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SUS440C・SUS630の熱処理と硬さの指定——JIS G 4303 が保証する範囲と削った後の熱処理

この記事のポイント(結論先出し)
SUS440C と SUS630 はどちらも熱処理で硬くできるステンレスだが、硬くなる仕組みが違う。SUS440C は炭素 0.95〜1.20% のマルテンサイト系で焼入焼戻しにより、SUS630 は銅 3〜5% を含む析出硬化系で固溶化熱処理のあとの析出硬化処理(H900〜H1150)による[1]。ステンレス鋼棒の JIS G 4303 は、焼入焼戻しした SUS440C に 58 HRC 以上、H900 の SUS630 に 40 HRC 以上などを定めているが、製造業者から出荷した後に製品に熱処理を行った場合の機械的性質は規定していない[1]。焼なまし材や固溶化熱処理材を買って削ってから熱処理するなら、硬さの値・試験方法・測る位置を図面と熱処理の発注に書く。附属書の熱処理条件は参考の例にとどまり[1]、焼入温度が高すぎると硬さが下がることもあるので[3]、温度ではなく結果(硬さ)で指定する。
目次
SUS440C と SUS630 は「硬くなる理由」が違う
ステンレスで硬さや強さが要る部品(軸、ピン、刃、バルブの部品など)を作るとき、図面の材質欄に SUS440C か SUS630 が書かれていることがある。どちらも JIS G 4303(ステンレス鋼棒)に入っている鋼種だが、規格の分類では SUS440C はマルテンサイト系、SUS630 は析出硬化系に分かれる[1]。
化学成分を見ると違いがはっきりする。JIS G 4303 の表で、SUS440C は炭素 0.95〜1.20%、クロム 16.00〜18.00% で、ニッケルは 0.60% を、モリブデンは 0.75% を超えてはならないとされている[1]。SUS630 は炭素 0.07% 以下、ニッケル 3.00〜5.00%、クロム 15.00〜17.50%、銅 3.00〜5.00%、ニオブ 0.15〜0.45% である[1]。SUS440C は炭素を多く入れて焼入れで硬くする鋼、SUS630 は炭素を低く抑え、銅などの析出で強くする鋼である。
新潟県工業技術総合研究所の技術資料も、SUS440C を炭素約 1%・クロム約 17% のマルテンサイト系とし、焼入焼戻しによって SUS420J2 より高強度・高硬度にできるため、強度や硬度を要する機械部品や刃物などに使われると紹介している[3]。
鋼種全体の選び方はステンレスの発注で指定することで、フェライト系とオーステナイト系の違いは同じ束のSUS430 と SUS304 の違いで扱う。この記事は、SUS440C と SUS630 を発注するとき、熱処理の状態と硬さをどう書くかに絞る。
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JIS G 4303 の規定値を並べると
次の表は、JIS G 4303 の化学成分と、熱処理の状態ごとの硬さ・強さの規定値を並べたものである(適用寸法は径・対辺距離または厚さ 75 mm 以下)[1]。熱処理の記号は、焼なましが A、焼入焼戻しが Q、固溶化熱処理が S で、SUS630 の析出硬化処理は H900・H1025・H1075・H1150 の記号で表す[1]。
| 鋼種・状態(記号) | 硬さ | 引張強さ・伸び | 熱処理条件の例(附属書 JA・参考) |
|---|---|---|---|
| SUS440C 焼なまし(A) | 269 HBW 以下(28 HRC 以下) | 規定なし | 800〜920℃ 徐冷 |
| SUS440C 焼入焼戻し(Q) | 58 HRC 以上(653 HV 以上) | 規定なし(硬さだけ) | 焼入れ 1,010〜1,070℃ 油冷、焼戻し 100〜180℃ 空冷 |
| SUS630 固溶化熱処理(S) | 363 HBW 以下(38 HRC 以下) | 規定なし | 1,020〜1,060℃ 急冷 |
| SUS630 H900 | 40 HRC 以上 | 1,310 N/mm² 以上・10% 以上 | 470〜490℃ 空冷 |
| SUS630 H1025 | 35 HRC 以上 | 1,070 N/mm² 以上・12% 以上 | 540〜560℃ 空冷 |
| SUS630 H1075 | 31 HRC 以上 | 1,000 N/mm² 以上・13% 以上 | 570〜590℃ 空冷 |
