投稿日:2025年10月6日

自分の功績を誇張する上司を「歴史修正主義」と呼ぶ理由

はじめに:製造業における「歴史修正主義」の実態

現場で汗を流してきた多くの製造業従事者なら、会議や報告の場で聞き覚えのあるセリフがあるのではないでしょうか。

「この改善案は実は私が発案した」

「当時のピンチは私の号令で乗り越えた」

このように自分の功績を強調し、時には事実を湾曲して語る上司は、どの時代でも一定数存在します。

近年、こうした現象を表す言葉として「歴史修正主義」というワードが現場でも使われ始めています。

本来は政治や国際関係の分野で用いられる用語ですが、なぜいま製造業でも使われるようになっているのでしょうか。

本稿では、実際の現場で起きている“歴史修正主義”的行動の具体例、組織文化との関わり、そして分野別の背景を紐解きながら、なぜこれが大きな問題となり得るのか、またどう対処していくべきかを考察します。

歴史修正主義の定義と製造業での使われ方

「歴史修正主義」とは、従来認識されてきた事実の解釈や評価を大きく変えて主張し直す態度を指します。

元々は歴史学や政治史の分野で使われていた用語ですが、最近では製造業の現場でも自分の実績を誇張したり、チームや部下の成果を自分のものとして語る上司に向けて使われることが増えてきました。

たとえばある品質改善プロジェクトで、実際には現場担当者が着想し、多くのメンバーが試行錯誤の末たどり着いた成果を、上司がそのまま自分の手柄と主張する。

しかも「最初から成功の形が見えていた」などとプロセスまで捏造する場合、まさに「自らの都合の良いように歴史を修正」しているので「歴史修正主義」と呼ばれるのです。

なぜ功績誇張が起きるのか:製造業の組織構造を読み解く

ヒエラルキーと「上意下達」の文化

昭和の高度成長期から続く日本の製造業は、今なお強いヒエラルキーと「上意下達」の文化が根づいています。

現場での功績や業績報告が上長の評価や昇進、そして更なるポストを決める材料になるため、「数字」や「成功事例」をいかに自分の枠組みに取り込むかが極めて重要視されがちです。

これが功績誇張や成果の横取りにつながり、「歴史修正主義」的な言動が助長される温床となります。

評価制度と「見える化」の視点

大手上場企業でも、成果評価は定量的・定性的な数字と個人別シートで厳密に管理されています。

しかし、プロジェクトや改善活動の大半はクロスファンクショナルで行われるため、実際の貢献者を見極めるには現場レベルの正直な記録が必要です。

にもかかわらず、公式な報告や発表の際、誰のアイデアか、どのメンバーがリーダーシップを発揮したのかが曖昧にされ、「最後に報告した人」がすべてを持ち去ってしまう構造的な欠陥が存在します。

これが歴史修正主義的な「話のすり替え」を助長するのです。

年功序列と長期雇用の影響

長期雇用と年功序列を柱とした人事体系が今なお根強い製造業では、「ベテラン」「上司」にとって自らのレゾンデートル(存在意義)やポスト維持が重要課題です。

このため、組織内の「語り部」として実績の上塗りや過剰な自己主張が横行する傾向が強く見られます。

特に現場ならではの「昔話」や「自分語り」に顕著に現れ、部下のモチベーションやチームの一体感すら損ないかねません。

現場でよくある歴史修正主義の例

改善活動のリーダーがいつのまにか上司に

たとえば、設備のちょっとした改良やラインレイアウトの見直しが成功し、生産効率が大幅に上がったケース。

実際には現場作業者が長年の勘と工夫で試行錯誤しながら改善したものの、発表会や工場見学の案内役には、必ず上司や課長職が座り、「これはわが課のイニシアティブ」と強調します。

実務にかかわっていない上司が、一番大きな声で成果をアピールしてしまう。
こうして現場は「蚊帳の外」に置かれてしまうのです。

失敗事例の責任転嫁と成功時の横取り

製造現場では、新しいチャレンジや不良率低減といったテーマが頻繁に設定されます。

ミスやトラブルが発生した際は「現場の判断が甘かった」と責任を押し付け、逆に結果的に成果につながると「自分が厳しく叱ったからだ」などと主語をすり替えてしまう。

これも典型的な歴史修正主義の一形態です。

特定メンバーの功績を「全体の努力」に上書き

斬新なアイディアや、それを根気よく実現したメンバーの功績が、公式発表や経営層へのアピールの際に「みんなの努力」、あるいは「部の総力」として再構成されるパターンも見逃せません。

