投稿日:2025年9月27日

「成果が出ないから叱る」がパワハラになる境界線

はじめに ― 製造業の現場で問われる「叱る」とパワハラの違い

製造業の現場では品質・納期・コストなど、目に見える成果が何より重視されてきました。
そのため、成果が上がらないときに「厳しく指導する」「強い言葉で叱る」といった行為が日常的に行われていました。
私自身、20年以上製造現場を経験し、現場リーダーや工場長という立場で多くの後輩や部下に関わってきました。
しかし近年、時代の流れとともに、こうした行為が「パワハラ(パワーハラスメント)」として問題視されることが増えています。

「なぜ昔は“叱咤激励”が当たり前だったのに、いまは“パワハラ”とされるのか?」
「どこまでが適切な指導で、どこからがパワハラなのか?」
この記事では、現場目線・管理職経験者の立場から、この課題の境界線を具体的に紐解いていきたいと思います。

「叱る」と「パワハラ」の違いとは

1.「叱る」とは何か―現場での本来の目的

製造業の現場で「叱る」行為には、教育や指導、改善の意図があります。
品質基準を守らない、作業手順に従わない、納期遅延を引き起こすといった問題には、厳しい指摘が必要な場合もあります。
現場は安全や品質で一切の妥協が許されないため、「指摘が厳しい=悪」ではありません。
むしろ、「やる気に火をつける」「失敗を糧に次へ活かさせる」「再発防止を徹底させる」ことが、現場の指導者の役割であり、製造業文化の根底でもあります。

2.パワハラの具体的定義

一方、パワハラとは、上司がその地位や関係性を利用して部下に不当に精神的・身体的苦痛を与える行為です。
厚生労働省のガイドラインでは、パワハラの典型例として以下を挙げています。

– 身体的な攻撃(暴力)
– 精神的な攻撃(人格を否定する暴言・叱責、侮辱等)
– 人間関係からの切り離し(無視、隔離)
– 過大な要求(業務遂行不可能な指示)
– 過小な要求(仕事を与えない)
– 個の侵害(プライベート詮索など)

これらに共通するのは、「成果や会社目的のために必要な指導」ではなく、個人への攻撃や社会的排除、組織秩序・安全性への脅威となっている点です。

「成果が出ないから叱る」は、なぜパワハラと誤解されやすいのか

1. 昭和的マネジメントの名残―成果第一主義の功罪

高度経済成長期、現場は“成果第一主義”が当然であり、成果を上げなければ声を荒げて叱るのも当然とされてきました。
しかし現代社会では、働く人の価値観が多様化し、職場環境や精神的健康が極めて重視されるようになっています。
「成果が出ないという理由で叱られる」ことが、本人の努力不足によるものか、職場環境や上司の指導不足によるのか―これを問う視点が、これまで以上に重要視されています。

2. 叱る内容と方法、そして“受け手の感じ方”問題

同じ「叱る」でも、内容と方法によって受け止め方は大きく異なります。
たとえば、「なぜ品質検査を怠ったのか? 失敗の原因は何だったか?」と冷静かつ具体的に事実指摘するのと、
「お前はダメだ!こんなこともできないのか!」と人格を否定するのでは、伝わるメッセージも”残る傷”もまったく違います。
成果が出ない=すべて本人のせいとして人格否定に至った瞬間、これは完全にパワハラに該当します。

また、受け手が「自分だけ理不尽に叱られている」「言葉が怖い」「相談できる雰囲気がない」と感じた時点で、
ハラスメントリスクは急上昇します。管理者には「伝え方」「現場の空気」「個々の感じ方」に敏感になる視点が求められます。

