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投稿日:2026年5月19日

LTspiceを活用したEMC設計の基礎と回路検証および設計への応用

この記事のポイント(結論先出し)

LTspice は Analog Devices が無償提供する SPICE シミュレータであり、EMC 設計の「設計段階フロントローディング」に欠かせないツールだ。EMI 試験の手戻りコストは試作後対策と比べて数倍になるケースが多く、LTspice による寄生成分モデリング・フィルタ最適化・AC 解析の組み合わせが、その手戻りを根本から圧縮する。本記事では調達購買・製品開発に携わる実務者向けに、規格要件から LTspice 活用の具体手順、調達判断の落とし穴まで体系的に整理する。

EMC とは何か――「出さない・受けない・通さない」の三原則

電磁両立性(EMC: Electromagnetic Compatibility)とは、製品が周囲の電磁環境において正常動作しながら、他の機器に対して許容範囲を超える電磁妨害を与えないことを意味する概念だ。製造業の調達・開発現場では「EMC をクリアしているか」という問いが取引先選定や量産判断の入口になることが多いが、その本質を技術的に理解している担当者は意外と少ない。

EMC 設計には大きく分けて三つの視点が存在する。①「出さない(EMI 対策)」は自機器からのノイズ発生を抑制すること、②「受けない(EMS 対策)」は外部ノイズへの耐性を高めること、③「通さない(伝導路遮断)」はノイズが電源線や信号線を経由して伝播しないよう対策することである。これら三軸のバランスなくして信頼性の高い製品は実現しない。

電磁ノイズは発生メカニズムによって、空間を経由して放射される「放射ノイズ(輻射ノイズ)」と、電源ライン・通信ラインなどを伝わる「伝導ノイズ」の二種類に分類される[1]。この二分類に応じてエミッション試験(EMI 試験)とイミュニティ試験(EMS 試験)がそれぞれ設計・計測方針を分けており、LTspice での回路検証手順もこの分類に沿って組み立てるのが基本となる。

調達現場で押さえるポイント

当社では累計 200 社以上のサプライヤー視察において、EMC 問題が量産移行時に発覚するケースを繰り返し目撃してきた。設計段階で LTspice 等のシミュレーションが行われていないサプライヤーは、試作評価後の手戻りが平均 2〜3 回多く、開発日程が 1〜3 ヶ月単位でずれ込む傾向がある。調達仕様書に「EMC フロントローディング設計の実施」を明記することを強く推奨する。

EMC 関連規格の全体像――国内法規から国際 CISPR 規格まで

製品を市場に出すためにクリアすべき EMC 規制は、国・地域・製品カテゴリによって異なる。日本国内では経済産業省が定める電気用品安全法(PSE)の技術基準解釈「別表第十 雑音の強さ」が EMI 規制の骨格をなす[2]。この別表では電気用品の品目ごとに適用規格が分類されており、デジタル機器・情報技術装置には CISPR 22 を基礎とした J55022 が適用される[3]

J55022(H22)は、情報技術装置(ITE)が発生するスプリアス信号の測定法と許容値を定めた国内基準で、適用周波数範囲は 9 kHz〜400 GHz とされている。機器はクラス A(工業地域・環境向け)とクラス B(住宅・家庭環境向け)に区分され、クラス B のほうが厳しい許容値が適用される[3]。また EU 圏向けには EN 55022(CISPR 22 準拠)、米国向けには FCC Part 15 への対応が必要となり、グローバル展開では複数規格への同時対応が求められる。

表1:主要 EMC 規格・試験項目の比較(情報技術装置・産業機器を中心に)
比較項目 CISPR 22 / J55022(情報技術装置) CISPR 11 / J55011(産業・医療・科学) 電安法 別表第十
対象製品 PC・サーバ・ネットワーク機器等 ITE 工業・医療・科学用高周波装置 国内法対象の電気用品全般
クラス区分 クラス A(工業)/クラス B(家庭) クラス A(工業)/クラス B(家庭)+グループ1/2 品目ごとに適用章が分類
伝導妨害波 周波数範囲 150 kHz〜30 MHz 150 kHz〜30 MHz 品目ごとに異なる
クラス A 伝導許容値(QP) 79 dBµV(0.15〜0.5 MHz)/ 73 dBµV(0.5〜30 MHz) グループ1装置:表2参照 適用規格に準じる
クラス B 伝導許容値(QP) 66 dBµV(0.15〜0.5 MHz)/ 56 dBµV(0.5〜5 MHz) クラス A より約10 dB 厳しい 適用規格に準じる
放射妨害波 測定距離 クラス A:30 m/クラス B:10 m クラス A:30 m/クラス B:10 m 原則 30 m(短縮可)
試験の種類 伝導エミッション/放射エミッション 伝導エミッション/放射エミッション エミッション(伝導・放射)
イミュニティ要件 原則なし(任意) 原則なし(任意) 原則なし
検波方法 準尖頭値(QP)・平均値(AV) 準尖頭値(QP)・平均値(AV) 準尖頭値・平均値
国内対応窓口 経済産業省・VCCI 経済産業省 経済産業省
LTspice でシミュレーション可能な主要項目 伝導 EMI スペクトラム・フィルタ挿入損失 スイッチング電源 EMI・コモンモードフィルタ 対象品目依存
試験費用目安(参考) エミッション:約 33,200 円/試験 イミュニティ:約 28,800 円/試験 試験機関・内容による

