投稿日:2025年9月23日

古い武勇伝を語る上司を「また始まった」と笑う若手社員

はじめに ~昭和の武勇伝と今の製造業~

「昔はなぁ…」と始まる上司の昔話。製造業の現場では、未だにこうした昭和型の武勇伝を語るベテラン上司が珍しくありません。
“ラインを止めるな”“寝ずに部品を作った”など、一見すると逞しく、時に美談として語られるこれらのエピソード。
しかし、若手社員からは「また始まった」と冷笑され、距離を置かれることも少なくありません。

製造業の現場は、デジタル化やグローバル化の波に飲み込まれつつある一方、“アナログ力”や“現場力”を重んじる昭和の価値観も依然根強く残っています。
両者の間には深い溝があり、それが世代間ギャップや現場の非効率さを招く原因ともなっています。
本記事では、現役の現場管理職としての経験を踏まえ、昭和の武勇伝が生まれた背景、その功罪、そして現代製造業への教訓を深掘りします。
また、調達購買や工場マネジメントといったリアルな現場目線で、古きよき時代から抜け出すためのラテラルシンキングもご提案します。

昭和の武勇伝―なぜ語られるのか?

ヒロイズムが支えた現場文化

昭和の製造業は、“人”の力に大きく依存していました。
品質トラブルや生産トラブルが起きれば、管理職や現場リーダーが寝ずに現場に張りつき、不眠不休で問題解決に当たる。
休日返上で設備を修理したり、手作業で部品を間に合わせたり。
こうした現場の“頑張り”を美徳とし、個人の情熱や根性が全てに優先される土壌がありました。

成功体験としての武勇伝は、「自分が現場を救った」、「前例を作った」など自己肯定感を満たす語り草になります。
また、暗黙の了解としてこうしたエピソードの“継承”が組織の求心力として使われていました。
このヒロイズムは、「モノづくりは人づくり」という象徴でもあったのです。

“人”主導の時代背景

自動化や標準化の進んでいなかった昭和時代、現場力は個々の経験値や“カン・コツ”に大きく依存していました。
ライン停止は致命的な損失を生み、品質クレームは会社の信用問題に発展。
それを食い止めるため、時に非常識ともいえる労働をいとわない“武勇伝”が生まれました。
少数精鋭の現場では、誰かが現場を救わなければならなかったのです。

なぜ今も語り続けるのか?

現在でもなお、こうした武勇伝が語られるのは、ベテラン社員の“自己存在証明”や若手社員への教育(?)としての意図もあります。
ですが、若手にとっては「働き方改革」に逆行し、具体的な学びも乏しいため、逆効果になるケースが多いのが現状です。

現代の製造業─価値観の変化と現場の現実

働き方改革で変わる現場

2019年の「働き方改革関連法」施行以降、残業の上限規制や有給取得義務化など、昭和の常識は次々に見直されています。
生産現場やサプライヤーにも適用され、「寝ずにやった」「休日出勤して間に合わせた」といった武勇伝は、賞賛どころかコンプライアンス違反に直結するおそれもあります。
企業のリスクマネジメント上、こうした“オールドタイプ”の根性論はもはや通用しなくなっています。

デジタル化・自動化と人の役割

IoTやAI、RPAといったデジタル技術の導入は、生産管理や品質管理にも見られるようになりました。
「ヒトの力を過信せず、しくみで防ぐ」ことが当たり前となり、従来の属人的な武勇伝の必要性は減少しています。
とはいえ、すべてをIT化・標準化することも不可能で、突発的トラブル時の「現場の在り方」はいまだ大切です。

世代間ギャップと人のモチベーション

Z世代以降の若手社員は、無理な残業や“無茶な根性論”に価値を感じません。
真面目にこなしても「当たり前」とされ、昇給・昇格にも直結しづらい武勇伝的労働は忌避される傾向にあります。
「働く理由」「成果の評価軸」が上司世代と明確に異なります。
この意識ギャップこそが、若い社員の「また始まった…」という反応に繋がっています。

武勇伝の功と罪 ~現場のリアル~

功:現場力の蓄積と危機対応力

武勇伝の一端には、現場における突発対応力、即断即決のリーダーシップ、現場社員数名が一丸となって難局を突破する現場力といった、貴重なノウハウが内包されています。
経営層視点で見れば、工場長や調達購買責任者が“現場と一体”で迅速な意思決定を行う現場文化は、今も十分な武器です。

