投稿日:2025年6月4日

航空宇宙用軸受部品のSNCM系素材の調質後の旋削加工技術

はじめに:航空宇宙用軸受部品とSNCM系素材に着目する理由

航空宇宙産業は、他業界に比べて格段に高い安全性・信頼性を要求される産業です。

その中でも軸受部品は、航空機のエンジン、着陸装置など極めて重要な役割を担っており、部品の品質や精度が航空機全体の性能と安全性を左右します。

特に航空宇宙分野で多用される軸受部品の代表的な素材が、SNCM系(ニッケルクロムモリブデン鋼)です。

SNCM系素材は、強度や靭性、耐疲労性に優れているため軸受やギア部品などの過酷な条件下での使用に適しています。

しかしその一方、熱処理によって硬化した後の「調質材」としての加工は極めて難易度が高く、現場の技術力が試される領域でもあります。

この記事では、長年の製造現場経験で培った知見をもとに、SNCM系素材の調質後における旋削加工の実践技術と、現場ならではの生産性・品質向上のポイントについて詳しく解説します。

なぜ旋削加工が必要なのか? SNCM系素材の調質後を取り巻く加工工程

SNCM系素材の航空宇宙用軸受部品は、素材購入から加工、表面処理、組立まで複数工程を経て製造されます。

特に、「調質処理」(所定の温度で焼戻しして硬さと靭性を両立させる熱処理)が施された後の工程が品質を大きく左右します。

調質後のSNCM系は、通常HRC30〜40程度の硬さになります。

このような硬度帯では、軸受の重要部となる「内外輪」や「シート面」などの寸法精度と表面粗さが求められるため、精密な旋削加工が不可欠です。

また、近年の航空宇宙業界のトレンドとして「仕損リスクの少ない最終近接加工(ネアネットシェイプ)」が重視されています。

それに伴い、荒~中仕上げの旋削の工程でなるべく寸法を出し切り、後続の研削やラップ加工の工程負担を減らす構造・工法が求められています。

SNCM系調質材の性質と、その加工上の特徴

SNCM系素材(代表格はSNCM439、SNCM220など)は、もともと熱間鍛造で成形し、機械的性質を高めるために調質します。

調質後は、下記の特性を持ちます。

– 優れた強度・靭性
– 充分な疲労強度
– 中程度の被削性(未処理材より難削)

この「中程度の被削性」が、大量生産や高精度加工を要求される現場では常に課題となります。

特に調質後は、切削工具の摩耗が進みやすくなるため、「どの工具を使うか」「どの切削条件を選ぶか」が現場でノウハウとして継承されてきました。

さらに、航空宇宙用途に特有の厳しい品質管理(FOD対策、トレーサビリティ、寸法公差±0.005mm以下)が求められるため、旋削加工の技術的進化が止まることはありません。

調質SNCM系旋削加工での課題とその対策

1. 工具摩耗の激しさと対応法

調質材(HRC30〜40)のレベルでは、従来の超硬工具ではすぐに刃先がなまってしまいます。

現場では「CBN(立方晶窒化ホウ素)」「セラミックス」「コーティング超硬(TiAlN系など)」など多種の耐摩耗工具が試用されています。

– 一品ものの小ロットの場合、最新コーティング超硬工具の使用がコストパフォーマンスに適します。
– 中量生産以上や研削代を限界まで減らしたい場合、CBNチップやセラミック工具の活用がカギとなります。

実際の現場では、ラフカットにコスト重視の超硬工具を使い、仕上げ部には高精度CBN工具を分けて使う、という合理的な組み合わせ使いも多いです。

2. チッピング・ビルドアップエッジの発生

硬化組織に起因しやすい「チッピング(微細欠け)」や「ビルドアップエッジ(切削時に刃先に被削材が凝着する)」は寸法精度や面粗さの悪化を招きます。

– 切れ味重視のポジティブ形状(しのぎ刃)より、強度重視のネガティブ形状(チップ厚みあるもの)が選ばれがちです。
– レーザーエッジ処理や、工具先端の微細ランド処理など、メーカー各社が独自の工夫を重ねています。
– 加工熱上昇や凝着を防ぐために、高圧クーラント(最適は7MPa以上)や油性エマルジョンクーラントの十分な供給が効果的です。

