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購買で生成AIに任せてよいこと・任せないこと——判断と説明は人に残す

この記事のポイント(結論先出し)
購買の仕事で生成 AI に任せてよいのは、人があとで全部確かめられる下書きと整理までである。見積依頼の文面、長い仕様書の要約、届いた見積の表への書き起こしは任せてよい。一方、発注先を決めること、価格が妥当かを決めること、取引先に回答することは任せない。総務省・経済産業省の AI 事業者ガイドラインは、AI を業務で使う側に対して、出力の精度とリスクを理解したうえで使うこと、個人情報や機密情報を不適切に入力しないこと、出力を事業に使う判断は責任をもって人が行うことを求めている。さらに購買には固有の事情がある。取適法は、取引先から価格の協議を求められたときに必要な説明をせず一方的に代金を決めることを禁じており、「AI がそう判定した」は説明の中身にならない。入れる情報、任せる範囲、確かめ方の 3 つを先に決めてから使う。
目次
「使っていいのか」が決まらないまま、現場では使われ始めている
購買の担当者が生成 AI を試す場面は、たいてい小さなところから始まる。英文の見積依頼を書かせる、取引先から届いた長いメールを要約させる、仕様書の変更点を洗い出させる。便利なので使い続けるうちに、図面の数値や見積の単価を貼り付けて比べさせるようになり、やがて「この単価は高いと思うか」と聞くところまで行く。
問題は、どこまでが許されるかを会社として決めないまま、この流れが進むことにある。総務省の令和 7 年版情報通信白書は、日本・米国・ドイツ・中国の 4 か国で、企業に所属する回答者に自分の会社の生成 AI の活用方針を尋ねた結果を載せている[1]。
| 所属企業の生成 AI 活用方針(回答の割合) | 日本(515 件) | 米国(309 件) | ドイツ(309 件) | 中国(309 件) |
|---|---|---|---|---|
| 積極的に活用する方針である | 23.7% | 39.2% | 39.2% | 48.5% |
| 活用する領域を限定して利用する方針である | 26.0% | 45.6% | 37.2% | 44.3% |
| 利用を禁止している | 4.3% | 5.8% | 7.1% | 4.2% |
| 方針を明確に定めていない | 31.8% | 9.1% | 12.9% | 2.9% |
| わからない | 14.2% | 0.3% | 3.6% | 0.0% |
日本では「方針を明確に定めていない」と「わからない」を合わせると 46.0% になる。企業規模別に見ると、日本の中小企業の回答(143 件)では「方針を明確に定めていない」が 47.6% で、大企業の回答(372 件)の 25.8% を大きく上回る[1]。同じ調査で、日本の回答者が生成 AI の導入に際しての懸念として挙げた項目は、多い順に「効果的な活用方法がわからない」30.1%、「社内情報の漏洩などのセキュリティリスクがある」27.6%、「ランニングコストが掛かる」24.9%、「初期コストが掛かる」22.1%、「著作権等の権利を侵害する可能性がある」19.8%、「出力結果の精度に問題がある」18.4% などだった(515 件・複数回答)[1]。
この数字は会社の方針を尋ねたもので、購買部門の実態を直接示すものではない。コストの 2 項目は導入を決める側の論点で、著作権は生成した文章や画像を社外へ出すときの論点なので、本記事では、挙がった懸念のうち購買の担当者が日々の判断で向き合う 3 つ、使い方が分からない(1 位)、漏れるのが怖い(2 位)、出力が信用できない(6 位)を取り上げ、「どこまで任せてよいか」の線を引く。
ガイドラインが「AI を使う側」に求めていること
総務省と経済産業省の AI 事業者ガイドライン(第 1.2 版)は、事業活動において AI システムまたは AI サービスを利用する事業者を「AI 利用者」と定義し、第 5 部で重要な事項を挙げている[2]。購買の仕事に関係が深いのは次の 4 つである。
