投稿日:2025年9月17日

購買部門が知るべきTCO(総保有コスト)に基づくコスト削減

TCO(総保有コスト)とは何か? 製造業における本質的コストの捉え方

TCO(Total Cost of Ownership、総保有コスト)は、調達購買の現場だけでなく経営にも強いインパクトを与える重要な指標です。

単純な仕入価格や初期導入コストだけでなく、製品や資材を導入・使用・廃棄するまでの全期間にわたるコストを総合的に評価する考え方です。

日本の製造業は、昭和時代から続く「価格至上主義」の傾向が根強く、調達現場でもいまだに「見積もり安い順主義」が残っています。

しかし、世界標準では、購買担当者やバイヤーはTCOを徹底的に分析し、「安易な価格競争」ではなく「真にコストを下げる手法」へシフトしています。

なぜ今、TCOが改めて注目されているのか?

近年、製造業界を取り巻く環境は大きく変化しています。

サプライチェーンの長期化・複雑化、原材料費・エネルギーコストの高騰、ESG経営(環境・社会・ガバナンス)への対応など、従来の「安く仕入れる」だけの調達が通用しなくなりました。

また、海外サプライヤーの品質や物流トラブル、社会的責任投資(SRI)に対する圧力も高まっています。

このような時代こそ、TCOという総合的な視点でコストを見ることがバイヤーにもサプライヤーにも求められています。

TCOの把握は、「本当に強い現場」「賢い調達」「サステナブルな工場経営」を実現する入口なのです。

TCOの内訳:価格だけでは見えないコストの全体像

TCOは一つの数値で示されますが、その中身は様々な要素で構成されています。

以下では、典型的なTCOの構成要素を解説します。

1. 購入価格(Initial Cost)

一般的に「価格比較」で議論されるのはこの部分です。

確かに最初に発生する大きなコストですが、TCO全体から見ると氷山の一角に過ぎません。

2. 調達管理コスト(Procurement Cost)

見積もり取得、発注・契約管理、支払い業務、データ管理など一連の調達プロセスにかかる人件費、システム費用などです。

特にアナログな業界では、この管理コストが予想以上に高くついていることが多いです。

3. 品質コスト(Quality Cost)

検査・不良品発生時の対応・返品・信用失墜リスクなど、目に見えにくい品質トラブル関連コストです。

内製・外製のどちらでも、隠れたコストとして大きく影響します。

4. 保守・運用コスト(Operating & Maintenance Cost)

設備や部品の場合は特に、保守・点検作業、予防保全、消耗品の補充費用までトータルで見る必要があります。

初期価格が安くても、頻繁に壊れたり補修にコストがかかるパターンは要注意です。

5. ロジスティクスコスト(Logistics Cost)

輸送費・梱包費・倉庫保管費用・通関手数料など。

特にグローバル調達ではこのコストがTCOに与える影響が年々大きくなっています。

6. 廃棄・リサイクルコスト(End-of-life Cost)

