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SACM645(JIS G 4053)の指定——窒化用鋼の成分と、窒化を発注するときに決めること

この記事のポイント(結論先出し)
SACM645 は JIS G 4053(機械構造用合金鋼鋼材、2026 年 5 月改正)のアルミニウムクロムモリブデン鋼で、規格に「主として表面窒化用に使用する」と注記された唯一の種類である。アルミニウム 0.70〜1.20%、クロム 1.30〜1.70%、モリブデン 0.15〜0.30% を含む[1]。窒化は焼入れを伴わない表面硬化処理で、クロムを含む低合金鋼では拡散層に合金窒化物が析出して硬くなる。同じガス窒化条件で SCM435 と比べた研究では、表面近く(0.05 mm)の硬さが SACM645 で約 1050 HV、SCM435 で約 680 HV だった[4]。材料の規格は熱処理後の機械的性質を決めていないので、窒化前の調質(焼入焼戻し)の状態、窒化の種類(ガス・プラズマ)、表面硬さと窒化層深さ、窒化しない部分を、図面と熱処理の発注で決める[1][2]。
目次
SACM645 は窒化のための鋼
金型の部品、シリンダ、スクリュー、ギヤ、摺動するシャフトなど、表面の硬さと耐摩耗性が欲しく、熱処理で形が変わるのを避けたい部品の図面に、SACM645 と書かれていることがある。JIS G 4053:2026 は 40 種類の合金鋼を規定し、そのうち SACM645 だけに「主として,表面窒化用に使用する」と注が付いている。肌焼用の注が付いた種類(SCM415 など)とは別の扱いである[1]。
JIS G 4053 は、ISO 683-1・683-2・683-3 に加えて、2017 年発行の ISO 683-5 を基として作成されている[1]。古い図面には「JIS G 4202 SACM645」と書かれていることがあるが、現行の SACM645 は JIS G 4053 に入っている。みがき棒鋼の規格 JIS G 3123(2004 年)は、いまも合金鋼みがき棒鋼の材料として「JIS G 4202」を挙げている[5]。窒化加工の規格 JIS B 6915 も本体(1999 年)の加工材料の表では G 4202 だったが、2010 年の追補 1 で表が置き換えられ、SACM645 は JIS G 4053 の行に入っている[2]。図面や仕様書の規格番号が古いままなら、現行の JIS G 4053 に書き直す。
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成分:アルミニウムとクロムが窒化物をつくる
JIS G 4053 の化学成分(溶鋼分析値)で、SACM645 と、窒化にもよく使われる SCM435 を並べると次のようになる[1]。右の 2 列は、後で紹介する研究でのガス窒化後の硬さである[4]。
| 種類の記号 | C % | Cr % | Mo % | Al % | 0.05 mm 位置の硬さ(研究値・773 K) | 規格の注 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| SACM645 | 0.40〜0.50 | 1.30〜1.70 | 0.15〜0.30 | 0.70〜1.20 | 約 1050 HV | 主として表面窒化用 |
| SCM435 | 0.33〜0.38 | 0.90〜1.20 | 0.15〜0.30 | (規定なし) | 約 680 HV | 注なし |
成分は JIS G 4053 の表 2 による[1]。SACM645 のその他の成分は、ケイ素 0.15〜0.50%、マンガン 0.60% 以下、りん・硫黄 0.030% 以下、ニッケル 0.25% 以下、銅 0.30% 以下で、アルミニウムは表の注で 0.70〜1.20% とされている[1]。表に記載していない合金元素は、溶鋼を仕上げる目的以外に意図的に添加してはならない[1]。
硬さの値は、日本金属学会誌に掲載された研究(2016 年)が、SCM435、ドイツ規格の 31CrMoV9、SACM645 を 773 K(500 ℃)でガス窒化したときの、表面から 0.05 mm の位置の硬さとして示したものである[4]。研究は、ガス窒化は焼入れを伴わないため熱処理ひずみが小さい表面硬化処理であること、SCM435 や SACM645 のようなクロムを含む低合金鋼では拡散層の中に合金窒化物が析出して拡散層をさらに硬くすること、SACM645 はクロムとアルミニウムの 2 種類の窒化物形成元素を含むことを説明している[4]。同じ研究では、硬化量の大きい鋼種ほど拡散層の深さは小さくなる傾向(約 0.3〜0.5 mm)があり、SACM645 は窒化温度が高いほど全体の硬化量が小さくなった[4]。この数字はこの研究の条件での値で、規格の保証値ではない。