3. 熱変形と微細な加工歪み

調質SNCM系では、被削材自体の熱伝導性が高い反面、加工熱による「膨張・収縮」に注意しなければなりません。

温度管理やワーククランプの方式、加工流路の順番(シンプル形状か複雑形状か)なども、長年の現場知見から最適化する必要があります。

– 小径~薄肉の旋削では「ツールホルダ剛性×チャック精度×送り速度」を見直すことで劇的に変形リスクを低減できます。
– 実際の製造現場では、マイクロメーターワークで現場温度との補正値を取る職人技も残っています。

最新動向:アナログからデジタルへ、旋削加工技術の進化

昭和世代の旋盤職人は、切削音や切粉のカール具合で「いまどれぐらい食い込んでるか」「工具寿命がどれくらいか」というような”職人勘”を持っていました。

現代はこれが「IoT連動の異常監視」「AI加工パラメータ最適化」へと進化しています。

– 工具寿命・摩耗状態を振動センサやAIカメラでリアルタイム監視し、最適タイミングでチップ自動交換することが可能になってきました。
– NCプログラムも、過去データから最良パラメータを自動提案する”デジタルツイン”が目指されています。

とはいえ、航空宇宙用途の場合は「失敗は許されない」「新しい技術導入にもリスク管理が必須」のため、アナログ現場力とデジタル化のバランスが非常に重要です。

熟練加工者×AI×最先端工具――この三位一体こそ、新たな時代の競争力の源泉です。

現場からの改善事例:旋削加工の生産性向上アプローチ

1. 工具在庫とローテーション管理の徹底

過去には「一工程ごとに切削工具を新品に交換して確実性を担保する」というやり方が多かったですが、今はコスト合意のうえで「ローテーション運用」に移行しています。

– 部品単価と加工時間あたりの適正な工具寿命データを取り、都度”見える化”します。
– 生産管理側と現場がコミュニケーションを密にし、”無理な使い過ぎ”や”過度なムダ交換”をなくすことで加工コストの最適化が進みました。

2. 旋盤設備の自動化・省人化

航空宇宙産業は少量多品種生産が多い一方で「無人化・省人化」の波も押し寄せてきています。

– マシンローダーによるワーク供給や完成ワーク取り出しと組み合わせ、夜間無人運転を推進。
– 加工寸法データをセンサーや画像判定で収集し、外れ値は自動スタック→再判定。

これにより、振り分け不良品の流出リスク激減・品質の安定化・トレーサビリティの担保が実現しました。

バイヤー・購買担当者が知っておくべき”現場目線”

バイヤーを目指す方や、サプライヤーから見たときの「バイヤーの思考」についても触れておきます。

– 航空宇宙部品は”一括安価調達”よりも”品質安定”と”トレーサビリティ”が最重視されます。
– 単なる旋削加工品でも「どんな工具・どんな設備・どの作業者で」「どんな異常対策をしたか」「納品までの全記録が残るか」まで確認されます。
– バイヤーは、調達先の加工力だけでなく”現場改善力”や”未然防止力”を重視しているのが実態です。

また、いまだ昭和的な”人海戦術”が残る小規模サプライヤーに対しても、「どこまでデジタル化支援をするか」「量産工程に耐える標準化力があるか」の視点から評価体制が強化されつつあります。

サプライヤーの現場リーダーは、自分たちの加工の強みを”見える化”し、品質・生産性改善の実績をデータで示すことが選定競争での武器となります。

まとめ:旋削加工技術の深化が航空宇宙産業を支える

航空宇宙用軸受部品の要となるSNCM系素材の調質後旋削加工には、常に高難度のチャレンジが存在します。

ノウハウ重視のアナログ要素と、最新デジタル技術による加工条件の最適化とを組み合わせることで、生産現場はさらなる高品質・高効率化を実現してきました。

日本のモノづくり力は、こうした現場視点の進化・改善・こだわりの積み重ねから成り立っています。

メーカー現場の皆様、バイヤー志望の方、サプライヤーの皆様も、ぜひ現場主義の「真の旋削加工力」を磨き続け、航空宇宙産業発展の原動力になっていきましょう。

You cannot copy content of this page