投稿日:2025年6月19日

PID制御の基礎とモデルベース設計による制御性能向上のための制御ノウハウと実験学習

はじめに:昭和の現場から令和のイノベーションへ

製造業の現場は、いまだアナログな慣習と最新デジタル技術が混在する過渡期にあります。

私が20年以上経験してきた現場でも、やはり根付いているのは「現場の勘」と職人技の絶妙なバランスです。

この現場力に、今や効率化・高品質化を求める風潮が押し寄せています。

そんな中で、制御技術、とりわけPID制御は未だ現場で最も頼りにされる技術の一つです。

しかし、実際にPID制御の限界も感じることが増え、モデルベース設計(MBD)を活用して性能向上にトライする企業が増えてきました。

この記事では、製造業現場でのリアルな課題感と期待を込めつつ、PID制御の基礎から、MBDによる革新的な制御性能向上、さらには現場で役立つノウハウ・実験学習のヒントまでを実践的に解説します。

製造業に従事される方、バイヤーを志す方、そしてサプライヤーの立場でバイヤーの意図を汲み取りたい方に読む価値のある内容をお届けします。

PID制御とは何か?アナログ現場の永遠のベストセラー

PID制御の基本を押さえる

PID制御(比例・積分・微分制御)は、自動制御分野で最も広く用いられている古典的な制御手法です。

現場で温度、速度、位置などさまざまなプロセス値を一定に保つ制御に利用されています。

PID制御の構成要素は以下の3つです。

– P(比例制御):現在の偏差(目標値と現在値の差)に応じて操作量を決める
– I(積分制御):過去の偏差の累積からのズレを補正する
– D(微分制御):偏差の変化速度に応じて応答を抑制する

この3要素のバランスを取ることが、現場で安定した品質保持・コスト削減に不可欠です。

昭和の現場が抱える“PIDの限界”

日本の製造現場では、経験豊富なベテランが長年の勘でパラメータ(ゲイン)調整を行う文化が根強いです。

一方、「ラインに新設備を導入した」「材料の特性が変化した」といったときに、思ったように制御できなくなるケースも少なくありません。

また、「現場で逐一ゲインを調整するのは非効率だ」「なぜうまくチューニングできたのか説明できない」という課題も出てきます。

このような“見えないノウハウ”が属人化しやすいのも、昭和・平成から続くアナログ現場のジレンマです。

モデルベース設計(MBD)の登場と現場への波及

モデルベース設計(MBD)とは何か

モデルベース設計とは、対象となる現象や装置の物理モデル、動作挙動をあらかじめ数理モデルとして用意し、それをベースにして制御設計を進める手法です。

従来の現場の「試行錯誤型」から、「最初にある程度現象を“見える化”し、理論的根拠を持って制御パラメータを設計・最適化する」アプローチに転換します。

これにより、属人化したノウハウを現場から引き上げ、トレーサブルな根拠のある設計手法として多くの業界で注目されています。

現場目線で考えるMBDのメリットと落とし穴

MBDの導入によって、以下のメリットが期待できます。

– 設備ごと・ラインごとの特性を理論的に把握できる
– 汎用的な設計ルール、ノウハウを社内に蓄積できる
– 異常動作や品質問題が発生した際も、モデルから原因追及しやすい

一方で、現場に浸透させるには「モデル通りに現場が動かない」「モデルを作るのに手間がかかる」「現場作業員がモデルの意味を理解できない」といった課題が残ります。

この“溝”を埋めるには、現場の職人と設計技術者の「共通言語化」が不可欠です。

PID制御×モデルベース設計による実践的アプローチ

従来型PIDチューニングの現実

現場での典型的なPIDチューニングの手順は、「Pを上げてみて様子を見る」「Iを調整してオーバーシュートを抑える」など、ほとんどが試行錯誤型です。

この作業は、ベテランの“肌感”に大きく依存します。

現実問題として、慢性的な人手不足や若手への技術継承難で、属人化が深刻化しています。

MBDと組み合わせた効率的なチューニング法

モデルベース設計を活用すると、設備や生産ラインごとの「応答特性モデル」を作成できます。

– たとえば、温度制御の場合:ヒーターの応答遅れ、断熱性、外乱の大きさなどを定量化し、伝達関数モデルとして表せます。
– このモデルを使い、「この条件ならPはこれくらい、Iはこれくらい」という初期パラメータを理論的にセットアップ可能です。

現場での調整範囲が狭まり、「最適解」への近道をたどれるため、調整工数と時間が大幅に削減されます。

さらには、異常が起きた場合、モデルと現実値の乖離から「何が、どこで、どう狂ったのか」をロジカルに追えます。

実験学習で身につく本物の現場力

理論×現場の“いいとこ取り”が鍵

PIDやモデルベース設計は、教科書や技術書を読むだけでは本当の意味で身につきません。

現場では「理論通りにいかない」ときの立ち上がり対応や、想定外の外乱、計測誤差にしばしば直面します。

こうした“生きた知識”は、結局現場での実験・検証からしか得られません。

現場で効果的にPDCAサイクルを回すコツ

私のおすすめは、以下のような実験手法です。

1. まずシミュレーション(モデル上での動作確認)でアタリをつける。
2. 現場でそのパラメータ設定を反映し、応答曲線を実測する。
3. 実測データをモデルにフィードバックし、モデル自体をアップデートする。
4. 最適なパラメータや補償手法を導き出し、再度現場で実証する。

このように、理論(シミュレーション)と現場(実機)を二人三脚で回し続けることが、真の現場力につながります。

その過程で得た知見は、必ず「ノウハウ化」して社内の人材教育・品質向上に役立ててください。

バイヤー・サプライヤー視点の制御技術活用ノウハウ

バイヤー発注側の期待と現場要求

製造業バイヤーがサプライヤーに求めるのは、高品質・低コスト・安定納期だけではありません。

近年は、生産設備の安定稼働、高い歩留まり、トレーサビリティまで要求水準が上がっています。

サプライヤーとしては、自社の制御技術の“再現性・説明性”を強みにできなければ、選ばれにくくなります。

モデルベース設計を絡めた「技術力アピール」は、競合との差別化にも直結します。

サプライヤー側が知るべきバイヤー心理

サプライヤーが知っておくべき本質は、「なぜバイヤーは厳しい制御や改善を求めるのか」です。

それは、失敗が全体供給網(SCM)全体に悪影響を及ぼしかねないからです。

だからこそ、きちんと「どんなパラメータ条件で、なぜその応答が出るのか」を説明できる力が必要です。

この段階でPIDやモデルベース設計の活用ノウハウがあると、現場力が大きな信頼につながります。

まとめ:制御技術の進化と現場の底力を融合させる

昭和から令和へと時代が流れても、製造現場の本質は「安定」と「継続的な改善」です。

安定した制御の基盤には、原点であるPID制御の深い理解が不可欠です。

そこへ、モデルベース設計という新たな思想を加えることで、理論と現場が一体となった本物の現場力が生まれます。

現場職人の勘とデータ・理論が共存する“新しいものづくり”を目指し、ぜひ制御技術の正しい理解と積極的な実験学習、ノウハウの蓄積・共有を推進してみてください。

これからの現場は、技術だけでなく、人材育成と価値創造が競争力の源泉です。

この記事が皆様の現場改革・キャリア形成のヒントとなれば幸いです。

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