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現場で使われる差別的な言葉が企業価値を損なう構造

製造現場で慣習化した差別的言動は、個人の尊厳を傷つけるだけでなく、職場パフォーマンスの低下・人材流出・取引先からの信頼喪失という三重の企業価値毀損を引き起こす構造を持っている。厚生労働省・経済産業省の公式データと学術研究が示すのは、「言葉の問題」を放置した企業ほど中長期的な競争力を失うという明確な因果関係だ。調達購買の最前線から、その構造と具体的な打ち手を整理する。
目次
製造現場に差別的言動が根付く理由――慣習と圧力の二重構造
「そんなこと気にするな」「昔からこう言ってきた」――金属加工・樹脂成形・電子部品組立の現場を累計200社以上訪問してきた当社の経験から言えば、こうした言葉が差別的言動を温存させる最大の要因だ。問題は発言者の悪意ではなく、「慣習の免罪符」が働いている構造そのものにある。
製造現場特有の圧力も見逃せない。品質・コスト・納期(QCD)の厳格な管理が求められる環境では、「早くやれ」「なんでできない」という強い言葉が”指導”として正当化されやすい。さらに夜勤・交代制・ライン作業という閉鎖的な空間では、異議を唱えにくい同調圧力が生まれる。外国人技能実習生や派遣労働者が混在する現場では、立場の非対称性が差別的言動を無害化して見せる効果まで生じる。
こうした構造は昭和期から続く”男性正社員中心・年功序列・現場主義”というカルチャーに根ざしており、多様性教育の機会が後回しにされてきた歴史とも重なる。問題なのは、この構造自体が法的義務の観点からも、企業価値の観点からも、現代のビジネス環境では致命的なリスクに転化している点だ。
調達現場で押さえるポイント
当社が中国・東南アジアのサプライヤー網で典型的に見るのは、日本側バイヤーの無意識な上から目線発言が「あの会社とは働きたくない」という評判として現地に広がるケースだ。海外サプライヤーへの差別的・高圧的な言動は、取引継続リスクに直結することを調達部門のトップは強く認識しなければならない。
法的義務としてのハラスメント対策――企業に課される責任の全体像
差別的言動を黙認することは、すでに法的義務違反に直結する時代だ。厚生労働省は「職場におけるハラスメントの防止のために」として、パワハラ・セクハラ・マタハラ等の差別的言動に関する事業主の雇用管理上の措置義務を明確に規定している。[1]2022年4月からはパワーハラスメント防止措置の義務が中小企業を含む全企業に適用されており、「対応していなかった」では通らない段階に入っている。
厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」(2024年5月公表)によれば、過去3年間にパワハラ対策を実施している企業は95.2%、セクハラ対策実施企業は92.7%に達している。[2]一方で、製造業では「顧客等からの著しい迷惑行為」への取り組みが他業種に比べて低水準であることも同調査は示している。対策の形式的整備が進む中、現場言語の実態はまだ変わっていないというのが、当社の調達現場サポートで繰り返し目にする実情だ。
また、障害者雇用促進法に基づく合理的配慮の提供義務も、職場での差別的言動禁止と一体で理解しなければならない。厚生労働省は「雇用の分野における障害者への差別禁止・合理的配慮の提供義務」を定め、採用から日常的な業務指示に至るまで差別的取り扱いを禁じている。[3]
数値で見るハラスメントの企業価値毀損メカニズム
差別的言動が企業価値を損なう経路は、感情的な問題ではなく定量的に確認できる構造だ。J-STAGEに掲載されたリクルートワークス研究所の研究は、「ハラスメントが発生することは、当事者にとどまらず、周りの人のワークエンゲージメントや職場全体のパフォーマンスの低下につながる」ことを示し、さらに「ハラスメントの発生は、平均時給に相当する分の金銭的損失を生み出す」という定量的評価を行っている。[4]
製造業の調達購買に10年以上携わってきた経験から言えば、この「平均時給1時間分の損失」は表面上の数字に過ぎない。被害を受けた従業員の集中力低下、周囲が目撃することによる雰囲気悪化、問題を訴えにくい心理的安全性の消失が重なり、QCDの品質インシデントや納期遅延として現れてくる。言葉の問題がラインの問題に化けるのだ。
厚生労働省の実態調査では、パワハラ被害者のうちハラスメントを受けた頻度が高いほど「眠れなくなった」「会社を休むことが増えた」「通院・服薬した」などの深刻な心身影響が高まることも確認されている。[2]欠勤率の上昇は生産計画の乱れ、代替要員コストの増加、品質の不安定化として損益に反映される。
