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原価管理をエクセルでやる——どこまでできて、何が壊れるか

この記事のポイント(結論先出し)
表計算ソフトで原価を扱うとき、費目を集計する表はほとんど壊れない。壊れるのは配賦表と工数集計表である。配賦の基準を一つ変えると下流の製品原価がすべて動き、過去の月と比べられなくなる。工数は入力する人が経理ではなく作業者になるため、締め日までに集まらず、記憶で埋められた数字が合計だけ合う状態になる。国税庁は、表計算ソフトで一覧表を作れば電子取引データの検索要件を満たせるとする一方で、授受したデータを手で転記して作った別形式のデータは合理的に編集したものに当たらないとしている。原価表を作ることと、証憑を保存することは別の作業だという線引きが要る。
目次
表計算で原価を扱うと、たいてい三つの表になる
原価管理を表計算ソフトで始めると、自然に次の三つの表ができる。
費目集計表——月ごとに材料費・労務費・経費を並べた表。会計の試算表から転記するか、購買と外注の請求を積み上げて作る。原価計算基準の費目別計算に対応する部分で、原価要素を費目別に分類測定する第一次の計算段階にあたる[3]。
配賦表——費目集計表の間接費を、部門や製品に割り当てる表。左に費目、上に配り先を並べた行列になる。
工数集計表——誰がどの製造指図に何時間かかったかを積む表。直接労務費の計算と、配賦基準としての作業時間の両方に使われる。
このうち費目集計表は、月に一度、経理が転記するだけなので壊れにくい。問題は残る二つにある。
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配賦表が壊れる四つの理由
基準を変えると、過去の月まで書き換わる
配賦の基準は、直接作業時間・機械稼働時間・直接労務費・直接材料費・生産数量などから選ぶ。どれを選ぶかで製品ごとの原価は動くので、運用しているうちに「この基準だと実感と合わない」という話が必ず出る。
表計算で怖いのはここである。基準を切り替えるとき、同じファイルの数式を書き換えると過去の月のシートまで同時に新しい基準で計算し直される。前月比を見ると原価が下がったように見えるが、下がったのは基準を変えたからで、実態は何も変わっていない。しかも変える前の数字はもう残っていないので、後から検証もできない。
原価は期間をまたいで比べるための数字である。過去が書き換わる構造は、比較という用途そのものを壊す。
部門や工程が増えると、表の形が変わる
配賦表は行列なので、部門を一つ増やすと列が一本増える。列が増えると、その列を参照している数式をすべて直さなければならない。組織変更や設備の移設は数年に一度は起きるので、そのたびに表の形が変わり、変わるたびに数式の直し漏れが混入する。
直し漏れは、合計欄が合っていると気づけない。合計が正しいまま、ある一列だけ配賦されていない、という壊れ方をする。
按分のもとになる数字が、別のファイルにある
電力を面積で按分する、賃借料を人数で按分する、といった処理には、面積表や人員表が要る。これらはたいてい総務が別のファイルで管理している。参照でつなぐとファイルを移動しただけで切れ、値で貼れば更新されない。どちらにしても、按分根拠が古いまま何か月も配賦が続く。
補助部門から製造部門への配賦が、循環してしまう
工場には、製品を直接作らない部門がある。動力、修繕、工場事務といった補助部門である。補助部門の費用は、いったん製造部門に配ってから製品へ配る。ここで問題になるのが、補助部門どうしがサービスをやり取りしている場合である。動力部門は修繕部門にも電力を送り、修繕部門は動力部門の設備も直している。
この関係をそのまま表計算の数式で書くと、動力部門の費用を出すのに修繕部門の費用が要り、修繕部門の費用を出すのに動力部門の費用が要る、という参照になる。表計算は循環参照のエラーを返して計算を止める。慌てて片方向だけの参照に直すと、その瞬間に配賦のルールが変わっているのに、変えた記録はどこにも残らない。
補助部門を製造部門へ配る方法には、補助部門どうしのやり取りを無視して直接製造部門だけに配る方法、補助部門に順番を付けて上から下へ一方向に配る方法、相互のやり取りを考慮して連立で解く方法がある。表計算で無理なく扱えるのは前の二つで、三つ目は循環参照になる。どの方法を採るかは、数式を書き始める前に決めて文書に残す。後から数式の都合で決まってしまうのが、いちばん悪い形である。
工数が現場から上がってこない
締め日と入力のあいだに時差がある
費目別計算の期間について、原価計算基準に特別な規定はないが、1 か月を原価計算期間とするのは定着した慣行であり、費目別計算の期間も 1 か月とみるのが妥当だとされている[3]。つまり月末で締める。ところが工数の入力は、忙しい月末ほど後回しになる。
