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振込手数料を代金から差し引いてよいか——取適法で変わった扱いと、負担の決め方・書き方

この記事のポイント(結論先出し)
振込手数料は、民法の原則では支払う側が持つ費用で、「先方負担」はそれを入れ替える特約にすぎない[2]。取適法の対象になる取引では、この特約を結んでいても、手数料を代金から差し引けば違反として扱われる[1]。一括決済方式や電子記録債権の受取手数料を相手に持たせるのも、合意の有無にかかわらず支払遅延になる[1]。決済の都合で相手が一時的に立て替える形は、事前の書面合意・期日までの補填・記録の 3 条件がそろえば問題にならない[1]。対象外の取引なら特約で決められる(ただし相手が自社より規模の小さい中小企業で、継続的な委託なら、振興基準は取適法の対象外の取引でも発注側が持つことを求めている[1])が、その場合は売手側の消費税の処理に合わせて、買手が請求書や精算書を出す必要が出ることがある[4]。手を付ける順番は、取引を対象判定で分ける、支払データと契約の文言を直す、決済手段の手数料の補填を段取りする、の三つである。
目次
振込手数料は、本来どちらが持つ費用か
出発点は民法である。民法第 485 条は、弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は債務者の負担とすると定めている[2]。代金を払う義務を負っているのは買う側(発注側)なので、振込にかかる手数料は、何も取り決めなければ発注側が持つことになる。同じ条文のただし書きは、債権者が住所の移転などで費用を増やした場合だけ、その増えた分を債権者に負わせている[2]。
実務でよく見る「振込手数料は貴社負担」「先方負担で差し引いて振り込む」という運用は、この原則を契約で入れ替えている形になる。民法は「別段の意思表示」があれば入れ替えを認めているので、一般の売買であれば、当事者が合意した内容がそのまま効く。問題は、この入れ替えが許されない取引があることだ。それが取適法(製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律)の対象になる取引である。
取適法の第 5 条第 1 項第 3 号は、中小受託事業者の責めに帰すべき理由がないのに代金の額を減ずることを禁じている[5]。振込手数料を差し引いて払うことはこの「減ずること」に当たる、というのが公正取引委員会と中小企業庁の整理である。減額の禁止の全体像、名目の一覧、合意があっても救われない理由は代金の減額に当たる行為と当たらない行為で扱っているので、この記事では振込手数料だけに絞る。
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2026 年 1 月に、何が入れ替わったのか
下請法の時代は、受注側が手数料を負担する旨を書面で合意していれば、発注側が実際に払った手数料の範囲で差し引くことが認められていた。この運用は、法律の名前が取適法に変わるのに合わせて見直された。公正取引委員会の改正ポイント説明会の資料は、運用基準を改める項目の一つとして「振込手数料の負担等」を挙げている[3]。
見直し後の考え方は、取適法テキストの想定問答に一問一答で書かれている。受注側の了解を得たうえで、代金を受注側の口座に振り込む際の手数料を代金から差し引いてよいか、という問いに対し、手数料を受注側が負担する旨の合意の有無にかかわらず、差し引くことは違反として問題となると答えている[1]。書面合意も、実費の範囲という限定も、もう判断の材料にならない。
テキストの別の箇所、支払方法などを取引先へまとめて通知する文書の記載例でも、注記として、代金を受注側の口座へ振り込む際の手数料は委託事業者が負担する必要がある、と書かれている[1]。記載例の本文にも「振込手数料については、当社が負担するものとします」という一文が入っている[1]。迷ったら、この一文を自社の通知や契約の文言と突き合わせればよい。
なお、名目や金額の大きさは判定に関係しない。テキストは減額の禁止について、減額の名目や方法、金額の多少は問われず、発注の後のどの時点で減じても違反になる、という立場をとっている[1]。1 件あたり数百円の手数料でも、件数が多ければ年間ではまとまった金額になり、遅延利息の計算の対象にもなる。
