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投稿日:2026年6月20日

原材料の急激な高騰で価格改定が追いつかない現場の混乱

【結論先出し】原材料費の急騰に価格改定が追いつかない根本原因は、「データ不在の交渉」と「昭和型の固定価格慣習」の二重構造にある。2025年9月時点の中小企業庁調査では、コスト全体の価格転嫁率は53.5%にとどまり、いまだ約半分のコスト増が未転嫁のまま現場を圧迫している[1]。この記事では、なぜ転嫁が進まないのかを調達現場の実態から解剖し、交渉を動かす具体的な打ち手を整理する。

「53.5%」という数字が示す現場の苦境

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経済産業省・中小企業庁が受注側中小企業30万社に実施した2025年9月時点のフォローアップ調査では、コスト全体の価格転嫁率は53.5%(前回2025年3月比で約1ポイント増)という結果が公表された。[1]コスト要素別に見ると、原材料費55.0%・労務費50.0%・エネルギーコスト48.9%であり、労務費が初めて50%に到達したことが注目されているが、逆に言えば原材料費でも半分近い上昇コストが販売価格に乗り切れていない。

さらに踏み込むと、「コスト増加分を全額転嫁できた」割合は27.3%にすぎず、「転嫁できなかった・マイナスとなった」企業の割合は約16.8%で横ばい状態が続いている。[1]転嫁できる企業と転嫁できない企業の「二極分離」が固定化しつつあるというのが調査側の評価であり、全体改善の陰に隠れた構造的な転嫁困難層の問題は深刻だ。

調達現場で押さえるポイント

当社では累計200社超のサプライヤー視察を通じて、「転嫁できない企業」に共通するパターンを把握してきた。最大の共通点は「原価計算書を持っていない」こと。感覚的な値上げ要請は発注元の購買担当者も社内承認を通しにくく、結果として先送りが繰り返される。転嫁率53.5%という数値の裏には、準備不足による交渉放棄が相当数含まれているとみている。

価格高騰が「今回だけ」ではない理由:コスト連鎖の構造

日本銀行の分析によれば、原材料コスト上昇は川上から川下へ段階的に転嫁されていくが、転嫁の速度と幅は企業の交渉力・業界慣行・原材料比率によって大きく異なる。[11]飲食料品のように原材料比率が高い品目は消費者物価への転嫁が大きい一方、金属製品のように最終製品の原価に占める割合が相対的に低い品目は転嫁幅が小さくなりやすいという構造がある。製造業の調達購買において鉄鋼・非鉄・樹脂・電子部品を扱うバイヤーが体感するのは、この「転嫁の非対称性」だ。

2025年版中小企業白書では、「輸入物価上昇などに起因する原材料価格高騰や人件費上昇といった問題の影響度が高まっており、コスト上昇分の適切な価格転嫁を進めることがより一層重要となる」と明記されている。[4]白書の分析が示すように、価格転嫁は一時的な問題ではなく、構造的・継続的に対処が必要なテーマであり、年に1回の単価改定サイクルでは対応しきれなくなっている。

なぜ価格改定が追いつかないのか:3つの構造的壁

壁① 原価の「見えない化」問題

価格転嫁が進まない第一の壁は、原価データの不可視化だ。多くの中小製造業では、材料費・加工費・間接費が品番別・工程別に分解されておらず、「どの製品でいくら赤字が出ているか」を即座に示せない。感覚的な値上げ要請が発注元に「根拠が薄い」と判断され、先送りになるケースが繰り返される。中小企業庁の価格交渉ハンドブック(令和8年1月改訂版)は、価格交渉の第一ステップとして「コスト構造の可視化と根拠資料の準備」を挙げており、市況推移グラフ・仕入単価証明・加工費積み上げ表などの書面を揃えることを推奨している。[6]

