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投稿日:2026年10月1日

調達で進める人権デュー・ディリジェンス——政府ガイドラインを発注実務に

この記事のポイント(結論先出し)

2026 年 10 月時点で、日本に人権デュー・ディリジェンス(人権 DD)を企業に義務づける法律はない。政府の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(2022 年 9 月)は法的拘束力を持たないが、規模や業種にかかわらず日本で事業を行う全ての企業に取組を求めており、国際取引をしていない会社も対象だと明記している[1]。政府の行動計画は 2025 年 12 月に改定され、2026 年度から新しい計画が始まった[3]。調達部門がまず変えるべきなのは、仕入先にアンケートを配ることより先に、自社の発注の出し方が仕入先の長時間労働や低賃金を助長していないかを見ることである。ガイドラインは、不当に廉価な価格で買っていないかという視点を明記し[1]、政府系の解説は不合理な短納期の発注で取引先に長時間労働が生じる例を「助長」に挙げている[2]。仕入先に取組を求めるときは、契約上の立場を利用して一方的に過大な負担を負わせると、下請法(現在の取適法)や独占禁止法に抵触する可能性がある[1]。

前提——法的義務ではないが、対象は「全ての企業」

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人権 DD は、事業活動が人権に与える負の影響を特定・評価し、防止・軽減し、その実効性を評価し、説明・情報開示する、という一連の取組を指す。日本では、関係府省庁でつくる「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議」が 2022 年 9 月にガイドラインを決定した。ガイドラインは自らについて「法的拘束力を有するものではない」と書いたうえで、企業の規模や業種にかかわらず、日本で事業活動を行う全ての企業(個人事業主を含む)が、国内外の自社・グループ会社とサプライヤー等の人権尊重の取組に最大限努めるべきだとしている[1]。ここでいうサプライヤー等は、直接の取引先に限られない[1]。

「うちは国内の仕入先としか取引していないから関係ない」という読み方は、ガイドライン自身が否定している。付属の Q&A は、直接の取引先が全て国内企業で国際的な事業をしていない企業でも、国際スタンダードに則った取組に努めるべきだと答え、さらに、海外企業と直接の取引がなくてもサプライチェーンを通じて間接的につながっており、取引先から取組を求められることが増えていると説明している[1]。

政府の動きも続いている。政府の「ビジネスと人権」に関する行動計画は 2025 年 12 月 24 日の連絡会議で改定版が承認され、新しい計画は 2026 年度から始まっている[3]。改定版は、大企業を中心に人権 DD の認知度と実施率が高まりつつある一方で、国内企業の大半を占める中小企業の理解を進めることを課題に挙げ、従業員数 499 人以下の企業では「取組に着手できていない」「内容を理解していない」とする企業の割合が 7 割程度に上るという経団連の調査結果を引いている[3]。公共調達でも、政府は 2023 年 4 月、入札説明書や契約書に「ガイドラインを踏まえて人権尊重に取り組むよう努める」旨の記載を入れていく方針を決めている[4]。

一方、欧州と取引のある会社には別の圧力がかかる。ジェトロの 2026 年 6 月の分析は、EU の規則の簡素化で日系企業の多くが直接の対象から外れる見込みであるとしながら、取引先の調達方針に基づく情報提供の要請や監査、認証取得などで、サステナビリティーの取組は欧州ビジネスで必須になっていると書いている[5]。EU の個別の規制については、CSDDD と日本の仕入先、EU の強制労働製品禁止規則の記事で扱う。この記事は、どの規制の対象になるかにかかわらず調達部門が進めておくことを扱う。

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ガイドラインの手順を、調達の仕事に置き換える

ガイドラインは、人権方針の策定、人権 DD(特定・評価/防止・軽減/実効性の評価/説明・情報開示)、救済、という構成になっている[1]。特定・評価の前提として、自社製品・サービスの追跡可能性を確保するために自社のサプライヤー等を把握しておく必要がある、とも書いている[1]。この手順を調達部門の仕事に置き換えると、次の表になる。右の列はガイドラインの要求そのものではなく、調達の実務でどう形にするかの提案である。

