投稿日:2025年8月30日

輸出規制や認証取得をバイヤーがサポートしない課題

はじめに ― なぜ「輸出規制」「認証取得」の対応をバイヤーが支援しないのか

昨今の製造業界、とくにグローバルビジネスを展開する企業において、「輸出規制」や「製品認証」の問題はいっそう重要性を増しています。
一方で、調達購買部門のバイヤーは、これらの業務課題に深く関与せず、サプライヤー側に丸投げしてしまう傾向が根強く残っています。
グローバルサプライチェーンの複雑化、国内外規制の強化、サプライヤーとの取引多様化のなか、「バイヤーがサポートしない」という慣習の弊害が大きな問題となりつつあります。

この記事では、昭和から引き継がれた業界構造、実際の現場目線で考える課題の本質、今後変化を促すための具体策などを掘り下げて解説します。
バイヤー、サプライヤー双方で「なぜ協調が必要なのか?」を再考し、製造業全体の底力を高めるためのヒントを提供します。

なぜバイヤーは「規制・認証取得」をサポートしないのか?

調達購買部門の旧態依然とした役割認識

多くの製造業では、調達購買部門(バイヤー)は「価格交渉」「納期・数量管理」「発注管理」など、基本的な取引機能が主な任務とされています。
昭和から続く日本のメーカー文化では、「モノを安く早く仕入れる」ことが第一義とされ、技術・品質や認証に関する部分は設計や生産部門に任せる傾向が根付いてきました。

海外との取引拡大により貿易実務は増加したものの、「輸出規制対応」や「各国認証取得」といった高度な業務については、バイヤーの守備範囲外である、という意識が今なお色濃く残っています。

「自己責任」が根付くサプライヤーとの力関係

日本の多くの製造業では、バイヤーとサプライヤーの間に明確なヒエラルキー(優越的取引地位)が存在します。
この関係性の下、「とりあえずサプライヤーにやらせる」「困ってもまずは自分で調べてほしい」というバイヤーのスタンスが定着。
とくに輸出関連の規制や認証取得は、「サプライヤーの仕事」とされがちです。

しかし、現場を知る立場から見ると、サプライヤーの多くは実際には貿易実務や規制対応の専門性に乏しく、「やり方がわからず対応が後手になる」「ミスが多発する」「コストやリードタイムが膨らむ」という悪循環が潜在しています。
また、曖昧な依頼・丸投げは、トラブル時のリスク責任の所在が曖昧になり、コンプライアンスにも悪影響を及ぼします。

「人手不足」「負担感」を理由に体制強化が進まない危機

大手であっても人手不足や業務効率化、経費削減の波は常であり、「本質的でない業務は委託・外部化」という流れは止まりません。
バイヤーが規制・認証取得のサポート業務にかかわることで工数が増えるのを敬遠している面も否定できません。
しかし、これをサプライヤー任せにすることで生産現場や品質、納期、企業価値そのものに無視できないリスクを生み出している現状は軽視できません。

バイヤー丸投げの「実例」から読み解く、現場の課題

1. 輸出規制対応におけるサプライヤー側の混乱

たとえば、半導体メーカーが海外顧客へ特殊用途製品を販売する場合、国や地域ごとに「輸出許可」「貿易管理(該非判定)」が求められるケースがあります。
バイヤーから「とりあえず必要書類を揃えて申請してほしい」と投げられたサプライヤー側では、社内に専門部署がない、知識や経験が不足している、担当者が調べながら手探りで書類作成‥‥という現場負荷が増大。
結局「必要な根拠資料が不足」「記入ミスによる再提出」「許可取得までのリードタイム遅延」といったトラブルに発展。
最悪の場合、「規制違反」「行政指導」といった法令違反のリスクも発生し、コンプライアンス面でも損失が出かねません。

2. CEマーク取得など現地認証対応の壁

欧米やアジア圏での販売には、CEマークやUL認証など現地規格の適合・適合証明が不可欠です。
この場合もバイヤーは「現地で売りたいから認証取って」「必要な書類揃えて」とシンプルな依頼をしがちですが、サプライヤー側としては図面や技術資料の用意、現地機関との交渉、各種試験や工場監査への対応など業務負担が莫大です。
さらに「バイヤーはどの市場・どの用途で必要か」「どこまでの適合を求めているのか」など要求仕様が曖昧なまま突き返されがちです。
現場対応者は「どこまでやれば合格なのか」が分からず右往左往し、追加コストやリードタイムの伸長を引き起こします。

3. 「コミュニケーション断絶」による落とし穴

バイヤーが「やり方はサプライヤーで考えて」「終わったら結果だけ教えて」と一方的に進行を求めた場合、途中の意思疎通が途絶えます。
例えば、最新の法規制や輸入国の細かい要件がアップデートされていても、現場からバイヤーに報告が届かず「申請後に不備がわかる」「途中で追加の費用請求トラブルが発生」「認証取得そのものが失敗」などの事象が慢発することも。
現場では「バイヤーは何もわかっていないのに指示だけする」「責任は全部下請け」などの不満が鬱積し、関係性の悪化にもつながります。