「パワハラと叱る指導」の具体的な境界線 ― ケース別に徹底解説

ケース1:成果未達を指摘する場合

良い例:
「作業効率が落ちているね。どこで詰まっている?一緒に改善策を考えよう」
「納期遅延の理由は何か。どんなサポートが必要か教えてほしい」

悪い例:
「ノロマだな!他のやつはできているのに、なんでお前だけ…」
「何度同じことを言わせるんだ。会社に損害を出すな!」

成果への指導であっても、“責める”から“問いかけ・支援”へ意識をシフトさせることが、「適切な叱る」を維持するコツです。

ケース2:安全違反や品質事故の場合

良い例:
「重大なルール違反があった。原因と再発防止を一緒に整理しよう」
「どうすれば再発を防げるか、皆で知恵を出し合おう」

悪い例:
「ミスなんて言い訳だ。お前みたいなやつは現場にいらない!」
「バカじゃないのか、作業者失格だ!」

重大トラブルでも、事実の確認・再発防止という“目的”を外さず、感情的にならないことが、パワハラとの一線です。

「成果が出ないと叱る」現場あるあるへの対応

なぜ昭和的叱責文化が根強く残るのか

製造業は“現場主義”“現物主義”とも呼ばれ、現場一体の粘り強さや知恵の蓄積によって発展してきました。
歴史が長く、上下関係や徒弟制度の色が強く残っています。
「叱られて育つのが当たり前」「先輩もそうやってた」が刷り込まれ、新たな指導スタイルへの移行が進みにくい現実があります。

しかし、少子化による人材流出、熟練技能の継承断絶、若手の離職率上昇など、「変わらなければ生き残れない危機感」も高まっています。
働き方改革やダイバーシティ推進、そして2022年のパワハラ防止法施行を機に、
多くの現場で「厳しさと優しさ」「個人尊重と組織成果」のバランスが模索されています。

現場リーダー・バイヤー・サプライヤーの視点で考える

– リーダー/管理職:自分が怖い存在でないか、部下が相談しやすい空気を意図的に作ることが必要です。
成果が出ないときこそ、「何が問題か」を対話し、協力・指導・育成のバランスを意識しましょう。
– バイヤー:「要求が過剰になりすぎていないか」「公正でオープンな取引になっているか」に敏感になることが、
サプライヤーとの良い関係を生みます。過剰な納期プレッシャーや人格攻撃はパワハラになりえます。
– サプライヤー:「納期や品質要求の根拠は何か」「無理な要求で現場が追い詰められていないか」を問いかけつつ、
コミュニケーションを強化しましょう。理不尽さを感じれば、記録・相談・対話のステップで自己防衛が重要です。

叱責文化をアップデートするには―これからの製造現場で求められる力

1. ファクトベースの指摘×リスペクト

感情ではなく事実・行動に着目し、人格否定にならないよう「伝える力」「聴く力」を磨きましょう。
「事実に即した冷静なフィードバック」は、現場力を育てながら心理的安全性も守ります。

2. アナログ現場でも実践できる、対話文化

いきなり“フルデジタル”に舵を切らなくても、3つの具体的コミュニケーション習慣で現場は変わります。

– 「見える化」:手順書や現場指標を明確に誰でもわかるよう工夫。
– 「朝礼・終礼」:小さな共有や表彰を繰り返し、オープンな空気を作る。
– 「一人ひとりの背景理解」:ミスや未達を単なる「能力不足」と結論付けず、日々の困りごとやアイデア出しの時間を意識的に配分する。

3. パワハラ防止ガイドラインの活用

厚生労働省や大手メーカーが公表している「パワハラ事例集」や「チェックリスト」など、
現場に貼り出す、定期的な自己点検を行うなど、環境改善に積極的に使いましょう。

まとめ ― 成果主義を超えて、共創の時代へ

製造業の「叱る文化」が完全否定されるべきではありません。
現場を守る厳しさ・プロ意識は、依然として“町工場日本”の強みだからです。
しかし、時代は大きく変化しています。
強すぎる叱責や人格攻撃・ムリな成果圧力は、人材流出・生産性ダウン・企業ブランド毀損に直結し、決して得になりません。

「成果が出ないから叱る」という昭和的常識を、現代的な「建設的指導」「協働改善」「リスペクト文化」へと進化させること。
これが今、製造業の発展を担う全ての現場人に求められています。

現場リーダー、バイヤー、サプライヤー――それぞれの立場を超えて、
“厳しさを残しながら、優しさと対話”。
今日からできる小さな変化の積み重ねが、製造業の未来を明るくします。

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