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熱設計・熱回路網法の基礎とシミュレーションの応用

【結論先出し】熱回路網法(Thermal Network Method)は、電子機器・パワー半導体の熱設計において、設計初期から実装後まで一貫して使える最もコスパの高い解析アプローチです。CFDや有限要素法(FEM)と組み合わせることで、試作前に温度上昇リスクを定量化でき、後工程での手戻りコストを大幅に削減できます。調達・購買の立場から見ると、部品選定・放熱材料の仕様策定・サプライヤーへの品質要求基準の明確化に直結する技術知識です。
目次
熱設計を「後回し」にするとどこで詰まるか
製造業の調達現場で製品開発工程を見ると、熱設計の議論が「試作後の問題解決フェーズ」で突然浮上するケースが後を絶ちません。電子部品の高密度実装が進む今、設計段階の熱マネジメントが不十分なまま量産移行すると、フィールドでの不具合・リコール対応コストが設計段階の対策費の数倍から数十倍に膨らむという経験則が業界にはあります。
当社では累計200社以上のサプライヤー視察を通じて、「部品スペックを正しく調達したはずなのに製品が壊れる」という不具合の根因を掘り下げると、ジャンクション温度の管理基準が設計者とサプライヤーの間で食い違っていたという事例を繰り返し確認してきました。熱設計の基礎知識は、設計部門だけのものではなく、調達担当者が部品仕様書を読み解き、適切な品質要求をサプライヤーに伝えるための最低限の武器です。
熱移動の3モードと電子機器設計への影響
熱が移動するメカニズムは物理学上、熱伝導・対流・放射(輻射)の3つに集約されます。電子機器の熱設計では、これら3モードが同時並行で働いており、どのモードが「ボトルネック」になっているかを見極めることが出発点です。
- 熱伝導(Conduction):固体内部を熱が拡散するプロセス。ダイアタッチ材・はんだ接合部・放熱基板の材料選定に直結。
- 対流(Convection):流体(空気・冷却液)の動きで熱が運ばれる。ファン設計・風路設計・液冷システム設計に影響。
- 放射(Radiation):電磁波(赤外線)で熱が輸送される。真空中や高温域では無視できないが、通常の電子機器では相対的に寄与が小さい。
半導体パッケージの熱設計では、ジャンクション(素子接合部)からケース、基板、最終的に環境空気へと至る「熱の経路」を chain of resistances(熱抵抗の連鎖)として把握するのが基本です。
ITRS(国際半導体技術ロードマップ)の予測によると、14nm 世代の高性能チップの電力密度は100 W/cm² を超えるため、ジャンクションから雰囲気までの熱抵抗は0.2℃/W 未満にする必要がある
とされており、素子の微細化が進むほど熱密度管理の許容範囲が極端に狭まっています。[1]
熱回路網法の本質——電気回路との類比で理解する
熱回路網法の最大の特長は、「熱の問題を電気回路の問題に置き換えて解ける」点にあります。物理的な対応関係を整理すると、電圧→温度、電流→熱流束(熱流量)、電気抵抗→熱抵抗、キャパシタ→熱容量、電源→発熱源、という完全な一対一対応が成立します。
この対応関係が成立するのは、熱伝導の基本方程式であるフーリエの法則(Q = -λA・ΔT/Δx)と電気回路のオームの法則(I = V/R)が数学的に同一の構造を持つからです。熱抵抗 Rth は温度差 ΔT を熱流量 Q で割った値(Rth = ΔT/Q)として定義され、
「熱抵抗とは、素材の熱の伝わりにくさを表す指標で、任意の2点間について温度差を熱流量で除した値として定義されている」
とNEDO・産総研の研究でも定義されています。[2]
熱容量(熱キャパシタンス)を回路に加えると、非定常解析(過渡熱解析)が可能になります。これにより、パワー半導体がスイッチング動作中に発生するパルス状の熱や、起動停止サイクルによる熱疲労を時系列で評価できます。
EU製造業者が1990年代半ばに標準化した熱抵抗ネットワークモデル DELPHI は定常解析に限定されていたが、D²ELPHIモデルはDELPHIをベースに熱容量を追加して過渡シミュレーションに対応している
という経緯が、JEITAとの共同研究で明らかになっています。[3]
調達現場で押さえるポイント
