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上司の叱咤激励がパワハラに変わる境界線

上司の叱咤激励がパワハラに変わる境界線
はじめに~昭和文化と令和の現実
長年、製造業の現場で働いていると、「指導とパワハラの違い」について、誰しも一度は考えさせられます。
とくに、昭和・平成の時代の“叱咤激励”が当たり前だった現場で仕事をしてきた世代には、時代の移り変わりによる意識のギャップを大きく感じるかもしれません。
現場の安全・品質・コストの三大原則を守るために、強い言葉が必要だった時代もありました。
しかし今は、「人権尊重」「働き方改革」「心理的安全性」など、社会の期待が大きく変化しています。
この変化は、バイヤーやサプライヤーのような外部とのコミュニケーションも例外ではありません。
今回の記事では、現場目線で“叱咤激励”と“パワハラ”の違いに焦点を当て、昭和の文化から抜け出せない製造業界でも今こそ見直すべき点や対応策について解説します。
叱咤激励の本質は育成と信頼
もともと現場の“叱咤激励”は、組織やチームをより良くするための、上司から部下への熱いエールでした。
品質問題を防ぐための厳しい言葉や、生産ラインのトラブル時に安全を守る強い指示など、製造業では命と品質を守る責任から来ている側面が強くありました。
新入社員や若手スタッフへの「失敗を恐れるな」「何度でも挑戦しろ」という叱咤は、仕事に対する責任感や、現場で生き抜く力を育むためのものとされてきました。
しかし、いまや“叱咤激励”は受け取り方に大きく個人差があり、時代背景や価値観の違いによっては心身に悪影響を及ぼす“パワハラ”として受け止められるリスクも高まっています。
厚労省の定義から読み解くパワハラ
パワハラに対する社会の目は年々厳しくなっています。
厚生労働省の定義は以下の三つを全て満たすものをパワハラとしています。
1. 優越的な関係を背景とした言動であって
2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
3. 労働者の就業環境を害し、本人の能力発揮に重大な悪影響を及ぼすもの
例えば、「同じミスを繰り返さないように」と厳しく指導すること自体はパワハラではありません。
しかし、「人格否定を繰り返す」「改善の方法を教えずに叱責だけをし続ける」「特定の人物だけを執拗に責める」など、やり過ぎや必要性のない行為がパワハラとされます。
現場の現実:よくある境界線の事例
昭和文化の色が強い製造現場では、「このくらいは普通だろ?」という感覚が未だに根強く残っています。
しかし、若い世代から「それは指導ではなくパワハラです」と指摘されるケースが増えました。
よくある境界線事例を見てみましょう。
(1) 「何やってるんだ、バカヤロー!」
→人格否定・感情任せで理由なき罵声はパワハラです。
(2) 「この手順はなぜこうなっているんだ?」
→理由や説明を求めながらの指摘は指導に該当します。
(3) 「みんなやっているんだから、残業してやりきれ!」
→業務範囲を超えた強制や、プライベートの侵害はパワハラです。
(4) 「この処理はここを注意して。安全ルールは絶対厳守!」
→業務の安全や品質向上につながる指示は適切です。
(5) 「ミスを隠しても結果はバレるぞ。正直に報告しなさい」
→誠実な報告を促すための働きかけは指導の範囲です。
このように、“叱咤激励”は裏を返せば「信頼と成長を期待している」という前向きなメッセージである一方、そこに個人攻撃や業務とは無関係な否定が混じり始めたとき、“パワハラ”に転じます。
バイヤーやサプライヤー現場での実例と教訓
購買・調達部門やサプライヤーにおいても、この境界線は非常に重要です。
バイヤーがサプライヤーに「納期遅れをどう解決するのか!」と厳しく詰め寄るのは、品質・納期確保という本来業務に忠実な指導です。
