投稿日:2025年6月18日

においの計測手法と商品開発への応用

はじめに:においと製造業の関係性

においは、私たちの生活に密接に関わる感覚です。
食品、化粧品、化学製品、自動車や家電製品など、多くの製造業分野で「におい」は製品評価の重要な軸となります。
その一方で、工場の現場では製品由来の望ましい香りだけでなく、不快な臭気対策や安全管理の観点からも「におい」の計測・評価技術が欠かせません。
ここでは、においの基礎知識から最新の計測手法、商品開発への活用事例、そして現場での実践的課題までを網羅し、においの最前線について解説します。

においとは何か?~感性と科学のあいだ~

におい(臭気)は、揮発性のある化合物が嗅覚器官を刺激し、その信号が脳で認識されて生まれる感覚です。
しかし、この「感覚」に個人差があり、かつ非常に主観的である点に、ものづくりの現場での難しさがあります。
例えば、同じ香りでも「おいしい」と感じる人もいれば、「不快」に感じる人もいます。
この特性を理解することが、においのコントロールや計測、評価の第一歩となります。

においの計測手法の基礎

官能評価法

最も古典的で普及しているのが、ヒトの感覚を利用した「官能評価法」です。
パネル(テスター)による嗅ぎ分けや、五段階評価、ランキング法などがあります。
この方法の利点は、人間の感性に近い評価ができること。
しかし、人により感じ方が異なる・体調や環境に左右されやすい・再現性や標準化が難しいといった課題が伴います。
現場では、パネルの選定や教育が評価の精度を大きく左右します。

化学的分析法

においの主成分を特定・定量するため、ガスクロマトグラフ(GC)や質量分析計(MS)といった高精度な分析装置を使います。
これにより、「どんな物質が」「どれくらい含まれているか」が明らかになります。
分子レベルで成分組成を突き止められるため、商品の改良や不快臭のトラブル発生時の根本原因究明に力を発揮します。
一方で、においの「印象」までは評価できません。

臭気センサー(電子鼻・嗅覚センサー)

近年、AI技術・センサー技術の進化により、ヒトの嗅覚に相当する「臭気センサー(電子鼻)」が登場しています。
複数のセンサーで臭気成分のパターンを取得し、データベースと照合することで「このにおいは〇〇に似ている」とAIが判定します。
定量化・自動化・標準化が図れるほか、人間の嗅覚が疲れる・危険物質も検知不可欠など現場の課題解決にも貢献しています。
ただし、完全にヒトの感性に追いついているとは言えず、補完的な利用が現状です。

複合評価法:科学と官能の融合

近年では、GC-Olfactometry(ガスクロマトグラフィー嗅覚法)と呼ばれる、「成分分析」と「官能評価」を同時に実施する最先端手法も活用されています。
例えば、パネルがにおいを感じた時点の成分をリアルタイムで特定することで「何が、どの成分が、どう感じられたか」を結びつけることができます。
複雑な臭気問題の原因分析や新製品開発に非常に有用です。

においの計測が製造現場にもたらす価値

1. 商品開発~「売れる香り」を科学する~

お菓子・飲料・化粧品などの分野では、におい・香りは味や使用感に直結する重要な要素です。
消費者の好みを徹底的に分析し、ターゲット別香料の開発や、不快臭低減の技術導入が競争力となっています。
例えば、ビール開発では従来の「コク」や「苦み」だけでなく、「香り立ち」や「後味の余韻」といった感性的要素を分析し、官能評価+化学分析+電子鼻の複合アプローチを採用。
従来はベテランの職人・技術者の勘だけが頼りだった領域で、誰もが再現できる標準開発プロセスが構築されています。

2. クレーム・不具合発生時のトラブルシューティング

製品から想定外のにおいが発生した場合、「何が原因か」を突き止め、迅速に対応する体制は極めて重要です。
現場では、異臭申告時の官能パネル早期立ち上げ、サンプリングと分析フローの標準化、トレーサビリティ確保が不可欠です。
「これはどこのロットか?誰が担当したか?原材料に違いがないか?」を即座に追いかけることで、重大クレーム・リコールのリスク削減につながります。

3. 環境配慮・コンプライアンスへの対応

工場からの臭気排出は法規制やCSR、地域住民への説明責任でも大きな課題です。
臭気センサーや定期的な臭気パトロールの実施、高度脱臭設備導入、AIを活用した臭気マッピングなど、オープンな取り組みが企業価値を高めます。
従来「におい苦情」は泣き寝入り・あいまい対応が通用していましたが、今後はデータと客観性による説明責任が不可欠です。

現場目線で考える:昭和的なアナログにおい評価からの脱却

製造業現場では、いまだに「ベテランの鼻がすべて」「昔ながらの慣習が絶対」といった昭和的手法が根強く残っています。
特に中小・半導体製造や下請け工場では、デジタル化が遅れ、におい対応がブラックボックス化しているのが現実です。
その一方で、グローバルではISOやGMP(適正製造規範)で臭気管理が厳格化され、買い手(バイヤー)の要求基準もどんどん上がっています。

脱アナログ!におい管理の標準化・システム化

・定量的な臭気データの収集(電子鼻・分析装置の導入)
・異臭発生時のワークフロー(いつ誰がどう対応したかの記録)
・パネル評価のスキル教育・維持管理
などを現場レベルで整備し、「誰がやっても同じにおい評価ができる」仕組みを築くことが重要です。

バイヤー・調達担当の視点:これからサプライヤーに求められること

調達バイヤーがサプライヤー選定において重視するのは、
・顧客(ユーザー)の要望に対し科学的かつ迅速に対応できる体制があるか
・数値やデータで説明可能なにおい管理を導入しているか
・異変時の是正・予防処置の実施、原因究明能力
です。
価格競争だけでなく、品質・リスクマネジメント・環境適合性といった非財務面での評価軸が極めて大きくなっています。
サプライヤーが「においは勘と経験だ」「検査は適当に済ませる」という姿勢だと、大手メーカーの新規案件(新規ビジネス参入)からはじかれてしまいます。

これからのニオイ管理・商品開発のトレンド

DXによるにおい評価の効率化・省人化

電子鼻+AI解析による異常検出の自動化。
蓄積された臭気データと、異常時の原因データベース連携。
VR/ARを活用し、遠隔でにおい評価・官能教育なども始まっています。
IT人材・データサイエンティストとの協働が求められます。

消費者共創による「売れる香り」づくり

SNS・クラウドを駆使し、消費者リアルタイム官能評価や、ユーザー投票で香りを進化させるマーケティングも普及中です。
BtoC製品では「お客様の声」から商品に反映することでブランドロイヤルティも向上します。

ハザード管理とQMS(品質マネジメントシステム)との連携

HACCPやFSSCなど国際的品質・安全規格との整合性をとり、安全・安心な商品開発・製造体制を強化する企業が増加しています。

まとめ:においを競争力に変える時代へ

におい計測技術は、官能・科学・デジタルの「融合」による進化の真っ只中にあります。
現場目線では、昭和流の“勘と経験”を活かしつつ、IT・データ活用と標準化の両輪で、バイヤーや消費者の厳しい目に応える体制づくりが求められます。
競争優位を勝ち取るには、においを曖昧な「感覚」から「評価・価値創造の武器」へと変換する発想が不可欠です。
現場、バイヤー、サプライヤーが協力し、においの時代を切り拓きましょう。

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