半導体部品の熱抵抗値(θjc:ジャンクション-ケース間、θjb:ジャンクション-基板間)はデータシートに掲載されていますが、これらは定常状態の値です。モーター駆動用インバータや電源装置のように負荷が頻繁に変動するアプリケーションでは、過渡熱抵抗データ(Zth曲線)の取得をサプライヤーに要求することが、製品信頼性を担保するうえで欠かせません。データシートに過渡特性が記載されているかどうかを調達チェックリストに追加するだけで、現場での想定外不具合を防げます。
熱回路網モデルの種類と使い分け
実務では、モデルの精度と計算コストのトレードオフに応じて複数のモデルが使い分けられます。
DELPHI モデルは JEDEC JESD15-4 で規定されているが、詳細モデルは明確な規格がなく、作成する半導体デバイスメーカによりモデルの抽象度が異なる
という現実があります。[3]そのため
JEITA ではこの課題を解決するため、熱解析結果への寄与が大きいパラメータを特定し、最小限の入力情報で高精度な JTAM モデル(JEITA Thermally Accurate Model)を開発し、ユーザーが部品比較を容易に実施できる環境を構築した
とされています。[4]
| モデル種別 | 規格/標準 | 定常解析 | 過渡解析 | 計算速度 | 精度 | 主な用途 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2抵抗モデル(θjc/θjb) | JEDEC JESD51 | ✅ | ❌ | ◎ 最速 | △ 低め | 初期設計・部品比較 |
| DELPHIモデル | JEDEC JESD15-4 | ✅ | ❌ | ○ 速い | ○ 中程度 | システムレベル定常解析 |
| D²ELPHI(動的DELPHI) | JEITA ED-7800 | ✅ | ✅(1ms以上) | ○ 速い | ◎ 高い | インバータ・モータ制御 |
| JTAMモデル | JEITA ED-7500B準拠 | ✅ | ✅ | ○ | ◎ | メーカ横断比較・部品選定 |
| 熱回路網法(1次元) | — | ✅ | ✅ | ◎ | △~○ | 初期設計・感度解析 |
| 有限要素法(FEM)熱解析 | — | ✅ | ✅ | △ 遅め | ◎ | パッケージ内部・詳細形状 |
| CFD解析(熱流体) | — | ✅ | ✅ | × 最も遅い | ◎◎ | 筐体・冷却系全体設計 |
| 熱回路網法(3D積層チップ) | — | ✅ | ✅ | ○ | ○ | 3D-IC・チップレット設計 |
| モデルベース設計(MBD)統合 | — | ✅ | ✅ | ○ | ◎ | 制御系含む全体設計最適化 |
| 熱等価回路(空調・熱交換器) | — | ✅ | ✅ | ◎ | ○ | HVAC・熱交換器パス設計 |
※ ◎=優秀、○=良好、△=要注意、×=不向き。用途に応じて複数手法を併用することが実務の標準。
CFD解析と有限要素法——熱回路網法との連携が鍵
熱回路網法が設計初期段階の「感度解析」に向いているのに対し、CFD(Computational Fluid Dynamics)や有限要素法(FEM)は詳細検証フェーズで真価を発揮します。
構造解析・熱解析には有限要素法(FEM)が主流で採用されており、FEMは微分方程式を近似的に解くための数値解析手法である
とエレクトロニクス実装学会誌でも整理されています。[5]
実務上の判断軸として、当社が電気電子・パワーエレクトロニクス領域のサプライヤーを視察した際に確認してきたのは、「CFDを使っているか否か」ではなく「熱回路網法の初期モデルとCFD結果を突合して乖離を定量管理しているか」という点です。両者を組み合わせないと、CFD解析の計算コストが高いため試作前後のサイクルが遅くなり、設計変更が後手に回ります。
電子機器の熱設計にCFD解析を応用するベンチマーク研究では、複雑なプリント配線板構造のため精密計算には多数のグリッドが必要となり、従来のPCでの計算が困難になった
という課題が日本機械学会熱工学コンファレンスでも報告されており、大規模モデルほど解析コストを意識した階層的アプローチが求められます。[6]
3D積層チップと高電力密度デバイスへの熱回路網法の展開
3D-ICやチップレットが普及するに伴い、熱回路網法の適用範囲は大幅に広がっています。
3次元積層構造では、従来の単層チップと比較して熱発生密度が大幅に上昇するため熱設計が非常に重要となり、CFDでは解析時間が長くかかるため、熱回路網解析を積層チップの熱設計に適用して内部の熱抵抗低減手法が検討されている
