購買担当の引き継ぎで抜けるもの——約束と交渉の途中をどう渡すか | newji
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投稿日:2026年9月26日

購買担当の引き継ぎで抜けるもの——約束と交渉の途中をどう渡すか

この記事のポイント(結論先出し)

購買担当の引き継ぎで抜けるのは、書類よりも約束と交渉の途中である。取引先に対する担当者の意思表示は、権限の範囲内なら会社に直接効力を生じるので、前任者が口頭やメールで交わした約束は、人が替わっても会社の約束として残る。さらに民法は、代理権がなくなった後の行為でも、そのことを知らなかった相手には責任を負うとしている。ただし、相手が過失によって知らなかったときは除かれる。交代を知らせておけば、相手は知らなかったとは言いにくくなる。つまり引き継ぎは社内の作業で終わらず、取引先に交代を知らせることまでが一続きになる。公正取引委員会の資料には、担当者が人事異動で替わり、新しい担当者の指示で委託内容が変わって生じた追加費用を負担しなかった事例が違反行為として載っている。引継書には、取り決め・単価の経緯・発注残・協議中の案件・約束中の案件・支給品・連絡先・記録の置き場所の 8 つの欄を置き、前任者がいるうちに埋める。

引き継ぐのは書類ではなく、会社が負っている約束である

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担当者が異動や退職で替わるとき、最初に作られるのはたいてい「取引先一覧」と「進行中の発注の一覧」である。どちらも要るが、この 2 つだけでは抜けるものがある。前任者が取引先に口頭で伝えた内示、メールで「次回から単価を見直します」と書いた一文、試作のお願い、値上げの相談に「来月回答します」と返した約束。どれも一覧には載らないが、取引先の側では「会社から言われたこと」として受け取られている。

法律の側から見ても、この受け取り方は正しい。民法は、代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずると定めている[4]。会社法は、事業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人は、当該事項に関する一切の裁判外の行為をする権限を有するとし、その代理権に加えた制限は善意の第三者に対抗することができないとしている[5]。購買を任された担当者がこの使用人に当たるかどうかは、任された範囲など個別の事情で決まるが、少なくとも「社内の決裁を通していなかったから、あの約束は無効だ」とは言いにくい構造になっている。

だから引き継ぎの中心は、前任者が会社の名前で何を言ったかを洗い出すことになる。これは前任者本人がいるうちにしかできない。書類なら後から探せるが、口頭の約束は本人の記憶の中にしかないからである。

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交代を取引先に知らせるところまでが引き継ぎ

社内で引継書を作り終えても、取引先がまだ前任者を担当者だと思っていれば、引き継ぎは終わっていない。民法は、他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後にその代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、代理権の消滅の事実を知らなかった第三者に対してその責任を負うと定めている(第三者が過失によってその事実を知らなかったときを除く)[4]。

異動した前任者が、以前の癖で取引先に追加の手配を頼んだとする。取引先が交代を知らなければ、会社はその依頼について責任を負う側に立ちうる。逆に、交代をきちんと知らせてあれば、取引先の側も「今の担当はだれか」を確かめてから動ける。知らせ方は、口頭の挨拶だけでなく、書面かメールで次の 3 点を伝えておく。

  1. いつから担当が替わるか(日付)
  2. 新しい担当者と、不在時の連絡先(部署の窓口)
  3. 前任者が発注や条件の変更をしなくなること

3 つ目を書いておくのが要点である。挨拶状は「今後ともよろしく」で終わりがちだが、相手が判断に使うのは「だれの指示なら受けてよいか」のほうだからである。

交渉の途中を切らさない

協議を求められている案件は、そのまま引き継ぐ

引き継ぎで最も危ないのは、値上げの申し入れや原価の相談が「前任者のところで止まっていた」ケースである。取適法は、中小受託事業者の給付に関する費用の変動その他の事情が生じた場合に、中小受託事業者が代金の額に関する協議を求めたにもかかわらず、その協議に応じず、又は協議において必要な説明若しくは情報の提供をせず、一方的に代金の額を決定することを禁じている(第 5 条第 2 項第 4 号)[2]。取引先から見れば、協議を求めた相手は会社であって前任者個人ではない。担当が替わったことは、協議が止まってよい理由にならない。

引継書には、協議を求められている案件を、求められた日・求められた内容・こちらの回答の約束(いつまでに何を返すと言ったか)と一緒に書く。値上げの申し入れにどう応じるか自体は値上げの申し入れが来たときの進め方で扱うので、ここでは「引き継いだ日から、その案件の期限を新担当が持つ」ことだけを決めておく。

