投稿日:2025年8月26日

物流リードタイムが仕入先見積に反映されない問題

物流リードタイムが仕入先見積に反映されない問題

はじめに:なぜ今、「物流リードタイム」が注目されているのか

近年、グローバル化の進展やサプライチェーンの複雑化、また2020年以降のコロナ禍や地政学リスクの影響で、物流の重要性はかつてないほど高まっています。

日本の製造業は、長年にわたりコストダウンやジャストインタイム(JIT)の徹底などで品質と納期を両立してきました。

しかし、これらの活動は多くの場合、「現場のがんばり」によって支えられてきた部分も大きいと言えます。

一方で、調達購買担当者やバイヤーが仕入先から受け取る見積書には、「物流リードタイム」が十分に織り込まれていないケースが多くみられます。

本記事では、現場目線でこの問題を深く掘り下げ、業界全体が直面する構造的な課題、そして今後に向けた実践的な解決の糸口を考えていきます。

物流リードタイムとは何か ― 概念と現場との差

物流リードタイムとは、部品や製品の発注から納品までにかかる時間のうち、物流にまつわる一連のプロセスの所要時間を指します。

具体的には、仕入先(サプライヤー)工場から自社工場までの輸送、通関、配送センターでの仕分けなど、物理的な移動に要する時間です。

書類上は数日であっても、実際には休日や祝日、天候不順、物流会社の繁忙期などによって大きく変動するため、「理論値」と「実態値」にはしばしばギャップが生じがちです。

現場では、「このパーツは韓国から船便で来るが、スケジュール通り届いたことはあまりない」といった不満がしばしば聞かれます。

しかし、仕入先から提出される見積には「港〜港」の最短リードタイムが記載されるのみで、実際の総リードタイムとの乖離が隠れたまま進行するのが実情です。

なぜ物流リードタイムを正確に見積に含めないのか?

この背景には、いくつかの昭和的な「業界慣習」が強く影響しています。

第一に、「物流はコスト構成の外部要因」という認識が根強いことが挙げられます。

調達部門や仕入先営業は、価格構成を「材料費+工賃+諸経費+利益」に分類し、そのうち物流費や所要日数を「後回し」にする傾向があります。

また、見積取得の早期化・短納化が至上命題となる中、サプライヤーは「とにかく短めに、安めに見せる」ことで受注確度を高めようとします。

さらに、工場や本社が分業化されている企業では、「輸送」は第三者(物流会社)任せであり、サプライチェーン全体の統制が効きにくい構造になっています。

このため、見積段階で「物流リードタイムの遅延リスク」を正直に開示するインセンティブが乏しくなっています。

見積と現実のギャップが生むリスク

物流リードタイムが正しく反映されていないことで、製造現場はどのようなリスクを抱えるのでしょうか。

まず、「生産計画の乱れ」です。

例えば、発注先の見積では“納期:発注後14日”と記載されていたのに、実際は物流混雑や通関遅延で20日かかった場合、組立ラインや下流工程に大きな遅延が発生します。

とりわけリードタイム短縮や在庫最適化が常態化している現場にとって、「6日の遅れ」は重大なトラブルです。

また、スループット低下や緊急調達費用の増加によるコストアップ、営業信用の低下といった、副次的な損失も無視できません。

さらには、昨今の海上コンテナ不足、トラッカー不足など「供給側の制約」が常態化し、見積時点の物流条件が数週間後まで維持される保証はありません。

仕入先とバイヤーの実態認識のズレへ―すれ違いの根源

なぜ仕入先とバイヤーの間で、こんなにも「認識のズレ」が生まれるのでしょうか。

一つに、「情報共有の在り方」が挙げられます。

現場は仕入先から「最短値」で示されたリードタイムをそのまま信じて生産スケジュールを組みます。

一方仕入先は「ある程度のバッファ(余裕)があるだろう」と期待します。

また、「業界の慣習」として、納期遅延の発生時には都度“言い訳”やフォローアップで済ませ、「根本的な見積の見直し」には踏み込まないケースも散見されます。

加えて、バイヤー側も「物流リードタイム」まで突っ込んでヒアリングせず、「サプライヤー値」をそのまま鵜呑みにする傾向が残っています。

ここには、 “曖昧なまま波風を立たせない” という昭和的な「察し」の文化の影響が色濃く残っています。

アナログ業界の「昭和の遺産」から抜け出すには

今後、物流リードタイムを正しく見積に反映させるためには、「見える化」と「構造改革」が必須です。

デジタル化が進みにくいと言われる製造業ですが、IoTやクラウド技術の進展は物流プロセスの可視化を可能にしています。

例えば、調達システムと物流トラッキングシステムの連携により、部品の「積み込み~到着」までの実績データを自動収集、バイヤーとサプライヤーが同一のデータを参照することで、「想定と実態の乖離」をリアルタイムに把握できます。

また、見積依頼(RFQ)時に「過去実績によるリードタイム履歴」や「物流ルート条件の明示」をルール化し、リスクを織り込んだ納期設定を必須化すれば、無理な納期約束の抑止にもつながります。

経営層やシステム部門の協力を得て、サプライチェーン全体の「抜本的な標準化」が求められます。

現場発:具体的なアクションプラン

では、実際の工場現場や調達部門、サプライヤー担当者がとりうる実践的アクションをいくつかご提案します。

・見積依頼フォームに、「物流リードタイム(内訳:工場〜港、港〜港、港〜自社工場等)」の明記欄を設置する
・実納期と見積納期の乖離が過去何件あったかをサプライヤーごとに集計し、次回見積時の参考値とする
・物流混雑や国際情勢、天候リスクに関する「月次トレンド」情報を共有し、バッファ日数を協議する
・緊急調達用のエクスプレス便やバーチャル在庫の活用を事前に協議し、柔軟なフローを確立する
・現場業務だけでなく調達・生産・営業など関連部門で「物流リードタイム影響会議」を定期的に開催し、リスク認識を統一する

これらは小さな取り組みですが、積み重ねることで確実に「現場の混乱回避」につながっていきます。

バイヤーを目指す方・サプライヤー担当者へのメッセージ

バイヤーを志す方には、単に価格や納期の面で仕入先と交渉するだけではなく、「物流リードタイム」という視点を重視することを強くおすすめします。

また、サプライヤー側に立つ方は、「どこまでが自社の責任範囲か」だけでなく、「物流全体を俯瞰したリスク管理」の重要性を、ぜひ今一度見直していただきたいと思います。

物流リードタイムは“見積書の小さな数字”ではなく、ものづくり品質やあなたの信用を左右する「現場の根幹」です。

まとめ:物流リードタイムの正しい見積が、ものづくりの未来を拓く

物流リードタイムが見積に正しく反映されない問題は、製造業の現場目線で見ると、決して小さな課題ではありません。

昭和の時代から続く業界慣習に甘んじるのではなく、現場・バイヤー・サプライヤーが一体となって、透明性と協調性を持ったロジスティクスを構築することが、これからの製造業には強く求められています。

現場のリアルな課題を拾い上げ、「物流リードタイム」の再認識と運用改善を進めることで、サプライチェーン全体の健全性と競争力を大きく高めることができるでしょう。

今こそ、業界全体で新たな地平線を切り拓いていくタイミングです。

製造の現場で培ったノウハウをもとに、一緒により良い未来を創っていきましょう。

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