壁② 商慣習としての「長期固定価格」

日本の製造業取引には、年1回もしくは半期に1回しか単価を見直さない商慣習が深く根付いている。一方で原材料の市況は月次どころか週次で動く。金属加工・樹脂成形・化学品の5ジャンル横断で当社が視察してきた経験から言えば、このギャップこそが「仕入れコストは今月から上がっているのに、次の単価改定まであと5か月待て」という現場の悲鳴を生む原因だ。市況連動型の価格スライド条項を盛り込まない限り、次の高騰局面でも同じ問題が繰り返される。

壁③ 力学的な非対称性と交渉文化の欠如

元請け・下請けの力関係が固定化した取引では、受注側が「値上げを言い出せない雰囲気」を強く感じる。中小企業庁の2023年版小規模企業白書でも、小規模企業においてはサプライチェーン上の立場が弱く、原材料費・エネルギーコストの高騰分を販売価格へ転嫁する際に困難を抱えやすい実態が統計的に示されている。[5]しかしこの「言えない」状況は、法的にも問題をはらんでいる。次のセクションで詳述する。

「価格転嫁拒否」は法的リスク:下請法改正の最新動向

公正取引委員会は、原材料費・エネルギーコスト・労務費の上昇を取引価格に反映しない行為が下請法上の「買いたたき」に該当するおそれがあることを、令和4年1月の運用基準改正で明確化した。[8]具体的には、「コストの上昇分の反映の必要性について、価格の交渉の場において明示的に協議することなく、従来どおりに取引価格を据え置くこと」が問題行為として例示されている。

さらに2025年5月には改正下請法(中小受託取引適正化法)が成立し、2026年1月1日から施行される。[10]この改正では、受注側から価格協議の求めがあったにもかかわらず発注側が協議に応じない行為や、一方的に代金を決定して受注側の利益を不当に害する行為が新たに禁止規定として明文化された。発注企業の購買担当者はもちろん、経営幹部も「価格協議に応じない」という対応が法的リスクに直結することを今すぐ認識しなければならない。

調達現場で押さえるポイント

製造業の調達購買10年以上の経験から言えば、「買いたたき」リスクの認識はバイヤー側にこそ必要だ。従来は「値上げ交渉への対応は営業まかせ」で済んでいたが、2026年施行の改正法では購買部門が協議に応じる義務を実質的に負う。価格交渉の場で「社内承認が必要なので回答できない」を繰り返す対応は、法的グレーゾーンに踏み込む行為と理解すべきだ。

転嫁率をコスト別・業種別に整理する:数値比較表

以下の表は、公式調査データ・白書・ハンドブックをもとに、価格転嫁に関する主要指標と現場への影響を整理したものだ。調達担当者が取引先との交渉準備や社内説明の際に活用できる比較軸として使ってほしい。

比較軸 内容・数値 調達現場への示唆
コスト全体の転嫁率(2025年9月) 53.5%(前回52.4%比+1pt) 約半分のコスト増が未転嫁。改善傾向も二極分離が固定化
原材料費の転嫁率(2025年9月) 55.0% 3コスト中では最高だが、45%は未転嫁
労務費の転嫁率(2025年9月) 50.0%(初の50%到達) 賃上げ圧力が強まる中でも半分は未転嫁
エネルギーコストの転嫁率(2025年9月) 48.9% 3コスト中で最も低く、製造業での課題が大きい
コスト全額転嫁できた割合(直近6か月) 27.3%(前回比+約1pt) 7割超の企業はコスト増の一部を自社吸収
転嫁できなかった・マイナスの割合 16.8%(横ばい) 構造的に転嫁困難な層が固定化している
発注側から申し入れがあった価格交渉割合 34.6%(前回比+3pt) 発注側主導の交渉は3分の1。受注側からの提案が依然主流
労務費についても交渉が実施された割合 7割超(2025年9月調査) 原材料費だけでなく労務費の交渉が標準化しつつある
都道府県別転嫁率の最大格差 上位と下位で10%以上の差 地域・業種・取引構造によって転嫁難易度が大きく異なる
買いたたき認定リスク(改正運用基準) コスト上昇が公表資料で把握できるのに価格据え置きで該当リスク 発注企業側も「協議しない」ことが法的リスクになった
改正下請法(中小受託法)施行 2026年1月1日施行 価格協議拒否・一方的な代金決定が新たに禁止規定へ
価格転嫁が進まない主因(実務上の整理) ①原価不可視化 ②固定価格慣習 ③交渉力格差 3つの壁を個別に対処しないと構造的改善に至らない