※試験費用は中部経済産業局公表値(2024年時点)。試験範囲・内容によって変動する。

LTspice の特徴と EMC 設計への適性

LTspice は、もとは Linear Technology(現 Analog Devices)が開発した無償・無制限の SPICE シミュレータであり、機能制限なしに利用できる点が最大の強みだ。アナログ回路・スイッチング電源・混成信号回路に強みを持ち、過渡解析(TRAN)・AC 解析・FFT 解析を一つのツールで完結できる。EMC 設計の文脈では、①ノイズ源の寄生成分モデリング、②EMI フィルタの挿入損失評価、③スペクトラム解析による放射/伝導 EMI の事前推定、の三用途が実務上の中心となる。

EMC シミュレーションに LTspice を使う最大の理由はコストゼロで始められることだが、それ以上に重要なのは「設計者の手元で即座に感度解析ができること」だ。フルウェーブ型の電磁界シミュレータ(FDTD・MOM 等)は高精度だが実行時間が長く、ルーティン的な素子値探索には不向きだ。LTspice はその反対の特性を持つ。設計初期の「大まかなフィルタ定数を 10 分以内に決定する」用途に最もマッチしている。

調達現場で押さえるポイント

製造業の調達購買 10 年以上の経験から言えば、「LTspice を使えるエンジニアがいるかどうか」はサプライヤー選定の技術力評価指標の一つになり得る。金属加工・樹脂成形ではなく電気電子部品・基板アッシーを調達する際、見積提出時に「EMC 設計シミュレーション結果」を添付できるかを確認することで、設計品質の高低をある程度スクリーニングできる。

EMI の発生メカニズムと寄生成分――LTspice モデリングの核心

EMC 設計において LTspice を使いこなすには、EMI が発生する物理メカニズムを回路の言語で理解しておく必要がある。実際の電子回路には、設計者が意図していない寄生インダクタンス・寄生キャパシタンス・等価直列抵抗(ESR)が必ず存在する。これらの寄生成分は基板配線のインダクタンス(数 nH 〜数十 nH 程度)やコンデンサの等価直列インダクタンス(ESL)として現れ、高周波信号や大電流スイッチング波形の下ではノイズ・スパイクの発生源となり、EMI(放射エミッション)問題を引き起こす直接の原因になる。

特に SiC パワーデバイスを使用したインバータ回路では、スイッチング損失を低減するためにスイッチング速度が急峻化している。スイッチング速度が上がるほど高 dV/dt・高 dI/dt が生じ、寄生成分との相互作用で想定外の帯域までノイズエネルギーが広がる。電気学会産業応用部門誌に掲載された研究では、設計段階の試作前に高精度 EMI 推定を行うためには、寄生成分を含む精緻な解析モデリングが必要であると明記されている[4]

LTspice では、コンデンサのシンボルに ESR・ESL を直列/並列接続することで実部品に近いモデルを構築できる。例えばバイパスコンデンサを「C + ESR(直列 R) + ESL(直列 L)」の三素子モデルで表現するだけで、数 MHz 以上の高周波インピーダンス特性が大きく変わり、シミュレーション精度が向上する。Analog Devices が公開するアプリケーションノートでも、「入出力の寄生インダクタンス・キャパシタンスが EMI 性能に主要な影響を与える」と述べられており[5]、寄生成分を無視したシミュレーションは現実から乖離する。

LTspice を使った EMI フィルタ設計の実践手順

EMI フィルタはスイッチング電源の伝導ノイズ対策の要であり、LTspice での最適化が設計品質に直結する。典型的なフィルタ構成は「コモンモードチョーク+X コンデンサ+Y コンデンサ」の組み合わせで、それぞれの素子値が伝導 EMI のスペクトラムに与える影響を LTspice の AC 解析(.ac コマンド)で定量的に評価できる。