振込手数料が問題になる 4 つの場面
振込手数料の扱いは、銀行振込だけの話ではない。決済の手段を変えたとき、相手からお金を受け取るときにも同じ問題が出る。テキストに書かれている場面を、発注側の動きで 4 つに分けると次のようになる。①②は合意があっても違反になるが、③は条件がそろえば問題にならず、④は事案ごとの判断になる。
| 場面 | 取適法での扱い | 該当する規定 | 合意で救われるか |
|---|---|---|---|
| ① 銀行振込の手数料を代金から差し引く | 減額 | 第 5 条第 1 項第 3 号 | 救われない |
| ② 一括決済方式・電子記録債権の受取手数料やシステム手数料を相手に持たせる | 支払遅延 | 第 5 条第 1 項第 2 号 | 救われない |
| ③ 決済の都合で相手が一時的に手数料を立て替える形になる | 補填と記録がそろえば問題にならない | 第 5 条第 1 項第 2 号・第 7 条 | 事前の書面合意が条件の一つ |
| ④ 相手に自社口座へ振り込ませる金銭の手数料まで持たせる | 過去の勧告事例では不当な経済上の利益の提供要請の一部 | (旧)第 4 条第 2 項第 3 号 | 事案ごとに判断 |
① 銀行振込の手数料を差し引く
いちばん多い型で、前の節で見た想定問答がそのまま当てはまる[1]。支払データを作るシステムに「手数料先方負担」の設定が残っていると、担当者が意識しないまま毎月差し引き続けることになる。取引先マスタの設定項目と、支払明細の控除欄の両方を見る必要がある。支払明細の作り方そのものは支払通知書(仕入明細書)の記事で扱った。
② 決済手段の手数料を持たせる
振込をやめて一括決済方式や電子記録債権で払う場合、受注側には受取手数料やシステム手数料がかかることがある。テキストは、これらを受注側に負担させることは、合意の有無にかかわらず支払遅延として違反になると答えている[1]。ここは減額ではなく支払遅延の規定で処理されている点に注意したい。第 5 条第 1 項第 2 号は、支払期日までに代金の額に相当する金銭と引き換えることが困難な支払手段を使うことを支払遅延に含めており[5]、テキストはその例として、受注側が決済に伴う受取手数料(決済手数料や振込手数料など)を負担する必要があるものを挙げている[1]。満額の現金が期日に手元に届かない、という整理である。
③ 一時的な立替えになるとき
決済の仕組みの都合で、受注側がいったん手数料を払う形になることは避けられない場合もある。テキストは、この場合について、あらかじめ書面で合意したうえで、支払期日までに受取手数料に相当する額を別途支払うなどして、受注側が支払期日に代金の満額に相当する現金を受け取った状態を確保する必要がある、と答えている[1]。さらに、その旨を第 7 条の書類等として作成・保存する必要があるとしている[1]。記録の作り方は発注の記録を 2 年残す方法を参照してほしい。
ここで大事なのは、合意だけでは足りないことだ。条件は「事前の書面合意」「期日までの補填」「記録」の三つで、どれかが欠ければ②と同じ扱いに戻る。
④ 相手から自社口座へ振り込ませるとき
逆向きのお金の流れにも手数料は付いてくる。テキストに収められた過去の勧告事例には、各種の協力費を自社の指定する口座に振り込ませる方法で提供させた際に、その振込手数料まで負担させていた事案がある[1]。この事案では協力費そのものが不当な経済上の利益の提供とされており、手数料はその一部として数えられている。協力費を求めること自体の問題は、取適法では第 5 条第 2 項第 2 号(経済上の利益の提供要請)の領域になる[5]。正当な理由のある返金を受ける場面で手数料をどちらが持つかについて、テキストは一般的な答えを示していないので、社内で一律に決める前に公正取引委員会の相談窓口で確かめておきたい。
取適法の対象外なら、どう決めればよいか
すべての取引に取適法がかかるわけではない。仕様を指定せずに規格品を買う売買は、相手の規模にかかわらず取適法の取引類型に当たらない。相手が資本金・従業員数の区分から外れる場合もある。自社の取引が対象かどうかの判定手順は取適法の対象かどうかの判定にまとめた。対象外の取引では、民法の原則どおり、当事者が合意すれば手数料を受注側の負担にできる[2]。