| SUS630 H1150 | 28 HRC 以上 | 930 N/mm² 以上・16% 以上 | 610〜630℃ 空冷 |
硬さと強さは JIS G 4303 の表 11〜表 13 による。かっこ内の別の尺度の値も、換算値ではなく規格の表に並んでいる値で、規格は硬さをいずれかの尺度によるとしている[1]。熱処理条件は附属書 JA の表 JA.4・表 JA.5 による[1]。附属書 JA は「参考」で、規格は熱処理の種類を受渡当事者間で協定し、条件は機械的性質の規定に適合するように選ぶとしている[1]。表の温度は「この範囲でやれば規格に合う」という保証ではなく、例として読む。耐力や HBW・HV の値、ほかの熱処理状態は規格の表で確かめる。
SUS630 は、析出硬化処理の温度が高いほど硬さと引張強さの下限が下がり、伸びの下限が上がる並びになっている(H900 の 10% から H1150 の 16% まで)[1]。どの記号を選ぶかは、強さを取るか、粘りを取るかの選択になる。SUS440C の焼入焼戻し状態は、硬さだけが規定されていて引張強さや伸びの規定はない[1]。
いちばん抜けやすいのは「誰が、いつ熱処理するか」
焼入れできる鋼種の部品は、硬い状態では削りにくいので、焼なまし材(SUS440C)や固溶化熱処理材(SUS630)を買って削り、そのあとで熱処理して硬くする流れが多い。ここで JIS G 4303 の書き方に注意がいる。
JIS G 4303 は、マルテンサイト系の焼なましを行った棒は、通常、焼入焼戻し状態の機械試験を行わないとし、特に注文者の要求があれば、別に採った供試材に焼入焼戻しを行った場合の機械的性質とその規定値を受渡当事者間で協定してもよい、としている[1]。析出硬化系も同じで、固溶化熱処理の棒は通常、析出硬化状態の機械試験を行わないとしている[1]。そのうえで、この規格では、製造業者からの出荷後に製品に熱処理を行った場合の機械的性質は規定していない、と注記している[1]。
つまり、焼なましの SUS440C を買い、削った部品を熱処理屋で焼き入れた場合、表の「58 HRC 以上」は材料の規格としてはその部品に掛かっていない。部品の硬さを保証するのは、図面に書いた硬さの指示と、熱処理の発注に書いた条件である。発注側がこれを書かなければ、材料のミルシートは焼なまし状態の硬さ(269 HBW 以下)を示すだけで、部品の硬さを誰も約束していない状態になる。
熱処理を図面でどう指示するかの全体は熱処理を図面でどう指定するかで扱った。この記事では、SUS440C と SUS630 で特に書いておく点を挙げる。
SUS440C:温度より硬さで指定する
新潟県工業技術総合研究所は、SUS440C を 900〜1,150℃ の各温度に保持して空冷で焼き入れ、180℃ で 2 時間の低温焼戻しを行って硬さと組織を調べた結果を公開している[3]。焼入後・焼入焼戻後とも、この試験では焼入温度 1,050℃ のときに最高硬さとなり、1,100℃ ではやや低下し、1,150℃ では大きく低下した[3]。焼入温度が高いほど炭化物が少なくなって基地に炭素が取り込まれ、基地の炭素が多すぎると焼きが入りにくくなり、残留オーステナイトが多く見られるようになる、と説明している[3]。同じ資料は、SUS440C など高炭素のマルテンサイト系では、数 µm〜40 µm 程度の比較的大きな炭化物が見られることがある、とも書いている[3]。
この結果は、空冷での焼入れという一つの条件での試験である。JIS の附属書 JA の例は油冷である[1]。条件が変われば最高硬さになる温度も変わりうるので、資料の温度をそのまま図面に書く根拠にはしない。発注側として読み取れるのは、「温度を高くすれば硬くなる」とは限らず、温度だけを指示すると狙った硬さにならないことがある、という点である。図面には「58 HRC 以上」のように硬さの範囲で結果を書き、熱処理の条件は熱処理をする側に任せ、条件を記録として残してもらう方が確かめやすい。
硬さには試験方法と測る位置も付ける。JIS G 4303 は、硬さを HBW・HRC・HV のいずれかによるとし、どれを適用するかは特に指定のない場合、製造業者の選択によるとしている[1]。部品の硬さを仕入先と同じ物差しで見るには、ロックウェル C スケールで測るのか、どの面のどこで測るのかを決める。試験方法の指定は硬さの指定と試験方法、異なる尺度の値の読み替えは同じ束の硬さの換算(HRC・HV・HB)で扱う。
