投稿日:2025年12月17日

経営と現場の通訳役であることの消耗

はじめに:経営と現場、その断絶と通訳役の重要性

製造業において「経営と現場の通訳役」とは、現場で得られるリアルな情報と、経営層が描くビジョンや戦略、その双方を相互に翻訳・伝達し、橋渡しする役割を指します。
この役割は工場長や部門長、または調達・購買担当者に課されることが多く、組織内の潤滑油として期待されます。

しかしこの「通訳役」、単なる情報伝達係ではありません。
現場の汗と泥臭さ、経営の理想と無理難題、そのギャップに日々さらされ続ける立場でもあるのです。
特に昭和的なアナログ文化が色濃く残る製造業界では、現場力に頼るあまり、デジタルや最新経営理論に懐疑的な風土も根強く、両者の溝は思いのほか深いものです。

本記事では、20年超の製造業経験と現場管理職の視点から、通訳役として直面する消耗のリアル、現場目線での課題、そして生き抜くためのヒントまでを深掘りします。

通訳役が直面するジレンマと消耗の正体

経営の「理想」と現場の「現実」の板挟み

経営層は、売上・利益率・コストダウン・納期短縮など、数字で語れる成果を重視します。
そして、その数字の達成手段も“経営論”や“改善活動”など、概念的なキーワードに留まりがちです。

一方、現場では設備の老朽化、人手不足、難しい調達案件、サプライヤーへの無理な要求、不良品発生リスクなど、泥臭く個別具体的な課題が日々押し寄せます。
現場は「今このラインが止まると全体納期遅延」「緊急で部品確保しないと顧客クレーム必至」と、火消しの連続です。

このギャップを埋めようとする通訳役は、経営の「目標は絶対だ」「何が何でもやれ」という圧と、現場からの「また無理を言っている」「現実知らなすぎ」という不満の間に挟まれます。
両者とも自分たちの正しさを主張するため、通訳役は“決して交わることのない二つの正義”に板挟みとなり、精神的にも肉体的にも消耗するのです。

伝える力だけでは解決できない構造的な隔たり

“通訳役がもっと情報伝達力を高めれば解決する”というものではありません。
現場では日々「かんばん方式」と言いながら、紙の伝票や手書き日報が根付いており、DX推進に管理職が反対するケースもザラです。

経営層が提案する「働き方改革」「ペーパーレス化」も、現場の実情を知らずにシステマチックに導入しようとすれば失敗します。
「現場を知ってからモノを言ってほしい」という声と、「グローバル競争に勝つため変革せよ」という圧力のせめぎ合い。
この両者の“思想の根深い違い”は、一個人の伝達力だけでは埋まらないのです。

相手の立場や心理を想像し続ける負荷

通訳役は単なるメッセンジャーではありません。
なぜ現場が抵抗するのか、その理由を経営層に説明し、逆に経営の危機感や意図を現場に納得してもらうため、両者の事情を深く理解しなくてはいけません。

立場や役職、世代間格差、企業文化――一つずつ心理を推察し続ける行為は、長期に続くほど心身に負荷がかかります。
特に、トップダウンのロールモデルが強い企業ほど、「反発=抵抗勢力」とラベルを貼られやすく、通訳役自身が孤立することも珍しくありません。

昭和的なアナログ製造業ならではの構造問題

個人技頼みの現場力の限界

日本の製造現場は“カイゼン”に代表されるように、個人個人が何とかやりくりする力強さが光ります。
しかしこれは裏返せば、人手やノウハウが特定のベテランに偏在し、組織として横展開しづらい弱点でもあります。

経営層は「省人化」「自動化」「若手登用」を掲げますが、現場のベテラン層は「俺たちのやり方が一番」「せめてやり方くらい教えてから言ってくれ」と反発しがち。
この対立構造を緩和し、生産性向上に巻き込むには、地道な相互理解と仕組みづくりが不可欠です。

デジタル化推進の難しさと“昭和マインド”

昨今のDX(デジタルトランスフォーメーション)は国内製造でもキーワードとなっていますが、機械設備との連携、ITツールの現場定着、データリテラシー不足など課題が山積しています。