ガイドラインの段階 ガイドラインが示すこと 調達部門での形(提案)
人権方針 経営陣の承認、取引先への期待の明記、公開と周知、調達指針などへの反映[1] 調達方針・サプライヤー行動規範に、人権方針のどの部分を仕入先に期待するかを書く
特定・評価 リスクが重大な事業領域の特定(セクター・製品・地域・企業固有のリスク)、発生過程の特定、企業の関わりの評価、優先順位付け[1] 仕入先台帳に、品目・国・工程(外注の有無)を足し、リスクの高い組み合わせから見る
防止・軽減 引き起こし・助長している場合は停止と再発防止、直接関連の場合は影響力の行使・支援[1] まず自社の発注条件(価格・納期・仕様変更の出し方)を見直し、そのうえで仕入先と改善を話し合う
実効性の評価 取組が効いたかを継続して確かめる[1] 仕入先評価・監査の結果と、改善の約束の進み具合を記録して年に一度は見直す
説明・情報開示 懸念を表明されたときに講じた措置を説明できること[1] 顧客から質問票が来たときに出せる記録(方針・調査の範囲・結果・対応)をそろえておく
救済 苦情処理メカニズムの確立・参加[1] 仕入先の従業員も使える窓口があるかを、仕入先との話し合いの項目に入れる

事業領域が限られた企業、特に小規模な企業は、最初の「リスクが重大な事業領域の特定」を省略することもできるとガイドラインは注記している[1]。全ての取引先を一度に調べる必要はない。ガイドラインは、より深刻度の高い負の影響から優先して取り組むべきだとし、深刻度は規模・範囲・救済困難度の 3 つの基準で判断し、経営リスクの大小を基準にはしないとしている[1]。

調達が「助長」してしまう場面を先に潰す

ガイドラインは、企業と負の影響の関わり方を、自社が引き起こしている場合、助長している場合、自社の事業・製品・サービスと直接関連している場合に分けて評価するよう求めている[1]。ジェトロの解説は「助長している」の例として、自社が不合理な短納期で発注した結果、取引先で長時間労働が生じることを挙げている[2]。調達部門が最も直接に動かせるのはこの部分である。

ガイドラインは、影響評価の視点の一つとして、サプライヤーから調達する製品・サービスの価格が不当に廉価ではないかという視点に留意する必要があると書き、仕入先から「児童労働を排除するために、市場価格より不当に安い現状の納入価格を上げてほしい」と言われ、調達先を確認したところ児童労働が懸念される地域だったため値上げを受け入れる、という例を示している[1]。価格交渉と人権の取組は別々の担当者が持っていることが多いが、ガイドラインはこの二つをつなげて見るよう求めている。

ガイドラインは、自社が引き起こし・助長している負の影響への措置の例として、調達の業務手順そのものを挙げている。サプライヤーの生産設備や生産能力に基づく発注計画をサプライヤーと協議しながら立案すること、事前に合意した数量・納期で発注し、サプライヤーの同意なしに数量や納期を変更しないことを調達方針に明記し、調達関連部門の従業員に定期的にトレーニングを行う、という例である[1]。人権 DD というと仕入先を調べる仕事に見えるが、ガイドラインが最初に挙げる手当ての一つは、発注する側の手順の見直しである。

実務では、次の 3 点を発注の記録から見直すとよい(提案)。

1. 納期を短く切った発注の頻度
急な割り込みや短納期の発注が特定の仕入先に偏っていないか。仕入先の残業や休日出勤の原因が自社の発注の出し方にあるなら、それは仕入先の問題ではなく自社の問題として扱う。