損するのは、地道に努力を重ねてきた現場のキーパーソンたちです。

歴史修正主義による組織への悪影響

現場の士気低下とイノベーションの停滞

自らの努力や創意工夫が適正に評価されないと、現場従業員は「どうせ評価されない」「やった者負け」との学習性無力感に陥ります。

これが組織全体のイノベーション意欲低下につながり、新しい挑戦やリスクをとる気持ちが失われていきます。

長年同じやり方が続くいわゆる「昭和型アナログ現場」ほど、この問題は根深く、時代遅れのまま競争力を失ってしまうリスクにつながります。

人材流出と後継者育成の停滞

評価されない現場リーダーや若手有望人材は、いつしか他社や他業界へと流出してしまいます。

その結果、現場を支えるキーパーソンが減少し、未来のエースや現場を任せる人材が絶えてしまう悪循環が起こります。

技術やノウハウの継承にも大きな影響を与えるのです。

組織内コミュニケーションの形骸化

上司による歴史修正主義的な振る舞いが常態化すると、現場メンバーは本音を言わなくなり、公式な会議や報告が形だけのものになります。

情報の非対称性が広がり、「現場と管理職の溝」が拡大。
全体最適の視点で意思決定ができなくなり、企業の競争力は大きく損なわれます。

ラテラルシンキングで考える:なぜ「歴史修正主義」に陥るのか

不確実性の時代における「功績欲求」

近年、製造業はグローバル競争やDX推進、サプライチェーンの多重化など外部環境の変化に晒されています。

こうした「先が見えない時代」には、自分の存在価値や過去の実績に依存しがちです。

上司たちが過剰に功績を主張する背景には、ポジションや評価が”揺らいでいる”ことへの不安感や、必要以上に保身的にならざるを得ない組織心理が隠されています。

コミュニケーションの非対称性

AIやIoT化、デジタルツールの導入が進んでも、現場レベルの情報やアイデアは、いまだ口頭や非公式なメモ、現場ノートなどに依存しています。

現場→管理職→経営層と上がるほど、情報は編集・要約され、「事実」が「物語」として再構成されがちです。

これが「誰の実績なのか」「なぜうまくいったのか」についての客観的記録を乏しくさせ、歴史修正主義的行動が混入しやすくなっています。

評価制度のパラドックス

日本の伝統的な評価制度では、目に見える成果や数字が重んじられがちです。

しかし、イノベーションや改善の多くは現場の「地道な工夫」や「小さな成功」の積み上げから生まれるもの。

公式な評価項目にこれらが反映されにくいことが、「声の大きさ」や「権限による横取り」がまかり通る温床となっています。

歴史修正主義を脱却するための方策

「誰が」「何を」やったかの現場記録の強化

一つ一つの改善やプロジェクトについて、発案者や実行メンバー、その貢献の度合いを客観的な形で残す仕組みを徹底することが重要です。

デジタルツールによる進捗記録、アイデア提出者の明示、メンバー個々の取り組み履歴の見える化が、後年の“歴史修正”を防ぎ、本来の実績が正当に評価される文化醸成につながります。

発表や報告の際は「チーム名」や「所属」を明示

公式な発表や表彰の際、「〇〇課全体で成し遂げた」などチーム・現場を主語にする文化づくりが、「自分だけがやった」的歴史修正主義への牽制になります。

また、個人賞を設ける際も、具体的な貢献内容を明記し、関与者全員にスポットライトが当たる工夫が求められます。

トップマネジメントからの価値観示唆

経営層や工場長クラスが「個人ではなくチームの功績」「現場の声を尊重」といった価値観を、定例会議や広報活動で繰り返し強調することも極めて有効です。

実際のエピソードを交えて「こんな現場の知恵が会社を支えている」と経営層自ら語ることで、歴史修正主義の温床となる“自己主張至上主義”に歯止めがかかります。

現場と管理職の適切な距離感設計

経営層や上位管理職は、現場の努力や成果を“正しく引き出し”、“正しく伝える”役割に徹すべきです。

自ら先頭に立って場を引っ張るのみならず、メンバーの活躍をまんべんなく紹介・評価する「黒子」的役割にシフトできるかが鍵となります。

バイヤー・サプライヤーにとっての意味合いとは

バイヤー側で働く方やサプライヤーとしてバイヤーの本音を知りたい方にとっても、「歴史修正主義」は無縁ではありません。

製品改善や品質問題の解決など、実際に改善案を出したのが自社(サプライヤー)側であっても、発注元バイヤーが「これは我々の手柄」として社内外にアピールすることもしばしばです。

こうした時にこそ、公式な議事録や改善提案書で「どちらの提案か」「どちらに主体的貢献があるか」を記録することが、より公平なパートナーシップの確立につながります。

また、どちらの側も「自分の功績欲求」だけで物事を主張することが、組織間の信頼崩壊や長期的なWin-Win関係の阻害要因になるため、歴史修正主義を排し、協調的・フェアな関係構築が必須です。

まとめ:新たな地平線のために、「歴史修正主義」からの脱却を

自らの功績を過剰に誇張し、現場の事実を塗り替える上司や組織文化は、短期的には成功体験に浸れるかもしれません。

しかし長期的には、真に価値あるタレントや現場力の喪失、イノベーション停滞、組織の競争力ダウンにつながってしまいます。

昭和型アナログ現場や保守的な企業体質の中でも、今こそ「正しい歴史を積み重ねる」文化へ舵を切る時代です。

歴史修正主義から脱却し、一人ひとりの努力と挑戦を正当に評価することで、新たな製造業の地平線を切り拓いていきましょう。

現場と管理職、バイヤーとサプライヤー、全ての関係者の“フェアプレー精神”こそが、日本のものづくりを次世代へと進化させる鍵です。

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