と日本機械学会の研究でも報告されています。[7]
パワー半導体の観点では、SiCやGaNといった次世代ワイドバンドギャップ半導体の実用化が熱管理の難易度をさらに引き上げています。
SiCの熱伝導率はSiの3倍ほど高いため高い放熱効果があり、高温条件でも動作が可能
という素材特性がある一方、
酸化ガリウム(Ga₂O₃)は熱伝導率が非常に小さく、発熱量が大きいパワー半導体に応用すると熱暴走するという課題がある
ことも明らかになっています。[8]このように材料ごとに放熱特性が異なるため、部品選定段階から熱抵抗の絶対値を比較できるモデルの標準化が求められます。
調達現場で押さえるポイント
金属加工・樹脂成形・化学・電気電子・組立完成品の5ジャンル横断で調達対応してきた経験から言えば、SiC/GaNモジュールの調達では「最大接合温度(Tjmax)」と「熱サイクル耐性(−40〜150℃での冷熱サイクル回数)」の両方を仕様書に明記しないと、サプライヤー間の比較が成立しません。特に車載向けでは、
模擬発熱で既存材比−10℃をクリアし、冷熱サイクル1,000回(−40〜150℃)で信頼性を確認
したレベルの評価データを要求することが国内サプライヤー選定の実質的な基準になっています。[9]
モデルベース設計(MBD)への統合——熱回路網法の現代的位置づけ
熱回路網法は単体で使うだけでなく、制御系シミュレーションや回路シミュレーターと連成させることで、製品開発全体のデジタルツイン基盤として機能します。
モデルベースデザインに基づく印刷過程の熱設計において、熱回路網法に基づくプラントモデルを用いた電子機器の熱設計は新しい考え方ではないが、多様化した消費者のものづくりへの要求に対し、設計要素を自在に考え冒険的な製品設計の探索が求められる
という議論が学術誌でも展開されており(2025年4月公開)、MBD文脈での熱回路網法の再評価が進んでいます。[10]
実装現場でのCFDと熱回路網モデルの役割分担は明確です。筐体内の流れ場(空気流速・圧力分布)はCFDで解き、その結果から得た境界条件(熱伝達係数)を熱回路網法のノードに受け渡すという「カスケード連成」が、精度とコストのバランスが最も取れるアプローチです。製造業の調達購買10年以上の経験から見ると、この連成手法を理解しているサプライヤーほど、量産移行後の品質トラブルが少ない傾向があります。
放熱材料・放熱基板の選定と調達判断軸
熱設計は机上の解析だけで完結せず、放熱材料・TIM(サーマルインターフェースマテリアル)・放熱基板の調達仕様に落とし込まれて初めて製品に反映されます。
高放熱セラミックス基板では量産機で熱伝導率214 W/m·Kを達成し、試験系では230 W/m·K級を達成、模擬発熱で既存材比−10℃をクリアした
という研究開発成果がmeti.go.jpのGo-Techナビで報告されており、[9]放熱基板の熱伝導率向上が実機での素子温度に直接換算できることが実証されています。
調達担当者が放熱材料を選ぶ際に見落としがちなのが「界面熱抵抗」です。素材単体の熱伝導率が高くても、接合部の密着性が悪ければ界面での熱抵抗が支配的になり、システム全体の冷却性能が想定を下回ります。熱回路網法で言えば、各ノード間の接触抵抗(Rcontact)が回路全体のボトルネックになるイメージです。
中国・東南アジアのサプライヤー網で典型的に見られるのは、熱伝導率の数値だけを仕様書に記載し、界面熱抵抗測定条件を省略しているケースです。実装後に「スペック通りなのに温度が下がらない」という問題が起きた場合、その多くは界面の接合状態に起因しています。発注仕様書には熱伝導率(W/m·K)と界面熱抵抗(cm²·K/W)の両方を必須記載項目にすることを推奨します。
SiC・GaN時代の熱設計調達——2030年に向けた視点
パワー半導体の世界では、SiCとGaNが次世代の主役として急速に市場に浸透しています。
次世代パワー半導体(SiC、GaN、Ga₂O₃)は、自動車の電動化・再生可能エネルギー・データセンターの増加といった社会的要因によって需要が拡大する見通しである
と経済産業省の産業構造審議会資料でも明示されており、[11]2030年に向けた調達戦略において熱設計能力を持つサプライヤーの確保が競争優位に直結します。
NEDOのグリーンイノベーション基金事業では、2030年までに8インチ(200mm)SiCウェハにおける欠陥密度1桁以上の削減およびコスト低減
