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最低賃金の引上げと値上げ要請——発効日の違いと協議の時期

この記事のポイント(結論先出し)
2026 年 10 月時点で、令和 8 年度の地域別最低賃金は全国加重平均 1,177 円(56 円・5.0% の引上げ)として 47 都道府県で答申され、10 月 1 日から 12 月 2 日までの間に県ごとに順次発効する[1][2]。発注側が押さえるべきことは三つある。第一に、仕入先の工場がある県ごとに、効く時期と上げ幅が違うこと。第二に、内閣官房・公正取引委員会の指針が、要請がなくても発注者から定期的に協議の場を設けることや、仕入先のその先の取引先の労務費まで判断に入れることを求めていること[3]。第三に、最低賃金の上昇を反映せずに単価を据え置くと、取適法の買いたたきに当たるおそれがあること[4]。申し入れを受けた後の試算と回答の手順は別の記事に譲り、この記事では「いつ、誰に、何を出すか」の段取りを扱う。
目次
令和 8 年度の改定で決まったこと
地域別最低賃金は、毎年、国の中央最低賃金審議会が引上げ額の目安を示し、それを参考に都道府県ごとの地方最低賃金審議会が審議・答申し、都道府県労働局長が決定するという順番で決まる[2]。令和 8 年度は、2026 年 7 月 28 日に中央最低賃金審議会が目安を答申した。全都道府県を経済実態に応じて三つのランクに分け、A ランク(埼玉・千葉・東京・神奈川・愛知・大阪の 6 都府県)が 54 円、B ランク(28 道府県)と C ランク(13 県)がいずれも 56 円という目安である[2]。目安どおりに引き上げた場合の全国加重平均は 1,176 円、上昇額 55 円、引上げ率 4.9% と試算されていた[2]。
その後、2026 年 9 月 3 日に厚生労働省が全都道府県の答申を取りまとめた。47 都道府県で 54 円から 65 円の引上げが答申され、全国加重平均は前年度の 1,121 円から 56 円上がって 1,177 円になった[1]。全国加重平均で 56 円という上げ幅は、昭和 53 年度に目安制度が始まって以降で 2 番目の高さだと同省は説明している[1]。最も高い東京の 1,280 円に対する最も低い宮崎の 1,085 円の比率は 84.8% である[1]。
答申された改定額は、関係労使からの異議申出の手続を経て都道府県労働局長が決定し、2026 年 10 月 1 日から 12 月 2 日までの間に順次発効する予定とされている[1]。厚生労働省の全国一覧は、2026 年 10 月 1 日に確認した時点で令和 8 年度の改定額と発効日を掲載していた[5]。発効日は県によって 2 か月以上離れている。
| 都道府県 | 改定額(改定前) | 引上げ額・率 | 発効日 |
|---|---|---|---|
| 東京 | 1,280 円(1,226 円) | 54 円・4.4% | 2026 年 10 月 1 日 |
| 愛知 | 1,195 円(1,140 円) | 55 円・4.8% | 2026 年 10 月 1 日 |
| 大阪 | 1,231 円(1,177 円) | 54 円・4.6% | 2026 年 10 月 1 日 |
| 群馬 | 1,120 円(1,063 円) | 57 円・5.4% | 2026 年 10 月 3 日 |
| 広島 | 1,141 円(1,085 円) | 56 円・5.2% | 2026 年 10 月 11 日 |
| 静岡 | 1,154 円(1,097 円) | 57 円・5.2% | 2026 年 10 月 15 日 |
| 佐賀 | 1,095 円(1,030 円) | 65 円・6.3% | 2026 年 11 月 15 日 |
| 京都 | 1,180 円(1,122 円) | 58 円・5.2% | 2026 年 11 月 16 日 |
| 岩手 | 1,090 円(1,031 円) | 59 円・5.7% | 2026 年 12 月 1 日 |
| 熊本 | 1,092 円(1,034 円) | 58 円・5.6% | 2026 年 12 月 1 日 |
| 沖縄 | 1,086 円(1,023 円) | 63 円・6.2% | 2026 年 12 月 2 日 |
| 全国加重平均 | 1,177 円(1,121 円) | 56 円・5.0% | — |