ただし、対象外だからといって何も考えなくてよいわけではない。三点ある。
振興基準は同じ方向を向いている
受託中小企業振興法に基づく振興基準は、代金を受注側の口座へ振り込む場合には、合意の有無にかかわらず、委託事業者は振込手数料を受注側に負担させ、代金から差し引いてはならない、としている[1]。振興法は取適法より対象となる取引の範囲が広く、資本金や従業員数の単純な大小で適用関係が決まる、とテキストは説明している[1]。一方で、振興法は規制法ではなく支援法であり、振興基準は主務大臣が指導・助言・勧奨を行う際に用いる基準という位置づけである[1]。違反の罰則があるわけではないが、取適法の対象外の中小企業との取引でも、行政が期待している取引の姿は「発注側が手数料を持つ」で一致している。
特約は書面に残す
民法の原則を入れ替えるのが特約なので、先方負担にするなら、基本契約書か取引条件の通知にはっきり書いておく。書いていないまま差し引けば、それは単に代金の一部を払っていないのと同じになる。
消費税の処理で、買手が書類を出すことがある
対象外の取引で手数料を先方負担にして差し引いた場合、売手側の消費税の処理の仕方によって、買手が書類を用意しなければならないことがある。国税庁のインボイス制度の Q&A は、売手が負担する振込手数料相当額の扱いを三通りに分けて説明している[4]。
| 売手の処理 | 消費税の考え方 | 買手(支払う側)に求められること |
|---|---|---|
| 売上値引きとする | 売上げに係る対価の返還等。税込 1 万円未満なら適格返還請求書の交付義務が免除される | 通常は追加の書類なし(Q&A の例は 440 円) |
| 買手から「代金決済上の役務提供」を受けた対価とする | 売手の販売とは別の課税取引になる | 売手が控除を受けるには、買手が交付した適格請求書の保存が要る(売手が仕入明細書等を作って確認を受ける方法もある) |
| 買手が金融機関へ立替払したものとする | 差し引く額は実際の振込手数料と同額であることが前提 | 金融機関から受け取った適格請求書と、買手が作った立替金精算書等を売手へ渡す |
同じ Q&A の該当箇所には、取適法の適用対象となる取引では、合意の有無にかかわらず振込手数料を売手に負担させて代金から差し引くことは禁止されている、という注記も付いている[4]。つまりこの表が使えるのは、対象外の取引だけである。対象取引で差し引いていると、税の処理を整える以前に、差し引くこと自体を止めなければならない。
契約書と通知の書き方
手数料の扱いは、取引ごとの発注書よりも、基本契約書や取引条件の通知で一度に決めていることが多い。見直すときの書き方を、場面ごとに整理しておく。
取適法の対象になる取引先
テキストの記載例にならい、「振込手数料は当社(発注者)が負担する」と書く[1]。旧来のひな形に「振込手数料は乙の負担とする」とあれば、削るだけでは足りず、発注側の負担と明記したほうが後の誤解がない。テキストは、支払方法などをまとめて通知している場合に内容を変えたときは、変えた部分だけでなく全体を通知し直す必要があるとしている[1]。条項を一行直すときも、通知文は差し替えで出すことになる。
同じ注記には、委託事業者がこの通知への承諾を相手に求め、相手が承諾の通知を文書で行うと、その承諾書が印紙税の課税文書になる、とも書かれている[1]。取引条件を定める文書と印紙の関係は、基本取引契約書に収入印紙は要るかで扱う。
一括決済方式・電子記録債権を使う取引先
「受取手数料等は当社が負担し、支払期日までに別途支払う」のように、補填の方法と時期を書く。ここは③の条件そのものなので、書面での合意と第 7 条の記録がそろっていることを確かめる[1]。
取適法の対象外の取引先
先方負担にするなら、負担する範囲(実際の手数料の額か、一定額か)と、消費税の処理をどれにするかを、売手と話して決めておく。前の節の表のうち、どの処理を選ぶかで買手が出す書類が変わる[4]。
止めるための手順
振込手数料の控除は、担当者の判断で起きるというより、システムと書式に組み込まれた設定として続いていることが多い。次の順に見ていくと抜けが少ない。
1. 取引先を対象判定で分ける。
取引先ごとではなく、取引の中身ごとに判定する。同じ相手でも、部品加工の発注は対象、規格品の購入は対象外、ということが起こる。
