投稿日:2025年12月5日

“工程の当たり前”が他社では通用しない危険性

はじめに――「当たり前」が通用しない現場のリアル

製造業の現場で長く仕事をしていると、「うちのやり方がスタンダードだ」と思い込んでしまうことがあります。
しかし、実際には社内で常識となっている工程や手順が、他社では全く通用しないケースや大きなトラブルの「火種」となることが少なくありません。

とくに昨今、グローバル調達の加速や多様なバリューチェーンの構築が急速に進んでいます。
昭和時代の「現場力」を大切にする文化だけでは、複雑化する現代の製造業の課題には太刀打ちできなくなっています。

今回は、長年の現場経験・海外工場や他社連携の実体験をベースに、「うちの工程の当たり前」がなぜ他社・他拠点では危険になるのか、どのように自社の常識をアップデートしていけばよいのか、競争力のある調達バイヤー・サプライヤーに共通する「考え方」を深掘りします。

工程の「当たり前」が陥る3つの落とし穴

1. ハード&ソフトの規格ズレ――「同じモノ」が作れない現実

部品や製品の図面・スペックが同じであっても、実際に現場レベルで工程標準や管理の仕方が全く異なることがあります。

たとえば検査工程。
図面通りの寸法検査を実施していても「測定冶具の管理精度」や「検査担当者のトレーニング」、「合否判定の微妙なライン」などに温度差が生じやすいです。
日本国内の工場同士ですら、母体となる企業文化や設備年式、ベテラン技術者の癖によって「OK」「NG」の判断基準が暗黙的に変わっていることがあります。

海外サプライヤーとなればなおさらです。
たとえば中国・東南アジア・ヨーロッパの工場を回ると、工程管理手法・帳票システム・物流ルール・労働安全規約までバラバラという現実に直面し、「同じ図面、同じ材料費のはずなのになぜ歩留りや納期がこんなに違うのか?」と戸惑うバイヤーも多いはずです。

2. 「阿吽の呼吸」が通じないロス――プロセスのブラックボックス化

日本の多くの現場では、「長年の経験」「現場の勘」や「阿吽の呼吸」で微妙な調整や問題解決が行われてきました。

部品の段取り替えや仕掛品の置き方、加工条件の微妙な追い込みなど、マニュアルや標準書にないノウハウに頼ったオペレーションが残っている工場は数多くあります。
しかし、この「無言の伝承」は他社やグループ外の工場、新入社員や海外スタッフには全く伝わりません。

このため、他拠点展開や工場間の標準化プロジェクトでは、意図しないトラブルや生産ロス、不良発生に直結します。
「誰がやっても安定再現できる工程」の仕組み作り、「工程FMEA」や「QC工程表」といった仕組み化が強く求められます。

3. 顧客ニーズとのズレ――バイヤーは何を重視しているか?

製造現場でありがちなのが「自分たちの品質・生産性が一番正しい」と無意識に思い込んでしまうことです。

しかし、調達サイドのバイヤーは「最終顧客の要求仕様」「グローバル標準」「業界別の環境規制」など、多面的かつ最新の市場情報を求めています。
たとえば欧米自動車業界のIATF16949や医療機器のISO13485など「グローバルスタンダード」の要求は、昭和型の現場力だけでは到底カバーしきれません。

競争力のあるサプライヤーは、自ら工程の標準化や見える化を進め、「なぜこの検査をやるのか」「不良の予防はどうするのか」まで因果関係を説明できる体制を整えています。

なぜ工程の当たり前が「危険」なのか?その本質

工程ごとの前提知識に隠れたリスク

製造現場では、独特の工程用語や社内ルール、長年蓄積されたノウハウが「空気のように」共有されています。
ところが、これが新規設備・新規プロジェクト・他社協力時には「衝突点」「すれ違い」になりやすいのです。

たとえばトレーサビリティの考え方一つとっても、「現物現場主義でとにかく現物で追う」文化と、「システマティックに個体管理しデータで追う」文化では、情報伝達や責任分界、事故リスクの対処方法が全く異なります。

