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NAK80・HPM38 など樹脂金型の鋼材の選び方——JIS に無い商品名、鏡面・耐食・補修溶接で選ぶ

この記事のポイント(結論先出し)
NAK80 は大同特殊鋼、HPM38 は日立金属(現・プロテリアル)の商品名で、JIS の鋼種記号ではない[4][6]。JIS G 4404(合金工具鋼鋼材)の 20 鋼種の用途の区分は切削工具・冷間金型・熱間金型で、樹脂の射出成形の金型という区分はない[1]。だから金型の仕様書に「NAK80」と書くのは、ある鋼材メーカーの製品を指定することで、別の鋼材にするなら何を同等とみなすかを決めておく必要がある。NAK80 は、大同特殊鋼の技術報告で 40 HRC の析出硬化系の鏡面用プリハードン鋼として扱われている[4](メーカー公表の例)。鋼材は、求める硬さ(型の寿命)・鏡面に磨くか・腐食させる樹脂か・シボを入れるか・補修溶接をするかで選ぶ[2][5]。削りやすくするために硫黄を入れた鋼は、鏡面に磨くとピンホールが出やすい[4]。
目次
NAK80・HPM38 は「規格」ではなく「製品名」
射出成形の金型の見積や仕様書には、型の材料として NAK80、HPM38、PX5、S55C、SKD61 といった名前が並ぶ。このうち S55C(JIS G 4051)や SKD61(JIS G 4404)は JIS の記号だが、NAK80 や HPM38 は鋼材メーカーの商品名である。大同特殊鋼の技術報告(2007 年)は NAK80 を自社の鋼種として試験に用いており[4]、トライボロジーの論文(2012 年)は HPM38 を日立金属の金型用鋼として、PX5(大同特殊鋼)、SKD61(JIS)と並べて試験している[6]。
JIS G 4404 は合金工具鋼の鋼材を 20 種類とし、表 1 の摘要(参考)で、主として切削工具鋼用・主として冷間金型用・主として熱間金型用の三つに分けている[1]。樹脂の成形用の金型という区分はない。樹脂の金型によく使われる鋼材の多くは、メーカーが樹脂金型向けに設計した独自の鋼種で、成分や硬さの値はメーカーが公表している。
この記事は、樹脂の射出成形の金型を発注する側が、型の材料をどう選び、仕様書にどう書くかに絞る。金型そのものの発注で決めること(取り数・試打ちの合格基準・寿命の約束・所有)は射出成形の金型を発注するとき決めることで、プレス型やダイカスト型に使う SKD11・SKD61 の選び方はSKD11・SKD61・SK85 の選び方で扱った。
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樹脂の金型に「プリハードン鋼」が使われる理由
大同特殊鋼の技術者が 1974 年に書いた解説は、当時、樹脂の金型専用の鋼はほとんどなく、S53C 程度の炭素鋼、SCM の強じん鋼、SKD のような合金工具鋼が転用されているにすぎなかった、と書いている[2]。同じ解説は、樹脂の金型のキャビティには、ほかのどの金型よりも複雑で精密な加工が要求されるのが普通で、焼入れ焼戻しで強くすることは金型加工の上で最大の障害になっている、としている[2]。
同社の技術者による別の解説は、焼入れ焼戻し型の鋼では、高い硬さを得ようとすれば機械加工が難しくなり、機械加工のあとで熱処理をして硬くすると熱処理の変形で寸法の精度が下がってしまう、と問題をまとめている[3]。この解決として開発された NAK55 は、硬くした状態で供給され、そのまま型彫りして使う、いわゆるプリハードン鋼で、主な成分は 0.1C-1.5Mn-1Cu-3Ni-0.3Mo-1Al とされている[3]。
つまり、プリハードン鋼は「硬さを持った状態で買い、熱処理をせずに型を彫る」鋼である。発注側にとっての利点は、金型の熱処理の変形と、熱処理の工程の待ちがないことにある。一方で、熱処理で硬さを上げないので、使える硬さには上限がある。どの程度の硬さが要るかは、次の章の「型の寿命」の考え方で決める。
鋼材を選ぶ五つの観点
先の 1974 年の解説は、樹脂の金型用鋼に求められる性質として、金型を加工するうえでの性質(熱間加工性・硬さの均一さ・被削性・研削性・鏡面仕上げ性・放電加工面が硬化しないこと・溶接性・均一にフォトエッチングできること・適度なじん性)と、樹脂を成形するときの性質(圧縮に耐える強さ・高温での強さ・常温以上での衝撃に耐える強さ・耐摩耗性)を挙げている[2]。発注側が仕様書で決めるのは、このうち次の五つである。