交渉の記録は、人事異動に備えるためのものでもある

内閣官房と公正取引委員会の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」は、発注者と受注者に共通の行動として、価格交渉の記録を作成し、発注者と受注者の双方で保管することを挙げている[3]。その説明のなかで、記録を作る具体的なメリットとして、発注者・受注者ともに人事異動が発生することから、記録を作成することにより次回以降の交渉をスムーズに開始できる点を挙げている[3]。同じ箇所には、受注者ごとに交渉記録や資料を電子データで保存し、人事異動があっても協議した内容・結果を双方で共有することで異動後の確認の手間を省略できている、という発注者の取組事例も載っている[3]。

引き継ぎの場面で困るのは、「なぜこの単価なのか」が分からないことである。単価そのものはマスタに入っていても、どの見積をもとに、どういう協議を経て決まったかは、交渉の記録がなければ前任者の頭の中にしかない。単価をどう持っておけば経緯まで追えるかは購買単価の持ち方にまとめる。

新しい担当者の「方針の切り替え」が違反になる形

引き継いだ担当者は、前任者のやり方を見直したくなる。見直すこと自体はかまわないが、公正取引委員会と中小企業庁のテキストには、担当者の交代が絡んだ例が 2 つ載っている。

1 つは違反行為事例で、委託事業者がデザインの作成を委託したところ、委託事業者の担当者が人事異動により交代し、新しい担当者の指示により委託内容が変更されて追加の作業が発生したが、それに要した追加費用を負担しなかった、というものである[1]。不当な給付内容の変更及び不当なやり直しの事例として挙げられている。もう 1 つは想定例で、自らと取引の相手方の双方で同時期に行われた人事異動のタイミングを機に、従来より高いグレードの品質基準を満たすよう求めたのに、必要な労務費用や製造費用の上昇を踏まえずに単価を据え置き、通常の対価を大幅に下回る取引対価を一方的に定めた、というもので、買いたたきの想定例として示されている[1]。

2 つに共通するのは、担当者が替わると「前任者が決めていた前提」が見えなくなることである。前任者が何を仕様として合意し、何を単価に織り込んでいたかを知らないまま、新担当が自分の基準で要求を出すと、相手から見れば仕様の追加や条件の変更になる。方針を変えるなら、変える前に前提を確かめ、変える部分を協議する。引継書に単価の経緯と合意済みの仕様を書く理由はここにある。

引継書に置く 8 つの欄

引継書は取引先ごとに 1 枚作る。前任者が埋め、新担当が質問し、上長が確認する。欄は次の 8 つにしておくと、抜けたときに何が起きるかが見えやすい。

# 欄 書くこと 抜けたときに起きること
1 取り決め 基本契約・覚書の有無と有効期間、支払条件、検査の方法と期間 契約と違う運用を新担当が始める
2 単価の経緯 主な品目の単価、根拠にした見積、最後に改定した日と理由 「なぜこの単価か」が説明できない
3 発注残 未納・分納の残り・検収待ちの発注と、回答を受けている納期 納期の追いかけが途切れる
4 協議中の案件 値上げの申し入れ、仕様変更、品質問題。求められた日と回答の約束 協議に応じない状態が生じる
5 約束中の案件 内示、試作の依頼、口頭で頼んだ手配、見積を依頼中の案件 相手が準備した分の扱いでもめる
6 支給品・貸与品 有償・無償の支給材、金型・治具の所在と数量、保管費の取り決め 相手の工場にある自社資産が分からなくなる
7 連絡先と連絡の癖 相手の窓口と決裁者、連絡の手段、回答にかかる日数の目安 連絡が前任者宛てに届き続ける
8 記録の置き場所 発注の記録、交渉の記録、電子で受け取った書類がどこにあるか 保存すべき記録が前任者の手元に残る

欄 1 の取り決めの中身は基本取引契約書とは、欄 6 の支給材と金型の扱いは有償支給材と金型代のルールが詳しい。欄 3 の発注残は、一覧を作るだけなら簡単に見えて、分納や一部検収が混ざると数え方がぶれる。引き継ぐ前の洗い出し方は発注残を数えて追う仕組みを参照してほしい。

