投稿日:2025年10月31日

飲食店が製品化の壁を乗り越えるために必要な「味覚の第三者視点」

はじめに:飲食店が挑む「製品化」という難題

飲食業界は、日々のメニュー開発や顧客サービスの革新で成長してきました。
しかし、その現場で培われた「味」や「ノウハウ」を、安定した品質の“製品”として世に送り出すには、いくつもの高いハードルがあります。

特に飲食店発の冷凍食品やレトルト商品、PB商品など、「店の味」を商品化するときは、品質・コスト・安定供給・安全性など、製造業的な壁が立ちはだかります。
その原点に立ち返ると、「味覚の第三者視点」の重要性に気づかされます。

経営者やバイヤー、工場現場の方、さらにサプライヤー側でバイヤーの視点を知りたい方に向けて、現場目線×製造業のプロ視点で「製品化の壁」の乗り越え方を解説します。

製品化の最大の障壁:「お店の味」と「商品としての味」

現場の思い込み、消費者の本音

飲食店の現場には、「店で出せば絶賛される味」を支えている、目に見えないこだわりや勘、そして臨場感があります。
しかし、この“雰囲気”までを工場で再現することは極めて困難です。
現場で「美味い」と思っていたものが、製品になると「普通」「なんとなく違う」と評価されるケースは珍しくありません。

このギャップの正体こそ、「味覚の第三者視点」の欠如です。
現場の視点は主観的になりがちで、「この味がベスト」「いつもの〇〇さんの温度感」など、普段の当たり前が通用しません。
消費者やバイヤーが求めるのは、現場の雰囲気を排した“安定した美味しさ”なのです。

「自社基準」は消費者基準ではない

製品化では、現場スタッフの経験則や感覚だけで物事を判断すると、予期せぬ失敗に繋がります。
なぜなら、家庭での保存・調理環境、スーパーマーケット店頭での見え方など、自分たちがコントロールできない要素が無数に介在するからです。
「現場で美味しい=流通でも美味しい」と確信したまま進んでしまうのは危険です。

製品化のポイント1:プロセスの「見える化」と標準化

暗黙知→形式知への変換がカギ

飲食店の“レシピ”には「仕込みの勘どころ」「◯分蒸らす」など、曖昧な記述や口頭伝承が多いのが実態です。
これらの「暗黙知」を、「分量」「温度」「時間」などのデータとして落とし込む“見える化”が重要です。

製造業でいう“工程標準書”や“作業手順書”の策定と同じ発想です。
誰が作業しても再現でき、測定・評価できる状態になって初めて、「お店の味」を“商品”として社会に送り出す土台ができます。

測定できない「味覚」は再現できない

「味」の再現性を高めるためには、本人の主観に依存した味見だけでは不十分です。
料理人や現場スタッフだけでなく、訓練された官能検査チームを活用し、“数値+コメント”の評価を積み重ねて標準値を定めていくのが製造業流です。

製品化のポイント2:「サプライチェーン思考」で原料とコストを最適化

飲食店クオリティと量産コストの両立

飲食店では「このブランド鶏だから」「油は日高産で」など、原材料のブランドやこだわりにより高コストになることがしばしばあります。
ところが製品化となると、コストに対する消費者の期待値・生産ロット・安定供給性・食品表示などが一気に現実問題としてのしかかります。

量産を見越して必要な原料量を逆算し、「ムリ・ムダ・ムラ」が出ない調達設計が求められます。
この際、サプライヤーに「バイヤー目線」を持って交渉・相談できることは大きなアドバンテージとなります。

バイヤーの「目利き」とサプライヤー交渉術

流通バイヤーは、「品質保証」「安定供給」「トレーサビリティ」「コストパフォーマンス」の4輪をバランスよく見ています。
単一サプライヤー依存のリスクや、予期せぬ原材料高騰、遅延なども見越してサブ調達先や代替原料も設計しましょう。

バイヤーの求める“スコアリング基準”を理解し、原料調達計画やBOM構築の段階から第三者的にチェックすることが不可欠です。

製品化のポイント3:「品質保証システム」構築と対応力の底上げ

飲食店クレームと製品苦情は“重み”が違う

店舗経営では、「味が薄い」「見た目が違う」といった指摘は、現場で即対応できるものが大半です。
しかし、製品化した場合は全国数万点の流通や、家庭で食べる消費者まで広がるため、ひとたび品質異常や表示違反があれば、莫大なリコールやブランド失墜、経済的損失が発生します。

製品化を目指す際は、HACCPやISO22000などの食品安全マネジメントだけでなく、「異物混入」「表示ミス」「風味劣化」リスクを徹底的に洗い出し、QC工程表やFMEA、CCP管理など製造業由来の品質管理手法を導入しましょう。

現場任せを卒業する「仕組み」づくり

飲食店では「誰々さんに任せれば安心だ」という属人的な管理が許されてきました。
しかし商品の品質保証は「担当者が変わっても、どこの工場でも同じ品質で作れること」が最優先。
業務フローや帳票、点検基準などを誰が見ても一目で分かる形に整備することが必要です。
それができてこそ、「店の味が全国区の商品として羽ばたける」のです。

「昭和のアナログ」から学び、「デジタル時代」に進化する

伝統的な“職人技”の限界と価値

今の時代、多くの工場が自動化やデジタル化を進めています。
しかし、飲食店の現場には「職人の五感」という昭和時代から連なる財産があります。

この“職人技”を軽んじるのではなく、「数値化」と「AI活用」に移植することで、より高精度な調理ロボットや省人化にも活かせるようになり始めています。
昭和のアナログをデジタルで可視化・再現し、未来の工場モデルをつくる――この発想は外食産業や新規市場開拓でも大きな強みになります。

“現場のリアル”こそイノベーションの種

たとえば、「なぜ冷凍食品工場は中国・東南アジア生産が多いのか」「なぜコーヒーチェーンのアイスカフェラテが安定して美味しいのか」など、工程を知ることで新たな付加価値や差別化ポイントが見えてきます。
データ、設備投資、IT化だけでは解決できない“現場感覚”を活かし、省力化・省人化とクリエイティブな美味しさをどう両立させるかが、これからの産業としての飲食業界の命題となります。

まとめ:「味覚の第三者視点」が新たな価値を生む

店の味を全国に、世界に広げるためには、「製品化=工業化」の壁を一つ一つ越えていく必要があります。
そのカギは、「味覚の第三者視点」を社内外の当たり前とし、主観に頼らない“評価・見える化・仕組み化”を徹底すること。
また、昭和からのアナログ現場力も、「標準化」「デジタル化」「省力化」と融合することで、唯一無二のブランド価値が生まれます。

製造業で培ってきたノウハウは、決して飲食店の「美味しさの基準」や「ものづくりの情熱」を否定するものではありません。
むしろ、店の味・人の温もりを広く社会に届けるための、“縁の下の力持ち”なのです。

味の道、ものづくりの道。
どちらも第三者視点を磨き続けることで、より広く、より深い未来が開けていくに違いありません。

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