締めの当日に半分しか集まっていない状態で、残りをどうするか。実務では「先月と同じにしておく」か「合計が予定工数に合うように割り振る」のどちらかになりがちで、どちらも実績ではない。
合計だけが合っている工数
記憶で埋めた工数には特徴がある。日ごとの合計は所定労働時間にきれいに一致するのに、製造指図ごとの内訳が実態とずれる。この数字を配賦基準に使うと、時間がかかっている品目ほど原価が低く出る、という逆転が起きることがある。
数字が入っていることと、実績が取れていることは別である。工数の入力率ではなく、入力の時刻と作業の時刻の差を見ると、どちらなのかが分かる。
一人が複数の指図を掛け持ちしている
現実の現場では、機械を回しながら別の段取りを進める、複数のロットをまとめて処理する、といったことが起きる。このとき作業時間を製造指図ごとに分けようとすると、本人が頭の中で按分することになる。按分の仕方は人によって違い、同じ状況でも半分ずつにする人と、主に見ていたほうへ全部付ける人がいる。
表計算では、この揺れを吸収する仕組みを作りにくい。入力欄が指図ごとの時間である以上、そこに入る数字が実測なのか本人の按分なのかを区別できないからである。区別したいなら、開始と終了の時刻を打刻して、按分は後からルールで行う形にするしかない。ただしそれは入力の手間を増やすので、掛け持ちが常態の工程では、そもそも工数を配賦基準に選ばないという判断もある。
段取りと加工を分けていない
小ロット多品種では、段取り時間が加工時間を上回ることがある。両者を分けずに一本の作業時間として入力すると、ロットサイズを変えたときの原価の動きが説明できなくなる。分けて入力してもらうには入力の手間が増えるので、ここは粒度と手間のトレードオフになる。
月末に締まらない三つの原因
配賦表と工数集計表が整っていても、次の三つが揃わないと原価は確定しない。表計算かシステムかを問わず共通する制約である。
1. 仕掛品の月末残高——実地で数えるのか、投入と完成の差で計算するのか。数える場合、月末に現場を止められるかという運用の問題になる。
2. 外注請求の到着——外注加工賃は原価計算基準の分類では直接経費にあたる[3]が、請求書が翌月に届くと当月の原価に入らない。発注時点の金額で仮計上して、請求到着後に差額を調整する仕組みがないと、原価が翌月にずれる。
3. 材料の払出単価——月次総平均で計算する場合、当月の受入がすべて確定しないと単価が出ない。単価が出ないと払出金額も出ないので、材料費が固まらない。
壊れていることに気づくための検算
ここまで挙げた壊れ方は、どれもエラーを出さずに間違った数字を返す。合計欄は合っているのに内訳が違う、という形で表面化するので、目で見て気づくのは難しい。毎月これだけは通す、という検算を三つ決めておくとよい。
検算 1:配賦した額の合計が、配る前の間接費の合計と一致するか。一致しなければ、配り先の列が漏れているか、配賦率の分母が実態と合っていない。列を追加したときに壊れる典型で、この検算だけで直し漏れの大半は拾える。
検算 2:工数の合計が、その月の出勤時間と説明のつく関係にあるか。直接作業時間の合計が出勤時間を超えていれば入力の重複があり、極端に下回っていれば入力漏れがある。差がそのまま間接作業や手待ちで説明できるかを見る。
検算 3:期首仕掛品+当月製造費用-期末仕掛品が、当月完成品の原価と一致するか。原価計算基準の費目別計算は、一定期間における原価要素を費目別に分類測定する手続であり、財務会計における費用計算でもあるとされている[3]。会計側の数字とつながっている以上、この関係が崩れていれば、どこかで金額が消えているか二重に数えられている。
三つとも、表計算の同じファイルの中に検算行として置いておける。差がゼロでないときに赤くなる一行があるかどうかで、気づける月と気づけない月が変わる。
表計算で成立する範囲と、苦しくなる境目
| 条件 | 表計算で成立する | 苦しくなる | 理由 |
|---|---|---|---|
| 配賦の対象 | 部門まで | 製品別・ロット別 | 配り先が数百を超えると行列が手作業の限界を超える |
| 配賦基準の数 | 全社で 1〜2 種類 | 部門ごとに違う基準 | 基準ごとにシートが増え、変更時の直し漏れが出る |
| 工数の入力者 | 数名の管理者がまとめて入力 | 作業者本人が入力 | 同時に開けず、順番待ちになる |
| 過去との比較 | 月次ファイルを分けて固定 | 1 ファイルに全期間 | 数式が全期間に効くので、過去が書き換わる |
| 標準原価 | 主力数品目だけ | 全品目に設定 | 仕様変更のたびに標準の保守が必要になる |
| 締めのタイミング | 翌月中旬でよい | 翌月 5 営業日以内 | 転記と突き合わせの手作業が日数を消費する |
