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投稿日:2026年10月2日

ステンレスの不動態化処理の指定——酸洗いとパシベーションの違いと確かめ方

この記事のポイント(結論先出し)

ステンレスの不動態化処理(パシベーション)は、加工でついた汚れや鉄分を取り除き、表面の保護皮膜を整える化学処理である。現場ではスケールを落とす酸洗いと一括して「酸洗処理」と呼ばれることが多いが、スケール除去を兼ねる処理と、不動態化だけを目的とする処理は違う[1]。機械研磨は表面のクロム濃度を下げ、耐食性を落とすことがあり、硝酸による不動態化で回復させる方法が示されている[2]。海外規格の SAE AMS 2700 と ASTM A967 は硝酸法とクエン酸法の両方を認めており、NASA の資料は、発注書に明示がなければ AMS 2700B では硝酸法・タイプ任意・クラス 2 とみなされると要約している[4]。図面や発注書には、処理の目的、規格と方法、処理する範囲と順番、確認試験と記録まで書く。

「パシベーション」「酸洗い」とだけ書くと、何をするか決まらない

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ステンレスが耐食材料として使われるのは、使用環境のもとで表面が極めて薄い耐食性の酸化皮膜で保護され、不動態化した状態にあるためである。表面技術誌の解説はこう説明したうえで、溶接や熱処理、切削や研磨といった二次加工を受けたステンレスには、表面に酸化物のスケールや研磨粉などの異物が生じ、そのままでは工業製品としての性能を満たさない場合が多いとしている[1]。

同じ解説は用語の使われ方にも触れている。「パッシベーション」という言葉は、金属では皮膜を作る処理工程を含む広い意味で理解され、現場でも常用されている。一方、二次加工後の表面を清浄にするための酸による洗浄は、同時に不動態化の役割を兼ねている場合が多いが、現場では通常、不動態化処理とは呼ばずに一括して酸洗処理と呼んでいる。そして、不動態化だけを目的とした酸洗処理もあり、実施にあたっては両者の違いをよく理解しておくことが大切だと書いている[1]。

発注の場面で起きる食い違いは、ここから生まれる。発注側は「錆びにくくする仕上げ」のつもりで「パシベーションのこと」と書き、仕入先は「溶接焼けとスケールを落とす酸洗い」と受け取る。あるいはその逆もある。どちらも「酸に浸ける」ことには変わりないので、処理後の見た目だけでは区別がつかない。

図面で加工方法を記号で示す場合、JIS B 0122(加工方法記号)は、表面処理の洗浄のなかに酸洗い(SCP)と電解酸洗い(SCEP)、研摩のなかに電解研摩(SPE)などの記号を定めている[7]。ただし記号は加工方法の名前を示すもので、薬液や条件、確認の方法までは決めない。

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なぜ加工のあとに不動態化を求めるのか

材料と環境誌の Q&A は、SUS304 を成形・溶接・切削したあと機械研磨で表面を整えた加工物が、研磨目に沿って激しく錆びるという相談に答えている。回答によれば、ステンレスに機械研磨を施すと表面のクロム濃度が下がることがあり、その結果耐食性が劣化する。クロムの欠乏を抑えるには研磨のときの材料温度を上げないことが必要で、押し付け力を弱くしたり湿式で研磨したりすることが有効だとしている[2]。

同じ回答は、乾式研磨・湿式研磨・研磨後の硝酸による不動態化などの表面で、被膜直下の母材最表面のクロム濃度を測った結果を示している[2]。

表面の仕上げ(SUS304・母材のクロム濃度 18.1%) 被膜直下の母材最表面のクロム濃度の変化
乾式機械研磨(エメリー 1000 番・60 秒) 母材より 5.9% 低下
湿式機械研磨(同・水道水) 母材より 4.2% 低下
硝酸水溶液を滴下しながら湿式研磨(10% または 30%) 湿式研磨より 1.6% 上昇
乾式研磨のあと硝酸で不動態化(10% または 30%・50℃・30 分) さらに向上し、10% の条件では母材より 1.9% 濃縮

回答は、研磨で耐食性が劣化するのは表面のクロム濃度が下がるためと考えられるとまとめ、劣化を完全に防ぐには研磨後に硝酸水溶液に浸して不動態化する必要があるとしている。処理条件の目安として、濃度 5〜30 wt%、温度 40〜60℃、時間 20〜60 分が適当だろうと書いている[2]。また、不動態化処理のあとは付着した硝酸水溶液を水洗する必要があり、水洗水には中和処理が要ると注意している[2]。

購買の立場で読むと、「ステンレスだから錆びない」は加工後の部品には当てはまらないことがある。研磨・切削・溶接をした部品で外観や耐食性が品質に入るなら、その後の処理を仕入先任せにせず、図面か発注書で決めておく必要がある。溶接部の扱いは溶接を含む部品の指定、鋼種の選び方はステンレスの発注で指定することで扱っている。

