変更して納品してほしい」「細かい規格だけど今度からこっそりこうしておいてほしい」という依頼を受けることがあります。
また、現場感覚として、自社で決めている仕様と、顧客が事後的に要求してくる仕様にズレが生じることも珍しくありません。
“昭和型”の取引文化が根強く残る業界においては、口約束や現場の阿吽の呼吸で「まあこれくらいなら……」と規格のすり替えが黙認されているケースもしばしば見受けられます。
しかし、この「規格のすり替え」は、一歩間違えれば重大な法的リスクにつながります。
本記事では、現場目線と経営目線を織り交ぜつつ、顧客側が勝手に規格をすり替えた場合の法的リスクについて掘り下げていきます。
また、バイヤーを目指す方やサプライヤー視点でバイヤーの心理を知りたい方にも、押さえておくべきポイントを論じます。
よくある規格すり替えのシーン
「今まで通り」で危うい現場運用
製造業のベテランであれば、長年のお付き合いがある顧客から「今回だけ規格を少し違う形でお願い」と頼まれ、その場の判断で応じた経験が一度や二度はあるのではないでしょうか。
表面上は「今まで通り」の信頼関係に見えても、実際は納品実績表や品質証明書には“元々の規格”で記録してしまい、実製品は“新品目”で出荷――このような運用がズルズルと続いてしまうケースがあります。
営業・調達と現場間の情報非対称
バイヤーサイド、特に大手企業では、営業部や調達部が自社要件を現場に伝達しきれず、意思疎通のズレが発生します。
たとえば、技術部門が独自にマイナーチェンジ仕様を設計図へ反映したが、他の部門では旧仕様のまま認識していた――そんな場面が今もなお起こり得ます。
このような「現場と管理部門の情報非対称」は、結果的に規格すり替えを助長する土壌となります。
規格すり替えが引き起こす主な法的リスク
契約不履行(債務不履行)リスク
商取引は、原則として契約書や発注仕様書に記載された内容がベースとなります。
顧客が勝手に規格を変更、あるいは事後的に「この規格で納品されたことにしてほしい」と要求した場合、本来の契約内容から逸脱するため、極めてグレーまたはブラックな状況を生み出します。
たとえば、もとの規格と異なる製品を納入し、不具合や事故が発生した場合、供給側(サプライヤー)は「契約違反」とみなされ、多額の損害賠償請求リスクに晒されることがあります。
品質保証・製造物責任(PL法)リスク
日本の製造物責任法(PL法)では、最終ユーザーが製品の欠陥により損害を受ければ、製造者が広範な責任を負うことが規定されています。
仮に顧客側の希望で規格を変更していたとしても、そのことを正規のドキュメントとして残していなければ「仕様通りに作っていない」という評価になりかねません。
内部事情としては「顧客の身勝手な指示」だったとしても、法的にはサプライヤー側が全面的な責任を問われることがあり、結果として多大な賠償金やリコール費用の発生につながりかねません。
輸出入取引での違法リスク(コンプライアンス違反)
とくに自動車部品や電気電子部品など、グローバルサプライチェーンが絡むケースでは、国際的な規格や包材基準、環境安全基準(RoHS, REACH)などへの適合が不可欠です。
顧客が勝手に「この程度の仕様変更なら問題ない」と考えて規格をすり替えてしまうと、最終的に輸入先国での違法行為・製品差し止め・巨額のペナルティが課せられるケースも生じます。
顧客による規格すり替えが発生する背景
コストダウンや納期短縮への圧力
多くの場合、顧客(バイヤー)は、他サプライヤーや海外仕入先と比較し、コストダウンや納期短縮を追求しています。
このプレッシャーの中で「旧仕様品を転用できないか」「少しだけスペックを落としてくれないか」という要求が現れやすくなります。
バイヤー個人の異動や番号が変わるタイミングで、元仕様の定義が曖昧なまま“新しい常識”が現場に伝わってしまうことも要注意です。
営業現場の過度な顧客迎合
日本の製造業の商慣習として、顧客第一主義=顧客の要求全て従うことと解釈されやすい歴史があります。
営業・技術サービス部門が「顧客が言う通りにしておけばクレームも出ない」と現場判断してしまうことで、本社の規定や認証体制を飛び越えた“抜け道”が温存される土壌が作られているのです。
サプライヤーが注意すべき対応策
口約束や小変更こそ記録を残す
現場感覚では「わずかな規格変更くらい記録しなくても大丈夫」という考えが蔓延しやすいですが、商取引上は全ての仕様変更について文書による記録(エビデンス)が必須です。
たとえ“お得意様”でも、その場の口約束やメールだけで済ませず、
– 発注書の再発行
– 仕様変更合意書
– 立会検査記録
など、後から「言った言わない」のトラブルにならないよう必ず合意書面を残しましょう。
技術部門・営業部門・法務部門の連携体制構築
規格のすり替えが発生しやすいのは、部門連携が疎かになっている会社に多い傾向があります。
とくに購買部と技術部、品質保証部、そして法務部門が月次でミーティングを設け、規格管理台帳を相互チェックする仕組みが不可欠です。
一元管理された情報共有体制が整えば、小さな油断や慣れによる規格逸脱を未然に防ぐことができます。
ISO・IATFなどの品質規格の遵守強化
ISO9001や自動車業界向けIATF16949など世界標準化の流れでは、「変更管理」ルールの厳格な運用が求められます。
全ての顧客要求や発注変更は、公式プロセスに則って合意し記録化する──この“当たり前”を現場の隅々まで徹底することが、最大のリスクヘッジとなります。
“古き良きアナログ文化”からの脱却が鍵
昭和時代から日本の製造業が培ってきた「現場の知恵」「柔軟な対応力」は確かに大きな強みです。
ですが、今やグローバル化・IT化・法規制強化の時代。
従来の“現場精神”だけに頼る運用は、重大な法的リスクに直結します。
特に若手の現場リーダー層や、バイヤー志望の人材には、「昔からそうしてきたから大丈夫」「細かいことは現場に任せておけば良い」という思考を脱却し、自社も顧客も守るための“攻めの法務感覚”を身につける必要があります。
おわりに ― バイヤー・サプライヤー双方での気付きが製造業を強くする
規格のすり替え問題は、決して一方的な「悪意」や「手抜き」が原因ではありません。
むしろ、日本製造業の現場特有の誠実さが、「顧客のために……」と結果的に法的リスクを生む皮肉な循環とも言えます。
バイヤー(調達購買担当)の立場からすれば、自社サプライヤーが本当に顧客のためを思って行動してくれているのか、形式だけでなく実質的な品質保証を担保できているのか、常にダブルチェックが求められます。
一方、サプライヤーの立場では、長年の商習慣に安住せず、手間でも必ず合意書面を残す・社内コンプライアンスを遵守するといった基礎動作の徹底が不可欠です。
これから工場長やバイヤーを目指す方、現場で実践を重ねてきた方へ。
“アナログ伝統”の良さを活かしつつ、そこにデジタルとリーガル・マインドを掛け合わせることで、日本製造業はより強靭な未来を切り拓くことができるはずです。
規格すり替えの法的リスクを正しく怖がりながら、現場もバイヤーも一丸となったコンプライアンス経営に転換する時代が、今まさに訪れています。
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