実践的な手順は以下のとおりだ。まず LISN(擬似電源回路網)を LTspice 上で模擬する。CISPR 規格では 50 Ω/50 µH の CISPR 回路網を使用して電源端子妨害波電圧を測定するため、このインピーダンス条件をシミュレーション回路に組み込むことが出発点となる。次に、スイッチング電源のトランジェント解析(.tran コマンド)を実行してノイズ電流波形を取得し、FFT 解析で周波数スペクトラムを可視化する。スペクトラムの山がどの周波数帯に集中しているかを確認した後、フィルタの挿入損失が問題の帯域をカバーするよう LCR 定数を調整する。

スペクトラム拡散(Spread Spectrum)手法も LTspice で検証可能な有力な EMI 低減策だ。スイッチング周波数を固定すると特定の周波数に鋭いピークが発生するが、スイッチング周波数を変調することでエネルギーを広帯域に分散し、ピーク EMI 値を低下させることができる[6]。電気学会論文誌 E に掲載された研究では、擬似アナログ信号によるスペクトラム拡散がスイッチング電源の EMI 低減に有効であることが回路シミュレーションを通じて検証されている[7]

調達現場で押さえるポイント

中国・東南アジアのサプライヤー網で典型的に見られるのは、「試験通過のためだけにフィルタを後付けして、設計の根本原因を放置する」パターンだ。LTspice を使った根本原因の特定(どの寄生成分が主犯か、どの周波数帯が問題か)を設計者が理解しているかどうかが、量産後の不具合再発リスクを左右する。調達仕様書や技術提案評価でこの点を確認することが重要だ。

3 種類の解析手法――トランジェント・AC・DC 解析の使い分け

LTspice が EMC 設計で真価を発揮するのは、複数の解析モードを組み合わせる点にある。それぞれの用途と限界を正確に理解することが、シミュレーション結果を設計判断に活かす前提条件だ。

① トランジェント解析(.tran):時間領域での回路応答を求める最も基本的な解析。スイッチング電源のオン/オフ過渡時の電流・電圧波形を観察し、急峻なスイッチングエッジで発生するリンギング・スパイクを可視化できる。取得した波形に対して FFT を適用することで、伝導 EMI スペクトラムの推定が可能になる。注意点は、スイッチング電源では定常状態に達するまでの演算時間が長くなることで、スイッチング周期の数百倍以上のシミュレーション時間を設定する必要がある。

② AC 解析(.ac):周波数領域での小信号応答を評価する。EMI フィルタの挿入損失カーブ、バイパスコンデンサのインピーダンス特性、コモンモードチョークの特性など、周波数依存性の高いコンポーネント評価に不可欠だ。特に LTspice の AC 解析は数 Hz から数百 MHz までの広帯域を素早くスキャンでき、フィルタ定数の感度解析(素子値を ±20% 変化させたときの特性変化)にも向いている。

③ DC 動作点解析(.op):回路の直流バイアス状態を確認する。EMC とは直接結びつかないが、フィルタの動作点が仕様通りか、コンデンサの充電状態が適切かを初期検証する際に使う。設計ミスを早期発見するための「前段チェック」として位置づけるとよい。

プリント基板設計での電磁界シミュレーション活用に関する学術研究でも、「回路シミュレーション(SPICE 系)と電磁界シミュレーション(フルウェーブ系)は相補的に使うことで設計精度が上がる」と指摘されており[8]、LTspice 単独で完結させようとせず、基板設計段階で電磁界解析ツールと組み合わせる姿勢が重要だ。

EMC 評価試験の実施プロセスと LTspice 検証との接続

どれだけ LTspice でシミュレーションを重ねても、最終的には電波暗室を使った実機 EMC 試験でのパスが必要になる。中部経済産業局の公式技術解説によれば、エミッション試験は機器から発生する電磁ノイズの強度を測定し許容値以下かを確認する試験、イミュニティ試験は機器に擬似的な電磁ノイズを印加して誤動作しないかを確認する試験とされており[1]、これら二種類の試験をセットで通過して初めて EMC 適合が認められる。