また、ハラスメント対策に取り組んだ企業の副次的効果として「職場のコミュニケーションが活性化する・風通しが良くなる」(39.1%)、「会社への信頼感が高まる」(34.7%)という数値が同調査で示されている。[2]これは裏を返せば、対策をしていない企業では逆の状態が続いているということだ。
差別的言動が引き起こす5つの企業価値毀損経路――比較で整理する
| 毀損経路 | 差別的言動を放置した場合 | 適切に対処した場合 | 根拠・出典 |
|---|---|---|---|
| ①従業員エンゲージメント | ワークエンゲージメント低下・意欲減退・離職率上昇 | 職場コミュニケーション活性化・会社信頼感向上(対策実施企業の39.1%/34.7%が効果確認) | 厚労省令和5年度調査 |
| ②生産性・QCD | 職場全体のパフォーマンス低下・平均時給相当の金銭的損失・品質インシデント増加 | 心理的安全性確保によるQCD安定・不良率・納期遅延低減 | J-STAGE(リクルートワークス研究所) |
| ③メンタルヘルス・欠勤 | 睡眠障害・通院増加・欠勤率上昇・代替要員コスト発生 | 休職・離職コストの削減・医療費負担の低減 | 厚労省令和5年度調査 |
| ④採用・人材確保 | 口コミ・SNS評判の悪化・求人難・採用単価上昇 | 経営理念への共感人材の獲得・多様な候補者の流入 | 経産省ダイバーシティレポート2025 |
| ⑤サプライチェーン信頼 | 海外サプライヤーの取引敬遠・人権DD不備による欧米バイヤーからの調達除外リスク | 人権方針の整備により国際調達市場での信頼構築・ESG評価向上 | 経産省人権ガイドライン2022 |
| ⑥ブランド・PR | 内部告発・SNS炎上・報道露出による企業イメージ失墜 | ダイバーシティ先進企業としての対外評価・投資家からの評価向上 | あかるい職場応援団(厚労省) |
| ⑦法的リスク | 行政指導・訴訟リスク・労働局への申告・和解金発生 | 義務対応完了による法的リスクゼロ化・行政との良好関係維持 | 厚労省ハラスメント防止指針 |
| ⑧国際競争力 | 同質性の高い組織による変化対応力の低下・グローバル市場での競争劣位 | 多様な視点によるイノベーション創出・国際市場での評価向上 | 経産省ダイバーシティレポート2025 |
| ⑨ESG投資評価 | S(社会)スコアの低下・機関投資家からの除外・資本市場への悪影響 | 人的資本開示充実・投資家との建設的対話・PBR向上につながる評価基盤 | 経産省人権ガイドライン・ビジネスと人権ページ |
| ⑩組織風土・心理的安全性 | 「言えない文化」の固定化・改善提案が上がらず慢性的な品質問題が継続 | カイゼン提案の活性化・ヒヤリハット報告の増加・安全文化の醸成 | 厚労省令和5年度調査・産業衛生学会誌 |
調達・購買部門から見た差別的言動のリスク――サプライヤー関係への波及
製造業の調達購買部門にとって、差別的言動のリスクは社内に閉じない。国内外のサプライヤーとの交渉・発注・品質クレーム対応という日常業務の中に、無意識の差別的言動が紛れ込むケースが現実に存在する。
経済産業省は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(2022年9月策定)において、企業がサプライチェーン全体を通じた人権デュー・ディリジェンスを実施することを求めている。[5]このガイドラインが対象とする「人権への負の影響」には、取引先従業員への差別的言動・ハラスメントも当然含まれる。欧米バイヤーから「あなたの会社はサプライヤーに対して人権配慮ができているか」と問われた際に、回答できない企業は受注機会を失うリスクがある。
金属加工・樹脂成形・化学・電気電子・組立完成品の5ジャンル横断で見ると、バイヤーとサプライヤーの間の権力非対称性が差別的言動を生みやすい環境をつくっている。「こんな品質では使えない」「お宅の工場のレベルでは無理だ」という発言は、明確なビジネス上の損失をもたらす。サプライヤーが代替先を探し始める動機になるからだ。調達コストの安定と安定供給を維持したいなら、取引先への言葉づかいこそ調達戦略の一部として管理しなければならない。
調達現場で押さえるポイント
製造業の調達購買10年以上の経験から言えば、サプライヤー訪問時に「現場の雰囲気を観察する」ことは品質監査の一環でもある。差別的言動が横行する工場は、コミュニケーション不全による指示の伝達ミスや、報告が上がらないことによる品質問題の潜在化リスクを抱えていることが多い。調達先選定の際に「ハラスメント対策の整備状況」を評価項目に加えることは、リスク管理の観点から合理的な判断だ。
