投稿日:2025年6月17日

技術者研究者のための伝わる技術英語の書き方実践講座

はじめに――技術英語、なぜここまで重要なのか

現代の製造業を取り巻く環境は、ますますグローバル化が進んでいます。
サプライチェーンが多国籍に広がり、調達先、顧客、技術パートナーなど、さまざまな国の人々と協働するのが当たり前の時代になりました。
そんな中、技術者や研究者にとって最も求められるコミュニケーションスキルの中核が「伝わる技術英語」です。

日本企業の多くは、昭和の時代から続く独自文化や商習慣を大切にしてきましたが、いまや海外との協業では、それだけでは通用しない場面が増えています。
現場の最前線では、「とりあえず英訳したマニュアル」が相手に誤解を与えたり、技術的な交渉で双方の認識に齟齬が生じることもしばしばです。
「伝わる英語力」は単なる語学スキルを超えて、製造業の競争優位性を大きく左右する武器なのです。

本稿では、20年以上の実務経験に裏打ちされた現場目線で、「伝わる技術英語」をどのように書き、発信するべきかを実践的に解説していきます。
また、バイヤーや調達担当、サプライヤーの皆さんが直面する日常業務のリアルも踏まえて、すぐに仕事に活かせる情報をお届けします。

製造業英語の現状――なぜ「伝わらない」のか?

日本的な書き方の落とし穴

多くの製造業現場で見かける技術文書の英訳は、正確さや丁寧さは意識していても、実際には「読みにくい」「誤解を招く」ものが少なくありません。
その原因を紐解くと、次のような傾向が目立ちます。

・日本語直訳ベースの英語になっている
・一文が長く、冗長になりがち
・主語が曖昧、責任の所在が不明確
・間接的・控えめな表現が多い

たとえば、「できればご協力をお願いいたします」という表現は日本語なら調和重視の美徳ですが、英語圏では”Please cooperate if possible.”と訳しても意図がぼやけ、本当に協力を求めているのかどうか伝わりません。
こうした背景には、昭和から続く現場の「空気を読む文化」が英語表現の妨げになっている面もあります。

現場実務でよくある失敗例

たとえば、部品の仕様書において「必要に応じて調整してください」という表現を曖昧な英語で記述し、納入部品の品質トラブルに発展した例があります。
相手サプライヤーは「曖昧=任意」と受け取り、本来守るべき仕様を守らず出荷。
これが品質クレームの大きな火種となります。
このようなミスコミュニケーションは、最終的に莫大な損失につながりかねません。

伝わる技術英語の「型」を身につけよう

ルール① 主語+動詞でシンプルに

製造業の現場では、誰が何をするかを明確にしなければなりません。
英語では、基本的に「主語+動詞+目的語(必要なら)」の型に徹底しましょう。

× Adjustment should be made as necessary.
○ The operator must adjust the machine as specified.

後者では、誰が何をするべきか明確です。
特に工程指示や作業マニュアルでは、このシンプルさが重要です。

ルール② 時制と命令形、助動詞の使い分け

納期遅延や品質トラブルにつながるのは、多くの場合、時制や助動詞の使い分けのミスです。

・must:絶対に守るべき事項
・should:推奨(守らない場合の責任逃れはできないと意識する)
・can:可能性、選択肢

特に規格や仕様書では「must」を基本とし、柔軟さが求められる場合だけ他の助動詞を使い分けます。

ルール③ 一文一義、箇条書きを効果的に活用

一文に複数の指示や事柄を詰め込むと、誤解のもとになります。
むしろ、短い文で箇条書きを行い、視覚的にもわかりやすくまとめましょう。

– Tighten the bolt to 30 Nm.
– Inspect the surface for scratches.

このようにシンプルに列挙すると、現場でも迷いや混乱が減ります。

現場力を生かす!活きた技術英語フレーズ集

よく使う指示・要望

– Please check the wiring again.
– Confirm the measurement results by 5:00 PM.
– The supplier must implement corrective actions for the defect.
– Report any abnormal noise immediately.

品質・検査関連

– The product passed the initial inspection.
– The measured value was out of specification.
– Please attach the inspection certificate to each lot.

