投稿日:2025年10月29日

味の完成度にこだわるほど陥る「終わらない試作」の落とし穴と判断軸

はじめに:「終わらない試作」に悩む現場のリアル

製造業の現場でよく耳にするのが、「味の完成度」にこだわり過ぎて、試作がいつまでも終わらないという悩みです。
特に食品や飲料業界では顕著ですが、部品や製品の最終的な品質・特性に対して関わるすべての職場で類似の課題が起きています。
これは単なる“現場あるある”ではなく、生産性・競争力・市場リリーススピードに影響する重大な問題です。
なぜ「終わらない試作」となってしまうのか。
そしてどのような判断軸や視点を持てば、味(品質)の完成度と適切なリリースタイミングのバランスを保てるのでしょうか。

今回は、実際に大手メーカーの現場で20年以上培ったノウハウ・事例をもとに、アナログな現場にも根付く考え方や「実利」を得る判断ポイントをご紹介します。

そもそも「味の完成度」とは何か

理想の「味」は時代や顧客ごとに違う

“味”と聞くと食品を思い浮かべる方も多いですが、ここでは“最終的な品質やユーザー体感価値”と置き換えても良いでしょう。
自動車部品で言えば「フィーリング」や「手触り」、樹脂部品なら「ツヤ・光沢」、電子機器なら「触覚や反応速度」など、抽象的で数値化しにくい評価項目です。

この“完成度”は、実際には
– 技術者として「理想」とするレベル
– マーケティング担当が求める市場の期待値
– クレームや不具合を最小限にするための安全域
といった複数の基準が重なっています。

しかし時代によって「当たり前」や「求められる水準」は絶えず変化しています。
昭和・平成・令和にかけて、「これなら絶対に売れる」と思ったものが通用しなかったという経験も少なくありません。

数字だけでは見えにくい“感性品質”のワナ

「終わらない試作」が起こる根本は、数値で割り切れない「感性品質」に起因しています。
人間の五感や感性に依拠する部分が多く、「担当者ごとの好み」や「上層部の気分」、ひどい場合は「どこまでやっても文句を言う関係者」など属人的な要素が強いのです。

実際、お客様の声を無視すれば売れませんが、“すべての人”を満足させる完璧な味・品質は現実的に存在しません。
どこかで「発進のための適正基準」や「合格点」を定め、それに合意形成を取ることが求められます。

なぜ「終わらない試作」に陥るのか本質を探る

現場と経営層の価値観のズレ

現場で大事にされている価値観と、会社全体や経営層が見ている世界は、ときに大きく乖離しています。
現場は「不良を出したくない」「責任を負いたくない」「誰もが納得するものを出したい」と考えがちです。

一方、経営層は “スピード・コスト・シェア拡大”を重視します。
「1日でも早く市場投入し、シェアを取ろう」「完璧でなくても、まず顧客に体験してもらいたい」という意思決定も多いのです。

その結果、現場主導で試作を重ねるものの、「まだ」「もう少しだけ」と延長線が続き、結局競合他社に先を越されてしまうこともあります。

「終わらない試作」を生む組織風土

古い体質の工場では、先輩や上司の経験則が強く、属人的な「合格ライン」で試作品が止まり続けるケースがあります。

– 「念のため、もう1サイクルやっておこう」
– 「念には念を。この検証パターンも一応……」
– 「以前これでクレームを受けたことがあるから、それも検証しておこう」

など、とにかく失敗を恐れる“保守的文化”が根強い場合、エンドレスな試作サイクルから抜け出せないのです。
加えて、上層部の判断待ち、会議体層の多重化、稟議の承認待ちなど、日本型大企業に根付いた「遅い合意形成」も拍車をかけます。

バイヤー視点:納期重視と原価意識が交錯する

調達部門やバイヤーは、試作品が遅れることで全体スケジュールやサプライチェーン管理に大きな影響が出ることを強く意識しています。
価格交渉の材料、調達計画、在庫最適化など、川下の業務全体に“試作の遅れ”は波及するのです。