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薬液と方法には選択肢がある

浸漬が一般的で、目的で酸を使い分ける

表面技術誌の解説は、不動態化処理の方法として、硝酸など強力な酸化剤を含む溶液に浸す方法、酸化剤を含む溶液中でアノード分極する方法、酸素や清浄な空気中で低温加熱する方法を挙げ、一般には浸漬が最も多くとられているとしている[1]。酸洗に使われる酸には硝酸・ふっ酸・硫酸・塩酸・りん酸・クロム酸などがあり、なかでも硝酸とふっ酸の混酸は、脱スケールと不動態化の酸洗効果が最も優れ、短時間で美麗な表面を与え、孔食の危険も少ないことから広く採用されているという。不動態化だけを目的とする場合は、硝酸とふっ酸の混酸、硝酸単味による酸洗、または最後に硝酸による仕上げ酸洗が行われる[1]。

同じ解説は、MnS のような非金属介在物を多く含むステンレスでは、MnS の分解による肌あれが起き、金属光沢が失われて酸洗後の耐食性にも悪影響を及ぼす場合があり、この場合は酸洗浴への重クロム酸の添加が有効だとしている[1]。硫黄を加えた快削系の鋼種を使う部品では、この点を仕入先と確かめておくとよい。

硝酸の代わりにクエン酸を使う方法

硝酸やクロム酸を使う処理には廃液の問題がある。材料と環境誌の論文は、硝酸や硝酸とクロム酸塩の溶液がステンレスの表面処理・不動態化処理に効果的に使われてきたが、排水規制により硝酸由来の窒素とクロム酸化物由来の六価クロムを排水から除去することが求められていると述べ、代替の処理方法を検討している[3]。

海外の規格では、クエン酸による方法が認められている。NASA の発表資料(2011 年)は、連邦規格の QQ-P-35 が 1997 年に、SAE 版の QQ-P-35 が 2005 年に廃止され、現在有効な不動態化の規格は SAE AMS 2700 と ASTM A967 で、どちらも硝酸とクエン酸のどちらの使用も認めているとしている[4]。NASA の技術開発の概要も、長く使われてきた軍用の規格 QQ-P-35C が廃止されてクエン酸の使用を認める新しい規格に置き換わったこと、クエン酸が作業者の安全性・環境影響・運用費用の面で利点を持つことを挙げている[6]。

同じ NASA の発表資料は、AMS 2700B の要点を次のように要約している[4]。規格の現行版はこれより改訂が進んでいる可能性があるので、指定するときは現行版で確かめる。

項目 方法 1(硝酸) 方法 2(クエン酸)
タイプ 8 タイプ(うち 5 タイプは重クロム酸塩の添加が要る) タイプの区分なし
浴の濃度 硝酸 20〜55% クエン酸 4〜10%
浴の温度 70〜155°F 70〜160°F
確認試験のクラス クラス 1=統計的な抜取り、クラス 2=ロットごとの試験、クラス 3=定期的な試験
発注書に明示がない場合 方法 1(硝酸)・タイプ任意・クラス 2 とみなす

表の最後の行が、発注側にとって最も重い。規格名だけを書けば、処理の方法とタイプの選択は仕入先に残る。硝酸法のタイプには重クロム酸塩を添加するものが含まれるので、六価クロムを使わないことを取引条件にしている場合は、方法かタイプを指定しないと条件と食い違うおそれがある。化成処理で六価クロムを使わない指定の考え方は三価クロメート・化成処理の指定で扱う。

クエン酸法の条件も、範囲の中ならどこでもよいわけではない。NASA と欧州宇宙機関の共同試験の最終報告(2016 年)は、合金によらず、クエン酸の濃度・温度・浸漬時間が高いほどよい結果になり、38℃ の浴は 60℃・82℃ より不合格がはっきり多かったとしている[5]。条件を仕入先の標準に任せる場合でも、その条件と確認試験の結果は記録で出してもらうほうがよい。

確認試験を決める

表面技術誌の解説によれば、不動態化処理の効果は表面にできる数十オングストロームの極めて薄い保護皮膜によるものである[1]。処理したことは、試験と記録で確かめる仕組みにしておく。NASA の 2016 年の報告は、試験片を AMS 2700 に従って塩水噴霧に 2 時間さらしたあと評価し、AMS 2700 の「試験後に赤さびの形跡を示さないこと」という基準で合否を判定したと書いている[5]。2011 年の資料も、処理工程の確認試験は ASTM A967 と AMS 2700 に従うとしている[4]。

どの試験で確かめるか、どの頻度(ロットごとか、定期か)で行うかは、上の表のクラスの考え方で発注書に書ける。塩水噴霧試験そのものの条件の決め方は塩水噴霧試験を仕様に入れるときで扱う。

ただし、試験に合格したことを過大に評価しないほうがよい。表面技術誌の解説は、不動態化処理の効果はごく薄い保護皮膜によるもので、何らかの原因で皮膜が壊れたとき、腐食環境で自己補修される場合は問題ないが、補修されない場合は腐食電位が活性態域に落ち込み腐食が進むこともあるので、効果を過大評価することは慎むべきだと書いている[1]。処理後の取り扱い(鉄の治具や工具との接触、保管)も、品質の一部として考える必要がある。