材料の規格が決めないこと
JIS G 4053 は、鋼材は熱間圧延のまま又は熱間鍛造のままとし、注文者の指定によって熱処理を実施してもよいとしている。注文者の指定で熱処理を行う場合は、受渡当事者間で機械的性質の値を協定することがある[1]。規格末尾の対比表にも、ISO 規格は熱処理を実施した鋼材の機械的性質を規定しているが JIS は規定していない、という趣旨の記載がある。合金鋼の材料指定の全体(溶鋼分析と製品分析、注文時に提示すること、棒鋼の用途ときず)は機械構造用鋼(S45C・SCM435)の材料指定で扱ったので、ここでは繰り返さない。
SACM645 で決めるべきことの大半は、材料ではなく、窒化前の調質と窒化そのものの指定にある。研究でも、SACM645 は窒化の前に焼入れ(1173 K)と焼戻し(953 K、3.6 ks)で調質してから、脱炭層を研削で取り除き、洗浄してガス窒化している[4]。条件はこの研究のもので一般値ではないが、「素材のまま窒化に出す」のではなく、調質と前加工を経て窒化する流れであることが分かる。
窒化を発注するときの記号
窒化と軟窒化の加工は JIS B 6915(鉄鋼の窒化及び軟窒化加工)が規定しており、加工の種類と記号は次のとおりである[2]。
1. 窒化
ガス窒化 HNT-G、プラズマ窒化 HNT-P。
2. 軟窒化
ガス軟窒化 HNC-G、プラズマ軟窒化 HNC-P、塩浴軟窒化 HNC-S。
3. 酸窒化
ガス酸窒化 HON-G、プラズマ酸窒化 HON-P。
加工の呼び方は加工の種類又は記号によるとされ、規格の例は「ガス窒化加工 HNT-G」である[2]。図面に「窒化」とだけ書くと、窒化と軟窒化のどちらか、ガスかプラズマかが決まらない。SACM645 を指定した設計の意図が窒化(HNT)なのか、軟窒化(HNC)でもよいのかを設計に確かめ、記号で書く。
窒化先に渡す情報:材料の履歴
JIS B 6915 は、加工材料について、次の項目が明らかにされたものでなければならないとしている[2]。発注側から見ると、これは窒化先に渡すべき情報の一覧である。
1. 材料試験成績
材料の種類、化学成分、溶解番号、引張試験成績、硬さ試験成績、金属組織試験成績(結晶粒度、脱炭層、非金属介在物など)。加工に支障がないときは省略してもよい項目もある[2]。
2. 製造方法
鍛造・圧延・引抜きの熱間・冷間の区別、溶接部の有無など[2]。
3. 前熱処理の有無と方法
焼ならし、焼なまし、焼入焼戻しなど。必要なときは加熱温度・保持時間・冷却方法も明らかにする[2]。
4. 表面仕上げ条件と矯正の有無
切削・研削の方法と条件、矯正の有無[2]。
素材の調達、調質、機械加工、窒化を別々の仕入先に出す場合、この情報は自然には窒化先に届かない。材料の成績書と調質の記録を、発注の時点で窒化先に渡す段取りを決めておく。
窒化品の品質として規格が決めていること
JIS B 6915 は、窒化加工品の品質として、外観(割れ、有害なきず、有害な酸化被膜がないこと)、表面硬さのばらつき、窒化層深さのばらつき、金属組織、窒化防止部、変形を挙げている[2]。表面硬さのばらつきの許容値(ビッカース硬さ)は、硬さ 600 HV を超える場合、単体内 60、同一ロット内 100 とされている[2]。SACM645 のように表面が 600 HV を超える部品で図面の硬さを狭い範囲で書くと、規格が許すばらつきより狭くなりうるので、範囲の幅はこの値を見て決める。
規格が受渡当事者間の協定に任せているものもある。化合物層(表面の窒化物の層)の扱いと、変形の許容値である[2]。窒化防止部は、以後の機械加工と使用上有害となるような窒化があってはならないとされ、窒化防止はめっきその他の適切な方法で行う、と書かれている[2]。ねじ部や後で削る面など窒化したくない範囲は、図面で範囲を示す。
窒化層深さの測り方は JIS G 0562 が規定しており、窒化層深さ(生地と区別できない点まで)と実用窒化層深さ(生地の硬さより 50 高い硬さの点まで)を区別し、表示記号は例えば「ND-HV0.3-T0.74」のように書く[3]。深さの範囲の書き方、研削との関係、受入での確かめ方は有効硬化層深さの指定と測り方で詳しく扱ったので、そちらを読む。
発注書と図面に書くこと
1. 材料の記号と規格番号
「SACM645(JIS G 4053)」。古い規格番号 G 4202 は書き直す。
2. 窒化前の熱処理
調質の有無と、調質後の硬さの範囲(芯部の硬さ)。材料で調質済みを買うなら、機械的性質の値を協定する[1]。