彼らは「多少の味(品質)妥協」より、「約束したデッドライン厳守」「トータルコストの最適化」を優先したいのが本音です。
そのためサプライヤー側も“現場のこだわり”と“バイヤーの現実的困りごと”がぶつかりやすくなります。

「終わらない試作」から抜け出す判断軸を持つ

1. 立場や利害ごとに「合格基準」を見直す

最高の味=最大公約数の満足ではありません。
大手メーカーの現場では「ターゲットカスタマー」「市場区分」「用途」「コスト」に応じて、「どのラインまで担保するか」という“妥協点”の明確化が不可欠です。

プロジェクト開始時に
– 「誰のために(どの市場向け)」
– 「どの項目が最優先(機能・コスト・納期・感性)」
– 「どこまで品質保証するのか」
の合意形成をリーダーが握ることが最重要ポイントとなります。

2. 定量と定性を使い分ける評価プロセスを設計

数値(定量評価)で割り切れる部分は、できる限り明文化・判定基準化します。
官能評価・感性品質(定性評価)が必要な場合でも、「評価パネル人数」「5段階評価」「合格点を何点とするか」を初期段階で設定します。

この際、評価基準や手順そのものを第三者が再現できるレベルで明示し、「なぜこの基準をゴールとしたのか」を関係者全員が理解することが実務的には近道となります。

3. 「ベータ版」や「小ロット」で市場テストを活用

完璧を目指して永遠に試作するのではなく、
– リリースできる最小限の品質で「小ロット生産」
– 協力会社や主要バイヤー向けの「βテスト」
– 一部地域・業界限定で「フィールドテスト販売」
といった“限定解放”のアプローチが、現場の負荷も市場の本音も見えるため有効です。

ユーザーからの直接フィードバックを短期間で得て、本当に“こだわるべき部分”を絞り込めます。
結果的に工数や予算を最適化でき、「終わらないリファイン地獄」から解放されます。

4. サプライヤー・バイヤーで合意点を早期設定

サプライヤー側は「プロの意地」「技術者としてのプライド」に固執しがちですが、納入先バイヤーが“何に困り、何に満足するか”を言語化・共有しておくことが大切です。

そのうえで「この工程まで品質保証・以降はバイヤー側でチューニング」など、役割分担を明確化します。
合意された“ゴール”を守ることで、両者の信頼関係が深まり、現場の心理的負担もぐっと減らせます。

最新トレンド:データ活用と自動化による加速

IoTやAI、デジタルツインといった技術進化により、従来の「人が舌や感覚で判定する」だけでなく、膨大なセンサーデータやビッグデータ解析で最適値を導く取り組みも広がっています。
これにより、属人的な「試作の沼」に陥るリスクを大幅に下げられるようになりました。

トライ&エラーを高速かつ網羅的にシミュレーションし、合格値に近づくための“科学的根拠”を積み重ねることで、試作サイクルの短縮=競争力アップにもつながっています。

まとめ:現場目線の最適バランスを探して

「味の完成度」をひたすら追い求め、終わらない試作に陥るのは、“良いものを作りたい”という現場の情熱と責任感があってこそです。

一方で、グローバル競争・納期圧力のなかで生き抜くためには、「どこかで線引きをして合格点を設定する」ことも事業継続の戦略的選択となります。

– 関係者間で初期“到達目標”を握る
– 客観的な評価ルールを設計する
– 小ロットテストや市場フィードバックを活用
– サプライヤー・バイヤーで期待値を調整

など、現場とマネジメントの“間”を埋める調整力が求められます。

製造業の現場力は、こだわりと割り切りのベストバランスによって磨かれます。
これからバイヤーを目指す方、供給側でモノづくりに関わる方は、「終わらない試作」の問題を自分ごととして捉え、より良い判断軸と現場の“納得感”を実現していきましょう。

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