放射エミッション試験の典型的な手順は、試験品(EUT)をターンテーブルに設置し、3 m または 10 m の距離に設置した広帯域アンテナで放射ノイズを受信、スペクトラムアナライザによる全周波数帯のプレスキャンを行い、その後許容値を超える周波数をリストアップしてレシーバで精密測定する流れだ[1]。LTspice でのシミュレーション時に、この「問題周波数の絞り込み」をあらかじめ実施しておくことで、試験当日の効率が大幅に上がる。

実務的な観点で重要なのは、LTspice でのシミュレーション結果と実機試験結果に乖離が生じる「未モデル化の寄生成分」の存在だ。PCB のビア・電源プレーン間のキャパシタンス、放熱器とシャーシ間の容量結合など、回路図では見えない経路がノイズを通すことがある。これらを LTspice モデルに追加するためには、プリント基板のインピーダンス抽出(PI 解析)ツールとの連携が有効だ[8]

パワーエレクトロニクス分野での LTspice 応用――SiC/GaN 時代の対応

SiC(炭化ケイ素)や GaN(窒化ガリウム)を採用した次世代パワーデバイスは、スイッチング速度が従来の Si-MOSFET より一桁速い。この高速スイッチングは電力変換効率を高める一方で、EMI の観点では深刻な課題をもたらす。電気学会産業応用部門誌に掲載された研究によると、試作前の設計段階で EMI を推定するためには、寄生成分を含む電磁界解析と高精度解析モデリングの組み合わせが必要とされている[4]

LTspice でのパワーエレクトロニクス EMI 解析では、MOSFET の寄生ゲート抵抗・ゲート-ドレイン間キャパシタンス(Cgd)・ドレイン-ソース間キャパシタンス(Cds)を精緻にモデリングすることが出発点だ。Analog Devices は SiC/GaN を含む多くのパワーデバイスの SPICE モデルを提供しており、LTspice への読み込みが可能だ。また電気学会誌に掲載されたパワーエレクトロニクスの EMI/EMC モデリングに関する解説では、等価回路モデルに寄生成分を組み込むアプローチがスイッチング電源のノイズ解析に有効であると論じられている[9]

具体的なシミュレーション構成例として、降圧コンバータのスイッチングノードに接続されるブートストラップキャパシタ・入力コンデンサ・インダクタの各寄生成分を LTspice モデルに追加し、トランジェント解析で出力リップル波形を取得、FFT で伝導 EMI スペクトラムを確認するというフローが実績として多い。出力コンデンサバンクの ESL・ESR を実測またはメーカー提供データから入力することで、CISPR 22 クラス B の許容値に対するマージンを設計段階で予測できる[5]

調達購買視点からの EMC 設計マネジメント――サプライヤー評価と仕様管理

製造業の調達部門にとって EMC は「設計部門の問題」と見なされがちだが、実際には調達仕様書の設計が EMC 試験の手戻りコストを大きく左右する。発注側がサプライヤーに要求すべき EMC 関連の仕様管理ポイントは以下の三層に整理できる。

第一層は規格要件の明確化だ。製品の販売市場・ユーザー環境(工業・住宅)に応じた適用規格(CISPR 22 クラス A/B など)を仕様書に明記する。「EMC 法規に適合すること」だけでは不十分で、どの規格のどのクラスかを具体的に記載することが重要だ。第二層は設計プロセスの要件化だ。「量産移行前に EMC フロントローディング設計を実施し、LTspice 等のシミュレーション結果を設計レビュー資料に含めること」と明記することで、後工程での試験手戻りが大幅に減る。第三層は試験結果の記録と提出要件だ。試験機関名・試験日・適用規格・判定結果(合否)・マージン値(dB)を記録して提出させることで、製品の品質トレーサビリティが確保される。

半導体 EMC の国際標準化においても、IEC/TC47 の活動として半導体デバイスのノイズ特性を回路設計工程で評価するための国際規格策定が推進されており[10]、設計段階での EMC 評価は業界全体の潮流となっている。調達部門がこの潮流を仕様管理に反映するかどうかが、製品クオリティの差別化要因になる。

LTspice 活用における限界と補完ツールの選択

LTspice は強力なツールだが、全ての EMC 課題をカバーするわけではない。その限界を正確に把握し、補完手段を選択することが実務上は不可欠だ。

LTspice が苦手とする領域の筆頭は放射 EMI の正確な定量予測だ。放射電磁界は Maxwell 方程式を解く必要があり、SPICE ベースの集中定数回路モデルでは本質的に扱えない。コモンモード・ディファレンシャルモード電流から放射電界を推定する近似的な手法は LTspice でも可能だが、実際の試験結果との相関は PCB 形状・ケーブル配置・筐体構造に大きく依存する。電磁界シミュレーション(FDTD 法・MOM 法・FEM 法)との併用が必要な局面だ。