法令の側から見ると、表計算はどこまで認められているか
「表計算では法令に対応できない」と言われることがあるが、正確ではない。電子取引データの検索要件は、表計算ソフトで日付・金額・取引先を入力した一覧表を作れば満たせるとされている[1]。改ざんを防ぐ措置は事務処理規程の備付けでも足り、書面への出力も画面印刷で認められる[2]。この範囲の具体的な進め方は電子帳簿保存法(システムなしの対応)にまとめてあるので、ここでは原価管理に固有の論点だけを扱う。
手で打ち直した集計表は、保存すべきデータの代わりにならない
国税庁は、EDI 取引で授受したデータについて、取引内容が変更されるおそれのない合理的な方法により編集されたデータで保存することは可能だとしている。XML 形式のデータを一覧表として表計算の形式に変換する場合は、その過程で取引内容が変更されていない限り、合理的な方法により編集したものと考えられる、という説明である[1]。
そのうえで、次のように続く。授受したデータを手動により転記して別形式のデータを作成する場合は、取引内容の変更可能性があることから、合理的に編集したものに当たらない[1]。
原価管理の実務に引き直すと、意味は明確である。届いた請求書の PDF を見ながら金額を表計算に打ち込んで作った集計表は、原価管理の道具としては使えるが、保存すべき電子取引データの代わりにはならない。元のデータは別に残さなければならない。原価表を作れば証憑の保存も済む、という誤解はここで崩れる。
費目集計表を作る作業は、そのまま保存義務の履行にはならない、と言い換えてもよい。原価管理の側で必要なのは金額の合計であり、保存の側で必要なのは受け取ったファイルそのものだからである。この二つを一つの作業で済ませようとすると、どちらかが不十分になる。
取適法の記録を電磁的記録で持つ場合
原価そのものではないが、発注側は取引の記録も残す必要がある。中小受託取引適正化法の第 7 条は書類または電磁的記録の作成・保存を義務づけており、記録規則は電磁的記録で記録する場合の要件として、訂正または削除を行った場合にその事実および内容を確認できること、記録した事項を画面に表示し書面に出力できること、事業者の名称を検索の条件として設定でき、委託した日については範囲を指定して条件を設定できることを求めている。保存期間は記録をした日から 2 年間である[7]。
表計算のファイルは、上書き保存すると訂正前の内容が残らない。この要件を満たすには、版を分けて保存するか、訂正の履歴を別に記録する運用が要る。
表計算のまま持たせるための設計
限界があると分かったうえで、当面は表計算で回すという判断も十分成り立つ。その場合、次の五つを設計に入れておくと壊れ方が緩やかになる。
1. 月ごとにファイルを固定する。締めた月のファイルは読み取り専用にして、以後の数式変更が及ばないようにする。過去が書き換わらない構造を先に作る。
2. 配賦基準の値を日付つきで別シートに置く。数式の中に定数を書かない。基準を変えたら新しい行を追加し、適用開始月を持たせる。いつ何を変えたかが記録として残る。
3. 工数は集計ではなく明細で受ける。「今月 40 時間」ではなく「何日・誰が・どの指図に・何時間」の行で受ける。集計で受けると、後から検算も按分のやり直しもできない。
4. 参照は一方向にする。費目集計表 → 配賦表 → 製品原価表という向きだけにし、逆向きの参照を作らない。相互参照が入ると、どこを直せばどこが変わるのかが追えなくなる。
5. 製造原価に入れない費目を、集計の入口で分ける。法人税基本通達 5-1-4 には、製造原価に入れなくてよい費用が列挙されている。創立記念のような特別賞与、研究開発のうち基礎研究と応用研究の分、事業税と特別法人事業税、長期に生産を止めていた期間の費用、借入金の利子などである[4]。入口で分けておけば、後から手作業で引き算せずに済む。
細かくしないという判断も持っておく
表計算が苦しくなったとき、選択肢は「システムを入れる」だけではない。粒度を下げるという選択もある。
法人税基本通達 5-1-5 には、規模が小さいなどの事情で製造間接費を配賦することが困難な場合に、半製品や仕掛品には配らず製品の製造原価だけに配ってよい、という定めがある[4]。また通達 5-1-3 は、製造後の検査・整理・選別・手入れの費用や販売所への移管運賃などについて、合計が製造原価のおおむね 3% 以内であれば取得価額に算入しなくてよいとしている[4]。細かく追わなくてよい範囲が、税務の側で明示されている。
学術研究の側にも参考になる報告がある。中小製造企業の事例研究では、直接費だけを集計し配賦を全く行わず、全製品に一律の原価率を設定して採算を判断している企業が取り上げられ、現場は金額ではなく製造量で管理されていた[6]。この研究は、それを管理会計の欠落ではなく、シンプルだが実践的な実務として捉え直している[6]。