特に昭和的な現場では、「紙の方が安心」「現金主義」「顔パス文化」が色濃く残り、デジタル化への心理的抵抗が強い傾向にあります。
通訳役には、ただツール説明・操作研修をやる以上に、「なぜ今やらねばならないのか」を腹落ちさせる説得力、簡便に使える仕組み設計、現場目線の情報補完が不可欠です。
デジタル化=現場切り捨てではなく、現場知見をどうデータに乗せて活かすか? そこに通訳役が最大限の工夫を求められます。

通訳役に求められるスキルと姿勢

現場力と経営マインドの“二刀流”

通訳役の理想像は、現場出身で泥臭さも喜びも知り尽くしたうえで、経営の数字や理念も読み解ける“二刀流”型人材です。
現場に寄りすぎれば経営の意図が伝わらず、逆もまたしかり。
双方の言葉と価値観を体感し、翻訳精度を高める自己研鑽が不可欠です。

客観性と感受性の両立

通訳役は「どちらにつくか?」という最終判断を求められがちですが、本質的には「双方の立場を客観的に伝える」ポジションを貫くべきです。
そのうえで、現場の温度感・空気感をすくい取り、経営層に情理をもって訴えかける感受性も必須です。

“消耗しきらない”自己マネジメント能力

無理な板挟み・激務・孤立感が続くと、通訳役自身が燃え尽きてしまう恐れがあります。
意識的に息抜きやストレスコントロール法を確立し、自分自身を守る戦略を持つことも、長く現場と経営をつなぐカギになります。

サプライヤー・バイヤー視点で考える通訳役の価値

サプライヤーから見る“通訳役”の重要性

サプライヤー企業の担当者にとっても、顧客メーカーの通訳役は非常に重要な存在です。
現場からの調達先への要求事項は、時に本質から外れたり、伝言ゲームで意図が歪むこともあります。
例えば「今すぐ納期で20%コストダウン」など、現実的に難しいリクエストが突然来るのは、“現場の声”を正しく経営が理解できていない証拠です。

間に立つ通訳役が「なぜこの時期・この数量なのか」「背景にはこういう事情がある」と説明できれば、サプライヤー側も理解が深まり、長期的な信頼関係に繋がります。

バイヤー志望者が身につけたい“通訳スキル”

バイヤーを目指す方には「交渉力」「原価分析力」も大事ですが、現場と経営、サプライヤーそれぞれの立場・思考回路を理解し、間に立って翻訳する力が欠かせません。
一人ひとりの都合や論理より、組織全体の利益バランスを意識して動ける“通訳的視点”が、最終的な成果に結びつきます。

消耗から“進化”へ――未来につなぐ通訳役のあり方

通訳役の立場は、時として消耗と無力感を味わう連続です。
ですが、現場と経営の“壁”を経験した人こそ、業界の進化に必要不可欠な存在です。

現場から湧き上がる改善案・アナログ知見を、経営のデータやロジックに乗せて強みに変える。
逆に経営ビジョンを、現場の日常目線で腹落ちさせ、みなの成功体験とする。

その役目を果たせる通訳役が増えることで、昭和的製造業は着実に進化します。
消耗するだけで終わるのではなく、ラテラルシンキングで「分かり合えない原因」自体を疑い、壁の根本構造を変える工夫を重ねてください。

現場で苦しむ“通訳役”の皆様へ。
その消耗は、必ず次代に繋がる「現場知の財産」として、未来の製造業を照らします。
あなたの経験と知恵が、業界を変えるカギになるのです。

まとめ:通訳役のリアル、そして希望

経営と現場の通訳役は、両者の違いを乗り越え、課題を言語化し、進化を担うべき役割です。
その仕事は時に消耗を強いられますが、同時に現場と経営を繋ぐ“架け橋”としての希望でもあります。

昭和から続くアナログ企業も、現場力の伝統を強みに、時代の変化を取り入れて進化を続けるべきです。
通訳役の葛藤を乗り越えた経験は、必ずや製造業社会全体の発展につながります。

これからバイヤーやサプライヤーを目指す方は、ぜひ“通訳思考”を鍛え、現場・経営・取引先をつなげるキーマンとなってください。
たゆまぬ挑戦が、きっと現場の未来を拓きます。

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