溶接にも注意がいる。ステンレス協会は、SUS410 に代表されるマルテンサイト系は溶接加熱でオーステナイトが生成し、冷却の際に延性・靭性が低いマルテンサイトになるため、溶接熱影響部が著しく硬化し、一般的には溶接には適していないとし、溶接するなら適切な予熱・パス間温度の管理が必要だとしている[4]。SUS440C の部品に溶接の工程が入っていたら、設計に問い合わせる。
SUS630:H 記号で強さと粘りを選ぶ
SUS630 は、固溶化熱処理(S)の状態で削り、そのあと析出硬化処理をする使い方ができる。S 状態の硬さは 38 HRC 以下と規定されている[1]。発注書では、材料を S で買うのか、H 記号の状態で買うのか、部品になってから誰が析出硬化処理をするのかを分けて書く。
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どの H 記号にするかは、強さの下限だけで決めない方がよい。日本材料学会の論文(1992 年)は、SUS630 の棒材を H1075・H1025・H900 で処理し、水道水中で疲労試験を行った[5]。大気中の疲労寿命は引張強さが高い H900 が長かったのに対し、水道水中では H1025 の疲労強度が最も高く、引張強さが最も高い H900 は H1075 とほぼ同じだった[5]。水道水中の疲労強度と引張強度の比は H1075・H1025 で約 0.3、H900 で約 0.2 と低く、著者らはミクロ組織とその組成の水素ぜい化感受性が関与している可能性を挙げている[5]。同じ論文は、溶解法の違いで介在物の最大寸法が変わり、それが水道水中の疲労強度の大小に関係しているとも述べている[5]。
この結果は一つの研究の、特定の溶解法と環境での比較である。それでも、水に触れて繰り返し荷重がかかる部品で、強度が最も高い H900 が最も有利とは限らない、という点は H 記号を選ぶときの判断材料になる。設計がどの H 記号を前提にしているのか、環境と荷重を確かめて図面に記号を書いてもらう。
SUS630 と同じ系統の鋳物もある。ステンレス鋼鋳鋼品の JIS G 5121 には SCS24 があり、類似鋼種として ASTM の CB 7Cu-1 が挙げられ、H900・H1025・H1075・H1150 の時効処理条件と機械的性質が定められている[2]。鋳物で発注するときの全体の指定は、同じ束のSCS13 の発注で扱う。
板で買うときの違い
冷間圧延ステンレス鋼板の JIS G 4305 の鋼種には、マルテンサイト系として SUS403・SUS410・SUS410S・SUS420J1・SUS420J2・SUS440A が並び、SUS440C は入っていない[6]。熱間圧延の板の JIS G 4304 の鋼種一覧にも SUS440C はない[7]。同じ規格は、SUS420J2 と SUS440A は特に注文者の指定がある場合に焼入焼戻しを行ってもよく、析出硬化系は特に注文者の指定がある場合に析出硬化処理を行ってもよい(その場合は熱処理記号を表示する)としている[6]。注文者の指定がなければ、析出硬化系の熱処理は固溶化熱処理、マルテンサイト系は焼なましになる[6]。SUS440C を板の形で使う図面が来たら、JIS のどの規格で買えるのかを先に確かめる。
発注書と図面に書くこと
1. 鋼種記号と規格番号、熱処理の状態の記号
「SUS440C-B(JIS G 4303)A」「SUS630-B(JIS G 4303)S」のように、受け取るときの状態を書く。JIS G 4303 は棒であることを表すときに末尾に -B を付けるとしている[1]。
2. 部品の熱処理を誰が行うか
材料メーカーの出荷時の状態で使うのか、部品にしてから熱処理するのか。後者なら、規格の機械的性質は部品に掛からない[1]。
3. 部品の硬さ・強さの要求
SUS440C なら「58〜62 HRC」のような範囲、SUS630 なら H 記号と硬さの下限。試験方法(HRC など)と測る位置も書く[1]。
4. 熱処理の記録
温度・保持時間・冷却方法・焼戻しや時効の条件を、ロットごとに残してもらう。附属書 JA の条件は例であり[1]、結果を説明できるのは実際の記録である。
5. 検査文書の種類
JIS G 4303 で検査文書が出るのは注文者が報告を求めたときで、種類を書かなければ検査証明書 3.1 になる[1]。熱処理の状態の記号が載った成績書が要るなら、注文時に求めておく。区分の違いはEN 10204 のミルシート区分にまとめた。