記録は「個人」ではなく「取引」の側に置く

欄 8 が埋まらない会社は、引き継ぎのたびに同じ苦労をする。取適法は、委託事業者に対して、給付、給付の受領、代金の支払その他の事項について記載し又は記録した書類又は電磁的記録を作成し、保存することを求めている(第 7 条)[2]。この記録は会社の義務で、担当者が替わっても保存の義務は続く。何を書いて何年残すかは取適法が求める記録、担当者個人のメールボックスに記録が溜まることの危うさと置き場所の設計は発注の記録を 2 年どう残すかで扱っている。

引き継ぎの観点から付け加えると、仕組みで決めておきたいのは次の 3 つである。取引先には個人のアドレスではなく部署の窓口を連絡先として登録してもらうこと。取引先とのやりとりを、発注や見積の案件に紐づいた場所に残すこと。取引先ごとに正担当と副担当を決め、副担当が日ごろから同じ記録を見ていること。3 つ目があると、急な退職や休職でも、引き継ぎは「ゼロから聞き取る」ではなく「副担当が正担当になる」で済む。

引き継ぎの進め方

時間が取れる異動なら、次の順で進めると抜けが少ない。

  1. 前任者が取引先ごとに引継書の 8 つの欄を埋める(口頭の約束を思い出すのはここ)
  2. 新担当が引継書と記録を読み、分からない点を前任者に質問する
  3. 主要な取引先には前任者と新担当が一緒に連絡し、交代の日と新しい窓口を書面かメールで知らせる
  4. 協議中・約束中の案件は、案件ごとに新担当が期限を持ち直す
  5. 交代から 1 か月ほどたったところで、上長が引継書の未完了の欄を確認する

手順 3 で取引先に聞いておきたいのが、「前任者から聞いている約束で、こちらの一覧に載っていないものはないか」という一言である。言った側が忘れている約束でも、言われた側の記録やメモには残っていることがある。一覧から漏れた約束を拾う最後の網になる。

よくある質問

退職が急で、引き継ぎの期間が取れません

全部を埋めようとせず、欄 4(協議中の案件)と欄 5(約束中の案件)を優先する。この 2 つは記録から後で復元しにくく、放置すると取引先に不利益が出る。欄 2 や欄 3 は、発注の記録や単価の記録が残っていれば後から組み立てられる。取引先への交代の連絡も、引継書の完成を待たずに先に出す。

前任者の約束が、どこにも記録されていませんでした

取引先に確かめたうえで、会社として扱いを決める。前任者が権限の範囲内で行った約束は会社に効力を生じうるので[4]、「記録がないから知らない」とは言えない場合がある。確かめた内容は、その時点で記録に起こしておく。次の担当者が同じ思いをしないためである。

前任者が決めた単価が高すぎると思います。すぐに見直してよいですか

見直しの協議を始めることはできる。ただし、単価だけを下げて仕様や納期の条件を据え置いたまま求めたり、前任者のときにはなかった要求を加えたりすると、上に見た事例と同じ形になる[1]。まず欄 2 の経緯を読み、どの前提でその単価になったかを確かめる。過去の購入単価と比べるときの注意は過去の購入単価と見積の比べ方にある。

取引先の担当者が替わった場合も、同じことをすべきですか

向きは逆だが、確かめることは同じである。相手の新担当に、前任者との間で合意していた条件や協議中の案件がどう引き継がれているかを確認する。価格交渉の記録を双方で保管しておくことは、こういうときに効く[3]。

まとめ

購買担当の引き継ぎは、取引先一覧と発注一覧を渡して終わりではない。担当者の言葉は会社の約束として残り[4][5]、交代を知らない取引先に対しては、前任者の行為についても会社が責任を負いうる(相手が過失によって知らなかった場合は除かれる)[4]。協議を求められている案件は担当が替わっても止めてはならず[2]、交渉の記録は人事異動に備えるためにこそ作る[3]。

引継書は取引先ごとに 8 つの欄で作り、前任者がいるうちに約束と交渉の途中を書き出す。そのうえで取引先に交代を知らせ、新担当が案件ごとの期限を持ち直す。記録を取引の側に置き、正担当と副担当を決めておけば、次の引き継ぎはもっと短く済む。

出典・参考資料

  1. 中小受託取引適正化法テキスト「下請法」から「取適法」へ(公正取引委員会・中小企業庁/令和 7 年 11 月)
  2. 製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律(取適法)(e-Gov 法令検索(デジタル庁))
  3. 労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針(内閣官房・公正取引委員会/令和 5 年 11 月 29 日・令和 8 年 1 月 1 日改正)
  4. 民法(e-Gov 法令検索(デジタル庁))
  5. 会社法(e-Gov 法令検索(デジタル庁))

担当が替わっても、取引の経緯が会社に残る形にする

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