ダイバーシティ経営と差別的言動排除の不可分な関係
差別的言動がない職場を作ることは、ダイバーシティ経営の「前提条件」であって「ゴール」ではない。経済産業省は2025年4月に「企業の競争力強化のためのダイバーシティ経営(ダイバーシティレポート)」を公表し、「多様な人材をいかし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげる経営」と定義している。[6]同レポートは、同質性が高い組織は変化への柔軟な対応力に乏しく、中長期的な競争力を持ちにくいとも指摘している。
差別的言動が存在する職場では、外国籍・女性・障害者・高齢者・異キャリアといった多様な人材が能力を発揮できない。これは単なる倫理問題ではなく、イノベーションの原材料を捨てているに等しい。製造業が直面する受注多様化・グローバルサプライチェーン対応・スマートファクトリー化という課題に対処するためには、均質な人材だけでは限界がある。多様な視点の統合こそが付加価値の源泉になるという認識が、経営層に定着する必要がある。
また、同レポートが示す7つの実践ステップの中には「事業・地域特性等を加味した環境・ルールの整備」「管理職の行動・意識改革」「従業員の行動・意識改革」が含まれている。[6]これらはすべて、差別的言動を排除した職場環境の構築と直結したアクションだ。
パワハラ防止法の射程と製造現場への実務インパクト
2020年6月施行(中小企業は2022年4月から義務化)のパワーハラスメント防止法(改正労働施策総合推進法)は、製造現場の「指導文化」に対して明確なメッセージを発している。厚生労働省が公表しているハラスメント防止のための指針では、パワハラを「優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」と定義しており、「身体的・精神的な苦痛を与えたり、就業環境を害したりするもの」を企業が防止する義務があると明確に規定している。[1]
「怒鳴る・罵倒する・侮辱的な言葉を使う」といった指導スタイルは、この定義のもとで明確にパワハラに該当しうる。「成果さえ出ていれば問題ない」という考え方は法的根拠を失っている。さらに、過去3年間でパワハラ相談があったと回答した企業は64.2%に上るという調査結果は、製造業においても他人事ではない。[2]
あかるい職場応援団(厚生労働省)は、ハラスメントが企業に与える影響として「業績の低下」「人材の損失」「企業イメージの低下」「訴訟等による経済的損失」の4つを明示しており、これは製造業においても直接的に当てはまる整理だ。[7]
現場リーダーがすぐ実践できる「言葉の変換」アプローチ
差別的言動の排除は、研修の受講や規程整備だけで解決しない。現場リーダー・工場長・班長が日常の言葉づかいを変えることが出発点だ。ここで重要なのは「禁止リストを覚えること」ではなく、指導の目的を達成できる別の言語を獲得することだ。
たとえば「なんでこんなミスをするんだ」という言葉は、相手を責める言語だ。これを「今回のミスはどのステップで起きたか、一緒に確認しよう」に変換すると、同じ問題指摘でも原因追求と改善につながる対話が生まれる。「お前はいつもダメだ」ではなく「この工程は難しい。どこが一番わかりにくい?」という問いかけに変えるだけで、心理的安全性が保たれる。
国籍・性別・年齢・身体的特性に言及した言葉は、業務指示にそもそも不要なことが大半だ。「女だから重いものは持てない」という発言は、本来「この作業は補助器具が必要な重量だ」と言えば目的が果たせる。業務の課題を個人の属性に帰属させる言語習慣を断ち切ることが、差別的言動の実質的な削減につながる。
製造業の調達購買10年以上の経験から言えば、現場リーダーが言葉を変えることで、ヒヤリハット報告件数が増え、改善提案が活発になる事例を複数の工場で観察している。「言えない文化」が消えると、不良品の早期発見も早くなる。言葉のアップデートはコンプライアンス対応であると同時に、QCD改善の実践的な手段でもある。
組織的対策の設計――トップコミットメントから現場実装まで
差別的言動の排除を「担当部門のキャンペーン」にしてしまうと効果が出ない。経営層がコミットした方針を、現場の具体的なルールと評価基準に落とし込むまでの設計が必要だ。
厚生労働省が定めるハラスメント防止措置として、事業主に求められる主な義務は①ハラスメントをなくす方針の明確化・周知、②相談窓口の設置・対処手順の明確化、③事後の適切な対応(事実確認・行為者への対処・再発防止策)の3点だ。[1]この義務対応を「最低ライン」とし、その上に現場文化の変革を重ねていくのが実務的な設計だ。
具体的には以下のステップで進める。