1 つ目は、安全を考慮した適正利用である。AI 提供者が定めた利用上の留意点を守り、想定された範囲内で使うこと、正確性や必要な場合には最新性が担保されたデータを入力すること、そして AI の出力について精度及びリスクの程度を理解し、様々なリスク要因を確認したうえで利用することが挙げられている[2]。
2 つ目は、入力データやプロンプトに含まれるバイアスへの配慮で、公平性が担保されたデータを入力し、プロンプトに含まれるバイアスに留意して、責任をもって AI 出力結果の事業利用判断を行うことが求められている[2]。
3 つ目と 4 つ目は、個人情報を不適切に入力しないよう注意を払うこと、機密情報等を不適切に入力しないよう注意を払うことである[2]。
加えて、ガイドラインは「自動化バイアス」への注意を求めている。人間の判断や意思決定において、自動化されたシステムや技術への過度の信頼や依存が生じる現象のことで、その対策として、AI の評価や判断等を人間が承認する際には、人間自身が承認する理由や根拠を独自に考えてから承認すべきこと等が提案されている、と注記している[2]。購買に置き換えれば、AI が出した比較表を見て「問題なさそうだ」と承認するのではなく、承認する理由を自分の言葉で書けるかを基準にする、ということになる。
購買の仕事を、任せる度合いで 3 つに分ける
ガイドラインの考え方を購買の業務に当てはめると、仕事は 3 つに分けられる。分け方の基準は、AI の出力をそのまま使ったときに、誤りを誰がいつ見つけられるかである。
任せてよい:人があとで全部確かめられる下書きと整理
見積依頼や納期の問い合わせの文面の下書き、英文メールの翻訳と返信案、長い仕様書や議事録の要約、取引先から届いた見積の内容を比較表の形に書き起こすこと。どれも、出力を人が原文と突き合わせれば誤りが見つかる。送る前、表を使う前に、必ずその突き合わせを挟む。見積依頼書に何を書くかの中身は見積依頼書の記載項目、比較表の組み立ては見積比較表の作り方で決めておき、AI にはその型に沿って書かせる。
条件付きで任せる:確かめる手段を決めてから使う
届いた見積と過去に買った単価の比較、仕様書の変更前後の差分の洗い出し、契約書案のうち自社の雛形と違う条項の抜き出し。これらは便利だが、漏れがあったときに気づきにくい。AI が「差分は 3 か所」と答えたとき、4 か所目がないことを確かめるには結局原文を読むことになる。使うなら、抜き出した箇所を人が原文で確認する手順と、見落としがあったときに誰が責任を持つかを先に決める。過去の単価との比べ方そのものは届いた見積を過去の購入単価と比べて判断するで扱っている。
任せない:決めること、約束すること
発注先を決めること、価格が妥当かを決めること、取引先に値下げや値上げについて回答すること、契約条項の解釈を確定させること。ここは AI の出力を参考にするとしても、判断と説明は人に残す。理由は次の節で書く。
価格を決める場面では「AI がそう判定した」は説明にならない
購買の仕事で AI の扱いにいちばん注意が要るのは、価格を決める場面である。取適法(中小受託取引適正化法)第 5 条第 2 項第 4 号は、中小受託事業者の給付に関する費用の変動その他の事情が生じた場合において、中小受託事業者が代金の額に関する協議を求めたにもかかわらず、協議に応じず、または協議において中小受託事業者の求めた事項について必要な説明若しくは情報の提供をせず、一方的に代金の額を決定することを禁じている[3]。
公正取引委員会のテキストは、この「必要な説明若しくは情報の提供をせず」を、中小受託事業者が求めた特定の事項について、その自由な意思により代金の額を決定するために必要な説明または根拠となる情報の提供をしないことをいう、と説明している[4]。したがって、取引先から値上げの根拠や自社の提示額の理由を尋ねられたときに返すべきものは、AI の判定結果そのものではなく、判定が拠っていた根拠である。どの時点の過去単価と比べたのか、どの公表された指標を見たのか。その根拠を担当者が自分で確かめ、自分の言葉で説明できなければ、AI を使ったかどうかにかかわらず説明をしたことにはならない。なお、テキストは委託事業者の営業秘密の開示を求めるものである場合などには、その事項に応じなくとも必要な説明をしなかったとはいえない、としている[4]。値上げを求められたときの進め方は仕入先から値上げの申し入れが来たらにまとめている。