1. 硬さと型の寿命
同じ解説は、樹脂の金型の寿命は型の合わせ面(パーティング面)の圧縮の強さで決まるといっても過言ではない、と書いている[2]。連続成形の間にキャビティからはみ出した樹脂が合わせ面に挟まり、合わせ面を少しずつつぶしていく。次のショットでそこに樹脂が入り込み、これが繰り返されて成形品にバリができ、バリが大きくなって直せなくなった時点で金型は使えなくなる[2]。解説は、熱可塑性樹脂用の金型として HRC 40 以上の硬さが得られるのが好ましいとされている、とも書いている[2]。これは 1974 年当時の目安で、いまの鋼種の選び方の基準として書かれたものではない。必要な硬さは、成形する樹脂と予定のショット数から金型メーカーと決める。
この話は、金型の「保証ショット数」の約束につながる。何万ショットでバリが許容を超えたら寿命とするのかを決めるときに、型の材料の硬さが前提になる。ガラス繊維などを入れた樹脂のように型をすり減らしやすい材料を成形するなら、成形材料を伝えて、硬さと耐摩耗性の高い鋼を提案してもらう。
2. 鏡面に磨くか(透明品・光沢品)
大同特殊鋼の 2007 年の技術報告は、鏡面に磨いたときに出る小さな穴(ピンホール)の原因を調べ、硫化物のような柔らかい非金属介在物は優先的に削られてピンホールになり、窒化物・酸化物・炭化物のような硬い粒子は抜け落ちてピンホールになる、と報告している[4]。研磨の砥粒が粗いうちはピンホールが出にくく、細かい砥粒になるほど増える[4]。この報告では、NAK55 は被削性を上げるために意図的に硫化物(MnS)を含む鋼、NAK80 は NAK55 と同じ系統で鏡面用の汎用プリハードン鋼として扱われている[4]。
発注で押さえるのは、削りやすさのために硫黄を入れた鋼は、鏡面に仕上げる型には向かないということである。透明な成形品やレンズ、鏡面の光沢が要る成形品の金型では、鏡面に磨く前提の鋼種を指定し、どこまで磨くか(磨きの番手や面の基準)を仕様書に書く。
3. 腐食させる樹脂を成形するか
金型用の部品を扱う販売事業者の技術資料は、代表的な成形品と型の材料の対応表で、難燃の樹脂(UL 規格)の成形品の金型に求める性質を耐食性とし、日立金属の鋼として HPM38 などを挙げている。塩化ビニルの成形品には、さらに強い耐食性を求めて別の鋼種を挙げている[7]。同じ表は、透明品の光沢の仕上げにも HPM38 を挙げている[7]。同じページの型の材料の性質の表には、一般に受け入れられている見方に基づくもので定量的な比較値ではない、と注記がある[7]。先のトライボロジーの論文は、PET・PS・PP では HPM38 への樹脂の付着の強さが PX5 のほぼ半分で、HPM38 の Cr の含有量が高いことによると考えられる一方、PBT では Cr の少ない SKD61 より HPM38 のほうがわずかに強く付着した、と報告している[6]。Cr が多ければどの樹脂でも型にくっつきにくい、とは言えない。
発注側としては、成形する樹脂が塩化ビニルや難燃グレードなど型を腐食させやすい材料かどうかを、金型メーカーに必ず伝える。伝えずに頼むと、腐食に弱い鋼で型がつくられ、量産の途中で型の表面が傷んで外観の不良が出る。耐食性の鋼のどれを使うか、表面処理で補うかは金型メーカーの提案を受けて決める。焼入れで硬さを出すステンレス鋼の熱処理と硬さの指定はSUS440C・SUS630 の熱処理と硬さの指定で扱った。
4. シボ(模様)を入れるか
1974 年の解説は、樹脂の金型用鋼に求める性質の一つに「均一にフォトエッチングできること」を挙げ、組織に敏感なフォトエッチングでは、材料の組織が均一であることが効くとしている[2]。シボ(金型の表面に入れる模様)の指定と見本の決め方はシボ加工の指定で扱う。シボ加工会社の技術者による 1991 年の解説は、SUS 系(Cr・Ni を多く含む耐食鋼)の材料は平滑なエッチング面は得られるが、凹凸の形を出す多層エッチングや梨地・砂目のシボにはまったく適さない、としている[8]。耐食性のためにステンレス系の鋼を選ぶと、入れられるシボの種類が限られることがある。HPM38 のように Cr の多い耐食性の鋼を選ぶときは、入れたいシボが入るかを鋼材メーカーかシボ加工の会社に確かめる。シボを入れる型では、シボ加工に向く鋼か、シボ加工を受ける業者の推奨がある鋼かを確かめ、耐食性とシボのどちらを優先するかを先に決める。
5. 補修溶接をするか