表は厚生労働省の全国一覧から一部を抜き出したもので、全 47 都道府県の数字は一覧で確かめてほしい[5]。目につくのは二つの点である。引上げ額はおおむね都市部で小さく地方で大きいので、率で見ると地方の仕入先ほど労務費の上昇が大きい。そして発効日は 10 月 1 日の県から 12 月 2 日の県まで分かれているので、同じ「最低賃金の上昇」でも、仕入先によって効き始める月が違う。
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発効日が県ごとに違うと、協議の時期も変わる
仕入先が複数の県にまたがる発注側にとって、この違いは段取りの問題になる。たとえば、愛知県の工場には 10 月 1 日から新しい最低賃金が効いているが、熊本県の工場ではまだ効いていない。全国の仕入先に一律の時期で「最低賃金の改定に伴う単価の見直し」を呼びかけると、早い県の仕入先には遅すぎ、遅い県の仕入先には根拠となる数字がまだ確定していないということが起こる。
指針は、受注者が交渉を申し出やすい時期の例として、「最低賃金の引上げ幅の方向性が判明した後」を挙げている[3]。毎年の流れに当てはめると、仕入先から申し入れが来やすい時期は三つに分かれる。7 月末に目安が出た後、8 月から 9 月にかけて各県の答申が出た後、そして 10 月以降に各県で発効した後である。目安が出た時点では各県の額はまだ確定していないが、方向性は分かる。発注側は、申し入れが来てから慌てるのではなく、この三つの時点をあらかじめ年間の予定に入れておくほうがよい。
実務では、仕入先の一覧に「主な製造拠点の都道府県」の欄を持たせておくと、この作業がずっと楽になる。本社所在地ではなく、その品目を作っている工場の所在地である。指針も、受注者が根拠として自社の所在する都道府県の最低賃金の上昇率を示した例を取り上げている[3]。発注側の手元に工場の県が分かる台帳があれば、どの仕入先にいつ声をかけるかを、表の発効日から逆算できる。
要請を待たずに、発注側から声をかける
労務費については、発注側から先に動くことが求められている。指針は発注者の行動の一つとして、受注者から引上げを求められていなくても、業界の慣行に応じて 1 年に 1 回や半年に 1 回など定期的に、労務費の転嫁について発注者から協議の場を設けることを挙げ、例として毎年 3 月と 9 月の価格交渉促進月間を示している[3]。理由として指針は、労務費は受注者から特に言い出しにくいコストであること、上昇分は自社の生産性向上で吸収すべきだという考え方が発注者・受注者の双方に根付いているという指摘があることを挙げている[3]。
指針に載っている発注者の取組事例は、段取りの参考になる。年 2 回、受注者が価格交渉を申し出やすい決算期前に「価格転嫁確認レター」を送り、労務費・原材料価格・エネルギーコストの上昇で値上げが必要なら申し出るよう連絡している例がある[3]。発注予定先にコスト上昇の有無と程度をアンケートで聞き、転嫁されていないと答えた先から優先して交渉の場を設けている例もある[3]。最低賃金の改定は毎年秋に効くので、この時期の確認レターに「最低賃金の改定の影響があれば申し出てほしい」と一行入れておくだけでも、言い出しにくさは下がる。
声をかける順番を決めるなら、最低賃金の改定が単価に効きやすい仕入先から始める。単価のうち人の手間が占める割合が大きい加工・組立・検査・梱包などの仕入先、そして賃金水準が最低賃金に近いと見込まれる仕入先である。どの仕入先がそれに当たるかは発注側の推測になるので、確認レターやアンケートで本人に聞くのが確実である。なお、取適法のテキスト(令和 7 年 11 月)に資料として収録された振興基準は、最低賃金のほか、家内労働法に規定する最低工賃の引上げも、受託側の労務費の上昇として十分に踏まえるべき外的要因に挙げている[4]。部品の組付けや検品の一部を家内労働者(いわゆる内職)に出している仕入先では、最低工賃の改定も労務費に効く。
根拠資料は、公表資料で足りる
声をかけた後に仕入先が持ってくる根拠について、指針ははっきり線を引いている。発注者が労務費上昇の理由の説明や根拠資料を求める場合は、最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率などの公表資料に基づくものとし、受注者が公表資料を使って示した希望価格は合理的な根拠があるものとして尊重すること、満額を受け入れないならその根拠や理由を説明すること、とされている[3]。