図面・発注書に書くこと(実務の提案)

以下は規格が求めていることではなく、処理を外注するときに発注側で決めておきたい項目の提案である。

1. 目的を書く

「溶接焼けとスケールを除いたうえで不動態化する」のか、「加工後の表面を不動態化するだけ」なのかを書く。前者なら酸洗いを兼ねた処理、後者なら不動態化だけの処理になる[1]。

2. 規格と方法を書く

海外規格で指定するなら、規格名だけでなく方法(硝酸・クエン酸)、タイプ、確認試験のクラスまで書く。明示がないと既定の扱いになる[4]。社内基準で指定するなら、薬液の種類・濃度・温度・時間の範囲を書く。

3. 範囲と順番を書く

全面か、溶接部や研磨面だけか。処理は研磨・溶接・切削の後に行うのが前提になる[2]。めっきや塗装を後で行う部品なら、その前後関係も書く。

4. 鋼種と処理の相性を確かめる

快削系など介在物の多い鋼種は、酸洗で肌あれが起きる場合がある[1]。外観が品質に入る部品では、試作の段階で処理後の外観を確かめる。外観の合否の決め方は外観の合否基準を仕入先と決めるで扱った。

5. 記録の形を決める

処理ロット、処理日、浴の条件、確認試験の方法と結果を、検査成績書に載せてもらう。

受入で確かめること

  • 検査成績書に、指定した方法・条件・確認試験の結果が載っているか
  • 処理ロットと納入ロットの対応が取れるか
  • 研磨目に沿った変色や錆、肌あれがないか
  • ねじ穴や袋穴などに処理液が残っていないか(水洗が求められている[2])

受入の基準は発注の時点で渡しておく。取適法の対象取引では、発注後に検査基準を恣意的に厳しくして、従来の基準で合格としていたものを不合格にすることは、受領を拒める理由として認められない[8]。

よくある質問

図面に「パシベーション処理のこと」とだけ書いてあります。何を足せばよいですか

少なくとも、目的(スケール除去を兼ねるか)、方法か準拠する規格、確認試験と記録を足す。海外の仕入先に AMS 2700 で頼む場合、方法とクラスを書かないと既定の扱いになる[4]。

仕入先からクエン酸で処理したいと言われました

AMS 2700 と ASTM A967 はクエン酸法も認めている[4]。ただし条件によって結果が変わることが試験で示されている[5]ので、浴の条件と確認試験の結果を記録で出してもらい、初回は試験結果を見てから量産に進める。

不動態化したのに、納入後しばらくして錆が出ました

皮膜は薄く、壊れたあと自己補修されない環境では腐食が進むことがある[1]。処理後の取り扱い・保管・組立の工程で鉄粉の付着や傷がなかったかを、処理そのものと分けて確かめる。輸送中の錆の扱いは出荷時の防錆の指定で扱う。

研磨仕上げの部品にも必要ですか

機械研磨は表面のクロム濃度を下げることがあり、研磨後の不動態化で回復させる方法が示されている[2]。外観の仕上げの指定は切削加工品の仕上げの指示で扱う。

まとめ

ステンレスの不動態化処理は、現場では酸洗いと一括して呼ばれることが多いが、スケール除去を兼ねる処理と不動態化だけの処理は目的が違う。研磨・溶接・切削の後の表面は耐食性が落ちていることがあり、硝酸による不動態化で回復させる方法がある。海外規格の AMS 2700 と ASTM A967 は硝酸法とクエン酸法の両方を認めており、規格名だけを書くと方法やタイプの選択が仕入先に残る。図面や発注書には、目的、規格と方法、範囲と順番、確認試験と記録まで書き、受入では記録と外観を合わせて確かめる。皮膜は薄いので、処理後の取り扱いも品質の一部として扱う。

出典・参考資料

  1. ステンレス鋼のパッシベーション(滝沢貴久男/表面技術 41 巻 3 号/1990 年)
  2. 機械研磨によるステンレス鋼の耐食性の劣化(Q&A)(大串徹太郎・編集委員会/材料と環境 44 巻 4 号/1995 年)
  3. (H2O2+O3)溶液を用いた不動態化処理によるステンレス鋼の耐食性向上(柴田俊夫/材料と環境 59 巻 12 号/2010 年)
  4. Citric Acid Passivation of Stainless Steel(Yasensky ほか/United Space Alliance・NASA/2011 年 4 月)
  5. NASA and ESA Collaboration on Alternative to Nitric Acid Passivation: Parameter Optimization of Citric Acid Passivation for Stainless Steel Alloys(Final Test Report)(NASA Technology Evaluation for Environmental Risk Mitigation/2016 年 8 月 31 日)
  6. Citric Acid Alternative to Nitric Acid Passivation(技術開発の概要)(NASA ケネディ宇宙センター)
  7. JIS B 0122 加工方法記号(日本産業標準調査会 JIS 検索/1978 年改正)
  8. 中小受託取引適正化法テキスト「下請法」から「取適法」へ(公正取引委員会・中小企業庁/令和 7 年 11 月)

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