文面を AI に書かせるときにも落とし穴がある。テキストは、買いたたきに該当するおそれがある代金の定め方として、一律に一定比率で単価を引き下げて代金の額を定めることを挙げている[4]。「全品目 5% の値下げをお願いする丁寧な依頼文を書いて」という指示は、文面は丁寧でも、中身はこの型そのものになる。買いたたきに当たるかどうかは、十分な協議が行われたかなどの対価の決定方法、差別的かどうかなどの対価の決定内容、通常支払われる対価との乖離、原材料等の価格動向を勘案して総合的に判断される[4]。この判断は文面の出来とは関係がない(買いたたきとは何か)。
入れてよい情報と、入れる前に確かめる情報
AI に何を入力するかは、どの AI サービスを、どういう契約で使っているかで変わる。一般向けの無料のサービスと、会社で契約して入力を学習に使わない設定にしたサービスとでは、入れてよい範囲が違う。
取引先の担当者の氏名や連絡先
取引先の担当者の氏名やメールアドレスは個人情報である。個人情報保護委員会の注意喚起は、個人情報取扱事業者が生成 AI サービスに個人情報を含むプロンプトを入力する場合には、特定された利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認することを求めている[5]。さらに、あらかじめ本人の同意を得ることなく生成 AI サービスに個人データを含むプロンプトを入力し、その個人データが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合には、個人情報保護法の規定に違反することとなる可能性があるとし、そのような入力を行う場合には、サービスを提供する事業者がその個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認することを求めている[5]。メールの要約を頼むときは、署名欄や宛先を消してから貼るだけで、この論点の大半は避けられる。
自社の図面・原価・発注条件
不正競争防止法は、営業秘密を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義している[6]。自社の原価や図面を社内でどう管理しているかという話と、それを社外の AI サービスに入力してよいかという話は切り離せない。社内で閲覧者を限っている情報を、個人の判断で外部のサービスに貼ってよいことにはならない。どの区分の情報をどのサービスに入れてよいかは、会社として決めて書いておく。
取引先から受け取った図面や見積
取引先から受け取った図面、見積書、原価の内訳は、相手の情報である。秘密保持の取り決めがあれば、使える範囲はその取り決めの中に限られる。社外の AI サービスへの入力が、取り決めの上でどう扱われるかを確かめてから使う。見積の中身を他社に見せる行為そのものの論点は相見積を他社に見せるのは違法かで整理している。
出力を確かめる手順
個人情報保護委員会の注意喚起は、一般の利用者向けの留意点として、生成 AI サービスでは入力されたプロンプトに対する応答結果に不正確な内容が含まれることがあり、その文章は確率的な相関関係に基づいて生成される、と注意している[5]。ガイドラインも、AI 利用者に出力の精度及びリスクの程度を理解して使うことを求めている[2]。購買の書類で特に誤りが出やすく、しかも実害が大きいのは、次の 4 か所である。
数字と単位。単価、数量、通貨、税抜か税込か、単位(個とロット、キログラムとトン)。書き起こしや翻訳で桁や単位が入れ替わっても、文章は自然なまま出てくる。表にしたら、合計を原文の合計と突き合わせる。
日付と期限。納期、見積の有効期限、支払期日。和暦と西暦、月日の順番(英文では日と月の並びが国で違う)で誤りが出る。
法令と規格の番号。条番号や規格番号をもっともらしく出力することがある。購買の書類に条番号を書くなら、e-Gov の法令検索や規格の発行元で原文を引き直す。
固有名詞。取引先の社名、品番、材質の記号。似た品番を取り違えたまま比較表に載ると、誤った品目で比較することになる。
社内のルールに書いておく 5 つのこと
