投稿日:2025年8月11日

シミュレーション発注で需要ショックを事前検証し安全在庫を最適化する計画手順

シミュレーション発注で需要ショックを事前検証し安全在庫を最適化する計画手順

はじめに:製造業における「需要ショック」とそのインパクト

製造業に従事している皆さまにとって、日々の調達・供給計画が目まぐるしく変化するのはもはや常態となっています。
とくにコロナ禍以降、世界的な需給バランスの崩壊や突発的な需要の急増・急減――いわゆる「需要ショック」に翻弄された経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
需要ショックに直面した時、適切な在庫計画ができていないと納期遅延や欠品、不良在庫の増加といった重大なリスクにつながります。
また、一方でサプライヤー側の立場では、バイヤー企業の在庫戦略や調達意図を把握できないがために無駄な生産・仕入を行い、収益悪化を招くこともあります。

本記事では、こうした「不確定性」の波に揉まれながらも現場主義で鍛え上げてきた製造業のノウハウと、“シミュレーション発注”というデジタル時代の新たな武器を使い、需要ショックを事前に検証しながら安全在庫の最適化を進める計画手順について解説します。

需要ショックの本質とその発生要因

需要ショックとは、事前に予測していた需要予測の枠から大きく外れて需要が急増または急減する現象です。
たとえば主要顧客からの緊急発注、社会的なトレンド変化、自然災害や国際情勢の急変――こうした要因でこれまでのデータに基づく通常の予測方法が通用しなくなることも多々あります。

  1. サプライチェーンのグローバル化によるリードタイムの長期化
  2. 需要シグナルの伝達遅延・拡散(ブルウィップ効果)
  3. 在庫コストと欠品リスクのトレードオフ

こうした現象の根底には、「不確実な未来」に対してどう備えるかという経営判断の難しさがあります。
それ故に、パターン化された手法だけでは対応しきれず、現場の勘や過去の経験に頼りがちだったのが昭和から続く日本の製造現場の現実でした。

アナログ現場で根付いた「勘と経験」の限界

実際の工場や購買現場では、長年の経験則から「このモデルはだいたい月に2,000個前後売れる」「この顧客は急に3倍発注してくる傾向がある」といった口伝のノウハウが賢く共有されてきました。
こうした実践知は今なお貴重です。
しかし、需要ショックの規模やスピードが従来のレベルを超えた現在、属人的な管理だけでは対応しきれないという声が、私の周囲でも急増しています。

特に「需給調整」「安全在庫の設定」などは、過去の数値に±αで調整するのが慣例となり、根本的な最適化には発展していませんでした。
結果、在庫過多や慢性的な欠品体質から脱却できず、経営層の判断までが“昭和的”なやり方で回る企業も珍しくありません。

シミュレーション発注とは何か?

こうした現場課題を解決するために近年注目されているのが「シミュレーション発注」です。
これは、ITやデジタル技術を活用し、複数の需要シナリオや供給制約をもとに短期間で大量の発注戦略を仮想実行(=シミュレーション)し、その結果を検証してから現実の発注や在庫量を最適化する手法です。

具体的には、以下のようなフローで実施します。

  1. 基礎データの整備(需要予測、在庫・リードタイム・生産能力などの現状可視化)
  2. 需要ショック発生時の各種シナリオを設定(例:需要2倍、納期短縮要請など)
  3. シミュレーションツールによる仮想発注検証(不足在庫・余剰在庫・納期遅延などを自動計算)
  4. 安全在庫の新基準設定・発注点の見直し
  5. 役員や関係部門による最終判断・運用開始・PDCAサイクル構築

ポイントは、現場の「勘・経験」ではなく、数字を根拠にしたデータドリブンの計画が短時間で回せることです。
また複数パターンを何度も試すことで、想定外のリスクにも柔軟に備えることが可能となります。

シミュレーション発注を活かした安全在庫最適化の実践ステップ

では、具体的なステップごとに注意点やコツを整理していきます。

① 基礎データの収集と現場ヒアリング

在庫最適化に取り組む前提として、まず自社のサプライチェーン全体の情報を「見える化」することが重要です。
ただし、生データだけでなく、「実際どこで現場のボトルネックが起きているのか」をベテラン作業者や購買担当者からヒアリングで吸い上げましょう。