受入で確かめること
材料の受入では、ミルシートの成分と、熱処理の状態の記号を見る。SUS440C なら炭素が 0.95〜1.20%、SUS630 なら銅が 3.00〜5.00% の範囲にあるか[1]。現品の表示も確かめる。JIS G 4303 は、検査に合格した棒に種類の記号、寸法、熱処理の状態を表す記号、製造業者名またはその略号、溶鋼番号または検査番号を表示するとしている(径・対辺距離・厚さが 30 mm 以下の棒は結束ごとの表示でもよい)[1]。S で頼んだ SUS630 に H の記号が付いていれば、削る前に問い合わせる。
部品の受入では、図面に書いた方法と位置で硬さを測った記録を出してもらい、熱処理の記録と突き合わせる。耐食性については、JIS G 4303 は粒界腐食試験による耐食性を、特に注文者の指定がある場合に試験方法を協定して確かめるとしているだけで[1]、硬さのように一律の規定値はない。水回りや薬液に触れる部品なら、使う環境での確かめ方を別に決める。
よくある質問
SUS440C の丸棒を買えば、そのまま 58 HRC ありますか
出荷時の状態による。焼なまし(A)の棒なら硬さは 269 HBW 以下で[1]、58 HRC は焼入焼戻し(Q)の状態の規定値である。削ってから焼き入れるなら、部品の硬さは図面と熱処理の発注で指定する。
SUS630 は H900 を指定しておけば安心ですか
硬さと引張強さの下限は H900 が最も高いが、伸びの下限は最も低い[1]。水道水中の疲労試験では、H900 は H1025 より疲労強度が低く、H1075 とほぼ同じだったという報告もある[5]。荷重と環境を設計と確かめて記号を決める。
熱処理の温度を図面に書いた方が確実ではありませんか
温度を書いても、冷却方法や保持時間、炉の違いで結果は変わる。SUS440C では焼入温度が高すぎて硬さが下がる例も報告されている[3]。図面には結果(硬さの範囲と測り方)を書き、温度などの条件は記録として出してもらう方が、受入で判断しやすい。
まとめ
SUS440C は炭素を多く含むマルテンサイト系で焼入焼戻しにより、SUS630 は銅を含む析出硬化系で固溶化熱処理のあとの析出硬化処理(H900〜H1150)により硬くなる。JIS G 4303 は焼入焼戻しの SUS440C に 58 HRC 以上、H900 の SUS630 に 40 HRC 以上などを定めるが、出荷後に製品に熱処理した場合の機械的性質は規定しない。削ってから熱処理するなら、部品の硬さの範囲・試験方法・測る位置を図面に書き、熱処理の記録を残してもらう。附属書の温度は参考の例で、温度だけでは狙った硬さにならないことがある。SUS630 の H 記号は強さと粘りの選択で、水中の疲労では最も強い H900 が有利とは限らない。SUS440C は溶接に向かず、板の JIS(G 4304・G 4305)の鋼種には入っていない。
出典・参考資料
- JIS G 4303:2021 ステンレス鋼棒(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2021 年 3 月 22 日改正・2025 年 10 月 20 日確認)
- JIS G 5121:2003 ステンレス鋼鋳鋼品(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2003 年 6 月 20 日改正・2023 年 10 月 20 日確認)
- 技術トピックス SUS440C の焼入れ温度と硬さ・金属組織(新潟県工業技術総合研究所/平成 26 年 8 月)
- ステンレス溶接の施工方法とその後の手入れについて(一般社団法人ステンレス協会)
- 長谷川潔・岡崎章三・清重正典「溶解法の異なる高強度ステンレス鋼における腐食疲労強度特性」材料 41 巻 468 号(日本材料学会/1992 年 9 月)
- JIS G 4305:2021 冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2021 年 3 月 22 日改正・2025 年 10 月 20 日確認)
- JIS G 4304:2021 熱間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2021 年 3 月 22 日改正・2025 年 10 月 20 日確認)
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