1. 使ってよいサービス。会社として契約したもの、入力を学習に使わない設定にしたものなど、使ってよいサービスを名前で決める。個人の無料アカウントを業務に使うかどうかもここで決める。
2. 入力してよい情報の区分。公開情報、社内情報、自社の機密情報、取引先から受け取った情報、個人情報の 5 つくらいに分け、サービスごとに入れてよい区分を決める。
3. 任せる業務と、任せない業務。前の節の 3 区分を、自社の業務の名前で書き直す。「発注先の決定」「価格の妥当性の判断」「取引先への回答」は任せない側に置く。
4. 確かめる手順と、確かめた人。AI の出力を使った書類は、誰が原文と突き合わせたかを残す。比較表なら、突き合わせた人の名前と日付を欄として持つ。
5. 説明の根拠を残す場所。価格を決めたとき、その根拠(どの見積、どの過去単価、どの公表指標)を AI の出力とは別に残す。取引先から協議を求められたときに返すのはこちらである。
この 5 つがあれば、担当者が替わっても同じ線で使える。メールと表計算で見積を回している現場では、どの時点の表を AI に渡したかが分からなくなりやすいので、表の版の扱いも合わせて決めておくとよい(相見積をメールとエクセルで回す限界)。
よくある質問
AI が作った見積依頼メールを、そのまま取引先に送ってよいですか
送る前に、数量・納期・仕様・見積の締切が原文どおりかを人が確かめれば、送ってよい。文面の出来より、条件の書き漏れのほうが後で問題になる。送った文面は自社が出したものであり、AI が書いたことは取引先に対して何の言い訳にもならない。
AI の価格判定で「高め」と出ました。値下げを求めてよいですか
判定は交渉を始めるきっかけにはなるが、根拠にはならない。判定がどのデータに拠っているかを確かめ、比べた単価の数量や仕様、時期が今回の見積と同じ条件かを人が見てから、根拠を自分の言葉で示して協議する。取引先から説明を求められたときに返すのは、判定結果ではなくその根拠である[3][4]。
全面禁止にしておくのが安全ではありませんか
白書の調査で「利用を禁止している」と答えたのは、日本の回答の 4.3% だった[1]。禁止しても、便利な道具は個人の端末で使われやすく、何を入れたかが会社から見えなくなる。使ってよいサービスと入れてよい情報を決めて、見える形で使わせるほうが管理しやすい。
取引先の担当者名が入ったメールを要約させるのは問題ですか
サービスが入力を学習に使うかどうか、利用目的の範囲内かどうかで変わる[5]。判断に迷うなら、署名欄や宛先を消してから要約させればよい。要約に担当者名は要らないことが多い。
まとめ
生成 AI に任せてよいのは、人があとで原文と突き合わせて誤りを見つけられる下書きと整理までで、発注先の決定、価格の判断、取引先への回答は人に残す。ガイドラインは AI 利用者に、出力の精度とリスクを理解して使い、個人情報や機密情報を不適切に入力せず、事業に使う判断を責任をもって行うことを求めている[2]。購買ではこれに、協議で必要な説明をしないまま一方的に代金を決めてはならないという取適法の線が重なる[3]。AI の出力は根拠の代わりにならない。根拠を人が持ち、AI はその準備を速くする道具として使う。
出典・参考資料
- 令和 7 年版 情報通信白書「企業におけるAI利用の現状」(総務省/2025 年 7 月・図表Ⅰ-1-2-12〜15 のデータを含む)
- AI 事業者ガイドライン(第 1.2 版)(総務省・経済産業省/令和 8 年 3 月 31 日)
- 製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律(取適法)(e-Gov 法令検索(デジタル庁))
- 中小受託取引適正化法テキスト「下請法」から「取適法」へ(公正取引委員会・中小企業庁/令和 7 年 11 月)
- 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について(個人情報保護委員会/令和 5 年 6 月 2 日)
- 不正競争防止法(e-Gov 法令検索(デジタル庁))
AI は根拠を示し、決めるのは人、という形で見積を扱う
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