を目標に掲げており、[12]ウェハコストの低下に伴いSiCパワーデバイスの採用が加速することが想定されます。SiCデバイスは高温動作が可能である半面、接合温度管理がSiデバイスとは異なるため、熱回路網法によるジャンクション温度予測の重要性がむしろ高まります。
また、
省エネのためには未利用熱を削減(Reduce)・回収・再利用(Reuse)し、さらにほかのエネルギー形態に変換(Recycle)する「熱の3R」に向けた熱機能材料やデバイスを開発し、社会実装することが必要
というNEDOの方針のもとで、熱設計の最適化は省エネルギー政策とも一体化しています。[13]調達購買部門として「放熱性能の高い部品を選ぶ」という判断は、製品信頼性の向上と同時にカーボンニュートラル目標への寄与にもなり得る視点です。
調達・購買部門が熱設計知識を持つべき理由——実務的まとめ
熱設計・熱回路網法の知識は、設計者だけが持てばよいというものではありません。以下の場面で、調達担当者がこの知識を持っているかどうかで意思決定の質が変わります。
- 部品選定時:熱抵抗値(θjc/θjb)・過渡熱抵抗(Zth)・最大接合温度(Tjmax)の意味を理解し、複数サプライヤーを同一基準で比較できる。
- サプライヤー評価時:熱解析能力(CFD・FEM・熱回路網法の使い分け)をサプライヤーが持っているかを確認できる。
- 仕様書作成時:熱設計に必要な検証条件(環境温度・発熱量・冷却方式・界面熱抵抗)を正確に記載できる。
- 不具合対応時:「熱問題か、電気的問題か、機械的問題か」を初期トリアージできる。熱解析ログの妥当性を判断できる。
調達現場で押さえるポイント
製造業の調達購買10年以上の経験から言うと、「熱の問題はエンジニアに任せればいい」という姿勢の調達担当者ほど、サプライヤーとの交渉時に技術的な根拠を示せず、価格交渉が値引き要求だけになりがちです。θjc・θjb・Zthといった基本的な熱抵抗指標を理解したうえで「この用途ではZthカーブが必要です」と言える調達担当者は、サプライヤーからも設計部門からも信頼を得やすく、ひいてはより良い部品・材料の情報提供を受けやすくなります。
出典
- JEITA半導体部会 STRJ – ITRS 2009 アセンブリ&パッケージング(日本語版)
- NEDO – 高精度な熱電デバイスの変換効率評価装置を開発
- J-STAGE – 過渡解析に用いる半導体パッケージの熱回路網モデルD²ELPHIの開発と規格策定(日本機械学会熱工学コンファレンス2019)
- J-STAGE – JTAMモデル(JEITA Thermally Accurate Model)の開発(日本機械学会熱工学コンファレンス2019)
- J-STAGE – エレクトロニクス実装学会誌 Vol.17 No.6 熱解析・有限要素法の解説
- J-STAGE – 電子機器の熱設計にCFD解析を応用するためのベンチマークデータの取得(日本機械学会2007)
- J-STAGE – 熱回路網法による3次元積層チップ内熱抵抗低減手法の検討(日本機械学会2010)
- NEDO若手研究者産学連携プラットフォーム – 酸化ガリウムパワー半導体の放熱基板との次世代複合ウェハ開発
- 経済産業省 Go-Techナビ – パワー半導体の高密度実装に対応した高放熱セラミックス基板の開発(U-MAP社)
- J-STAGE – 価値の創出に向けMBDに期待したいこと―サーマル印刷の熱回路網法を例に―(情報科学技術協会誌 2025年4月)
- 経済産業省産業構造審議会 – グリーンイノベーション基金事業「次世代デジタルインフラの構築」プロジェクト研究開発・社会実装計画
- NEDO – グリーンイノベーション基金事業 次世代パワー半導体デバイス製造技術開発(SiC 8インチウェハ目標)
- NEDO – 熱機能材料の熱伝導率を手軽で高精度に計算するソフトウエア「P-TRANS」を開発
※ 出典リンクは2026年5月13日時点でリンク到達性を確認しています。
熱設計・放熱部品の調達で、こんな課題を抱えていませんか?
- 「サプライヤーから熱抵抗データを取得しても、比較評価の基準がわからない」
- 「熱回路網モデルを持っていないサプライヤーと品質要求の議論が噛み合わない」
- 「SiC/GaN対応の放熱基板・TIM材料の新規サプライヤーを探しているが、技術要件の整理が追いつかない」
- 「設計部門と調達部門の間で熱設計仕様の共通言語が作れていない」
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