2. 原価が上がっているのに据え置いている単価
最低賃金の引上げや材料費の上昇を反映せずに単価を据え置いていないか。取適法でも、価格の協議に応じないことや、著しく低い単価を定めることは問題になる。考え方は買いたたきの判断基準の記事にまとめている。

3. 発注後の仕様変更とやり直し
仕様を後から変えて、追加の費用や時間を仕入先に負わせていないか。

仕入先に取組を求めるときの線——取適法と独占禁止法

人権 DD を始めると、仕入先に行動規範への同意や自己評価アンケートへの回答、監査の受け入れを求めることになる。ガイドラインはここに明確な注意を書いている。企業が製品やサービスを発注するに当たり、その契約上の立場を利用して取引先に対し一方的に過大な負担を負わせる形で人権尊重の取組を要求した場合、下請法や独占禁止法に抵触する可能性がある。取組を要請する企業は、取引先と十分な情報・意見交換を行い、その理解や納得を得られるように努める必要がある[1]。影響力を行使するときも、競争法(日本では独占禁止法や下請法等)に抵触しないよう留意する必要がある、とも注記している[1]。

なお、ガイドラインが書かれた時点の「下請法」は、2026 年 1 月 1 日から「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(取適法)に改められている。改定後の行動計画もその旨を注記している[3]。何が変わったかは下請法から取適法への改正の記事で扱っている。

費用の負担については、付属の Q&A が考え方を示している。人権尊重責任は各企業が協力して初めて果たせるものであり、具体的な協力の内容は当事者同士の対話・協議で合意することが期待される。例えば、より人的・経済的リソースのある企業が、他の企業による人権尊重の取組のためのコストを負担することが考えられる。ただし、個々の企業が自ら取組を実施することも求められている、という整理である[1]。発注側が監査費用や認証取得費用を一方的に仕入先に負わせる、回答しなければ取引を減らすと示唆する、といった進め方は避ける。

自己評価アンケートと監査の使い方

ガイドラインは、サプライヤーに CSR 調達方針の説明会を開き、年 1 回の自己評価アンケートへの回答を依頼し、その結果を踏まえてリスクを調査する、という例を挙げている。そのうえで、形式的でない実質的な回答を得るために、アンケートの実施に当たってサプライヤーとの対話の機会を持つことも例に入れている[1]。配って回収するだけでは、記入欄が埋まった紙が集まるだけで、リスクの特定にはつながりにくい。

現地調査について Q&A は、常に実施する必要はないとしたうえで、工場の労働環境の確認は現地に赴かなければ確認しづらいことも多く、最も効果的な方法の一つだとしている。現地調査が難しい場合は、書面調査や現地のステークホルダーとのオンラインでの対話も考えられる。深刻度が高い負の影響に絞って現地調査をする、現地の専門家に監査を依頼する、といった負担の軽減も挙げつつ、全てを委ねることは極力避けることが望ましいとしている[1]。監査の段取りと記録の残し方はサプライヤー監査のやり方、評価結果の点数化はサプライヤー評価の項目と点数化の記事に書いている。

見る相手として、ガイドラインは脆弱な立場に置かれやすい人々への特別な注意を求め、外国人、女性、子ども、障害者などを例に挙げ、技能実習生を含む外国人の調査では対象者にとってコミュニケーションが容易な言語を用いる例を示している[1]。製造業の仕入先では外国人労働者が多い現場もあるので、育成就労制度と仕入先の人手の確認の記事とあわせて読んでほしい。

契約に入れる条項と、取引停止の位置づけ

ガイドラインは、取引先との契約に、現地国の労働法などの法令違反を理由とする解除条項のほか、人権尊重の取組に関する契約上の義務違反を理由とする解除条項を規定しておくことが考えられるとしている。例えば、取引先に自社の調達指針の遵守義務を課し、不履行が確認されたら改善措置を要求でき、それでも守られない場合に解除できる、という形である。ただし、解除の要件の内容にかかわらず、取引停止(契約解除)は最後の手段として検討されるものであることに留意が必要だと書いている[1]。基本取引契約書の構成は基本取引契約書とはの記事を参照してほしい。