指針の取組事例には、判断の基準をあらかじめ決めておく例がいくつも載っていて、最低賃金と結び付くものは大きく二つの型に分かれる。一つ目は、公表資料から妥当性を判断する事例の中にある型で、「受注者が求める引上げ率が最低賃金の上昇率以下であれば、受注者が求める額を受け入れる」というものである。食料品・窯業・はん用機械・輸送用機械などの業種で挙がっている[3]。最低賃金や厚生労働省の統計から大まかな賃金の傾向が確かめられれば、個社の労務費の状況までは聞かずに受け入れるという例もこちらに近い[3]。二つ目は、詳細な根拠資料を求めずに判断する別の事例群にある型で、「受注者の労務費の上昇率×その受注者の対売上高労務費率」に相当する額の引上げを受け入れるというものである。金属製品・輸送用機械の業種で挙がっている[3]。一つ目は求められた率をそのまま受け入れ、二つ目は労務費の比率を掛けた分を受け入れるので、同じ申し入れでも受け入れる額が変わる。
どちらの型も社内のルールに落とし込みやすいが、担当者ごとに場当たりで使い分けると、仕入先から見て何を基準に判断されているのかが分からなくなる。どちらを採るか、切り替える条件(労務費率が出てこないときなど)も含めて先に社内で決めておく。一つ目を採るなら「工場のある県の最低賃金の上昇率以下の申し入れは、担当者の判断で受け入れてよい。それを超える分だけ追加の説明を聞く」、二つ目を採るなら「労務費の上昇率に対売上高労務費率を掛けた額までは、担当者の判断で受け入れてよい」という形になる。どちらでも、毎年の改定のたびに個別の決裁で止まることは減る。
二つ目を採る場合は、労務費率が出てこないときの扱いまで決めておく。労務費率は仕入先の内部の数字で、指針は、価格交渉を行うための条件として、公表資料に加えてコスト構造に関わる内部情報まで求めることは、その用意が難しい受注者や開示したくない受注者に対しては、実質的に協議の要請を拒んでいると評価されうると注意している[3]。労務費率を出してもらえない仕入先には一つ目の基準で受ける、と決めておけば、数字が出ないことを理由に協議が止まらない。また、指針は公表資料で示された以上の上昇率を求める受注者に追加の説明を求める場合でも、受注者の過度な負担にならないよう配慮することを求めている[3]。どちらの基準も上限ではなく、確認を省ける範囲として使うのが筋である。二つ目の型を採るときや、一つ目の範囲を超える申し入れの目安を出すときに、構成比を掛けて単価への影響を試算する手順は、仕入先から値上げの申し入れが来たときの進め方にまとめている。
仕入先の先の労務費と、これから上げる分
最低賃金の改定は、直接の取引先だけでなく、その先の二次・三次の取引先にも同じ秋に効く。指針は、直接の取引先である受注者がその先の取引先との取引価格を適正化すべき立場にいることを常に意識し、それを要請額の妥当性の判断に反映させることを発注者に求めている[3]。指針の事例には、毎月の一次取引先との会合で、二次取引先以降の値上げも含めて転嫁を求めるよう声をかけている輸送用機械器具製造業の例がある[3]。仕入先から「うちの協力工場の加工賃も上がる」と言われたときに、直接の取引先の労務費ではないからと切り捨てると、指針の考え方と合わない。
もう一つは時期の問題である。指針は、受注者が過去に引き上げた賃金分だけでなく、今後賃金を引き上げるために必要な分の転嫁についても、同様に協議のテーブルにつくことを求めている[3]。最低賃金は発効日に効くので、改定前に結ぶ単価の協議で「まだ上がっていないから」と退けるのは筋が通らない。発効日が先の県の仕入先ほど、改定前の協議で次の単価を決める場面が出てくる。
据え置くと、取適法のどこに触れるか
取適法の対象となる取引では、最低賃金の改定を反映しない据え置きが法的な問題になりうる。テキストは「通常支払われる対価に比し著しく低い」代金の額として、給付に係る主なコストの著しい上昇を、例えば最低賃金の上昇率や春季労使交渉の妥結額などの公表資料から把握できる場合に、据え置かれた代金の額を扱うとしている[4]。さらに、労務費などのコスト上昇分の取引価格への反映の必要性について、価格の交渉の場で明示的に協議することなく従来どおりに据え置くことや、受注者が引上げを求めたのに価格転嫁をしない理由を書面や電子メールで回答せずに据え置くことは、買いたたきに該当するおそれがある方法として挙げられている[4]。テキストの Q&A でも、最低賃金の引上げにより労務費等のコストが上昇した場合にこうした方法で代金の額を定めることは買いたたきに該当するおそれがある、と答えている[4]。
取適法の対象にならない取引でも、指針は、労務費の上昇分を取引価格に反映せず従来どおりに据え置くことが独占禁止法上の優越的地位の濫用として問題となるおそれがあると整理している(取引上の地位の優越と、公正な競争を阻害するおそれがあることが前提)[3]。買いたたきの判断基準と協議に応じない一方的な代金決定との関係は、買いたたきとは何かで詳しく整理している。
