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図面の硬さ指定——試験方法・試験力・測る位置と値が合わないとき

この記事のポイント(結論先出し)
硬さは、決められた方法で試験して初めて得られる値であり、方法が変われば同じ品物でも値が変わる[4]。だから図面の硬さは「HRC 58〜62」の範囲だけでなく、試験方法と試験力(スケール)、測る面と位置、表面の状態まで書いて初めて合否の基準になる。ビッカース硬さを他の硬さや引張強さに正確に換算する一般的な方法はなく、比較試験で信頼できる換算基準が得られない限り換算は避けることが望ましいとされている[1]。仕入先と値が合わないときは、方法と条件をそろえたうえで同じ品物を測り合い、どちらの測定を最終判断に使うかを決めておく。この取り決めは発注時の仕様書に入れる[6]。
目次
硬さは「試験の結果」であって、物の長さのような量ではない
精密工学会誌の解説は、硬さを「定義に従って試験して初めて得られる値」で、工業量と呼ばれる、と説明している。物理を重んじる人の中には硬さは測定ではなく試験だという人が少なくない、とも書いている[4]。同じ解説は、ロックウェル硬さには試料の硬軟や厚さに応じて 30 種類の試験方法(スケール)があるが、硬さの相似則が成り立たないので、同じ試料を異なるスケールで測っても同じ硬さ値は得られない、としている[4]。
この性質から、図面の硬さ指定には一つの結論が出る。方法を書いていない硬さの数字は、合否を判断する基準になっていない。仕入先がロックウェル C スケールで測り、受入でビッカースを測って換算すれば、どちらも「正しく測った」のに結論が分かれることが起こる。ロックウェル・ビッカース・ブリネルの原理の違いは材料の機械的性質と試験法で扱っているので、この記事では、発注側が図面と仕様書に何を書き、仕入先と値が合わないときにどう扱うかに絞る。
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硬さの表記に、試験力とスケールを入れる
ビッカース:「HV」の後ろの数字が試験力
JIS Z 2244-1(ビッカース硬さ試験-第 1 部:試験方法)は 2024 年に改正され、ISO 6507-1:2023 に対応している[1]。硬さの表示は「640 HV 30」のように、硬さ値、硬さ記号、適用した試験力を kgf で表した近似値の順に書き、試験力の保持時間が規定の範囲(10〜15 秒)と異なる場合はさらに「/20」のように秒数を付ける[1]。試験力の範囲によって、HV 5 以上をビッカース硬さ試験、HV 0.2 以上 HV 5 未満を低試験力ビッカース硬さ試験、HV 0.001 以上 HV 0.2 未満をマイクロビッカース硬さ試験と呼び分けている[1]。
規格は試験報告書の項目の注記で、硬さ値の厳密な比較は、同一の試験力を用いる場合に限られると書いている[1]。図面に「HV 600 以上」とだけ書くと、仕入先は HV 10 で、受入は HV 0.3 で測る、ということが起こりうる。表面に近い薄い層を測るか、部品全体の硬さを測るかで適切な試験力は違うので、図面には「600 HV 10 以上」のように試験力まで書く。
ロックウェル:スケールと球の種類
JIS Z 2245(ロックウェル硬さ試験-試験方法)は 2021 年に改正され、ISO 6508-1(2016 年の第 4 版)を基にしている[2]。ロックウェル硬さとロックウェルスーパーフィシャル硬さのスケールごとに、圧子、初試験力、全試験力、適用する範囲が表になっており、例えば C スケール(HRC)は円すい形ダイヤモンド圧子で 20〜70 HRC の範囲に適用する[2]。球圧子を使うスケールでは、他に規定がない場合は超硬合金球を用いて硬さ記号の末尾に「W」を付け、鋼球を用いた場合は「S」を付ける[2]。
先の解説は、球圧子の弾性変形量の違いによって、超硬合金球による測定値のほうが鋼球圧子より低くなり、その程度はスケールや試料の材質で異なるため、HRBS と HRBW のように異なる記号で区別する、と説明している[4]。軟らかい材料を B スケールなどで指定する図面では、「HRB」とだけ書かずに球の種類まで書く。
ブリネル:球の直径・試験力・保持時間