出典:経済産業省・中小企業庁「価格交渉促進月間(2025年9月)フォローアップ調査」、公正取引委員会「下請法運用基準」、改正下請法(2025年5月成立)をもとに newji.ai が整理

バイヤーが今すぐ動ける:価格転嫁交渉の実践ステップ

価格転嫁を進めるための第一歩は、感情論や「お互い大変だよね」という曖昧な対話から脱却し、数値ベースの根拠を揃えることだ。中小企業庁の価格交渉ハンドブック(令和8年1月改訂)では、交渉前に準備すべき資料として、市況グラフ・仕入単価の推移・加工費の積み上げ構造・労務費の変動実績などを挙げている。[6]これはサプライヤー側だけでなく、バイヤー側が「適正価格で調達できているか」を確認する視点でも使えるフレームだ。

具体的な進め方として、当社が推奨するのは以下の3フェーズだ:

  1. 原価の見える化フェーズ:品番別の材料費・加工費・間接費を分解し、コスト構造の変化を定量化する。仕入先の見積書・市況データ(経済産業省・中小企業庁の「価格転嫁の根拠となる公表資料一覧」が参考になる[7])を活用して根拠資料を作成する。
  2. 価格提案フェーズ:一括での大幅値上げではなく、コスト要素ごとの小刻みな改定を提案する。たとえば「原材料費スライド分+5%・労務費スライド分+3%」という形で分解することで、バイヤー側の社内承認を通しやすくする。
  3. 契約条項の見直しフェーズ:市況連動型の価格改定条項(Price Adjustment Clause)を盛り込み、次回以降の高騰時にもスムーズに協議できる枠組みを設ける。

サプライヤー管理の視点:転嫁できない協力会社を放置するリスク

バイヤー側の視点で見落とされがちなのが、「価格転嫁できないサプライヤーを放置することのリスク」だ。コスト上昇を丸ごと吸収し続けた協力会社が品質管理費・設備保全費・人員配置を削り始めると、数か月後に品質問題や納期遅延として跳ね返ってくる。これは金属加工・樹脂成形・電気電子など5ジャンル横断で当社が観察してきた典型パターンだ。

2025年版中小企業白書は「コスト上昇分の適切な価格転嫁を進めることがより一層重要」と指摘しており[4]、これは発注企業にとってもサプライチェーン全体の品質・安定調達を守るためのインフラ投資と捉えるべきだ。合理的な価格での継続発注が、長期的なサプライヤー能力の維持につながる。

調達現場で押さえるポイント

中国・東南アジアのサプライヤー網で典型的に見られるのは、価格交渉に応じてもらえなかったサプライヤーが材料のグレードを密かに下げるケースだ。原材料高騰局面での価格交渉拒否は、「品質リスクの積み上げ」と同義であることを、調達部門は経営陣に説明できなければならない。

「価格交渉促進月間」制度をフル活用する

経済産業省・中小企業庁は2021年9月から、毎年3月と9月を「価格交渉促進月間」として設定し、価格交渉・価格転嫁の促進に向けた広報・講習会・フォローアップ調査を実施している。[2]この制度は、受注企業が「月間中に価格交渉を申し入れた」という事実を記録に残すことで、後の交渉が行われたことの証跡としても機能する。