調達・価格交渉

– Please submit your quotation by next Friday.
– Can you reduce the lead time to 10 days?
– We request a price reduction of 5%.

トラブル対応・納期管理

– Delivery will be delayed due to a shortage of materials.
– We appreciate your urgent cooperation.
– Please inform us of the recovery plan.

海外バイヤー・サプライヤーと本音で渡り合うコツ

相手の「根本的な関心事」を見抜く

海外のクライアントやバイヤーは、往々にして「結論ファースト」で物事を捉えます。
したがって、回りくどい説明や前置きを省き、「何が問題なのか」「何をしてほしいのか」「期限はいつなのか」を端的に表現することが重要です。

Example:
“In order to meet your requirement, we need to increase production capacity. Could you provide a forecast for the next six months?”

このように、背景・目的・要望を明確にすることで、円滑な交渉につながります。

誤解を防ぐための「クロージング」テクニック

英語ではラポール形成よりも「事実確認」「合意形成」が重視されます。
ミーティングやメールの最後には、必ず次のようなクロージングを入れましょう。

– To confirm, the delivery date is May 10.
– Please let me know if you have any questions or concerns.
– We look forward to your agreement.

こうした「確認」の一言が、あとあと大きなトラブルを防ぐ鍵となります。

アナログ現場からデジタル時代への対応――今こそ求められる「共通言語」

日本の製造業現場は今も紙ベースの伝票や帳票、FAX文化、現場帳など、多くのアナログなワークフローが根強く残っています。
しかし、グローバルな競争環境下、こうした「昭和の現場力」だけでは経営スピードが上げられません。

デジタル化や自動化の推進と同時に、新たな「共通言語」として技術英語を現場文化に定着させることが不可欠です。
図面、仕様書、マニュアル、報告書、すべてが一貫して英語で記載されていれば、多国籍な現場でも「手戻り」「認識齟齬」「伝言ゲーム」の無駄を大幅に削減できます。
これは、単に英語ができる社員の増加ではなく、「現場に通じる英語の型」をひとりひとりが共有・実践することから始まります。

伝わる技術英語を身につける実践トレーニング5選

① 英語のマニュアル・仕様書を書いてみる

自社内向けに英語の作業手順書や検査ガイドを実際に作ってみます。
ポイントは、現場の誰でも実行できるレベルの平易な表現を選ぶことです。

② 自分が書いた英語を複数人でレビューする

一人よがりな表現になっていないか、必ず実務担当者やローカルスタッフに確認を依頼してください。
現場で本当に通じるのかをチェックすることで、「伝わる英語の型」が身につきます。

③ 日英対応の用語集(グロッサリー)を自作する

自職場で頻繁に使う専門用語やフレーズを、日本語と英語で一覧化し、全員が参照できるようにしましょう。
現場全体で表現を標準化することが、ミスやトラブルの大幅削減に直結します。

④ クロスチェックとして、逆翻訳(英→日→英)練習をする

一度書いた英語文書を英語→日本語→英語へと翻訳し直してみると、曖昧な表現や意味の揺れが浮き彫りになります。
精度の高い技術文書作成には、こうした「逆翻訳」が非常に有効です。

⑤ 海外スタッフ・取引先と短いメールを毎日やり取りする

メールのやり取りは、「伝わるかどうか」実践的なフィードバックを得られる絶好の機会です。
最初はたとえ拙くても良いので、毎日の積み重ねを怠らないことが重要です。

まとめ――技術英語で現場から世界を変える

デジタル時代に突入したいま、製造業現場のすべての人が「伝わる技術英語」という新たな共通言語を身につけることが求められています。
それは英語が得意かどうかではなく、「誰でも迷わず作業できる・判断できる」仕組みを作る第一歩です。

高度な英語力よりも現場に通じる実践知、そして標準化への地道な努力こそが、製造業のグローバル競争力を高めるカギになります。
昭和から抜け出せずにいたアナログ文化も、実践的な技術英語によって現場から変革が始まります。
現場で働く一人ひとりが「伝わる英語」を自信をもって使いこなせる時代。
その先に、世界の製造業をリードする新たな日本の未来が開けていくはずです。

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