投稿日:2025年6月12日

技術者・研究者のための効果的に伝わる技術英語文書の書き方実践講座

はじめに:なぜ技術英語文書が重要なのか

日本の製造業は、長い歴史と高い技術力で世界をリードしてきました。
しかし昨今、グローバル化の波により、技術や製品の仕様、品質基準、工程管理の情報を英語で伝達する機会が急増しています。
デジタル化の潮流とともに、今や現場レベルの情報がグローバルサプライチェーンへ即座に伝達される時代です。
そのため、専門技術を持った技術者や研究職、調達購買の担当者にとって「伝わる技術英語文書」は武器となります。

「英語力」だけでなく、「技術をロジカルにまとめる力」「読み手に配慮した表現力」も同時に求められるのが、技術英語文書の難しさです。
この記事では、英語が苦手な方や、昭和時代からの職人気質が色濃く残るアナログ型マインドセットから一皮むけたい方に向けて、現場目線で実践的なノウハウを解説します。
特にバイヤーとサプライヤーの視点から、それぞれの立場が「本当に伝えたいこと」「起きやすい誤解」「工場現場で起きているリアルなトラブル事例」に踏み込んでいきます。

技術英語文書の基本:目的を明確にする

目的に応じた文書の種類

技術英語文書には、仕様書(Specification)、標準作業手順書(SOP: Standard Operating Procedure)、テストレポート、品質管理報告(QC reports)、調達購買関連のRFQ(Request For Quotation)、納品書、契約書など多種多様なものがあります。

それぞれ「誰が」「何のために」「どんなアクションを取ってほしいのか」を明確にし、目的に応じて構成や表現を使い分ける必要があります。
例えば、「サプライヤーに製品仕様を伝えたい」が目的なのか、「社内外のバイヤーに品質異常の報告をしたい」が目的なのかで、文書の構成も使う語彙も大きく異なります。

現場でよくある「伝わらない」例

現場でよく聞かれる「この文書で意図が伝わっていなかった」「結果として再発注や手戻りが発生した」というトラブル。
たとえば以下のような典型的な事例が挙げられます。

– 要件・仕様における曖昧な表現(例:”tight tolerance” や “high quality” のみで具体性なし)
– 手順書での省略表現や漏れ(例:”standard processに従う” の一言で済ませてしまう)
– 店社との間で意味が異なる業界用語(例:日本語での「ばらつき」=variationだが、英語ではvarianceとの誤用)

こうしたミスを防ぐ第一歩は、「誰向けの文書か」を意識しながら構成を考え、冗長であっても根拠と具体性を持った表現をすることです。

短く、明確に、論理的に:技術英語文書の基本構造

ピラミッド構造を活用しよう

グローバルスタンダードでは、「結論から書く(トップダウン)」が鉄則です。
予備知識が異なる相手に伝える際は、前置きや日本語独特の緩やかな導入を避け、以下のピラミッド原則を意識しましょう。

1. 主張・結論(最も重要な情報やアクション要求)
2. 理由や条件(なぜこの判断・アクションなのか)
3. 詳細情報(データや根拠、参考資料)

例: “The part you supplied does not meet our specification due to excessive dimensional variation (>0.02mm). Please review your process and provide a corrective action proposal by June 10th.”

この構成はSOPや品質トラブル報告、サプライヤーへの是正要求文書など、どんなシーンでも有効です。

冗長な表現を避けて、直接的に

日本語的な「察してほしい」という曖昧さや、婉曲表現は、グローバルビジネスでは致命的です。
“Please check and let me know.” だけでは具体的なアクションが伝わりません。
“Please measure the outer diameter at three different points and report the average, max, and min values.” のように、工程や測定・調査の手順を明記しましょう。

業界独特の情報:翻訳すべき言葉、訳してはいけない言葉

楽をしようとするリスク:Google翻訳の落とし穴

近年、Google翻訳やDeepLのようなAI翻訳ツールで技術文書を作成するケースが増えています。
しかし、これらのツールは業界独特の“ジャーゴン(専門用語)”や現場習慣まで理解できるわけではありません。
たとえば、“バラツキ”は単なる“variation”だけでなく、“process variation”や“lot variation”など、場面に応じて意味が変化します。

また、“不良品”は“defective products”、“NG”はそのままでは伝わらず、“Not acceptable”や“Rejects”と表現した方がニュアンスが正確に伝わります。
逆に、“PO(Purchase Order)”などの国際的に共通した業界語は無理に訳さず、そのまま使った方が伝わりやすいこともあります。

昭和アナログ現場に根付く「暗黙知」を言語化するコツ

日本の現場では、「阿吽の呼吸」「匠の勘」「経験則でわかる」暗黙知が今なお強く根付いています。
ですが、グローバルコミュニケーションでは「形のない知識」は伝わりません。
“熟練者であれば普通こうする”といったルールや感覚も、英語で明示しロジカルに構造化しましょう。

– “Apply grease as done in previous process” → “Apply grease using the same quantity (0.2g ±0.05g) and the same method as described in Step 2.”
– “Tighten bolts properly” → “Tighten bolts to a torque of 4.0 Nm using a calibrated torque wrench.”