金型は、摩耗や欠けの補修、形状の変更、加工ミスの修正のために肉盛溶接されることがある。大同特殊鋼の技術者による 1984 年の解説は、樹脂の金型の溶接補修には、溶接割れ・気孔などいかなる微細な欠陥もあってはならないこと、型の材料と溶接部の光沢の差と硬さの差が少ないこと、とくにシボ加工をする場合には型と溶接部にシボのむらが出ないことが求められ、施工は難しいとされている、と書いている[5]。同じ解説は、被覆アーク溶接棒は金型の肉盛溶接にあまり適しておらず TIG 溶接が望ましいとし、型の材料ごとに溶加棒を選ぶ考え方を示している[5]。
発注側としては、金型の補修溶接を仕入先の判断で行わせない。補修するなら事前に連絡させ、補修した場所・溶加材・溶接後の処理を記録させる。シボの入った型や鏡面の型では、補修の跡が成形品の外観に出ることがあるので、補修の後に外観を確かめる手順を決めておく。
メーカー公表の値で比べる
次の表は、本文で引いた資料にある鋼種を、型の材料を選ぶときの観点で並べたものである。硬さの値は、2007 年の技術報告が試験片の条件として示したもの(メーカー公表の例)と、JIS G 4404 の焼なましを行った鋼材(鋼板・鋼帯以外)の規定値で、性質の違うものを並べている。実際に買う鋼材の供給状態の硬さは、鋼材メーカーの最新の資料で確かめる。
| 鋼種 | 位置づけ | 資料にある硬さ | 資料にある注意点 |
|---|---|---|---|
| NAK80(大同特殊鋼) | 析出硬化系のプリハードン鋼(AISI P21 系) | 40 HRC(試験片の例)[4] | 鏡面用として扱われている[4] |
| NAK55(大同特殊鋼) | NAK80 と同系統で硫黄を含む | 40 HRC(試験片の例)[4] | 被削性のため意図的に MnS を含む[4] |
| PX5(大同特殊鋼) | 焼入れ焼戻し系のプリハードン鋼(AISI P20 系) | 32 HRC(試験片の例)[4] | 成分に硫黄(S)を含む[4] |
| HPM38(日立金属・現プロテリアル) | 難燃樹脂の型(耐食性)と透明品の型(光沢)の例に挙げられる鋼[7] | 供給状態の硬さはメーカー資料で確認 | SKD61 より Cr が多い[6] |
| SKD61(JIS G 4404) | 主として熱間金型用の合金工具鋼 | 焼なましを行った鋼材(鋼板・鋼帯以外)で 229 HBW 以下(規格値)[1] | 焼入れ後の硬さは受渡当事者間の協定[1] |
NAK80 と NAK55 は、技術報告の表では同じ 40 HRC で、違いは硫黄を含むかどうかである[4]。値だけを見て「同じ硬さなら安い方を」と置き換えると、鏡面に磨く型でピンホールが出る、ということが起こりうる。表の値は比べる観点を示すためのもので、型の材料を決める根拠には、使う鋼材メーカーの最新の資料を使う。
仕様書にどう書くか
ここからは発注側の進め方の提案で、規格や法令の要求ではない。
1. 成形する樹脂と数量を伝える
樹脂のグレード(ガラス繊維などの充填材、難燃剤の有無)と予定の総生産数量を伝え、それに合う鋼種を金型メーカーに提案させる。
2. 鋼種は「部位ごと」に書く
キャビティ・コアなど成形品に触れる部分と、型板などの構造部分で鋼種は違ってよい。どの部位に何を使うかを書いてもらう。
3. 商品名で指定するなら、置き換えの条件も書く
「NAK80 または同等品」と書くなら、何をもって同等とみなすのか(硬さの範囲、鏡面仕上げの要求、硫黄を含まないこと、耐食性など)と、置き換えるときは事前の承認を要することを書く。海外の金型メーカーでは、手に入る鋼材が違うことが多い。材料の同等性の判断と承認の進め方は同等材の指定と承認にまとめた。
4. 硬さと証明
型の材料の硬さの範囲と、鋼材の証明書(鋼材メーカーの検査証明書など)を出させるかを書く。SKD61 のような JIS の鋼材なら、JIS G 4404 は注文者から要求された場合に検査文書を提出しなければならないとしているので[1]、注文時に求めておく。商品名の鋼材は JIS の適用を受けないので、どの書類を出せるかを金型メーカーに確かめる。
5. 磨き・シボ・表面処理・補修
鏡面の程度やシボの指定、表面処理(窒化やめっきなど)の有無、補修溶接をするときの事前連絡と記録。
使ってはいけない組合せ
1. 鏡面の型に、硫黄を入れた快削系の鋼
硫化物は研磨で優先的に削られてピンホールになる[4]。
2. 腐食させる樹脂の型に、耐食性を考えていない鋼