しかし、「どうせお前の会社には無理だ」「こんなやり方で仕事を受けるな」など、相手の努力や人格を否定すると、それはたとえ社外の相手であっても“パワハラ”として関係悪化をまねきます。
また、サプライヤー側が「バイヤーから怒鳴られたが、納期遅延や品質問題の具体的解決策は一切提示されなかった」と感じるのもよくある話です。
この場合は、単なる憂さ晴らしや責任逃れと捉えられて信頼を失い、最終的にはパートナーシップの破綻や契約解除につながる場合もあります。
なぜ昭和の“熱血指導”が古くなったのか
時代とともに「働く現場」が多様化・知識化し、また個人の“働きがい”や“自己実現”への欲求が高まったことで、昔ながらの“熱血指導”の受け止め方も変わりました。
・「正解が多様化」して、一つの価値観で全員に共通した指導は難しい
・SNS台頭や外部通報窓口の充実で、密室的な現場が社会の監視対象となった
・組織が「人材流出リスク」に敏感になり、個人のエンゲージメント向上に舵を切っている
・「心理的安全性」が高い現場の方がミス報告や改善提案が活発になるという研究結果
つまり、指導の目的が“チームの成果最大化”から“個の自律・成長”重視にシフトし、旧来型の精神論や根性論の押し付けはかえって現場の分断や事業リスクを高めてしまうのです。
現場力を高めるこれからの叱咤激励
どんな現場でも、「やらされ感」ではなく「やりがい」を感じてほしい――これは工場管理職の率直な願いではないでしょうか。
では、どのような指導やコミュニケーションが時代に求められているのか?実践的なポイントをまとめます。
・感情的な否定や人格攻撃ではなく、必ず「なぜ」「どうすれば良くなるか」の背景や改善案をセットに
・評価よりも“期待”を伝える(「まだ伸びる」「信頼している」という前向きなスタンス)
・まずは相手の事情を聞く――一方的な決めつけではなく、背景理解のためのヒアリング
・失敗を共有しやすい雰囲気づくり–誰もが意見を言える安全な職場
・やるべきこととやらなくていいこと、線引きを明確に示す
・指導後のフォローと称賛を忘れないこと
また、バイヤーであれば「取引先もチームの一員」という意識を持ち、一方的な納期達成圧力や無理な値下げ要求ではなく、課題解決のために“同じテーブルで話し合う”スタンスが求められます。
サプライヤーとバイヤー双方が知っておきたい「働きやすさ」の新基準
現場の風土形成はトップダウンでもボトムアップでも時間がかかりますが、外部パートナーも含めた全体最適を意識する姿勢が、今後の製造業発展に不可欠です。
サプライヤー側も、指導や叱咤に対して「やり方が古い」「パワハラだ」と一刀両断に否定するだけでなく、なぜその指摘があったのか、どんなネックが現場実務にあるのか、オープンに情報共有し改善サイクルに巻き込むことが大切です。
一方、バイヤー側も「納期未達は許されない」と圧をかけるだけでなく、「一緒に改善方法を考えましょう」「現場のお困りごとを教えてほしい」と相手の立場を理解した対話を心がける必要があります。
働きやすい・心理的安全性の高い現場を作る責任は、指導する側とされる側、組織の枠を超えたパートナーシップのなかにあります。
まとめ~現場力の再構築に向けて
昭和の熱血指導が時にパワハラとみなされる時代、指導のやり方を問い直し、叱咤激励とパワハラの正しい境界線を再認識することは、これからの製造業に不可欠です。
目的は“管理”ではなく“活かす”ための指導です。
現場一人ひとりが自ら考え、成長し、誇りを持ってモノづくりに取り組むために――。
新たな時代の現場力は、時代遅れのマインドや慣習から脱却し、現場で培われた知恵と時代の変化に柔軟に対応できる多様な価値観の融合によって生まれます。
叱咤激励の本質を見失わず、相手の立場や社会の変化にも目を向けながら、よりよい現場づくりに共に取り組みましょう。
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