3. 窒化の種類と記号
HNT-G、HNT-P など[2]。
4. 表面硬さ・窒化層深さ・測り方
表面硬さの範囲と試験方法、窒化層深さか実用窒化層深さかと表示記号[3]。
5. 窒化しない範囲・変形の許容・化合物層
規格が協定に任せている項目なので、図面か仕様書に書く[2]。
例えば「材質:SACM645(JIS G 4053)、調質後窒化。調質後の芯部硬さ 250〜300 HV。窒化:ガス窒化(JIS B 6915 HNT-G)、表面硬さ 900〜1100 HV(ビッカース硬さ、測定位置は図示)、実用窒化層深さ 0.30〜0.50 mm(JIS G 0562 による表示)。ねじ部は窒化防止。変形の許容値は図示による。材料の成績書と調質の記録を窒化先へ提出のこと。」のように書く。表面硬さを範囲で書く場合は、上で見た同一ロット内のばらつきの許容値(600 HV を超えるとき 100)より幅を狭くしない。下限だけを書くのは、上限を設けない理由(硬すぎて困る条件が無い)を設計が確認した場合に限る。数値は部品の設計で決めるもので、ここに書いたのは書き方の例である。
受け入れるときに確かめること
素材の成績書では、種類の記号とアルミニウムを含む化学成分を見る。SACM645 は表の注でアルミニウムの範囲が決まっている[1]ので、成績書にアルミニウムが出ているかを確かめる。検査文書は注文者から要求された場合に提出され、指定がなければ検査証明書 3.1 になる[1]。窒化品については、JIS B 6915 が送り状又は荷札に加工の種類又は記号、数量又は質量、加工業者名、加工年月日を表示するとしている[2]。窒化層深さは断面を切らないと分からないので、試験片の種類と頻度を発注時に決めておく。
よくある質問
SACM645 の代わりに SCM435 で窒化してもよいですか
SCM435 も窒化に使われるが、同じ条件でも表面近くの硬さは SACM645 より低くなった、という研究結果がある[4]。図面の表面硬さを満たせるかを、窒化先の条件で確かめてから承認する。材料の変更は設計の判断である。
図面の材質欄が「JIS G 4202 SACM645」になっています
現行の SACM645 は JIS G 4053 に入っている[1]。仕入先には現行の規格で注文し、図面の改訂を設計に依頼する。
窒化の深さを浸炭と同じように深くできますか
研究では、硬化量の大きい鋼種ほど拡散層の深さが小さくなる傾向が見られた(約 0.3〜0.5 mm)[4]。深さの要求が大きい部品では、窒化で満たせるかを窒化先に確かめる。
まとめ
SACM645 は JIS G 4053 のアルミニウムクロムモリブデン鋼で、規格に「主として表面窒化用」と注記されている。クロムとアルミニウムの窒化物で拡散層が硬くなり、研究では同じ条件の SCM435 より表面近くが硬くなった。材料の規格は熱処理後の機械的性質を決めていないので、調質の状態、窒化の種類(HNT-G など)、表面硬さと窒化層深さ、窒化しない範囲、変形と化合物層を、図面と熱処理の発注で決める。窒化先には材料の成績書と前熱処理の記録を渡す。古い規格番号 G 4202 は書き直す。
同じ束では、炭素鋼の S20C・S25C と 快削鋼 SUM も扱う。熱処理の指定全般は熱処理を図面で指定するにある。
出典・参考資料
- JIS G 4053:2026 機械構造用合金鋼鋼材(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2026 年 5 月 20 日改正)
- JIS B 6915:1999 鉄鋼の窒化及び軟窒化加工(追補 1:2010)(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2010 年 8 月 20 日改正・2025 年 10 月 20 日確認)
- JIS G 0562-1993 鉄鋼の窒化層深さ測定方法(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/1993 年 3 月 1 日制定・2023 年 10 月 20 日確認)
- ガス窒化処理したクロム含有低合金鋼の拡散層硬さに及ぼす窒化温度と合金成分の影響(平岡泰・渡邊陽一・梅澤修、日本金属学会誌 第 80 巻第 4 号、2016 年、pp.253–258)
- JIS G 3123:2004 みがき棒鋼(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2004 年 9 月 20 日改正・2024 年 10 月 21 日確認)
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