第二の限界は高周波コンポーネントの精度だ。フェライトビーズ・コモンモードチョーク・フィルタキャパシタは数十 MHz 以上では非線形かつ周波数依存性が強い。LTspice のデフォルトモデルでは実部品の高周波動作を正確に再現できないことがある。部品メーカーが提供する S パラメータ(Touchstone)ファイルを LTspice に取り込んで使うか、Würth Electronics・TDK・村田製作所などのモデル提供ツールと連携するアプローチが有効だ。

EMC シミュレーションとモデリング手法に関する電気学会論文誌 E の研究でも、回路シミュレータによる EMC 解析の精度は「いかに現実に近いコンポーネントモデルを構築するか」に依存することが示されており[11]、素子モデルの精度向上が EMC 設計シミュレーション全体の鍵を握る。

フロントローディング EMC 設計の ROI――コスト・スケジュールへの定量的影響

EMC 設計にシミュレーションを組み込むことで得られる最大のメリットは、試験手戻りの回避だ。電波暗室での試験費用は 1 試験あたり数万円規模だが[1]、試験不合格になった際に必要な設計変更・部品変更・再試作・再試験のトータルコストは、場合によっては数百万円〜数千万円規模に達する。特にハードウェアが量産直前の段階でフィルタ追加や基板レイアウト変更が必要になると、金型・治具の修正コストが追加される。

一方で、LTspice を中心とした設計フロントローディングを徹底することで、試作前段階での問題発見率が上がり、不合格時の手戻りサイクルを削減できる。Analog Devices の技術記事では、「EMC 問題と試験のスケジュール遅延は製品リリースを数ヶ月単位で遅らせる可能性がある」と指摘されており[5]、シミュレーションへの投資対効果は設計段階であればあるほど高い。

金属加工・樹脂成形・化学・電気電子・組立完成品の 5 ジャンル横断で見ると、EMC 問題が最もコスト的に深刻なのは電気電子部品・制御基板アッシーを搭載した完成品だ。これらはサプライチェーンの末端(組立)で EMC 問題が発覚することが多く、その時点での手戻りは上流工程(設計・部品調達)全体に影響する。調達部門が上流にさかのぼって「シミュレーション実施証跡」を確認するプロセスを入れることが、リスクマネジメントとして有効だ。

まとめ――LTspice を起点にした EMC 設計体制の構築

LTspice による EMC 設計の価値は、ゼロコストでありながら「設計者の思考スピード」で回路動作を検証できることにある。寄生成分のモデリング→トランジェント解析→FFT によるスペクトラム確認→フィルタ定数最適化というサイクルを設計フェーズで回すことで、EMC 試験の手戻りを構造的に削減できる。

調達購買の視点では、EMC シミュレーション実施を調達仕様に組み込み、サプライヤーの設計プロセス成熟度を評価する指標として活用することが、製品品質と開発スケジュールの安定に直結する。LTspice の使い方を覚えることが目的ではなく、「設計段階で問題を可視化するフロントローディング文化」をサプライチェーン全体に広げることが本質だ。


出典

  1. [1] 電子機器のEMC評価について(中部経済産業局)
  2. [2] 電気用品の技術基準解釈 別表第十 雑音の強さ(経済産業省)
  3. [3] J55022(H22) 情報技術装置からの妨害波の許容値及び測定法(経済産業省)
  4. [4] 高精度パワーデバイスモデルによるSiCインバータのEMI解析(電気学会産業応用部門誌)
  5. [5] How to Get the Best Results Using LTspice for EMC Simulation—Part 1(Analog Devices)
  6. [6] 擬似アナログ信号を用いたスペクトラム拡散によるスイッチング電源回路のEMI低減手法の提案(電気学会論文誌E)
  7. [7] 擬似アナログ信号を用いたスペクトラム拡散によるスイッチング電源回路のEMI低減手法の提案(電気学会論文誌E)
  8. [8] 基板設計における電磁界シミュレーション活用の勘所(エレクトロニクス実装学会誌)
  9. [9] パワーエレクトロニクスにおけるEMI/EMCのモデリングと解析(電気学会誌)
  10. [10] 令和5年度 産業標準化事業表彰 受賞者インタビュー 半導体EMC国際標準化(経済産業省)
  11. [11] EMCシミュレーションとモデリング(電気学会論文誌E)

※ 出典リンクは 2026 年 05 月 19 日時点でリンク到達性を確認しています。

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