取引停止を急がない理由は Q&A に書かれている。直ちに取引を停止すると、自社と負の影響との関連はなくなるが、負の影響そのものはなくならず、注視の目が届きにくくなったり、相手企業の経営状況が悪化して従業員の雇用が失われたりして、かえって深刻になる可能性がある。経営リスクの増大を抑えるために取引を停止することは、人権尊重の取組の基本的な考え方に合致しない、とまで書いている[1]。ジェトロの解説も、強制労働が発覚した場合に直ちに契約を解消してもそれ自体で強制労働は止まらず、労働者の状態が悪化しかねないとし、まずは関係を維持したうえで改善に向けて強く働きかけることが第一の対応として求められると説明している[2]。

ただし、輸出先の法律が輸入そのものを止める場合は話が別である。米国のウイグル強制労働防止法のように、特定の地域や事業者が関わる製品の輸入を原則禁止する制度では、改善を待つ前に通関で止まる。ガイドラインも、国家等の関与により実態を確認できない、または企業の力では負の影響を防止・軽減できない場合には、取引停止も検討する必要があるとしている[1]。

よくある質問

2 次取引先より先も調べなければならないのか

Q&A は、直接の取引関係にない 2 次取引先以降の負の影響も対象になるとしたうえで、全てに直ちに取り組むのは困難なことが多いので、深刻度の大きいものから優先し、まず自社と直接の取引先で自社が引き起こし・助長している負の影響に対応し、その後に間接的な取引先へ広げていく、という順序を示している[1]。仕入先の数が多く追跡が難しい場合は、なぜ把握に限界があるのかを対外的に説明できるようにしておくことが望ましい、とも書いている[1]。

人権方針を作る前に人権 DD を済ませる必要があるか

Q&A は、人権方針の策定に際して人権 DD の実施が求められるわけではないとしている。ただし、自社の実情と乖離した方針にならないよう、サプライヤー等とステークホルダーを把握しておくことが望ましいとしている[1]。調達部門としては、仕入先台帳に国・工程・外注の有無が入っているかを確かめるのが最初の作業になる。

懸念を指摘されたら、必ず対応しなければならないか

Q&A は、慎重に検討した結果、客観的に見て主張に合理的な根拠がないと判断される場合は対応を行わないことも肯定されるとしつつ、どの情報と判断過程に基づいてそう判断したかを説明できることが重要だとしている[1]。調べた記録を残しておくことが、ここでも効いてくる。

まとめ

人権 DD は日本では法的義務ではないが、政府のガイドラインは全ての企業に取組を求め、2026 年度からは改定後の行動計画が動いている。調達部門の出発点は、仕入先に書類を出させることではなく、短納期の発注や据え置いた単価が仕入先の労働条件を悪くしていないかを自社の記録で確かめることである。仕入先に取組を求めるときは、一方的な負担にならないよう話し合いで進め、取引停止は最後の手段として扱う。輸出先の制度が輸入そのものを止める場合だけは、別の時間軸で判断が要る。

出典・参考資料

  1. 責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン(参考資料 Q&A を含む)(ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議/令和 4 年 9 月・厚生労働省掲載)
  2. 「ビジネスと人権」早わかりガイド(日本貿易振興機構(ジェトロ)/2024 年 1 月)
  3. 「ビジネスと人権」に関する行動計画(改定版)(ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議/2025 年 12 月 24 日承認・内閣官房掲載)
  4. 公共調達における人権配慮について(ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議決定/令和 5 年 4 月 3 日)
  5. EU人権・環境政策の転換点(2)日系企業はどう対応すべきか(日本貿易振興機構(ジェトロ)地域・分析レポート/2026 年 6 月 12 日)

人権の確認を、仕入先評価の項目と取引条件に組み込む

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