投稿日:2025年10月30日

地域ブランドを立ち上げるときに避けるべき「郷土愛の落とし穴」

はじめに:なぜ今、地域ブランドが注目されるのか

近年、「地域ブランド」の立ち上げが多くの製造業、特に中小規模のメーカーや地場産業で盛んです。

地方創生への期待。
人口減少や市場縮小を補うために、今ある強みをパッケージ化し広く訴求する動きが活発化しています。

しかし、これまで数々の現場に携わり、地域ブランドプロジェクトの実務に関わってきた経験から、成功事例の影に数多くの失敗が潜んでいることも見てきました。

その特徴的な原因の一つが「郷土愛の落とし穴」です。

郷土愛と地域ブランド、その微妙な距離感

郷土愛が原動力になる理由

地域ブランドの構築には、その土地に対する熱い思い、歴史や伝統に対する誇りが大きな推進力になります。

企業経営者も従業員も、地元への愛着から「もっと知ってもらいたい」「守り継ぎたい」といった想いを原点にしがちです。

これは地場産業の強みでもあり、忌避すべきものではありません。

陥りやすい「内向き思考」

しかし、この郷土愛が時としてブランド構築の盲点に変わります。

現場のリアルな事例を交えると、多くの場合、以下のような現象が見られます。

– 長く続く伝統を前面に押し出し、時代性や消費者視点を置き去りにする
– 「これが地元の常識」と信じて疑わず、外部の評価基準にアンテナを張らない
– 商品や技術の“うんちく”が先行し、市場ニーズとの距離が開いていく

バイヤーやサプライヤー、さらには消費者に響くブランドとするためには、「郷土愛=思い入れ」と「市場価値=客観性」をいかにバランスさせるかが極めて重要です。

現場目線で見える「郷土愛の落とし穴」具体例

1. ローカル色の押し付け

たとえば、伝統工芸品や地場食品でよく見られるのが、由来や歴史、方言、ローカルのみで通じる価値観やストーリーに終始し、顧客やバイヤーが本当に欲しい価値(使い勝手、コスト、味覚トレンドなど)が二の次になるパターンです。

これでは、「何となく格式高い」「難しそう」という印象を与えるだけで、販路は狭まる一方です。

2. 社内の同調圧力

地域ブランドの立ち上げを担う部署やチームで、「昔からのやり方」を変えることに極端な抵抗が出るケースも少なくありません。

現場で「俺たちの地元を分かっていない」と批判が強まり、新しいマーケティング手法や製品開発への挑戦が封じられることもあります。

製造・品質管理の現場では特に、このような閉じた空気が技術革新や標準化の妨げになりがちです。

3. 顧客不在の価値押し付け

「地元じゃ有名」「地元民には常識」といった基準で企画、製造を進めると、多くの場合、市場やバイヤーが実際に重視する「解決したい課題」「新規性」からズレが生じます。

このギャップが生産管理や調達購買の現場で無駄な在庫や損失を生み出す原因となるのです。

昭和的アナログ業界の思考から脱却するには

市場の流れを「徹底的に外から」見る視点

私は工場長や生産管理責任者として、何度となく「自分たちの常識」を疑う場面に直面しました。

成功する地域ブランドは、まず「外の目線」が前提になっています。

– 消費者の現在の欲求は何か
– バイヤー(仕入担当)はその商品・サービスのどこに注目するか
– 競合他社、他産地がどう差別化しているか
– 規格や標準化、付加価値の作り方にトレンドはあるか

これら全てを、「地元の常識」ではなく、市場の文脈に移して翻訳するスキルが必要です。

テクノロジーと共存した「見える化」の徹底

昭和アナログ体質が根強い工場、サプライヤーの現場において、データの可視化や客観的な評価基準の導入は不可欠です。

品質管理や生産実績など、ファクトベースで現状把握し、「思い込み」や「過去の常識」に左右されない評価軸を育てていくことが、ブランドとしての力を底上げします。

バイヤー・サプライヤー視点で考える地域ブランドの条件

「地元ならでは」を「市場にも分かる言葉」に落とし込む

バイヤー、特に大手流通や海外担当者は、単なる郷土色の強さよりも「それが購買理由になるか」を厳しく見ています。

たとえば、食品業界なら「地元野菜で栄養価が高い」だけでなく、「○○産の旬野菜がもつ独自ポリフェノール成分」「OEM供給に耐えうるロット管理体制」、加工・物流面での柔軟性など「選ばれる理由」を明確に言語化できないと、強いブランド化は実現できません。

サプライヤーとしては、このような「買う側の理屈」を事前に理解し、自社商品の強みを客観的、データドリブンで示せるように準備することが欠かせません。

持続可能性、今の社会トレンドへの対応

近年、多くの調達購買担当者がESG(環境・社会・ガバナンス)やSDGs(持続可能な開発目標)など“人や社会に配慮した調達基準”を重視しています。

従来の「地元伝統を守る」だけでなく、

– 地域資源を過剰に消費しない環境配慮型の生産
– 雇用や福祉、ダイバーシティへの貢献
– デジタル技術やデータ活用による効率化と透明性

といった要素も、「これからの地域ブランド」には必須となっています。

現場リーダーとして意識したいこと

「外向き志向」の人材育成

地域ブランド構築プロジェクトで重要なのは、「郷土愛」だけにとらわれない「しなやかな思考」を現場で育てることです。

若手だけでなく、ベテランにもマーケットやバイヤーの視点で考える研修、他業種との交流、定期的なPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクル導入が有効です。

「伝統」と「革新」のビーコンを設ける

大切なのは、地元の強みや伝統を守りながらも、現状維持に留まらない「革新」を意図的に仕掛けることです。

例えば製造現場においても、IoTやAIによる品質管理や生産効率化、SNSを活用したユーザーとの直接対話など、時流に乗った仕掛けを一つでも取り入れることが現場を活性化します。

まとめ:郷土愛の「次」にあるものを見据えて

地域ブランド立ち上げの成功には、自分たちの熱い思いだけで突き進まず、「市場」「バイヤー」「消費者」の変化を敏感に感じ取り、そこに価値を翻訳・再編集する力が不可欠です。

郷土愛は最大の強みでありつつも、「自分たちだけの常識」に留まらない。
データ・客観性・テクノロジーを取り入れ、外部と柔軟につながる。
製造・品質・調達、そしてマーケティングが一枚岩となり、「地域ならでは」の価値を世界に伝える準備をし続ける――。

現場で20年以上培ってきた知見を活かし、これからの製造業の皆さまが「郷土愛の落とし穴」を避け、新たな地平を切り拓くお手伝いになれば幸いです。

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