製品や部品の寿命が尽きた後の廃棄費用、リサイクル義務への対応費用も見落としてはいけません。

環境規制の強化もあり、今後はこのコストも無視できません。

製造現場で起きる「価格至上主義」の落とし穴

現場では、まだまだ「とにかく安い業者から買いたい」「安い部品に切り替えればコストダウン」といった昭和的発想が強く残っています。

しかし、以下に示すような「価格至上主義による失敗」は枚挙にいとまがありません。

例1)安価な部品に切り替えたがライン停止リスクが増大

A社は、ある部品の仕入先を中国の新規業者に切り替え、購買価格で30%のコストダウンに成功しました。

しかし納入後、不良品率が急増。月2回の緊急設備停止、クレーム処理、追加検査費など目に見えないコストが発生し、逆にTCOは上昇。

しかも現場の士気低下、人件費増大、信頼失墜まで呼び込んでしまったのです。

例2)在庫削減にこだわりすぎて緊急調達コストが増大

B社は「在庫ゼロ運動」を推進しサプライヤーへの発注点をギリギリまで引き下げていました。

しかし、物流遅延や異常気象などの外的要因で部品が届かず、現場が緊急調達に奔走。

高額な緊急輸送費や特急費用が膨らみ、予定のコスト削減は幻となりました。

このように、「安さ=正義」「量を減らせばOK」といった単純な方法では、トータルでコストアップに繋がる危険性があります。

TCO削減に向けた現場実践ノウハウ──調達購買部門の視点から

TCO削減志向のバイヤーは、単なる価格交渉屋ではありません。

「現場起点」で、工場の生産性やサプライチェーン全体の最適化に貢献するプロフェッショナルです。

ここからは、私が現場経験を通じて得たTCO削減の具体策を紹介します。

1. サプライヤー選定基準の再定義

これからは「価格」だけでなく、「品質安定性」「納期遵守率」「技術力」「コミュニケーション」そして「TCOの最小化提案能力」を総合評価するべきです。

現場と連携し「真に現場価値の高い」パートナーを選びましょう。

2. 標準化・モジュール化による手配コスト削減

バラバラな仕様・都度手配をやめ、部品や資材の標準化、共通化、ロット化によってTCO全体を適正化できます。

これにより、調達管理の手間や在庫管理コストも大幅に下がります。

3. サプライヤー連携による品質未然防止活動

サプライヤーを「ただの供給者」ではなく「品質・コスト最適化のパートナー」と位置付けましょう。

協働で「工程FMEA」「定期品質レビュー」「共同改善活動」を実施。

これにより不良品対応やクレームにかかる隠れコストが事前に防げます。

4. IT化・自動化による調達業務効率化

未だにFAXと電話で注文書をやりくりしている現場も少なくありません。

調達〜受け入れ〜検収〜支払いまでをERPやSCMシステム、RPA等で自動化することで人的ミスや工数を減らしTCOを削減します。

5. ライフサイクルアセスメント(LCA)の導入

欧米企業の先進事例にも学び、単なる「初期費用」ではなく全期間にわたるコスト評価が重要です。

環境負荷や廃棄コストを含んだ「LCA」をサプライヤー選定の基準にする企業も増えています。

サプライヤーの視点:バイヤーがTCOで評価する時代、どうする?

これまで多くのサプライヤーは「価格競争」で疲弊してきましたが、TCO視点が強くなった現代は「総合価値を提供できる企業」が選ばれる時代です。

1. 提案型営業の重要性

単にスペック&価格提示ではなく、「どうすれば納入後の運用コストが下がるか」「こんな改善活動で長期的なTCO最適化を実現できる」といった提案が求められます。

一歩踏み込んだ「課題解決営業」で仕入れ先としての地位を確立できます。

2. 品質情報・納期情報の見える化

工場出荷前の品質確認データ、納期遅延リスクの早期通知(リアルタイム可視化)を徹底しましょう。

これによりバイヤーの隠れコスト(管理コスト・対応コスト)を減らせます。

3. 短納期・小ロット対応力の強化

製造業の現場は需要変動が激しくなっています。

「必要な分だけすぐに届けられる」ことは、在庫リスク・緊急調達コストを下げる大きな差別化要素になります。

バイヤー視点のTCO最適化のパートナーとなることが生き残りのカギです。

アナログ業界だからこそ「ラテラルシンキング」でTCOを攻める

昭和的なアナログ業界こそ、「変わらない」ことが大きなコスト要因になっています。

古い習慣や前例踏襲主義の裏には、多くのムダや隠れコストがあります。

ラテラルシンキング=水平思考で「一度全部疑ってみる」という姿勢が、実は一番成果の出るTCO削減です。

例えば、購買部門と現場、生産技術、サプライヤーを巻き込んで“バリューストリームマッピング”をしてみましょう。

今まで見えなかった手間やムダ、コストが「見える化」され、「ここを工夫すれば全体コストが減る」という新しい発見が生まれます。

また、データ化・自動化が苦手な企業も、まずは少額投資でRPAやクラウド調達システムをパイロット導入し「体験・検証」から始めるべきです。

現場起点で「シンプルに始めて、段階的に広げる」TCO最適化が、最も日本のアナログ製造業に合っています。

まとめ:TCOは製造業バイヤー・サプライヤー双方の“武器”である

これからの製造業は、単なる仕入れ価格競争では生き残れません。

TCOという「企業の真の強さ」を問う新しいコスト思考が、現場の生産性、調達の知恵、サプライヤーの生き残り策の全てに通じます。

バイヤー志望者も、サプライヤーも、「TCOでどう武器を持つか」を日々考えること。

小さな積み重ねが、やがて日本の製造業全体の発展に繋がります。

「安く仕入れて終わり」の時代から、「TCOを攻めてコストと価値を同時に生む」真の購買・調達プロフェッショナルを目指しましょう。

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