2. 支払データの手数料区分を確かめる。
銀行の総合振込データや支払システムに、取引先単位の「手数料負担区分」がある。対象取引の取引先がすべて「当方負担」になっているかを一覧で確認する。
3. 支払明細と請求書照合の控除欄を見る。
支払通知書に「振込手数料」の行が固定で立っていないか。請求額と支払額の差額を手数料として自動で処理する設定がないか。
4. 契約書・取引条件通知の文言を直す。
直したら全体を通知し直す[1]。受注側に承諾書を求める運用なら、印紙の扱いも合わせて確認する。
5. 決済手段の手数料を確認する。
一括決済方式や電子記録債権を使っているなら、受取手数料を誰が持っているか、補填の段取りと記録があるかを見る[1]。
差し引いてしまった分の扱い(減じた額の返還や遅延利息)は減額一般と同じなので、減額の記事の「減額してしまったとき」の節を見てほしい。支払期日の数え方と遅延利息の利率は支払期日 60 日と遅延利息にまとめている。
よくある質問
実際に銀行に払った額だけ差し引くのも駄目ですか
駄目である。実費の範囲かどうかは下請法時代の判断材料で、いまの想定問答は、合意の有無にかかわらず差し引くこと自体を問題としている[1]。差し引く額が実費と同じでも、それより少なくても、結論は変わらない。
手数料が 0 円の取引先(同じ銀行など)は気にしなくてよいですか
手数料が発生しなければ差し引く額もないので、その月の問題は起きない。ただ、支払システムの区分が「先方負担」のままだと、相手が口座を変えた月から差し引きが始まる。区分は手数料の有無ではなく、取引の対象判定に合わせて設定しておく。
自社が受注側で、相手に差し引かれていたら
相手との取引が取適法の対象なら、差し引きは相手側の違反になる。取適法は、違反の事実を公正取引委員会、中小企業庁長官、または取引に係る事業を所管する大臣に知らせたことを理由に、取引を減らしたり停止したりすることも禁じている[5]。申し出る前に、自社の取引が対象かどうかを判定しておくと話が早い。
電子記録債権で払い、手数料分を上乗せして払えば問題ありませんか
上乗せそのものは、受注側が期日に満額を受け取れるようにする手段の一つになりうる。テキストが求めているのは、あらかじめ書面で合意すること、支払期日までに手数料相当額を別途支払うなどして満額の現金を受け取った状態を確保すること、そしてその旨を第 7 条の書類等として残すことである[1]。上乗せの金額が実際の手数料に足りなければ、満額にならない。
まとめ
振込手数料の問題は、民法の原則(支払う側の負担)を特約で入れ替えてよいかどうかの問題である。取適法の対象取引では入れ替えが認められず、差し引けば減額、決済手段の手数料を持たせれば支払遅延になる。対象外の取引では特約で決められるが、相手が自社より規模の小さい中小企業への継続的な委託なら振興基準は発注側の負担を求めており、差し引く場合は売手の消費税の処理に合わせて買手が書類を出すことがある。
実務の手当ては、支払システムの区分、支払明細の控除欄、基本契約と取引条件通知の文言の三か所を、取引の対象判定と合わせて直すことに尽きる。2026 年 1 月の改正で変わった他の項目と合わせて点検するなら、下請法から取適法で変わった 7 つのことから順に見ていくとよい。運送を委託する取引が新たに対象に入った点は特定運送委託の記事で、工場の工事や設備の据付を頼む取引は建設工事と取適法で扱っている。
出典・参考資料
- 中小受託取引適正化法テキスト「下請法」から「取適法」へ(公正取引委員会・中小企業庁/令和 7 年 11 月)
- 民法(e-Gov 法令検索(デジタル庁))
- 2026年1月施行! 下請法は取適法へ 改正ポイント説明会 公正取引委員会説明資料(公正取引委員会・令和 7 年 8 月 21 日 東京開催)
- 消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関するQ&A(国税庁 軽減税率・インボイス制度対応室/平成 30 年 6 月・令和 8 年 5 月改訂)
- 製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律(取適法)(e-Gov 法令検索(デジタル庁))
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