罪:属人化・非効率と組織停滞

一方で「〇〇さんがいないと動かない現場」や、「記憶と経験だけが頼りの業務」は、組織にとって大きなリスクです。
現場の効率化や属人化解消の取り組みを阻害し、非効率とトラブルの温床にもなります。
また、それが世代間の断絶や「学びのない根性論」的労働へと繋がります。

現場力を“実践知”として残す意義

大切なのは、武勇伝を単なる“美談”や“ノスタルジー”として消費するのではなく、課題解決のための「再現性ある知恵」に変換することです。
「なぜその事故が起きたのか」「なぜ根性対応が必要だったのか」の本質を洗い出し、標準化や仕組み作りに昇華させてこそ、本当の現場力が生まれます。

現場が変わるためのラテラルシンキング

“過去の成功”を疑い、問い直す習慣

武勇伝が語られるたび、そのエピソードの「なぜそうするしかなかったのか」を問い直す視点が必要です。
「そもそも前工程で止められなかったのか」「他にもっと効率的な仕組みはなかったのか」など、共通化・標準化できる部分を洗い出す。
過去の成功体験を鵜呑みにせず、“本質を問い直すラテラルシンキング”こそ、現代現場マネジメントの原点です。

調達購買・サプライヤー管理でも“脱・武勇伝”を

購買バイヤーの現場でも、納期遅延や品質不良時に、社内外の担当者が無理やり“人手で間に合わせる”ことを美談として評価しがちです。
しかし、中長期的には取引先との関係悪化や生産性低下の温床に。
必要なのは「早期警戒」「バックアップ調達の強化」「トラブル発生プロセスの可視化」など、根性論から仕組み論への転換です。

サプライヤーの立場では、バイヤーが「なぜこの無謀なリカバリーを求めるのか」という“努力”の背景を知ることで、単なる言いなり対応から一歩踏み込んだパートナーシップ構築につなげられます。

“個人の苦労”を“仕組み”で減らす組織戦略

「属人的な武勇伝」を「再現性ある現場ノウハウ」に落とし込み、マニュアル化や標準化で組織全体の底上げを目指します。
“ヒト”の力を最後の砦としつつ、普段は“仕組み”で戦える状態を作るのが、経営層や管理職の役割です。
例えば、失敗事例から学びを抽出し、現場勉強会や標準作業手順書として共有する。
購買調達では、“個々の交渉力”任せではなく、サプライヤー評価や早期リスク検知プロセスを構築する…などが具体策です。

“武勇伝”を未来の現場力へ

昭和の現場力は、再現性があってこそ価値になる

「昔は、とにかく人が頑張った」で終わってしまう現場に進歩はありません。
そのエピソードの中に、“なぜそうする必要があったのか”“現代ならしくみで防げないか”といった探究を加え、実践知に昇華させることで、初めて組織資産となります。
それは若手社員への最高のメッセージであり、現役世代のプレゼンス維持にもなります。

若手社員の力を活かす現場づくりへ

イノベーションは、時に“問いかけ”から生まれます。
「非効率な昔のやり方を繰り返していないか」「もっとよい仕組みがないか」と若手視点で現場を見直すことが重要です。
管理職や現場リーダーは、若手社員の視点を現場改善活動や会議体に反映させ、自分たちでは気づかなかった“新たな地平線”を一緒に開拓していくべきです。

まとめ ~本記事のポイントと行動提案~

製造業の現場に根付く昭和型の武勇伝。
その本質は、単なる自慢話でも、働き方改革違反の証拠でもありません。
突発トラブルへ立ち向かった“現場人の知恵”こそ、課題解決に活かせるヒントです。
「人の力」→「仕組みと現場力のハイブリッド」へ。
若手とベテランが協働し、新しい製造業の価値を現場目線で生み出すため、古き武勇伝を“問い直し・仕組み化”し、新たな武勇伝を“未来”へとアップデートしていきましょう。

それが、次世代型の製造業バイヤー、そして強いサプライヤー・現場リーダーの共通基盤となります。

現場から始まる製造業イノベーション、皆さん一人ひとりの気づきとアクションが、業界の明日を切り拓きます。

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