難燃の樹脂は耐食性を、塩化ビニルはさらに強い耐食性を求める用途として挙げられている[7]。成形する樹脂を伝えずに型をつくらせない。
3. ステンレス系の鋼に、梨地・砂目のシボ
SUS 系の材料は多層エッチングや梨地・砂目のシボにはまったく適さないとされている[8]。
なお、焼入れで硬さを出す鋼を使うこと自体は避けるべき組合せではないが、機械加工のあとの熱処理は変形で寸法の精度を下げる[3]。焼入れが要る鋼を使うなら、熱処理の後の仕上げ加工の代と、変形の許容を最初から見込んでおく。
試作の型は、量産の型と材料が違ってよい
試作や少量の生産では、アルミや簡易な鋼の型で済ませることがある。試作の型と量産の型で材料が違うと、成形品の寸法・外観・型の寿命が変わるので、試作品の評価を量産でそのまま使えるかを決めておく。簡易金型の発注は簡易金型(試作型)を発注するときで扱う。
よくある質問
金型メーカーから「NAK80 ではなく別の鋼でつくりたい」と言われました
理由を聞き、何が変わるかを確かめる。硬さが同じでも、硫黄を含むかどうかで鏡面の仕上がりが変わる[4]。成形品が鏡面・透明か、シボか、成形する樹脂は腐食させるか、補修溶接の予定があるかに照らして判断し、置き換えるなら書面で承認する。
NAK80 の硬さは JIS で決まっていますか
NAK80 は鋼材メーカーの商品名で、JIS G 4404 の鋼種ではない[1][4]。硬さなどの値はメーカーが公表している。2007 年の技術報告では 40 HRC の試験片として扱われているが[4]、買う鋼材の値は最新のメーカー資料と鋼材の証明書で確かめる。
型にバリが出るようになりました。型の材料のせいですか
樹脂の金型の寿命は合わせ面の圧縮の強さで決まり、はさまった樹脂が合わせ面をつぶすことでバリが大きくなっていく、と説明されている[2]。型の材料の硬さ、成形条件、型の保守の状況を合わせて確かめる。寿命の定義と約束のショット数は、次の金型の発注で書いておく。
まとめ
NAK80・HPM38 は鋼材メーカーの商品名で、JIS G 4404 の合金工具鋼には樹脂の金型という区分がない。樹脂の金型にプリハードン鋼が使われるのは、硬くした状態で買って熱処理なしで型を彫れるからである。鋼材は、硬さ(型の寿命)、鏡面に磨くか、腐食させる樹脂か、シボを入れるか、補修溶接をするかの五つで選ぶ。硫黄を入れた快削系の鋼は鏡面の型に向かず、腐食させる樹脂には耐食性の鋼を考えるが、ステンレス系の鋼は梨地・砂目のシボに向かないとされているので、耐食性とシボのどちらを優先するかを先に決める。商品名で指定するなら、同等とみなす条件と置き換えの承認を仕様書に書き、成形する樹脂と数量を金型メーカーに必ず伝える。
同じ束では、インサート成形、二色成形、樹脂の押出成形(異形押出)、樹脂の切削加工の発注も扱う。
出典・参考資料
- JIS G 4404:2025 合金工具鋼鋼材(日本産業標準調査会 JIS 検索で閲覧/2025 年 12 月 22 日改正)
- 渡辺敏幸「時効硬化型プラスチック金型用鋼について」電気製鋼 45 巻 1 号(大同特殊鋼/1974 年 1 月)
- 渡辺敏幸・礒川憲二「プラスチック成形金型用鋼(NAK55)」日本金属学会会報 17 巻 4 号(日本金属学会/1978 年)
- 井ノ口貴之「鏡面磨き時のピンホール発生に及ぼす非金属介在物および炭化物の影響」電気製鋼 78 巻 4 号(大同特殊鋼/2007 年 11 月)
- 岡田泰治「プラスチック金型の補修溶接について」電気製鋼 55 巻 1 号(大同特殊鋼/1984 年 1 月)
- Shalnov, Uemura, Ito “Consideration on Surface Modification of Steel Dies to Reducing the Plastic Sticking in the Forming Process” Tribology Online 7 巻 3 号(日本トライボロジー学会/2012 年 9 月)
- ミスミ 技術資料「Examples of applicable steels for typical products / Properties of die materials」(金型部品の販売事業者の技術資料)
- 小池弘之「エッチングシボと転写性」成形加工 3 巻 8 号(プラスチック成形加工学会/1991 年)
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