このように、「自分たちの当たり前」だけを頼りにしていると、イノベーションの欠如や国際競争での敗北にもつながりかねません。

昭和の現場力から「デジタル製造」へのパラダイム転換

いまだに「紙伝票」「手書き調整」「口頭伝承」が根強く残る現場では、稼働率・歩留まり・品質傾向分析など工程データの可視化が進みません。
これにより、他社連携やデジタル化要求への対応力が大きく遅れてしまいます。

昨今では、IoT・AIによる異常検知、MES(製造実行システム)による作業統制、DXによる調達プロセス最適化などのソリューションが急拡大しています。
サプライヤーの立場できちんと「なぜデジタル化が不可避なのか」「どこに危険なブラックボックスが潜んでいるのか」まで自ら洞察し提案できる現場人材は、ごく限られています。
だからこそ、現場での当たり前をアップデートし続ける力が重要なのです。

工程のスタンダード化・見える化を進める具体的ステップ

1. 工程フローの棚卸し――現状の仕組みを「見える化」

まず、自社工程を隅々まで洗い出し、手順・作業・検査ポイントをフロー図や工程表で「見える化」します。
過去の習慣や慣例的作業を棚卸しすることで、「なぜこの処理が必要なのか」「形骸化していないか」を一つずつ点検しましょう。

社内外のプロフェッショナルや第三者を交えたレビュー会議を設け、常識を疑うことがイノベーションの第一歩です。

2. プロセスFMEA、QC工程表によるリスク評価と仕組み化

リスク分析手法であるFMEA(故障モード・影響解析)やQC工程表を活用し、一つ一つの作業・工程で「想定外」のトラブルが起きない仕組みを作ります。

最終顧客やバイヤーが求める品質基準も明確に織り込み、「こだわるポイント」「コストダウンできるポイント」も客観的に整理します。
文書化・ルール化・デジタル化すべき部分と、現場改善で柔軟に対応すべき部分との線引きを明確にしましょう。

3. 教育・訓練による「標準化の伝播力」強化

新工程・新基準に切り替えるうえで最大の障壁となるのが「ベテラン技術者の暗黙知」「現場の抵抗感」です。
従業員一人ひとりが工程の標準手順・異常判断基準の意味を理解できるよう、繰り返し教育・訓練を行いましょう。

Eラーニングやデジタル動画、現場OJT(On the Job Training)・実地ロールプレイなども効果的です。
さらに、全社横断でベストプラクティスをシェアする仕組みが重要です。

サプライヤーの立場からみる「バイヤーの本音」

バイヤーは「安く・速く・安定的」以外も見ている

伝統的な「値段」「納期」「安定供給力」だけでなく、グローバル大手バイヤーは「柔軟な工程転用力」「トレーサビリティ管理」「予兆保全」「デジタル連携」なども注視しています。

サプライヤーとして
・現場のムダやバラツキを提案で是正できる力
・工程データをもとに「根拠ある説明」「納得のいく対策」を提供できる力
は必須となっています。

他社との協業・取引拡大へ挑むための現場力アップデート

「うちの当たり前」をアピールするだけでなく、「御社のニーズはなにか?」「自社の強み・弱みは何か?」を冷静に分析した『非連続な』提案ができる現場サプライヤーがこれから重宝されます。

これには日々の現場改善だけでなく、異業種工場見学・IT化推進プロジェクト・外部専門家との交流といった「外の刺激」に飛び込むことが必要です。
自社の工程をゼロベースで疑い、客観的に見直す「ラテラルシンキング」がカギです。

まとめ――“当たり前”を疑い、製造業のプロとして成長し続けよう

製造業は、モノづくりの伝統を大切にしながらも、時代の変化に敏感でなければいけません。
自社の「工程の当たり前」に安住せず、なぜそれが必要なのか、他社や社会とどのように価値を共有できるのか、考え続ける姿勢こそが現場のプロフェッショナルを進化させます。

バイヤー、サプライヤー、現場管理者…すべての立場の方が「他社では通じないかもしれない」という危機意識と柔軟なラテラルシンキングをもって、時代の波に負けない製造現場を作り上げていきましょう。

今なら、あなたの“現場の当たり前”が、明日の業界スタンダードを作る起点になるかもしれません。

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