現場目線で考える「理想のバイヤー像」

現場との連携強化 ― 「共創型」バイヤーの重要性

輸出規制、認証取得などサプライチェーン全体でのリスク対応のためには、バイヤーが積極的に現場担当者やサプライヤーと協働し、情報を共有しあう「共創型」パートナーシップへの転換が不可欠です。
一方通行の丸投げではなく、「規制内容の最新情報を調べて伝える」「サプライヤーの疑問点をフォロー」「自社内や顧客から要求される基準や仕様を明確化」など、調達部門もリーダーシップを発揮すべきでしょう。
実際、現場目線で動けるバイヤーが間に入るだけで、「ものすごく円滑に認証取得が進んだ」「追加コストを未然に防げた」「トラブル発生リスクを減らせた」という好事例も多く見られます。

バイヤー自身の規制・認証リテラシー向上が急務

バイヤーの仕事は「価格交渉」だけではありません。
今後は、「自ら現場レベルで貿易実務や規制知識を身に着け、分断を埋める橋渡し役」となることが求められています。
たとえば、経産省やJETROなど公的機関のセミナーに参加したり、専門書・業界誌で最新動向を把握したり、必要に応じて外部の専門家やコンサルへの相談も視野に入れることで、部門としての知見を底上げする姿勢が重要でしょう。

「社内の壁」を打破するファシリテーターとしての役割

設計・生産・品質管理・法務・営業など、個別最適化しがちな大企業の部門間連携を統括し、部門横断で必要なリスク管理や要件整理を進める、ファシリテーター的なバイヤーの役割はますます重要です。
「製品設計段階から認証や規制を見越してアドバイスする」「現場と同じ目線で問題点を拾い上げる」など、サプライチェーン全体のパフォーマンス向上を目指す意識改革がカギとなります。

業界構造の「昭和体質」を再点検するべき理由

高度経済成長の成功体験から抜け出せない危うさ

日本の製造業は、高度経済成長やバブル景気における「大量生産・大量調達・下請け構造」の成功体験が色濃く残存しています。
そのため、根底に「商流階層主義」「一方的な責任転嫁」「無言の無理強い」など、古い日本型取引慣行が残りがちです。
しかし、世界規模でのサプライチェーン再編・規制強化が進む現代においては、「曖昧な分業」では生き残れません。
昭和から令和へ、業界構造や意識そのもののアップデートなしには、本気でグローバル競争に勝ち抜くことはできません。

「他責思考」から「全員参画」への転換

今後は、「発注者だから偉い」「下請けには責任感を求める」という考えから脱却し、「サプライチェーン全体の成功」を共通目標とする「全員参画型」への転換が不可欠です。
バイヤーが、調達〜設計〜現場〜取引先まで一貫した連携をリードすることで、より柔軟で競争力ある製造現場をつくりあげることができます。
また、こうした動きは「協業文化の醸成」「人材育成」「新しい取引モデルの開発」へと波及し、企業の持続的発展に直結します。

今後、日本の製造業が進むべき道とバイヤーの覚悟

DX時代のバイヤー ―「プロアクティブ」な人材への進化

IT活用やAI・IoTによる自動化が進展する一方で、ルールや規制への対応は現場の知恵と主体性が試される領域です。
人間バイヤーに求められるのは、「先読み力」「巻き込み力」「情報の目利き力」といったプロアクティブな姿勢です。
「問題発生を待つ」のではなく、「未然防止」「最短ルートの提案」「全体最適のための交渉」を主導できる人材が今後の日本の製造業を担います。

サプライヤー・バイヤー双方の「学び合い」が不可欠

サプライヤーがバイヤーと意見交換を重ね、課題をシェアしあい、ナレッジの共有を推進することで、双方の成長につながります。
バイヤーも積極的に「現場に足を運ぶ」「困っていることに耳を傾ける」「サプライヤーのプロセス改善に協力する」ことで、お互いの信頼関係を深めることができるでしょう。

まとめ ― バイヤーとサプライヤー、両者が生き残るための「共創力」

輸出規制や認証取得への対応は、従来のような「業務の丸投げ」で済ませる時代ではなくなりました。
バイヤー自身が変革の主役であり、現場目線とリーダーシップをもってサプライヤーと並走し、「サプライチェーン全体の価値」を共創していくことこそが、これからの製造業に求められます。
昭和のやり方から一歩抜け出し、自社と業界の未来を切り拓くためにも、今こそ「現場と共に考える」「壁を越えて協働する」新時代の調達購買を目指していきましょう。

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