一方で、製品別に見ないと分からないこともある。宮城県内の食品製造業を対象とした調査では、15 社のうち 12 社で製品別原価計算が行われておらず、協力企業の利益率を製品別に評価したところ赤字の製品が確認されている[5]。どちらに寄せるかは、いま何を判断したいかで決めればよい。
よくある質問
マクロを組めば解決するか
配賦の計算そのものは自動化できる。ただし、この記事で挙げた壊れ方のうち、過去が書き換わること、按分根拠が古くなること、工数が集まらないことは、いずれも計算の速さの問題ではない。マクロで解決するのは転記の手間だけである。加えて、組んだ本人以外が保守できるかという問題が新しく生まれる。
クラウドの表計算にすれば同時編集の問題は消えるか
同時に開けるという点は解決する。だが同時に編集できると、締めた月のシートを誰かが後から触る可能性が生まれる。編集履歴が残る仕組みを使い、締めた範囲は保護をかけるという運用をセットにしないと、かえって数字の確定が難しくなる。
工数を取らずに製品別原価を出せるか
出せるが、その原価は配賦の仮定で決まる。作業時間の代わりに生産数量や設備の稼働時間を基準にする方法はあり、記録が取れない基準を選んで空欄が並ぶよりは実務が回る。ただし「製品 A の原価が高い」という結論が、実態ではなく基準の選び方から出ている可能性を常に含む。
会計ソフトの部門別集計だけで足りるか
費目別と部門別までなら足りることが多い。足りなくなるのは、同じ部門で複数の製品を作っていて、その製品ごとの採算を判断したくなったときである。判断の必要が出てから次の粒度に進めばよく、先回りして仕組みだけ増やすと入力の負担だけが残る。
過去にさかのぼって原価を作り直せるか
費目別なら会計データから再集計できる。部門別は、過去の仕訳に部門コードが入っていれば可能で、入っていなければ按分でしか作れない。製品別は、当時の工数と実績数量の記録がなければ再現できない。さかのぼれるかどうかは、当時どの記録を残していたかで決まる。
まとめ
表計算で原価管理をするとき、費目集計表は問題なく回る。壊れるのは配賦表と工数集計表で、原因は計算の複雑さではなく、基準を変えると過去まで書き換わること、表の形が組織変更で変わること、入力する人が経理から現場へ移ることにある。この三つは、表計算というツールの性質から出てくるので、シートを作り込んでも消えない。
法令の面では、表計算が一律に否定されているわけではない。電子取引データの検索要件は表計算の一覧表で満たせるし、改ざん防止は事務処理規程でも代替できる。ただし、授受したデータを手で転記して作った別形式のデータは合理的に編集したものに当たらないとされているので、原価表が証憑の保存を兼ねることはできない。
限界が来たときの選択肢は二つある。粒度を上げて仕組みを変えるか、粒度を下げて表計算のまま続けるか。税務の側は小規模な法人に配賦の簡略化を認めており、細かく取らない実務を積極的に評価する研究もある。判断の必要が出ていない粒度に手を出さないほうが、結果として数字は続く。
ここで前提にした費目と配賦の考え方は原価管理とは、表計算をやめる場合にどの粒度を選ぶかは原価管理システムの選び方にまとめてある。原価管理が他の三つの領域とどこで分かれるかは受発注・購買・生産管理・原価管理の守備範囲で整理している。
関連する内容として、電子帳簿保存法(システムなしの対応)と在庫管理をエクセルでやる方法も参照できる。材料費の金額の出し方は評価方法の計算比較で扱っている。
出典・参考資料
- 電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】(国税庁/令和 7 年 6 月)
- 電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】Ⅱ 適用要件【基本的事項】(国税庁)
- 「原価計算基準」制定 50 年(諸井勝之助/LEC 会計大学院紀要 第 10 号・2012 年)
- 法人税基本通達 第 5 章第 1 節第 2 款 製造等に係る棚卸資産(国税庁)
- 中小食品製造業での製品別原価計算の必要性(宮崎淳子ほか/経営情報学会 全国研究発表大会要旨集・2014 年)
- 中小製造企業におけるシンプルな管理会計実践——管理会計の不在研究を手掛かりにして(飯塚隼光・古井健太郎/原価計算研究 第 46 巻第 2 号・2022 年)
- 中小受託取引適正化法テキスト「下請法」から「取適法」へ(公正取引委員会・中小企業庁/令和 7 年 11 月)
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