投稿日:2025年6月10日

ユーザビリティの基礎とユーザビリティ評価の実践およびその事例

ユーザビリティの基礎とは

ユーザビリティとは、一般的には「使いやすさ」と訳されます。
しかし、製造業の現場におけるユーザビリティは、単なる操作性の良さだけではありません。
作業者が安全かつ効率的に業務を進められること、トラブル発生時にも即対応できる柔軟性、標準化が進みやすい設計までが含まれます。

例えば、生産ラインの設備やERPシステム、購買管理ツール、あるいは作業指示書のレイアウトなど、一見地味に思える部分が現場作業の効率や品質に直結してきます。
昭和の時代から連綿と続く多くの現場では、「昔からそうしている」ことが多く、ユーザビリティの本質が見過ごされている場面も少なくありません。

これまでの現場経験からも、実際に道具やシステムの使い勝手が悪いことで、ヒューマンエラーが増えたり、作業品質が低下したり、不満が積もって離職者が出るようなケースも数多く見てきました。

ユーザビリティの基本要素

効率性

ユーザビリティの最重要ポイントの一つです。
使いたい機能・情報に最短の手順でアクセスできることが作業効率そのものを左右します。
煩雑な手順や分かりにくいインターフェースは、無駄な工数を生み出し、現場を疲弊させます。

学習容易性

新人作業員でも短期間で基本の操作が習得できること、安全に業務に入れることが理想的です。
マニュアルを隅から隅まで読まないと手順が分からないような設計では、チームの力を最大限に活かせません。

エラー予防・回復性

人は必ずミスをします。
ユーザビリティの高いツールや仕組みは、それを前提としたエラー防止機能が備わっています。
また、万が一のミス発生時にもすばやくリカバリーしやすい構造が重要です。

満足度

現場が使って「これはいい!」と感じられるものには、細かな配慮や現場視点の工夫が宿っています。
日々使うものほど、満足できるユーザビリティが求められます。

ユーザビリティ評価の意義と基本手法

「現場ファースト」の視点でツールや仕組みの改善を進めるためには、ユーザビリティ評価が不可欠です。
ただし、IT業界やデザイン業界のように体系的な評価手法が根付いていない企業も多いと感じています。
そこで、現場主導で実践できる評価方法をご紹介します。

1. ヒューリスティック評価

管理者や経験豊富な作業者がチェックリストを使い、使い勝手を評価します。
「操作が直感的か」「エラーが発生しにくいか」など、基本的な評価軸を用いて問題点を洗い出す手法です。

2. ユーザビリティテスト

実際の作業者に、業務フローやソフトウェア、治工具等を使ってもらい、使い方・分かりにくさ・エラー発生箇所・タイム測定などを観察します。
「現場の手が止まる瞬間」を知ることができる極めて有効な方法です。

3. アンケート・ヒアリング調査

稼働後、現場作業者から率直な感想、困りごと、不満点を吸い上げて評価します。
数値化できる質問(例:使いやすさ1~5点)と自由記述欄(現場の「生の声」)の併用がベストです。

