投稿日:2025年12月19日

ロール段数を増やせば解決するという誤解

はじめに:ロール段数を増やせば全てがうまくいくのか?

製造業の現場では「設備の生産能力が足りない」「品質が安定しない」「歩留まりを上げたい」といった課題によく直面します。
そうした中、「ロール段数を増やせば解決できる」という意見を耳にすることが少なくありません。
しかし、この考え方は本当に正しいのでしょうか。

私自身、20年以上にわたり調達購買や生産管理、工場自動化の現場で様々なトラブルシュートを経験してきました。
そこで見えてきたのは、「ロール段数を増やせば、ほとんどの課題が解決する」という考え方がいかに短絡的で危険かという現実です。
本記事では、ロール段数増加の裏に潜むリスクや、より本質的な改善アプローチについて現場目線で掘り下げていきます。

ロール段数を増やす、という発想が生まれる背景

生産量=ロール数×速度 という単純計算

工場出身者なら誰しも、「ロールが10本だから1時間に1000個作れる。ならロールを15本にすれば、1.5倍の生産力だ」という考えを一度は持ったことがあるのではないでしょうか。
確かに生産量はロール数や速度など物理的な指標で計算できますが、これはあくまで理論値です。
実際の現場では様々な制約が加わり、そのまま単純に比例はしません。

現場を離れた上層部ほどロール数アップを安易に口にしがち

昭和・平成時代の高度成長期を経験した経営層や、ものづくり未経験の企画部門ほど、機械的な増設が“改善”として捉えられてきました。
しかも、設備メーカーも「多段化すれば生産性向上」とカタログ仕様で謳うケースが多く、営業資料が分厚くなるほど増設案は推進されがちです。

ロール段数増加がもたらす落とし穴

設備の複雑化とメンテナンス負荷の増加

ロール段数を増やすということは、宿命的に部品点数と稼動部が増えます。
設備トラブルのリスク、保守メンテナンスの負荷、部品交換コストが跳ね上がります。
「可動率はむしろ悪化」「段取りの工数が増えて却って稼働率が低下」という現象もしばしばです。

品質トラブルの温床に

ロールが複数化すると、ロール間のテンション制御や位置ズレ調整が難しくなります。
製品に微妙なムラやバラつきが生じやすくなり、外観不良や寸法不良が頻発します。
品質保証体制も複雑になり、「統制できないサプライチェーン」が出来上がる危険を孕んでいます。

オペレーター負担の増大と人手不足の悪化

多段設備は扱いが非常に難しくなります。
経験値の高いオペレーターが減少している中、人手不足がさらに深刻になるのが現場のリアルです。
運転ミスも発生しやすくなり、初期不良やロス率アップにつながります。

キャパシティ増加と実需バランスの乖離

“生産能力=需要”と安易に連動しがちですが、実需の波動が激しい業界ではキャパだけ上げても、遊休設備が増える一方です。
イニシャルコストだけでなく、保管スペースや廃棄コストも見通しなく膨らみます。

発想の転換:本当に必要な「現場改善」とは

根本的なボトルネックの特定

「ロール段数が多ければ…」という解決策の提案は、実は本質的なボトルネック分析を怠っている場合が大半です。
歩留まりが悪いなら、材料の受け入れ品質や前後工程との連携、作業標準のバラつきなど他にも要因がないか、現場観察からスタートすることが不可欠です。

『隣の班と連携するだけ』で一気に流れる現場も

ダウンサイジングやリードタイムの短縮、カイゼン活動で現場の流し方を変えるだけで生産性が劇的に上がる事例もあります。
例えば、ロール段数を増やさずとも、“段取り替えのロス削減”や“受入検査タイミングの最適化”のみで十分対応できる場合も多いです。

データを活用した見える化と自動化

IT・IoT技術の進化により、設備ごとの生産データや稼働ログをリアルタイムで収集できる時代です。
これらのデータロガーとAIをつなげれば、「あの時間帯だけ歩留まりが下がる」「このロールだけ異常値が出る」など、従来見えなかった原因を浮き彫りにできます。
段数アップよりも、まず“現状の設備をいかに使い倒すか”の視点が今後ますます重要です。

サプライヤー・バイヤー目線では?

サプライヤーの立場でも、「買い手はロール段数だけで評価しがち」と誤解していませんか?
バイヤーが見ているのは、“納期厳守の実力”と“安定した品質保証能力”です。
また、サプライチェーン全体のQCD(品質・コスト・納期)最適化を重視しており、単純な設備増強=強いメーカー、とは評価しません。
現場のリアルや需給変動、カーボンニュートラル等の新たな社会要請といった観点も加味してパートナーシップを組む時代になっています。

昭和⇒令和へ:求められる“本質的現場改革”のすゝめ

現場力の可視化からはじまる小さなカイゼン

「カイゼンなんて小手先」と捉えがちですが、現場の当事者が“やれることをやり尽くす”文化を定着させれば、結果的に新たな投資や大型化に頼らない持続的成長が期待できます。
重要なのはロール段数を“増やす”ことではなく、“持てる戦力を徹底的に使い切ること”です。

柔軟な生産体制と働き方の再設計

昭和時代は一律大量生産、一斉大量投資が至上命題でした。
しかし、令和の今、中小ロット・多品種生産やセル生産方式、デジタル活用の省人化など、業界を挙げて柔軟な生産システムづくりの推進が求められています。
“段数拡大”ではなく、オペレーターの知恵とデジタルの融合が競争力になります。

真の競争力は何か?

現場に根ざしたノウハウの蓄積や自働化・自工程完結の徹底にこそ、企業の真の競争力があります。
ロール数を増やせるメーカー=強い会社という考え方から脱却し、全社一丸となって「現場力」を伸ばすことが、令和時代の製造業成功のカギです。

まとめ:新たな地平線を切り開くために

ロール段数増加は、確かに即効性がある改善策の一つです。
しかしそれは多くの副作用や限界も伴っています。
本質的な現場力の強化こそ、数値や物量を追うだけでない根源的な改善につながります。

「設備を増やす前に、今ある戦力を最大活用できているか?」
「現場と経営、サプライヤー/バイヤーの真の課題意識が一致しているか?」
「変化する時代の要請に応じて、柔軟な現場づくりができているか?」

このような深い問いを持ち続け、製造業全体の新たな地平線を共に切り開いていきましょう。

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