現場の“普通”を数字や方法、条件で示し、“誰でもその通りできる”レベルの具体例に落とし込みます。

伝わる技術英語文書作成のテクニック

簡潔な文章・平易な単語を選ぶ

多国籍、非英語圏を前提にするなら、難解な単語や複雑な長文は避けるのが鉄則です。
“Utilize”よりも“Use”、“Commence”よりも“Start”といった基本語彙を心がけます。
また、主語・述語・目的語が明快になる文章構造も大切です。

複数のアクションは箇条書きで示すと、視覚的にも分かりやすくなります。

例:
Please perform the following steps:
1. Measure the length of the sample using a digital caliper.
2. Record the result in millimeters on the attached sheet.
3. Email the file to the address below by June 10th.

数値・データを中心に表現する

技術英語文書の信頼性は「数字や条件で語れるか」で決まります。
品質管理や仕様書などでは、“high precision” ではなく “precision: ±0.01mm” のように条件を明示しましょう。

また、誤解を招きやすい単位(g, cm, inchなど)は国際単位系(SI)を推奨し、可能なら単位変換の注記も入れると親切です。

見出しや表、図解で内容を整理する

長文では、H2、H3などの見出しや、表・フローチャートによるビジュアル化が効果的です。
チェックリストや手順書では、工程表を作成することで「誰が読んでも同じ作業ができる」状態に近づけましょう。
特に工程変更や改善案の報告は、ビフォーアフターの違いを明確にできる表現が重要です。

バイヤー・サプライヤー視点での実践事例

現場トラブルと技術英語文書のギャップ

実際の製造業現場で起きた典型的なトラブル事例を紹介します。

例:「製品出荷後、海外現地工場から“Specification not clear”のクレーム」
原因:日本側から送られた仕様書が日本語のまま一部情報が抜けていた。また図面表記の単位や公差の定義が曖昧で、現地で解釈が分かれた。

改善例:全項目を英語で記載。必要に応じて略図、注釈、測定ポイント、許容誤差まで明記し、現地QAチームと事前すり合わせを徹底。

バイヤーが求める情報・サプライヤーが伝えるべきこと

バイヤー=買い手は、発注リスクを極限まで下げるために「抜け漏れなく、論理的な情報」を要求します。

– 製品仕様・要求品質の明記(図面、数値、測定法など)
– 納期・納品条件(Incoterms、タイムライン、遅延時対応策)
– トレーサビリティやサプライヤーのQMS(品質保証体制)

一方、サプライヤー=供給者側も、「自社設備能力」「現地調達制約」「工程リスク」を率直かつ具体的に伝えるべきです。

– “The component will be produced by CNC lathe (Model xxx), tolerances up to ±0.01mm.”
– “Due to raw material shortage, estimated delivery will be delayed by 2 weeks. We are seeking alternative suppliers.”

極端な過少申告や希望的観測のみの回答は信用失墜につながりますが、正確・オープンな技術英語文書は次のビジネスチャンスへとつながります。

書き手として成長するためのヒント

過去の文書を“なぜ伝わった/伝わらなかったか”で振り返る

自分が書いた技術英語文書が相手にどう解釈されたか、現場でどんなトラブルが起きたかを、定期的にフィードバックしましょう。
メール1本・仕様書1通単位で「この表現で迷いがなかったか」「相手の行動にズレがなかったか」を振り返ることで、自分の書き方の課題が見えてきます。

先輩・他社の優良ドキュメントをストックする

自部署や他社で使われている分かりやすい文書例を参考にし、“テンプレート化”しておくことが上達への近道です。
大手自動車メーカーやグローバル電子部品メーカーの英語SOP、品質異常報告書等は良い参考資料になります。

変化し続ける時代、読み手への共感を忘れずに

技術英語文書も「人が読む」ことを忘れてはいけません。
オンライン会議やチャットによるコミュニケーションへの移行、AIが下訳に使われる現代では、リアルタイムで齟齬が起きやすいものです。
あなたが「相手の立場ならどう感じるか」「自分が受け取る側なら何に困るか」を想像し、文書をブラッシュアップしましょう。

まとめ:現場で使える!技術英語文書作成の心得

製造業に従事する方、バイヤーを志す方、サプライヤーの現場を束ねる方。
皆さんが今後グローバルで戦っていくためには、「伝わる技術英語文書」が不可欠です。
日本的な職人気質や暗黙知を、数値・手順・ロジックで“翻訳”し、世界に通じる文書力を磨いていきましょう。

最後に、今日から実践できる5つの心得です。

1. 目的・読み手・期待アクションを最初に明示する
2. 数値・データ・手順をできるだけ具体的に記述する
3. 業界共通語や現場ジャーゴンは翻訳・注釈を徹底する
4. シンプルな単語・構成・見出し・表で一目で伝わる形式にする
5. 現場目線のフィードバックと自己改善を繰り返す

技術英語文書は、一朝一夕では上達しません。
日々現場で“伝わる”ことを追い求め、グローバルなものづくりの価値創造に挑戦していきましょう。

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