- 経営層による方針の言語化:「何がNGか」を経営理念に明文化し、全従業員に発信する
- 現場リーダー研修の実施:事例ベースで「この言葉はNGか?」を議論する双方向型研修。外国人・女性・障害者・高齢者が混在する自社現場の事例を使うことが必須
- 相談窓口の実質化:窓口があっても使われなければ意味がない。「言っても変わらない」という諦観を解消するには、相談後の対応プロセスの透明性が鍵
- 評価制度への反映:マネジメント評価に「ハラスメントのない職場づくりへの貢献」を加える。成果主義とのバランスを取りながら、手段としての差別的言動を排除する設計
- サプライヤーへの展開:自社内の整備にとどまらず、主要サプライヤーへの人権方針の展開・確認をサプライヤー管理プロセスに組み込む
人権デュー・ディリジェンスとしての現場言語管理――グローバル調達の視点
欧州を中心に、サプライチェーン上の人権デュー・ディリジェンス(DD)を法的に義務付ける動きが加速している。ドイツのサプライチェーン法は2023年1月に施行され、一定規模以上の企業に人権DDを義務付けている。日本では、経済産業省が2022年9月に策定した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が、企業規模・業種を問わず全企業に人権尊重の取り組みを求めている。[5]
このガイドラインの対象となる「人権への負の影響」には、職場内の差別・ハラスメント・強制労働が含まれる。[5]つまり、日本の製造業が欧米の完成品メーカーとの取引を維持・拡大しようとする場合、自社工場内の差別的言動が人権DDの観点から問われる時代になっている。「現場の言葉づかいなど外には見えない」は過去の話だ。内部告発・SNS拡散・内部監査の強化により、見えないリスクはどこかで表面化する。
当社では、サプライヤー審査の支援業務の中で、国内外の先進的なバイヤーが「ハラスメント対策の整備状況」「外国人・女性を含む従業員への処遇方針」を評価項目に加えるケースが増えていることを実感している。差別的言動を放置することは、サプライヤーとしての市場アクセスを狭める経営判断だと認識しなければならない。
調達現場で押さえるポイント
経済産業省の人権ガイドラインに対応するためには、まずサプライヤー向けの「人権方針」を策定し、主要取引先と共有することが出発点になる。バイヤーが自社のハラスメント対策を整備しているという事実が、サプライヤーへの展開の説得力を生む。「言葉づかいの問題」を人権DD文書に落とし込む作業は、調達購買部門が主導すべき業務だ。
製造業が「言葉の文化」を変えた先に何があるか――競争力の本質
差別的言動のない職場を作ることは、倫理的な義務であると同時に、製造業の競争力を決定する経営の根幹だ。経済産業省のダイバーシティレポートが言う「イノベーションを生み出し、価値創造につなげる経営」は、心理的安全性が確保された職場でしか実現しない。[6]差別的言動が横行する環境では、誰も本音を言わず、問題は隠蔽され、改善の機会は永遠に失われる。
金属加工・樹脂成形・化学・電気電子・組立完成品の5ジャンル横断で見ると、差別的言動を自発的に排除し、多様な人材が提案できる環境を作った現場ほど、不良率の改善・ヒヤリハット件数の増加・改善提案件数の増加という具体的な成果が出ている傾向がある。言葉の変化が数字に変わるまでには時間がかかるが、その逆方向――差別的言動の蓄積が業績悪化に結びつく経路は、前述のデータが示す通り明確だ。
製造業が世界市場で戦い続けるためには、カイゼンの精度を高めることと、人が本音を言える環境を作ることは切り離せない。言葉の文化を変えることは、生産性改革の核心に位置する課題だ。
出典
- 厚生労働省 職場におけるハラスメントの防止のために
- 令和5年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要)
- 厚生労働省 雇用の分野における障害者への差別禁止・合理的配慮の提供義務
- J-STAGE ハラスメントはどう職場を蝕むのか(リクルートワークス研究所)
- 経済産業省 ビジネスと人権~責任あるバリューチェーンに向けて~
- 経済産業省 企業の競争力強化のためのダイバーシティ経営(ダイバーシティレポート)公表(2025年4月)
- あかるい職場応援団 ハラスメントが企業に与える影響(厚生労働省)
- 経済産業省 責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン
※ 出典リンクは2026年6月10日時点でリンク到達性を確認しています。
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