鋳物や鍛造品で使われるブリネル硬さについて、JIS Z 2243-1(ブリネル硬さ試験-第 1 部:試験方法)は、「600 HBW 1/30/20」のように、硬さ値、記号、圧子の直径(mm)、試験力に相当する kgf の概数、保持時間(規定の 10〜15 秒と異なる場合)を並べて表示するとしている[3]。くぼみの直径が球の直径の 0.24〜0.6 倍になるように試験力を選ぶことが望ましく、外れる場合は比を試験報告書に記載する[3]。鋳物の受入基準全体は鋳物の材質と欠陥の受入基準で扱う。
試験力は、部品の厚さと測りたい層で決まる
試験力を図面に書くとき、発注側が確かめるべき制約がある。どの方法にも、試験片(または試験対象となる層)の最小厚さが決められているからである。
ビッカースでは、試験片または層の厚さはくぼみの対角線長さの少なくとも 1.5 倍とし、試験後の試験片の裏面に変形が認められてはならない[1]。ロックウェルでは、薄い試験片で測定値に影響がないことを証明しない限り、ダイヤモンド圧子のとき永久くぼみ深さの 10 倍、球圧子のとき 15 倍を最小厚さとする[2]。ブリネルでは、試験片の厚さは少なくともくぼみの深さの 8 倍とする[3]。
薄い板金部品や、浸炭・高周波焼入れの硬化層の表面硬さを、大きな試験力の方法で指定すると、測った値は芯部や下地の影響を受ける。解説も、径の小さい試料の端面やうす肉のパイプの断面の硬さ試験に大荷重のブリネルやロックウェル硬さを指定したり、薄物の試験にショア硬さを指定したりすると、誤った結果しか得られない、と注意している[4]。熱処理で表面だけを硬くした部品の硬さと硬化層深さの指定は熱処理を図面でどう指定するかで扱う。
めっきなどの皮膜の硬さも、ビッカースで測れる。JIS Z 2244-1 は、電着皮膜、無電解皮膜、溶射皮膜、アルミニウムの陽極酸化皮膜を含む金属皮膜などにも適用でき、皮膜表面を垂直に測る場合は 0.030 mm 以上、断面を測る場合は 0.100 mm 以上の厚さの皮膜に適用するとしている[1]。無電解ニッケルめっきの硬さを指定するときは、めっきの発注で指定することとあわせて、皮膜の厚さが試験に足りるかを確かめる。
測る位置と面の状態を書く
縁からの距離と、くぼみの間隔
ビッカースでは、くぼみの中心と試験片の縁との距離を、鋼、ニッケル合金、チタン合金、銅と銅合金では対角線長さの平均値の 2.5 倍以上、チタン合金を除く軽金属、鉛、すずとそれらの合金では 3 倍以上とする。隣り合うくぼみの中心間の距離は、前者で 3 倍以上、後者で 6 倍以上とする[1]。小さな部品の角の近くを測ると、この条件を満たせず、値が低く出る。図面では「平面部の中央付近」のように測る位置を指示し、狭い部位を測る必要があるなら、それに合った低い試験力を指定する。
曲面は補正の扱いを決める
軸やピンのように曲面しかない部品では、平面と同じ値は出ない。ビッカースでは、曲面を試験する場合は測定値に規格の附属書の補正係数を乗じて補正する[1]。ロックウェルでは、凸状の円筒面に対する試験について、附属書に規定する補正値を硬さの読取り値に加える[2]。仕入先の成績書の値が補正前なのか補正後なのかが分からなければ、受入の値と比べられない。発注側の実務としては、曲面の部品では「補正後の値で判定する」と書くか、端面などの平面部を測る位置として指定するかのどちらかに決めておく。
表面の仕上げと試験温度
ロックウェルの規格は、試験片の仕上げを、過熱や冷間加工などによる表面の硬さの変化を最小限に抑えるように行い、特に浅いくぼみで試験するときには注意する、としている[2]。解説は、ロックウェル硬さ試験で最も注意すべき点として、試料の裏面と試験機の試料台のごみ、さび、油などを挙げ、表面よりもむしろ裏面に注意が必要だとしている[4]。黒皮やスケールの付いたまま測るのか、研磨してから測るのかで値は変わる。研磨して測るなら、研磨の深さの上限も決めておく。
試験温度は、ビッカースでは通常 10〜35 ℃ の範囲とし、外れた場合は試験報告書に記載する。管理された条件で試験する場合は(23±5)℃ で行う[1]。ロックウェルも 10〜35 ℃ で、範囲外の場合は試験温度を記録して報告する[2]。
換算値で判定しない