4. ログ・データ分析

システムや設備の操作ログ、現場の異常復旧履歴、不良率や生産性の推移など、客観的データからボトルネックを浮き彫りにする方法もあります。

現場でのユーザビリティ評価の実践ステップ

製造現場で始めてユーザビリティ評価を実施する場合、次のような流れが有効です。

目的の明確化

「何を改善したいのか」──作業効率か、エラー低減か、負担軽減か、目的をしっかり定めます。

現状把握と課題抽出

現行ツールや仕組みの何が問題か、現場の作業フローで手が止まる・迷う箇所を調査します。
目視観察や、現場ヒアリングで引き出すことが重要です。

具体的な評価実施

ヒューリスティック評価やユーザビリティテストなど、目的・予算に応じた手法で評価を実施します。

課題の可視化・優先度付け

問題点を一覧化し、現場の負荷・リスク・改善効果などをもとに優先順位を付けます。

改善案の立案・実施

改善策を現場作業者も巻き込んで検討し、改修や新規導入を進めます。
小さなQuick-Win(すぐ改善できるもの)から始めるのも大切です。

再評価・定着化

改善後も、同じ評価方法で効果検証を行い、「現場の声」がきちんと定着しているか確認します。

ユーザビリティ評価の実際の事例

ここでは、実際の製造現場で「ユーザビリティ評価」を実践し、大きな成果につながった事例を紹介します。

事例1:購買管理システムのUI改善

大手自動車部品メーカーで、購買依頼から発注、納期フォローまで一括管理できるシステムの操作性が悪いとの現場からの声がありました。
ヒューリスティック評価と実作業テストを実施したところ、次のような問題が見つかりました。

・画面遷移が多く、無駄なクリックや確認ボタンが多い
・発注ステータスが色分けで表示されているが、色の意味が分かりにくい
・エラー時にどこを修正すべきかヒントが何もでない

そこで、画面デザインの刷新とともに、ステータス表示のアイコン追加やエラー時のメッセージ機能を新たに導入。
その結果、1案件あたりの処理時間が平均15分短縮。現場のストレス軽減につながり、システムへの好感度も大きく向上しました。

事例2:現場装置パネルのレイアウト見直し

某電子機器工場では、装置操作パネルの物理ボタン配置が分かりにくいとの苦情が絶えませんでした。
ユーザビリティテストを実施したところ、装置停止時の緊急対応で正しいボタンを押せず、復旧に時間がかかっていることが分かりました。

人間工学に基づき、頻度の高い操作ボタンを中央に、かつ指の動きに合わせて配置し直し、重要なボタンには色+ラベル+音声案内を併用。
再評価の結果、装置トラブル発生時の復旧時間が平均50%短縮し、操作ミスの件数も激減しました。

事例3:作業手順書のユーザビリティ再設計

ライン作業員向け作業手順書が文字ばかりで見づらく、誤作業や質問が多発していた例です。
現場作業員たちとプロジェクトチームを組み、マニュアルの「現場視点での見やすさ」を徹底的に評価・改修。
図と写真を多用、統一アイコンの採用、作業時の注意点は赤太字で明示、QRコードから手順動画にもアクセス可能にしました。
結果、ミス発生率が1/3に低減し、教育時間も半減、「これなら安心して作業できる」と作業者にも好評でした。

アナログな現場でこそ求められるユーザビリティ

「設備は最新なのに、運用や書類、連絡体制は昭和スタイル」、そんな現場もまだまだ多いものです。
しかし、アナログ領域こそ「ユーザビリティの見直し」で大きな効果が期待できます。

例えば、アンドンや掲示板、部品在庫棚のレイアウト、定期点検表や伝票のフォーマットなど、一つ一つが「使いやすさ」に配慮されるだけで、現場のムダやストレスが圧倒的に減ります。
また、年齢・経験・国籍が異なる多様な作業者が働く今、標準化と言語依存の排除(ピクトグラムや記号、色の統一など)が、現場の品質・安全・生産性のカギを握っています。

ユーザビリティに目を向ければ、現場の未来が変わる

バイヤー・サプライヤー、現場技術者、それぞれの立場で「より現場が使いやすい、ムダがない、お互いにメリットがある仕組みやサービス」を追求するためには、ユーザビリティ評価の視点は不可欠です。
決してITエンジニアだけのものではありません。
むしろ「ものづくりの現場感覚」こそが本質を見抜く力になります。

DXや自動化が加速する中でも、最終的には現場の「使い勝手」や「分かりやすさ」が未来を左右します。
自社・自分自身の現場をゼロベースで見直し、ラテラルシンキングで新しいユーザビリティの可能性に挑むことこそ、今の製造業の最大の成長ドライバーです。

ぜひ、今日から一歩、あなたの現場で「ユーザビリティ評価」を意識してみてください。
それが、日本のものづくり全体を強く変えていく第一歩になると私は信じています。

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