投稿日:2025年8月29日

品質保証期間と製品寿命の解釈違いで起きた契約トラブル事例

はじめに――製造業の現場で頻発する「保証」と「寿命」のズレ

製造業の現場では、「品質保証期間」と「製品寿命」という言葉が頻繁に登場します。
実際、調達購買や営業、品質管理など複数の部署が、それぞれの立場でこれらの言葉を使っています。

しかしながら、肝心の現場では「保証期間=寿命」だと認識してしまう場合や、逆に「寿命のほうがずっと長い」と信じ込んでいるケースも多く、両者のズレから重大な契約トラブルへ発展する事例が後を絶ちません。

本記事では、昭和から続く日本製造業のアナログな慣習も踏まえ、
調達・購買担当者やサプライヤー、さらには工場現場の実務担当者にとって本当に役立つ、実践的な事例とその対策法を詳しくご説明します。

品質保証期間と製品寿命の定義

なぜ「保証期間」と「寿命」は混同されやすいのか

まず最初に押さえるべきは、保証期間と製品寿命はまったく別の概念であるという点です。

品質保証期間とは、「納入後、メーカーやサプライヤーが責任をもって不具合を無償対応します」と約束する期間を指します。

一方で、製品寿命は、「普通に使った場合に期待される使用可能期間」を意味します。

この区別は、法的・商慣習的にも広く認識されているはずですが、
実際の製造業の現場では、長年の属人的運用や曖昧な言葉遣い、暗黙の了解によって、あいまいになりがちです。

設計寿命・カレンダー寿命・MTBF…複数の「寿命」

製品寿命と一口にいっても、設計寿命、カレンダー寿命、MTBF(平均故障間隔)など、技術的な表現がいくつも存在します。

製造業の調達部署や工場現場では、「何年持つの?」という現場目線の直感的な問いと、
「メーカー保証は1年です」という文書的表現が、契約の現場でぶつかりやすくなっています。

こうした言葉の違いが、認識の食い違いを生む温床となっているのです。

典型的なトラブル事例――「保証切れ後の有償修理」を巡って

事例1:保証期間終了直後の連続故障でクレームに発展

ある大手電機メーカーでの実例です。

納入された装置部品は、契約書類上「保証期間1年、設計寿命10年」と明記されていました。
しかし、稼働開始から1年1ヶ月後、同様の部品が相次いで故障しました。

ユーザー側(工場)は、
「設計寿命は10年と聞いていた。1年ちょっとで壊れるのはおかしい」
「保証期間後は有償修理?こんなの納得できない」
と強く反発。

一方、メーカー側は、
「保証期間はあくまでメーカー責任で無償修理する期間。設計寿命は性能維持の目安であり、自然故障や想定外負荷には対応しない」
と主張しました。

この認識のズレは社内外で大きな混乱を呼び、
・トラブル調査にかかるコスト増
・補償範囲の再交渉
・信頼失墜による次回取引停止
など、至るところに波紋が広がる結果となりました。

事例2:商社経由で保証説明が曖昧化、「サプライヤー責任論」に発展

産業用装置のサプライヤーが商社を介してユーザーに納入したケースです。

商社担当者は「正常に使っていただければ5年以上お使いいただけます」と現場説明。
しかし実際の契約書には、「保証期間1年」のみが記述されていました。

納入後18ヶ月目で不具合が出た際、
ユーザーは「5年持つと商社が言った」と主張し、サプライヤーに無償対応を要求。

商社は「メーカーに全て聞いて」と言い逃れし、サプライヤーとユーザー間で訴訟騒ぎにまでこじれました。

このような事例は、業界特有の「阿吽の呼吸」「口約束文化」から生まれる典型的なトラブルです。

なぜ昭和文化のままでは危険なのか?業界根付く「暗黙ルール」の裏側

日本の製造業、とくに中堅~中小の企業や下請けサプライヤーでは、今なお「言わなくても分かる」「察する」「言質を取ると関係が悪くなる」といった雰囲気が色濃く残っています。

そのため、契約書や仕様書では保証期間しか書かれていないのに、実際の調達実務や商談、現場引き渡しでは「たぶん10年以上持つだろう」といった希望的観測が会話の端々に混じります。

この「昭和的処世術」は、双方の社内で阿吽の呼吸として受け入れられてきましたが、
サプライチェーンの多層化や、海外企業との取引、デジタル化推進が進む現在では、非常にリスクの高い行動様式となっています。

購買バイヤー・サプライヤー双方に求められる対応策

1. 曖昧な言葉を排除し、契約書で明示する

何より重要なのは、「保証期間とは何か」「設計寿命とは何か」「どちらが責任範囲なのか」を明確な言葉で説明し、契約書や納入仕様書に記載することです。

たとえば、
・保証期間内は無償対応。ただし、寿命保証はできない
・設計寿命は本来の使い方での期待値であり、保証ではない
・保証期間後は、有償で修理対応となる
といった記述を盛り込むことで、後々の誤解やトラブルを未然に防げます。

2. 社内教育の徹底――「現場で教える」文化から「仕組みで学ばせる」文化へ

現場や営業現場では「とりあえず大丈夫」と楽観的な説明が優勢になりがちです。
バイヤーやサプライヤーの担当者が、保証・寿命の違いについて体系的に学んでいないことも多々見受けられます。

新人教育やOJTのみならず、
・保証と寿命の違いセミナー
・トラブル事例の周知
・FAQの社内整備
などを通して、知識の標準化を図るべきです。

3. 技術部門と品質部門を巻き込んだクロスファンクショナルな検討

契約トラブルの多くは、営業と技術、品質部門の間を飛び越えた情報断絶に起因しています。
バイヤー、サプライヤーとも、
「保証や寿命を誰が定め、どう社内で共有しているか」
「実際の現場負荷(温度・湿度・振動など)を反映させているか」
を再点検する必要があります。

定期的なクロスファンクショナル会議の実施や、全社横断の品質会議など、
老舗企業こそ新たな取り組みが求められます。

AI・IoT時代の「保証」と「寿命」――今後の業界動向

近年、工場の自動化やIoT化の進展により、機器の稼働データや状態監視が飛躍的に進化しています。

サプライヤーによっては、リモートモニタリングで各機器の故障予兆をリアルタイム監視し、「従来より保証がしやすくなった」例も出てきました。
また、AIによる異常検知や残存寿命予測技術の導入が進みつつあり、過去の「設計寿命10年」という静的な表現が、今後「AI診断による実寿命管理」へと進化する可能性もあります。

こうした新技術を積極活用し、契約文言や保証プランに反映させることで、新たな顧客価値の提案やサプライヤーの信頼性向上にもつなげていくべきです。

まとめ――「構造的なずれ」を解消し業界全体の信頼構築へ

品質保証期間と製品寿命――。
たった2語の解釈違いが、サプライチェーン全体を揺るがし、現場にも大きな混乱をもたらします。

アナログ由来の業界慣習や「察し」「忖度」文化も背景にありますが、
これからの時代は、誤解のない明確な契約、事実と理論に基づいた関係構築が企業間信頼の礎となります。

現場実務担当者はもちろん、購買バイヤーやサプライヤーの皆さまが、実践的な予防策と学びを持ち帰り、業界全体の健全な発展と成長につなげていかれることを心より願っています。

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