単価の決め方と書類で変えること
毎年秋に同じことが起きる以上、単価の持ち方と書類の側にも手当てがいる。ここからは法令の要求ではなく、発注側の実務としての提案である。
- 単価の有効期間を、工場のある県の発効日に合わせる。年度で一律に区切ると、発効日が 12 月の県と 10 月の県で、同じ期間の単価に含まれる最低賃金が違うことになる。改定前と後で単価を分けて持てるようにしておく
- 労務費率を使う基準を採るなら、見積書に労務費の目安の割合を書いてもらう欄を設ける。詳細な原価計算書ではなく「単価のうち労務費は大まかに何割か」で足りる。記入は任意とし、空欄の仕入先は最低賃金の上昇率で判断する基準に回す。最低賃金の上昇率で判断する基準を採るなら、この欄は要らない
- 新しい単価をいつの発注から適用するかを、合意の記録に書く。発効日の前に合意したのか後に合意したのか、どの発注分から新単価にするのかが曖昧だと、後で双方の理解がずれる
- 協議の経過を双方で保管する。指針は、価格交渉の記録を作成して発注者と受注者の双方が保管することを双方の行動に挙げている[3]
単価を数量別・有効期間別に持つ方法は購買単価の持ち方で扱っている。同じ秋に効いてくるコストとして、電気料金の変動を仕入先の価格にどう反映させるかも合わせて読んでほしい。労務費の協議を定期的に行う場として国が設けている価格交渉促進月間と、その後の調査で発注側がどう評価されるかは、価格交渉促進月間とフォローアップ調査にまとめている。
よくある質問
仕入先から「最低賃金が上がったので 5% 上げたい」と言われました。最低賃金の上昇率と同じ数字です。そのまま受けてよいですか
社内でどちらの基準を採っているかで答えが変わる。「求める引上げ率が最低賃金の上昇率以下なら受け入れる」基準なら、工場のある県の上昇率と同じなので、そのまま受けてよい。「労務費の上昇率×対売上高労務費率」の基準なら、仕入先の労務費の上昇率(最低賃金の上昇率と同じとは限らない)に労務費率を掛けた分が目安になり、申し入れとの差が出る。その場合でも、指針は公表資料で示された額を合理的な根拠があるものとして尊重し、満額を受け入れないならその根拠や理由を説明するよう求めている[3]。労務費率が出てこない、あるいは差の理由について折り合わないときは、社内ルールで決めたとおり最低賃金の上昇率の基準に切り替えて受ける。差を理由に協議を打ち切らないことが大事である。
仕入先の工場が複数の県にあります。どの県の数字を使えばよいですか
その品目を実際に作っている工場の県の数字を使うのが実態に近い。複数の工場で分担しているなら、主に作っている工場の県で足りる。迷うときは仕入先に聞けばよい。
改定の発効日より前に、来年度の単価交渉が終わってしまいます
指針は、これから賃金を引き上げるために必要な分の転嫁についても協議のテーブルにつくことを求めている[3]。答申された改定額は発効前でも公表されているので、それを根拠に次の単価へ織り込める。交渉の時期が発効日と合わないことは、改定分を先送りする理由にはならない。
まとめ
令和 8 年度の地域別最低賃金は全国加重平均 1,177 円で、10 月から 12 月にかけて県ごとに順次発効する[1][5]。発注側は、仕入先の工場の県ごとに効く時期と上げ幅を把握し、目安・答申・発効の三つの時点を年間の予定に入れ、要請を待たずに自分から協議の場を設ける[3]。根拠は公表資料で足り、仕入先の先の労務費やこれから上げる分も協議の対象になる[3]。据え置きを明示的な協議も説明もなしに続けると、取適法の買いたたきに当たるおそれがある[4]。単価の有効期間と適用開始の記録を発効日に合わせて持つことが、毎年秋の作業を軽くする。
出典・参考資料
- 全ての都道府県で地域別最低賃金の改定額が答申されました(厚生労働省/2026 年 9 月 3 日)
- 令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について(厚生労働省/2026 年 7 月 28 日)
- 労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針(内閣官房・公正取引委員会/令和 5 年 11 月 29 日・令和 8 年 1 月 1 日改正)
- 中小受託取引適正化法テキスト「下請法」から「取適法」へ(公正取引委員会・中小企業庁/令和 7 年 11 月)
- 地域別最低賃金の全国一覧(厚生労働省)
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