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生産ラインのシミュレーションが実機と一致しない典型例

目次
はじめに―なぜ生産ラインのシミュレーションは重要なのか
製造業における生産ラインの効率化は、利益率や納期遵守だけでなく、全社の競争力向上に直結します。
近年ではDXへの投資が加速し、工場の新設やリニューアル時に生産ラインのシミュレーションが不可欠となっています。
数百億円規模の設備投資ともなれば、シミュレーションの精度は死活的な課題です。
しかし、どれだけ高性能なシミュレーションツールを使っても、実際の現場でそのまま再現できるケースはごく稀です。
むしろ「なぜあの時もっと現場目線で検証しなかったのか…」と後悔するプロジェクトが後を絶ちません。
今回は、私自身の20年以上の現場経験や、昭和型の工場文化から抜け出せない企業でもよくある“シミュレーションと実機の乖離”の典型例を解説し、その根本要因と対策について深掘りします。
バイヤーを目指す方、サプライヤーの視点でバイヤーの考え方を知りたい方にも有益な内容を目指します。
よくあるシミュレーションと実機のギャップ事例
1. 搬送設備・ロボットの“名目能力”過信
シミュレーションでは、搬送コンベアやロボット、AGVの能力値(サイクルタイム)をカタログスペック通り入力することが一般的です。
ですが実際は、立ち上げ初期のトラブルや、日々の微妙なズレ、品種切替やメンテナンスの調整時間がかなり発生します。
現場では「名目5秒のピッキング」が10秒、場合によっては20秒かかることも珍しくありません。
ライン全体のスループットとしては、カタログ値で回すと理論上の生産能力は達成不能となります。
2. 作業者導線の省略・過小評価
現場作業者の歩行距離や、実際の手作業の細部は、シミュレーションツールでは可視化しきれないことが多いです。
「品番切替の際の型交換」「意外と重い部品の運搬」「手元が見えずにミスが増える」など、ヒューマンファクターまでは盛り込まれていないケースがほとんどです。
結果、立ち上げ後に想定外の疲労・トラブルが頻発し、定常運用に手戻りが発生します。
3. 品質トラブルの影響範囲未考慮
シミュレーションは「正常流れ」を前提としがちです。
しかし、実際には突発的な不良発生・機械停止が避けられません。
例えば、外観検査装置で微妙なNG判定が大量発生した場合、再検査や手直しを都度ライン外に持ち出す手順が発生し、ライン全体のリズムが崩壊します。
こうした「異常時運用」の想定、バッファ設計はほとんどのシミュレーションで後回しにされています。
4. 周辺設備・インフラの見落とし
エア供給や電源容量、排煙・排水といった工場インフラや物流動線は、細部まで盛り込まれないことが多いです。
実機では「エア圧が落ちて一部のシリンダが作動不良」「パレットが詰まりやすい特定コーナーで大渋滞が発生」などの“想定外”が頻発します。
導入時に初めて明らかになり、追加工事やレイアウト変更で大幅な手戻りにつながりやすいポイントです。
なぜギャップは起きるのか―昭和アナログと現場のリアル
1. モデル化できない“現場の知恵”の存在
シミュレーションは、あくまでパラメータ化された世界の仮想モデルです。
現場でしか通じない職人技や、「昼休み直前にはスピードが落ちる」「この天気だとこの作業場は湿気で滑りやすい」などの“きめ細かい知見”は反映されません。
昭和から続くアナログ工場ほど、そうした経験則に依存したオペレーションが根強いのです。
2. IT部門と現場の“温度差”
高価なシミュレーションツールの導入は、本社主導のデジタル推進部門が旗を振ることが多いです。
現場で日々格闘している生産管理者や作業者が十分に巻き込まれず、「このパラメータ設定はおかしい」「現実にはこういう処理が入る」などの現場ノウハウがMOS(マニュアル・オブ・ディシジョン)として残ったまま、結果的に現場裁量や対処が属人化してしまいます。
3. 既存設備・レガシーとの共存困難
国内製造業の半数以上は、最新鋭のFAラインよりも「部分的に自動化された古いライン」のリニューアルや投資がメインです。
既存設備を活かしつつ新規導入設備と混在させるには、古いPLCとの通信や既存パレット形状の縛りなど複雑な課題がついてまわります。
シミュレーション段階では「新規ライン単独」で机上計算されるケースが多く、古い機械や周辺設備との関係性が深く考えられないことにより、実際には“想定外の干渉”が続出します。
失敗しないための現場目線のシミュレーション活用法
1. シナリオ型シミュレーションの活用
ひとつの理論値シミュレーションに固執するのではなく、現実にありえる異常系・バリエーションを網羅する“シナリオ型シミュレーション”を実施しましょう。
「バラツキ」や「突発トラブル」を織り込むことで、実際の稼働時に想定外に強くなれます。
これは、現場経験の豊富な管理職や班長クラスの「ありがちな困りごと」をヒアリングすることが有効です。
2. モックアップ・現地実習との組み合わせ
図面や画面上だけでなく、「実際に現場で段ボールや擬似品を使って試行する」いわゆるモックアップ実習をセットで設計段階から組み込みましょう。
たとえば省スペース設計のピッキング棚でも、実際に作業者が立ち位置や視線、手の届きやすさを試すと想像以上の“ムリ・ムダ”が見えてきます。
生産管理側からの現場チェックとモックアップの意見交換が大切です。
3. “現場の暗黙知”をシミュレーションパラメータへ
作業者や保全マンが持つ「なぜかこの時間帯はトラブルが多い」「この部品はよく詰まりやすい」といった暗黙知を、数値化・パラメータ化してシミュレーションに反映できないか工夫しましょう。
たとえば、ヒストリカルデータを活用し、平均故障間隔や特定イベント発生率をFA機器の設定条件に織り込むことも可能です。
これは「IT部門×現場」の連携強化にほかなりません。
バイヤーとサプライヤーに求められる視点
バイヤー側の視点
生産ラインや設備投資を企画・発注するバイヤーは「机上の最適化」だけに着目するのではなく、現場オペレーター・作業者の使い勝手や、立ち上げ後の“リアルな品質・稼働データ”へのフィードバック体制を組むことが重要です。
また、現場で起こる“想定外”をサプライヤーや設計チームと前広にすり合わせ、柔軟に予算やスケジュールに反映できる組織風土を作ることがプロジェクト成功の最大要因になります。
サプライヤー側の視点
一方、機械メーカーやシステムインテグレータ等のサプライヤーは「顧客の現場観察」に一歩踏み込むことが信頼獲得の近道です。
単にカタログ値を並べるのではなく、実際の現場作業やレガシー設備との取り合い、潜在的なヒューマンエラーまで踏み込んだ“現実解”の提案が差別化要素となります。
現場ヒアリングや共同モックアップの機会を増やし、“シミュレーション結果=現場最適”とならない理由を一緒に発見・解決する「伴走型パートナー」を目指しましょう。
まとめ―“現場感覚”こそ最強の未来資産
最先端のICTや自動化シミュレーション技術も、現場で培われてきた「肌感覚」「ノウハウ」「暗黙知」との融合なくして真価は発揮されません。
昭和型のアナログ文化が残る工場にも、現場でしか拾えない貴重な知見が無数に眠っています。
バイヤー、サプライヤー、現場作業者そのすべてが現場力を持ち寄り、“シミュレーションと実際の現場”のギャップを最小化していくことこそ、今後の製造業の大きな成長ドライバーになるはずです。
現場発のリアルな目線と、先端技術の両輪を活かし、より強い生産現場づくりに挑戦していきましょう。