図面が HRC で、仕入先がビッカースしか持っていない、あるいはその逆の場合、換算表で値を変換したくなる。しかし JIS Z 2244-1 は、ビッカース硬さを他の硬さや引張強さに正確に換算する一般的な方法はないので、そのような換算は比較試験によって信頼できる換算基準が得られない限り避けることが望ましい、としている(ISO 18265 を参照としている)[1]。ブリネルの規格も、ブリネル硬さを他の硬さスケールや引張強さに正確に換算する一般的な方法はない、と注記している[3]。
熱処理の加工規格も同じ立場で、浸炭品の表面硬さのばらつきの許容値を HV、HRC、HRA、HS ごとに表にしたうえで、それぞれの硬さ試験機によって実測で求めるもので、各表の硬さの間には直接の関連性はない、と書いている[5]。解説の筆者も、硬さの換算表を目にしない日はないが、目安にするだけで、これを当てにしてデータを出すようなことはしない、と述べている[4]。
発注側の実務としては、図面で指定した方法で実測した値を成績書に載せてもらう。仕入先がその方法の試験機を持っていないなら、方法を変えるか(図面の変更)、指定した方法で測れる仕入先や試験所に依頼するかを、発注前に決める。どうしても換算値を使うなら、ビッカースの試験報告書の項目にあるとおり、換算の基準と方法を明記させる[1]。
仕入先と値が合わないときの手順
受入で測った硬さが仕入先の成績書の値と合わないことは、方法と条件をそろえていても起こる。次の順で原因を切り分けると、揉める範囲を小さくできる。手順そのものは規格が定めているものではなく、発注側の実務としての提案である。
1. 方法と条件が同じかを確かめる。試験方法、試験力(スケール)、保持時間、測った位置、曲面補正の有無、表面の仕上げ、試験温度を突き合わせる。ここが違えば、値が違うのは当然である[1][2]。
2. 試験機の点検の記録を確かめる。ロックウェルの規格は、用いる硬さスケールごとに、その日の最初の試験の前に日常点検を行わなければならないとしている[2]。ビッカースの規格にも、使用者による試験機、くぼみ測定装置、圧子の定期点検が附属書として規定されている[1]。解説は、球圧子が永久変形していても外観からは分からないので、基準片による日常点検が重要になる、と述べている[4]。双方の点検記録を見せ合う。
3. 同じ品物を双方で測る。くぼみの位置をずらして同じ部品を両方で測れば、品物のばらつきと測定のばらつきを分けられる。ビッカースでは、くぼみの対角線長さの誤差の 2 倍がビッカース硬さの誤差になり、初心者は標線をくぼみの内側に合わせてくぼみを小さく測ってしまうことが多い、と解説は注意している[4]。測定者による差も疑う。
4. 最終判断に使う測定を決めておく。双方の値がなお合わない場合に、どちらの測定(あるいは第三者の試験所)を最終判断に使うかを、発注時の仕様書に書いておく。ビッカースの規格は、不確かさの評価を JCGM 100:2008 に従って行うことが望ましいとし、直接検証に基づく方法と、認証標準物質(基準片)を使った間接検証に基づく方法を示している[1]。合否の境界付近の値をどう扱うかも、あらかじめ決めておくとよい。
不合格と判断した品物の扱いは、不適合報告書に何を書くかと不適合品の処置の決め方で扱っている。
成績書に載せる項目
JIS Z 2244-1 の試験報告書には、この規格によって試験した旨、試験片の識別に必要な情報、硬さの測定結果(表示の様式で)、規定範囲外の場合の試験温度、他の硬さに換算した場合の換算の基準と方法、平面の試験で対角線長さの差が 5 % を超えた場合の内容、曲面の試験で用いた補正係数、試験日、規格に規定されていない作業や任意とされる作業、結果に影響した環境条件の詳細の 10 項目を記載し、受渡当事者間の協定によって選択してもよいとされている[1]。
発注時に、このうちどれを成績書に載せるかを決めておく。少なくとも、硬さ記号と試験力を含む表示、測定位置、補正の有無、換算の有無は載せてもらうと、受入で値を比べられる。成績書の受け取り方と管理は試験成績書の作り方と管理で扱っている。
方法ごとの指定項目
3 つの方法について、表示の例と、試験片の厚さの条件を並べる。数値は各規格の記述[1][2][3]である。
| 方法(規格) | 表示の例 | 試験片・層の最小厚さ | 図面に書くこと(提案) |
|---|---|---|---|