特にリードタイムやサプライヤーごとの供給安定性などは、データと現場の感覚にズレが生じやすい部分です。
数字と肌感覚、両方のバランスを意識してください。

② ショックシナリオの仮設定

自社の過去のトラブル事例や顧客動向、さらにはマクロで起こり得るリスク(物流遅延、原材料高騰など)を幅広く列挙し、極端なケースも含めて複数パターンを設計します。
昭和的な「だいたい大丈夫だろう」は一切排し、“最悪を想定する勇気”が重要です。

③ シミュレーションツールで仮想発注・在庫推移を試算

最近のシミュレーションツールやERP、SCMソフトでは、各種パラメータを条件変更するだけで、“もしこの時点でこういう発注を行ったら○週間後どうなるか”をグラフやチャートで即座に出力できます。

各シナリオごとに、いつ・どの製品で・どれだけの不足や余剰が発生するかを【数値×ビジュアル】で把握しましょう。
旧来のエクセル手計算も併用して、「なぜこうなるのか?」を現場で議論する時間を設けると効果的です。

④ 安全在庫・発注点の見直しと新ルール設計

シミュレーション結果から、従来よりも高精度な「安全在庫量」「発注点」を算出します。
ポイントは、統一した唱和的なルール設定ではなく、顧客ごと・品種ごとの柔軟な“カスタマイズ”です。
過剰に安全サイドを見すぎると、無駄な在庫コストが大きくなります。
逆に、最小限主義で攻めすぎれば欠品リスクになります。

「どの程度の在庫コストが経営にとって妥当か」「欠品時のペナルティやSLA違反のインパクト」を定量的に判断しましょう。

⑤ 全社的な合意形成・PDCAサイクルの構築

新しい在庫管理・発注ルールは、SCM部門だけでなく、営業・生産・経理・経営層といった他部門も深く関係します。
全社的な合意を得るためには、シミュレーション結果を分かりやすい資料・ストーリーで共有する工夫が必要です。
一度で完璧にはならなくても、「毎月評価→問題発見→小さな修正」を高速で回す、ラテラルシンキング的発想による改善プロセスが重要となります。

現場目線で見る“シミュレーション発注”の効果と課題

【メリット】

  • 突発的な需要変動時でも即座に打ち手を検証しやすい
  • 定量的な根拠で上司や経営層を説得しやすい
  • 持続的な在庫削減・キャッシュフロー改善につながる
  • 「なぜその在庫レベルなのか」を明確に説明できる(ISO対応・得意先監査対応)

【現場で出やすい課題】

  • 「ツールありき」で導入し、現場の納得感を得られないと形骸化しやすい
  • 過去の勘や経験知が軽視されがちで、現場反発が起きやすい
  • データ品質やシステム連携の未整備により「絵に描いた餅」で終わる

このため技術導入だけで満足せず、“人の経験×シミュレーション”を融合し、何度も仮説検証を繰り返すことが何より重要です。
現場目線で、1サイクルごとに小さな改善・検証を重ねていきましょう。

サプライヤー・バイヤー双方に求められる「新しい調達コミュニケーション」

シミュレーション発注を徹底すると、サプライヤー(部品メーカー・協力工場)との情報連携や信頼関係がより重要になります。
バイヤー側の「なぜ急にこの量を発注するのか?」という背景や、「需要ショック時はこのルールで対応したい」という事前説明が不可欠です。

一方サプライヤーも、自社の生産キャパや調達リスクをバイヤーにオープンに伝え、両者でベストな安全在庫計画を組み立てていく土壌を築くことが望まれます。
昭和の“単なるコストハンティング・値切り中心”から一歩進み、デジタル×現場感覚のコミュニケーションへと移行できるかが、これからの調達購買の成否を決めます。

まとめ:シミュレーション発注とともに「現場力」で未来を切り拓く

需要ショックの時代に、在庫を絞りすぎることも、持ちすぎることもリスクです。
その最適解は、“データに基づくシミュレーション”と、現場で培った「リアルな感覚・経験知」の融合にあります。

本記事が、アナログなやり方から一歩抜け出し、現場全体で合理的かつ柔軟な在庫・調達戦略を組み立てたい――そう願う現場やバイヤーの皆さま、そしてサプライヤーの皆さまのヒントとなれば幸いです。

時代の波に流されず、次の“地平線”をみんなで切り開いていきましょう。

You cannot copy content of this page