制度を活用する上でのポイントは、「月間だから交渉する」ではなく、月間をデッドライン設定に使うことだ。「価格交渉促進月間(3月・9月)に合わせてコスト見直しを実施し、根拠資料を揃えて提案する」というサイクルを自社の業務カレンダーに組み込むだけで、年2回の定期交渉が習慣化できる。特に受注側の製造中小企業にとっては、「月間中に申し入れたのに協議に応じてもらえなかった」という記録が、将来的な法的保護の根拠になり得る。

デジタルシフトで「価格改定の遅れ」を構造的に解消する

価格改定が追いつかない現場の混乱は、実はシステム・データ基盤の問題でもある。見積・受発注・原価管理が分断されたExcelや紙ベースで動いている限り、材料市況が変わっても原価への反映には数週間から数か月かかる。この遅延こそが、赤字受注の温床だ。

解決の方向性は二段階だ。まず短期的には、「品番別の原材料構成比率」と「仕入価格インデックス」をスプレッドシートで管理し、月次で自動計算できる仕組みを作る。これだけで、価格交渉の根拠資料作成が週単位から日単位に短縮できる。次に中期的には、ERPやサプライチェーン管理システムに市況データを連携させ、コスト変動をトリガーとした価格改定アラートを設計する。クラウド型システムへの移行は初期投資を要するが、一度でも価格転嫁の機会損失を経験した企業にとっては投資対効果が明確になる。

調達戦略として「価格転嫁環境」を設計する時代

原材料の急騰局面を経験した今、調達購買部門に求められるのは「できるだけ安く買う」から「持続可能なコスト構造を設計する」への発想転換だ。これは抽象論ではなく、具体的には下記のような取り組みを指す。

  • 市況連動条項の標準化:新規取引契約に価格スライド条項を盛り込み、次の高騰サイクルに備える
  • マルチソーシング体制:単一サプライヤー依存をやめ、国内外含めた複数調達先を確保することで、交渉力と供給安定性を同時に高める
  • サプライヤー財務ヘルスチェック:価格転嫁できていないサプライヤーを定期的にモニタリングし、リスクを早期に把握する
  • 原価開示の双方向化:バイヤーもサプライヤーも原価構造を開示し合うことで、感情的な値下げ要求・値上げ要求ではなく、根拠ベースの共同コスト最適化に移行する

2022年版中小企業白書が指摘した「昭和時代から続く固定価格慣習が急激なコスト変動への弱点になっている」[3]という構造は、制度整備と法改正によって少しずつ変わりつつある。ただし、制度・法律が整っても、現場レベルで実際の交渉行動が変わらなければ転嫁率は上がらない。調達部門のプロが制度をフルに活用し、サプライヤーとの関係を「価格を押し付け合う関係」から「コスト構造を共同管理する関係」へ進化させることが、今の時代の競争優位になる。


出典

  1. 価格交渉促進月間(2025年9月)フォローアップ調査の結果を公表します(経済産業省)
  2. 価格交渉促進月間の実施とフォローアップ調査結果(中小企業庁)
  3. 2022年版「中小企業白書」第4節 原油・原材料価格の高騰(中小企業庁)
  4. 2025年版 中小企業白書(HTML版)第6節 価格転嫁(中小企業庁)
  5. 2023年版「小規模企業白書」第1節 取引適正化と価格転嫁(中小企業庁)
  6. 中小企業・小規模事業者の価格交渉ハンドブック(令和8年1月改訂)(中小企業庁)
  7. 労務費、原材料費、エネルギーコスト上昇の根拠となる公表資料(例)(中小企業庁)
  8. 下請法 知っておきたい豆情報 その11(原材料費高騰と買いたたき)(公正取引委員会)
  9. 下請取引の適正化について(令和4年11月25日)(公正取引委員会)
  10. 下請法・下請振興法改正法の概要(公正取引委員会)
  11. (BOX2)原材料コスト上昇と消費者物価(日本銀行)

※ 出典リンクは2026年6月20日時点でリンク到達性を確認しています。

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