| ビッカース(JIS Z 2244-1:2024) | 640 HV 30 | くぼみの対角線長さの 1.5 倍以上 | 試験力、測る位置(縁から 2.5 倍以上離す。チタン合金を除く軽金属・鉛・すずなどは 3 倍以上)、曲面補正の扱い |
| ロックウェル(JIS Z 2245:2021) | HRC、HRBW など | ダイヤモンド圧子は永久くぼみ深さの 10 倍、球圧子は 15 倍 | スケール、球の種類(W/S)、円筒面補正の扱い、表面の仕上げ |
| ブリネル(JIS Z 2243-1:2018) | 600 HBW 1/30/20 | くぼみの深さの 8 倍以上 | 球の直径と試験力、測る面(鋳肌か加工面か) |
基準は発注時に書く
硬さの数字だけが書かれた図面は、取適法の目線で見ると「検査基準が明確でない」状態に近い。取適法の対象となる取引では、そうした状態で違いを示せないまま受け取りを拒んだり返品したりすることは認められず、発注後に基準を厳しくして不合格にすることも認められない[6]。硬さの方法・試験力・位置が書かれていない図面で、受入で別の方法を使って不合格にすれば、その根拠は弱い。発注後に方法を変えたくなったら、仕様の変更として合意する。取適法上の扱いは受領拒否・返品・やり直しはどこまで許されるかで扱っている。
よくある質問
「HRC 58〜62」と書いてある既存の図面は、すべて書き直すべきですか
C スケールはスケールの記号で試験の条件が決まるので、範囲の書き方としては成立している[2]。足りないのは、測る位置、表面の仕上げ、曲面の補正の扱いである。図面を改訂する機会に注記として足すか、購買仕様書の側に書く。
仕入先が持ち運べる硬さ計で測っています。問題ありますか
JIS Z 2245 は、固定式と携帯式の試験機のロックウェル硬さ試験方法を規定している[2]。規格に沿った試験機で、点検の記録があるかを確かめる。ロックウェル以外の原理の携帯式硬さ計を使う場合は、図面で指定した方法とは別の試験になるので、受入の判定に使ってよいかを取り決める。
硬化層のある部品で、表面硬さと芯部の硬さの両方を指定すべきですか
機能上、芯部のねばさが必要なら芯部の硬さも指定する。その場合は断面で測ることになるので、測る位置と試験力を書く。硬化層深さの測り方は JIS G 0557 などの規格に沿って、熱処理の指定の側で決める。
まとめ
硬さは試験の方法で決まる工業量なので[4]、図面には範囲だけでなく、試験方法と試験力(スケール、球の種類)を書く[1][2][3]。試験力は部品の厚さと測りたい層で決まり、縁からの距離や曲面の補正の扱いも書いておく[1][2]。換算値で判定することは避け[1][3][5]、値が合わないときは条件の突き合わせ、点検記録、同じ品物の測り合い、最終判断に使う測定の順で切り分ける。これらを発注時の仕様書に書いておくことが、受入で合否を判断する前提になる[6]。
出典・参考資料
- JIS Z 2244-1:2024 ビッカース硬さ試験-第 1 部:試験方法(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2024 年 6 月 20 日改正)
- JIS Z 2245:2021 ロックウェル硬さ試験-試験方法(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2021 年 4 月 20 日改正)
- JIS Z 2243-1:2018 ブリネル硬さ試験-第 1 部:試験方法(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2018 年 2 月 20 日制定・2022 年 6 月 20 日確認)
- 山本卓「正しい硬さ試験の理解のために」精密工学会誌 75 巻 10 号(精密工学会/2009 年 10 月)
- JIS B 6914:2002 鉄鋼の浸炭及び浸炭窒化焼入焼戻し加工(追補 1:2010)(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2010 年 8 月 20 日改正・2025 年 10 月 20 日確認)
- 中小受託取引適正化法テキスト「下請法」から「取適法」へ(公正取引委員会・中小企業庁/令和 7 年 11 月)
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